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第10話 エリューゲンの『香癖』2

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 ああ、そういうことか。この燻煙の香りが紫晶宮中に充満していたんだな。それをアウグネスト陛下は火事だと勘違いして、慌てて駆け込んできたわけか。

「そう、なのか。まぁ……火事が起こったわけではなくてよかった」

 アウグネスト陛下もまた、状況を理解した様子で、安堵したように表情を和らげた。燻煙の香りが漂う部屋の中へ足を踏み入れて、つかつかと俺の下へやってくる。

「エリューゲン。体調は大丈夫か」
「え? あ、えっと、はい。問題ありません」

 性欲が満たされて気分爽快の朝だった……とは、口が裂けても言えないけど。
 でも、俺が体調を崩していないか、わざわざ見舞いにきてくれるなんて、やっぱり優しいひとなんだな。気絶させたことを結構気にしていたのかも。
 俺はふわりと微笑んだ。

「こう見えて、身体は頑丈ですので。また、いつでもお付き合いしますよ」

 直球過ぎたのかな。アウグネスト陛下は「そ、そうか」とほんのり頬を赤らめる。絶倫王と呼ばれているわりには、ピュアだな。

「それはともかく、これは見舞いの花だ。受け取ってもらえると嬉しい」

 アウグネスト陛下が差し出したのは、色とりどりの野花たち。整ってはいるけど花屋で買ってきたようには思えないから、後宮の庭から用意したものだろう。
 ま、でも、どこから用意したかなんて関係ない。大事なのは、込められた気持ちだ。
 俺は、ありがたく小さな花束を受け取った。

「ありがとうございます。綺麗なお花ですね」

 植物の匂いも、もちろん俺は好きだ。テオ曰く俺の『香癖』的には、ちょっと物足りなさはあるけども。だって、ほんのりと優しい香りだからさ。

「気に入ってもらえたか」
「はい。あとで窓辺に飾ります」

 にこりと笑うと、アウグネスト陛下は優しげな目を俺に向けて。
 ちゅっ。
 何を思ったのか、俺の唇にキスをしてきた。
 ……え? な、なんだ? 突然。
 呆気に取られたけど、アウグネスト陛下は特に何も言わずに身を翻す。

「また、顔を出す。あまり無理をせぬよう。ではな」

 颯爽と立ち去っていくアウグネスト陛下に、戸口に立っていたテオはささっと道を譲る。そしてその姿が完全に見えなくなってから、テオは「はぁあああ」と深く息を吐いた。

「やっぱり、あの苛烈な魔力は些か……いや、かなり心臓に悪いね。平気な顔のエリーが羨ましいよ」

 言葉の通りに心底羨ましげな目を俺に向けてから、テオも部屋に入ってきた。服の袖で鼻を覆いながら。むっ、失礼な奴だな。

「まったく……エリーの『香癖』も変わらないな。よくこんなにおいを香水にしようだなんて考えるよ。需要が皆無だろうに」
「そんなことはない。みんなこのにおいのよさを知ったら、爆発的大ヒット……」
「しないから」

 ばっさりと言い捨てるテオ。
 むー、テオには伝わらないんだよな。このにおいのよさが。残念なことだ。

「ま、とにかく。花束を寄越して。窓辺に飾るんだろう?」
「あ、うん。でも自分で……」
「ダメダメ。エリーはどうせ大雑把に花瓶の中へ突っ込むだけなんだから。こういうのはね、綺麗に生けるものだよ」

 そういうものなのか。
 そういった美的センスは確かにテオの方があるので、俺はお任せすることにした。花束を手にして部屋を出て行くテオを、見送る。

「……はあ。せっかくの花の匂いが台無しだ」

 嘆かわしい声でひとりごちるテオに、俺は内心首を傾げた。
 お花の匂い……俺にはちゃんと嗅ぎ分けられるけどなぁ。この燻煙臭の中でも。




 そんなことがありつつ。
 その日の夜も、アウグネスト陛下は紫晶宮に顔を出した。

「本当に飾ってくれたんだな」

 俺の自室に入ったアウグネスト陛下は、窓辺に置いた花瓶を見やる。そこには、昼間にアウグネスト陛下がプレゼントしてくれた花束が飾られている。

「もちろんです。せっかくいただいたものですから」

 こう見えて俺は、植物とか自然のものは好きなんだ。エルフの血筋かな? だから、香水を調香するのも好きだし、それが成人後の職業として調香師を選んで修行していた理由だ。

「そうか。こうして飾ってもらえると、存外嬉しいものだな。贈った方としては」

 まるで初めてのことのように言うから、俺は首を傾げた。

「今まで飾ってもらったことがないんですか?」
「そう、だな。そもそも、誰かに花を贈るということ自体が、少ないと思う」

 へぇ。てっきり、元王婿たちにもまめまめしく花を贈っていたんだと思っていたよ。元王婿たちは俺と違って、多分よく体調を崩していただろうから。

「そうなんですか……でしたら、何か珍しいお花があったら、私に贈って下さい。いただくたびに、花瓶に挿して飾ります」
「……そうしたら、お前は喜ぶのか」
「お花は好きですから。色んな種類のお花を見てみたいです」

 あ、やばい。つい自分の欲求を口に出してしまった。
 わがままで強欲な王婿だと思われるかもと危惧したけど、予想に反してアウグネスト陛下は「分かった」とだけ頷くだけだった。
 そしてそのまま、ベッドイン。二度目の性行為コース。
 一度最後までヤったからか、今度は途中で寸止めを食らうことはなく、また日付が変わるまで性行為に耽った。まだアウグネスト陛下は遠慮がちな部分があるけど。
 今度は終わるまで意識を保っていようと頑張ったけど、残念ながら耐えきれなかった。また途中で気絶してしまい、気付いたら朝だった。
 それでも目覚めはすっきりなんだから、俺の身体の頑丈さよ。何よりもまた、性欲が解消されたおかげで気分爽快だ。

「うーん、なんだか体の調子がいいな」

 身支度を整えながら、俺は姿見を覗き込む。そこには、眩い銀髪と菫色の瞳を持つハーフエルフの、儚げな美貌が映っている。
 まぁ容姿はどうでもいいとして、肌だよ、肌。ツヤが増して綺麗になっている気がする。何よりも体が軽くて、奥底から活力が普段以上にわいてくる。
 これまでは持て余した性欲でモヤモヤしている部分があったから、実は本調子じゃなかったのかな。だとしたら、アウグネスト陛下には感謝しないと。
 テオにも感謝……は、したくないな。あいつはあくまで、自分のためにひとを売り飛ばしやがった薄情者だから。
 でも、贄婿ライフはやっぱり案外悪くない。

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