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七欲悪魔編

第4話 新婚旅行4

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「できた!」

 シェフィが嬉々として叫び、出来上がったミモザの花冠を自身の頭の上に乗せる。
 おお、よくできてるじゃん。初めてにしては上出来だよ。
 ミモザの花冠。俺はすでに完成させていて、アウグネストやハノスたちももうすぐ完成という中、ただ一人――リュイさんだけが悪戦苦闘していた。
 茎が折れるわ、上手く編み込めないわ、なかなか大変そう。そういえば、リュイさんって手先が不器用だったな……。星形のチョコがなぜかヒトデ型になったり、手作りマフラーは編み目が緩くて穴だらけになったり。

「だ、大丈夫ですか。リュイさん」

 心配になって声をかけると、でもリュイさんはあくまでにこやかに応えた。

「ご心配なく。夕方までには完成させます」
「そう、ですか。ええと、頑張って下さい」

 そう引き下がるほかない。
 本当に大丈夫かという思いはあるものの、リュイさんの言う通り『ミモザの花冠流し』は今日の夕方にやる予定。あと半日以上あるし、大丈夫だろう。
 ――別荘に着いて、早二日目。
 初日は長旅の疲れからか爆睡したよ。目覚めはすっきり。それで朝食を食べたあと、旅のメンバーみんなで、今ミモザの花冠を作っているというわけ。

「おっしゃ。俺もできた」

 完成報告をするのは、ハノス。ハノスの花冠もそれなりに形が整っていて綺麗だ。意外といったら失礼だろうけど、案外手先は器用なんだな。

「俺もできた」

 次に完成報告を口にしたのは、アウグネスト。アウグネストが作った花冠は、その細やかな性格が出ているのか、繊細な造りで美しい。多分、俺が作った花冠よりも。
 それから続々と完成報告が上がる。リュイさん以外はみんな、昼前だけど出来上がってしまった。リュイさんのことを見守る俺たちに気付いたリュイさんは、気を遣って言う。

「私のことはお気になさらず。せっかく、旅行にきたのですから、時間は大切に」

 というわけで、申し訳ないけど俺たちは各自思い思いの時を過ごした。シェフィだけはリュイさんの傍にずっといたけど。
 リュイさんは昼食を食べる時間さえ惜しんでせっせと花冠を作り進め、『ミモザの花冠流し』をする時刻寸前にやっと完成。お世辞にも綺麗とは言い難いものだったけど、まぁ大事なのは自分で一生懸命編むことだから。
 そうして空が橙色の染まった頃、俺たちは別荘の裏手にある小川に移動した。各自自作したミモザの花冠を川に浮かべ、流れていくミモザの花冠に願いを込める。

「願い事、叶うといいよな」

 ミモザの花冠を流し終えたハノスが、後頭部で腕を組みながら言う。
 俺は目を瞬かせた。

「ハノスさんはどんなお願い事をしたんですか?」
「テオの安産祈願。無事に赤ん坊が生まれますように、って」

 なるほど。確かに今のハノスが一番に願うのは、父子ともに健やかに出産が終わることだよな。すっかり、よき夫で、よき父親だ。

「ボクもお願い事が叶うといいなぁ」

 おっ、シェフィもとことこと戻ってきた。

「シェフィはどんなお願い事をしたんだ?」
「早く大人になれますように、って」

 お子様のお願い事の鉄板だな。実際、大人になったらなったで大変なことは増えるし、子供時代を懐かしく思うものだけど、子供時代は大人に憧れるものだよなぁ。

「へぇ、それで早くアウグネストの婿になりたいわけだ」
「え? 違うよ。大人になってお金を稼いで、リュイにおいしいものを奢りたいんだ」

 おや、意外な返答が。
 リュイさんをふいと見たら、リュイさんにとっても予想していなかったことらしい。面食らいながらも感極まった表情をしていて、今にも泣きそう……あ、泣いちゃった。ハノスが慌ててハンカチを差し出している。
 リュイさんの惜しみない愛情は、ちゃんとシェフィに届いているんだな。それにしても、自分でお金を稼いで奢りたいなんて、健気なお願い事じゃんか。
 この二人には、ほっこりさせられるよ。

「大丈夫ですか、リュイさん」
「ううっ……は、はい。すみません」

 ハノスから借りたハンカチで目元を拭うリュイさん。すぐに気を落ち着かせて涙を止め、シェフィのことを力いっぱいハグした。

「私は、あなたが健やかに成長してくれたらそれでいいのですよ。他にお願い事はなかったのですか。やり直してきなさい」
「もう花冠は流しちゃったよ。それよりリュイは、どんなお願い事をしたの?」

 シェフィは、くりくりとした大きな目でリュイさんを見上げている。
 おっ、それは俺も聞きたいな。リュイさんのお願い事か。控えめなリュイさんのことだから、シェフィが健やかに育ちますようにとか、ユヴァルーシュとまた会えますようにとか、そんなところかな。
 と思ったら、よくも悪くも想像の上を行くのがリュイさんだ。

「私は、みなのお願い事が叶いますようにと、願いました」

 ……へ?
 俺もシェフィも驚くほかない。なんだその、聖人君子みたいなお願い事!

「ええ! リュイこそ、もう一回お願い事してきなよ!」
「そ、そうですよ。いくらなんでも私欲がなさすぎます」

 俺たちはやり直すように言うけど、リュイさんは眉をハの字にして。

「花冠はもう流してしまいましたし……それに他に思いつきませんでしたので」
「じゃあ、また新しく花冠を作ってお願い事をしましょう。もっと強欲にいきましょうよ。お願い事をするのはタダなんですから」

 それまで黙っていたアウグネストも、口を挟む。

「そうだな。他に何かお願い事はないか、考えてみるといい」
「はい……」

 渋々といった顔で、頷くリュイさん。なんというか……私欲まみれのお願い事をする俺たちが穢れたものに思えてくるほどの清廉潔白さだ。ピュアにもほどがある。
 リュイさんは、戸惑った顔でアウグネストを見た。

「では、陛下はどのようなお願い事を?」
「俺か? 俺は、早く子供を授かれるように願ったが」
「それは願わなくても、叶うことなのでは」

 リュイさんの突っ込みは、実は俺も同じ考えなんだ。だから、俺がお願い事と聞いて真っ先に思いついたのは、そのことじゃない。

「エリューゲン殿下は、何をお願い事したんだ?」

 ハノスから聞かれて、俺は得意げに答えた。

「私はお子を授かって無事に出産出来たら、――傑作の香水ができますように、と」
「「え……」」

 リュイさん、シェフィ、の二人が言葉を失う。あ、いや。三人だけじゃない。たまたま聞こえていたらしい宮男たちもその場に固まった。
 シェフィが代表して突っ込む。

「そんなお願い事するな! ボクたちを殺す気か!」

 ええー? そ、そんなにダメなお願い事だったかな。殺すなんて大袈裟な……と一瞬思ったけど、紫晶宮のみなを気絶させた珍事件を思い出す。
 ぎゃあぎゃあ喚くシェフィを、リュイさんが宥めた。

「シェフィ、それはエリューゲン殿下の自由ですよ。大丈夫です。私たちはその前に退避すればいいだけの話ですから」

 リュイさん……さりげなく、ひどい。

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