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七欲悪魔編

第4.5話 お願い事

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 その日の夜、リュイは大層困り果てていた。
 今日の夕方に行った『ミモザの花冠流し』を、リュイだけまた明日に行うことになったのだが……お願い事を考えろと言われても。思いつかない。
 シェフィが健やかに育ちますように。……は、リュイがきちんと育て上げるつもりなので、お願い事にしたくはないし。
 ユヴァルーシュが無事でいますように。……は、毎晩、通信機で会話をしているので、無事であることは確認できているし。
 他にも推理小説で犯人を当てたいだとか、料理のレパートリーを増やしたいだとか、目標はいくつかあるものの、それはお願い事をして叶えてもらうこととは違う気がする。
 と、真面目に考えるリュイは、お願い事を捻りだすのに頭を悩ませているのだった。
 ――ブー。ブー。
 その時、イヤリング型の通信機が揺れた。ユヴァルーシュだ。

「はい。もしもし」

 すぐさま応答すると、聞き慣れた優しい声が耳に届く。

『リュイちゃん。今日は一日どうだった?』
「危険なことは何もありませんでしたよ。楽しく過ごしました。あ、『ミモザの花冠流し』もみなでやりまして」
『へぇ、懐かしい。リュイちゃんはどんな願い事をしたの?』
「私は、みなのお願い事が叶うように願ったのですが……エリューゲン殿下たちから、もっと自分のためのお願い事をするように言われて。明日、また私だけやります」

 ユヴァルーシュは通信機越しに苦笑する。

『はは、リュイちゃんらしい願い事だね。あの王婿たちもお節介だな』

 お節介。言わんとすることは分からないでもないが、しかしエリューゲンたちは純粋な善意からリュイにやり直しを提案してくれたのだ。

「私のためを思っておっしゃってくれているのです」
『でもそれで何を願い事にしようか悩んでるんでしょ?』
「……そうですけど」

 どうして分かったんだ。これも付き合いが長いからか。

『思いつかないなら、「ない」でいいと思うけど。無理にまたやらなくても。あんまり大真面目に悩み過ぎない方がいいよ』
「しかしそれでは、エリューゲン殿下たちに申し訳ないです」
『願い事なんて強制するもんじゃないよ。春はまだまだ続くし、リュイちゃんがやりたくなったらやればいい。あー、俺もこっちでやろうかな』

 リュイは目を瞬かせた。

「あなたには何かお願いしたい事があるんですか?」
『俺はあるよ』
「それはどのような」
『内緒。……ま、とにかく悩み過ぎて徹夜するなんてことはしないように。じゃあ、通話を切るね。愛してるよ。じゃあ、また』

 通話を切ろうとしたユヴァルーシュを、リュイは慌てて引き止めた。

「ま、待って下さい」

 リュイにも伝えたいことはあるのだ。
 ユヴァルーシュは不思議そうな声で応えた。

『ん? なに?』
「あの、その……ですね」
『うん』

 リュイは拳をぎゅっと握った。言え。言うんだ。

「わ、私も……ええと、その」
『うん』
「お、おやすみなさい……」

 リュイは結局自分から通話を打ち切った。寝台の上でしょんぼりと膝を抱える。
 ――ダメだった。また言えなかった。
 どうして、『好き』の二文字が言えないんだろう。

(はあ。また今度、チャレンジしよう……)

 誰か背中を押してくれないものか――と考えた時、リュイははっとした。そうだ。このことを『ミモザの花冠流し』のお願い事にしたらどうだろう。
 ユヴァルーシュに『好き』と伝えられるように力を貸して下さい、と。


     ◆◆◆


 通話を切られたユヴァルーシュは、内心苦笑するしかない。事あるごとにリュイが伝えたがっている言葉など、ユヴァルーシュには察しがついている。
 その言葉は、性行為中なら実は何度も聞いているのだが……リュイにその記憶はないらしいので、伝えなければと必死なんだろう。
 素面のリュイから無理にその言葉を引き出そうとは思わないが、それでも懸命に伝えようと頑張ってくれるのは素直に嬉しい。そして可愛い。
 いつか、聞ける日がくるだろうか。

「俺も明日、ミモザの花冠流ししよ」

 ひとりごちながら、ユヴァルーシュは宿屋の寝台に寝転がる。
 もちろん、願うのは一つだけ。
 リュイが自分の下へきてもらえますように、と。
 叶わないことだと分かっているが、叶わないような大きな願い事こそ『ミモザの花冠流し』では願うべきものだ。叶うと分かっているようなことは、わざわざ願う必要がない。
 ……もし、この旅が終わったら。
 その時は、リュイにプロポーズをしてみよう。

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