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七欲悪魔編

第9話 新婚旅行9

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     ◆◆◆


 全身が痛い。
 暴風がぶつかるたびに、骨が軋む音がする。

「く、そっ!」

 避けきれない狼の暴風を剣で振り払おうとするが、相手は風だ。手応えなんてなく、暴風はそのままハノスの体にぶつかって吹き飛ばされた。
 戦いが始まってから一体、どのくらい時間が経ったのか。反転攻勢に出る隙も無く、怒涛の魔法攻撃を受けている。ユヴァルーシュもユヴァルーシュで、どれだけ魔法を連続使用できるのだろう。魔法攻撃が途切れる気配がない。
 ハノスはひたすら魔法攻撃を見切り続けた。少しずつではあるが、ワンセット三連撃の魔法攻撃に適応してきている……と感じるものの、それでもユヴァルーシュの計算しつくされた三連撃を完全には避けきれない。

(どうしたらいいんだよ、これ!)

 まるで無限のように続く魔法攻撃から脱するには、どうしたらいいのか。
 考えろ。考えろ。
 この風は、剣では対処できない。物理攻撃が通らない。ならば、同じ魔法攻撃なら相殺できるのでは。
 と、考えはあっさりと行き着くが、ハノスに仕える魔法は補助魔法【見切り】だけだ。
 テオドールフラムによれば、会得できる魔法は一般的に二つか三つらしいが……どんな魔法があるのか分からないし、そもそもそう都合よく会得できたら苦労しない。

「あ、そうそう。言い忘れてた」

 ユヴァルーシュが思い出したように口を開いた。一旦、魔法攻撃が止まる。

「負けを認めるんなら、やめてやってもいいぞ。ただし、その時は『光剣』の座を降りろ。この程度で負ける弱い奴に務まる仕事じゃないからな」

 ――弱い。
 その言葉ほど、ハノスが嫌いなものはない。負けるのだって嫌いだ。『光剣』という座に執着があるわけではないものの――。

「誰が降参なんてするかよ…っ……」
「ほー、そうかい。じゃ、せいぜい頑張ってサンドバッグになれよ」

 ユヴァルーシュの魔法攻撃が再開する。
 殴打するだけだった狼の暴風が、今度は鋭い風刃に切り変わる。避け切れない風刃はすべてハノスを掠めてその肉体を切り裂く。どれも致命傷には至らないものの、あちこちに鋭い痛みが走って、ハノスは顔を歪めた。

(くそっ……マジでどうしたらいいんだよ)

 これだけ魔法を使っていたら、遠くないうちにユヴァルーシュの魔力は尽きるだろう。その時まで耐えるしかないのだろうか。

(……いいや、違う)

 そんな無様な勝ち方なんてしたくない。そんなのハノスが憧れる騎士じゃない。
 この魔法攻撃を正面攻略した上でユヴァルーシュを打ち倒してこそ、ハノスにとっては真の勝利だ。
 諦めない真っ直ぐな目に、ユヴァルーシュは気付いたらしい。口端を持ち上げた。

「バカだな。俺の魔力が尽きるのを待てばいいのに。――ま、でも」

 ユヴァルーシュの風の攻撃魔法が三つ、同時発動。それらは錬成魔法となり、四方八方から風刃で対象者をズタズタに切り裂く強力な魔法に進化する。

「魔力が尽きる前に仕留めるけどな」
「っ!」

 ハノスは身の危険を本能的に察知し、頭上に浮かんだ魔法陣の範囲外へ退避しようとする。が、広範囲すぎて間に合わない。無数の風刃がハノスを襲う。
 ――あ。死ぬ。
 そう思った。といっても、生命の危機を感じ取ったのではない。この攻撃を食らったら神経を切断され、騎士として『死ぬ』のだと直感的に悟った。
 誰よりも強くなる。
 強くなって、大切なものを守る。
 その一心でワイバーンの谷から擬人形態で上京し、カリエスに猛特訓をつけてもらい、リュイにも鍛錬をつけてもらって、ここまで成長できた。
 その努力が、何よりもその恩義が、水泡に帰そうとしている。

『なぁ、テオ。俺にもお前が使える魔法って使えないかな』
『バカか。【与魔】は矢や投擲武器に使ってこそ真価を発揮するものだし、【爆裂】はもし剣で使ったら自分までダメージを食らうだろう』

 呆れた顔の、テオドールフラム。

『会得するのなら、防御魔法にでもしておいたらどうだ。……ああ、そういえば。ワイバーンなら確か、いにしえでは火を噴いていたらしいよ』

 ……火を噴いていた?

『もっとも、始統王を乗せていたワイバーンは、なぜか火を噴けなかったらしいけどね。来世では火を噴けるようになってやるというのが最期の言葉だったとか――』

 昔話はどうでもいいが――火を噴く。そうだ。火を噴いたら、風刃を熱気で捻じ曲げてしまえるのでは。
 ハノスは、すぅっと大きく息を吸った。
 一か八か。試してみる価値はある。容易くできる芸当でないことは分かっているものの、何もせずに終わりたくはない。
 地を蹴る。疾走しながら、前方から飛来する風刃めがけて思い切り息を吐き出す。
 極限まで追いつめられ、ハノスの中に眠るワイバーンの能力がその時一つ、覚醒した。
 ――ワイバーンの固有魔法【炎の吐息】。
 燃え盛る炎をまとった吐息が、無数の風刃を消し飛ばす。そして目の前に道が開く。ユヴァルーシュまで続く直線の道を、ハノスは突っ走った。

「おおおおおっ」

 待ち構えていたユヴァルーシュが剣撃を放つが、ハノスは軽々と回避。
 元々、純粋な剣技ではユヴァルーシュより強いハノスにとって、魔力が底をついて錬成魔法【身体強化】を駆使していないユヴァルーシュは、もう相手ではない。
 補助魔法【見切り】を使うまでもなかったが、これまでの教訓から最後まで油断しない。きっちりと【見切り】を発動してから、ユヴァルーシュに斬りかかる。

「これで、――終わりだっ!」

 渾身の力を込めて、ユヴァルーシュの剣を弾き飛ばす。ユヴァルーシュの手を離れた剣は、くるくると弧を描いて宙を舞い、やがて後方の地面に突き刺さる。
 ――勝った。
 そう確信した途端、これまでの疲労がどっと襲ってきた。ハノスはぐらっと地面に倒れ、そのまま意識を手放した……。


     ◆◆◆

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