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七欲悪魔編
第10話 新婚旅行10
しおりを挟む「ハノスさん!」
俺は、急いでハノスに駆け寄った。
首筋に指を押し当てる。すると、きちんと正常に脈打っている。全身に掠り傷を負ってはいるけど、ただ気を失っているだけみたいだ。
ほっと胸を撫で下ろす俺の傍で、アウグネストはユヴァルーシュに眦をつり上げていた。
「異父兄上。どういうおつもりだったんですか」
珍しく怒気を露にした声音に、けれどユヴァルーシュは全く意に介さず。
「どういうつもりって、だから焼きを入れていただけど?」
「最後の錬成魔法、本気で騎士生命を絶とうとしていたのでは」
半ば睨むような眼差しをアウグネストから向けられるユヴァルーシュ。でも、やっぱりこいつが怖気づくことはない。
「だったらどうした。弱い『光剣』なんていらないだろ」
「ハノスは大切な仲間です! それに決して弱くはありません!」
アウグネスト……ハノスのことを仲間だと思っているんだ。配下じゃなくて。いや、ハノスだけじゃないよな。リュイさんのことだって大切な仲間だと思っているに違いない。
国王とその臣下っていう立場ではあるけど、それでもアウグネストは二人に配意を払い、ひととして対等な存在だと認識しているんだろう。
「はんっ。仲間、ね」
ユヴァルーシュは、鼻で笑い飛ばした。
「笑わせるな。仲間っていう表現はこの際どうでもいいが、生温いお友達ごっこをするのが仲間とやらなのか? だったらお前、もう国王なんてやめろよ。平民になって仲良くお友達ごっこをしていたらいいだろ」
「……俺以外に誰が国王を務めるんですか」
「自意識過剰だな。国王なんていくらでも替えはきくんだよ。お前がいなくなれば、次にまた王家以外の誰かが国王の座につくだけのことだ。ああ、王制を廃止しようなんて意見も出てくるかもな。いずれにしろ、新しい時代が必ずくる」
「………」
押し黙るアウグネストを、ユヴァルーシュは厳しい目で見た。
「お前が今、王位にいるのは時の運に恵まれただけだ。その運に胡坐をかいて努力を怠ったたら、そのツケを払うのはお前が大切に思うガーネリア国民になる。――ガーネリア国王とその『光剣』っていう関係性と重要性をもっと自覚しろ」
ほとんど一方的に言い放ち、剣の鞘をアウグネストに放り投げたかと思うと、ユヴァルーシュは踵を返した。あ、おい、こら。アウグネストから借りた剣は、放置かよ。
「異父兄上、どこに……」
「俺は忙しいんだ。もう戻る。……剣をお貸しいただいてありがとうございマス、陛下」
ひらりと手を振って、颯爽と立ち去っていくユヴァルーシュ。別荘から少し離れたところまで歩いていくと、空からワイバーンが滑空してきて、ユヴァルーシュはその背に飛び乗った。
隣国にいたらしいから、戻るってことはまた隣国に行くんだろう。リュイさんに別れの挨拶もせずに……はあ。何が忙しいのか知らないけど、自分勝手というのか、自由奔放な奴。
ともかく、ユヴァルーシュがいなくなった。アウグネストは地面に突き刺さった己の剣を拾って鞘に収める。その横顔は、何か思案しているような、真面目な表情だ。ユヴァルーシュに言われたことについて、考えているのかもしれない。
「……エリューゲン。ハノスを別荘の中に運ぶ。手伝ってくれ」
「う、うん」
気絶しているハノスを、アウグネストの背中に乗せる。ハノスを背負って歩き出したアウグネストの隣を、俺も小走りで歩く。
……お友達ごっこ、か。アウグネストにそんなつもりはないと思うけど、でもユヴァルーシュから見たら曖昧で生温い関係性に見えたのかな。
あいつがハノスに焼きを入れたという理由は結局分からないままだ。でも、それでハノスが新たな魔法を会得して、さらに強くなったのは事実。逆算して考えると、ユヴァルーシュの狙いはそこだったのかもしれないとは思う。
ハノスを強くする意味があるとしたら。さらにユヴァルーシュの行動原理にリュイさんが絡んでいるとしたら。そう考えたら……ハノスがリュイさんの足を引っ張って、リュイさんの負担にならないようにするため、とか? そういえば、リュイさんに世話を焼かせてるワイバーンの騎士呼ばわりしていたし。
真相は闇の中ではあるけど、本人の中ではきっと意味のあることだったんだろう。
――という俺の推測は多分当たっていると、あとから話を聞いたリュイさんが困ったような顔をして断じた。
リュイさん、あのあとから数時間後に目を覚ましたんだけど、掠り傷だらけのハノスには仰天、それもユヴァルーシュが負わせた傷だと聞いて、まさに寝耳に水状態。
「すみません、ハノス……」
「いや、リュイさんが謝ることじゃないです」
「いえ、私の稽古が甘かったから、あなたにここまで怪我を負わせてしまったんです」
「あ、そっちの意味ですか……」
ユヴァルーシュの勝手な行いを代わりに謝罪しているわけではないらしい。ユヴァルーシュに制裁という名の稽古をつけてもらったこと自体は、そう悪いことだと思っていなさそうだ。
まぁ……リュイさんにユヴァルーシュみたいな容赦ない稽古はつけられそうもないしな。ハノスに新たな魔法を会得させたことに関しては、ありがたくさえ思っているのかもしれない。
「残りの滞在日は、ゆっくり休んでいなさい。掠り傷とはいえこの数ですし、それに新しく魔法を会得すると脳疲労を起こしますから」
「大丈夫ですよ。もう気分はすっきりしているんで」
早速、寝台から体を起こそうとしたハノスを、リュイさんは寝台に押し戻す。
「無理は禁物です。休むことも仕事のうちですよ」
「う……で、でも」
ハノスは食い下がろうとしたけど、黙っていたアウグネストが口を挟んだ。
「ハノス。リュイの言う通りだ。あとはもうゆっくりしていろ」
有無を言わせぬ声音に、ようやくハノスは「……はい」と渋々ながら従う。布団にもぞもぞと入り込んだハノスに、アウグネストは続けた。
「それから、異父兄上が酷い仕打ちをしてすまない。止めなかったことも許してくれ」
眉尻を下げて謝罪すると、ハノスは気にした様子もなく快活に笑った。
「陛下が謝ることじゃありませんよ。それに勝負を引き受けたのは俺自身ですし。むしろ、戦いを止めてもらわなくてよかったです」
「だが……」
「俺は強くなれるためならどんな鍛錬でも頑張れます。陛下の『光剣』としても、今後もっと精進します。ユヴァルーシュさんには感謝しているくらいですよ」
ハノス……竹を割ったような、さっぱりした性格だよな。これだけ酷い目に遭わされたら、多少なりとも根に持ってもよさそうなのに、全く気にしている様子がない。おまけに感謝までしているなんて、心の器が広すぎるだろ。
リュイさんも、ふっと表情を和らげた。
「ハノス。あなたは現段階で伸びしろしかない逸剣です。まだまだ強くなれますよ」
逸品ならぬ逸剣、か。上手い表現だな。
ハノスは素直にその言葉を受け取って、子供のように嬉しそうな顔をしていた。
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