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第38話 ライバル側婿3

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(後宮を追い出されたら、どうするかな……)

 寝台の上にうずくまり、ライリーはひたすら思考する。
 身代わり作戦が失敗したのだから、あとはもうフィンリーをどこかに連れ去るしかないのではないか。幸いライリーは魔法薬を作れるのだ。他国に渡っても、その技術を使えば二人で暮らしていけるくらいには稼げるはずだ。
 そのまま、他国で生活してもいいし――両親には申し訳ないが――、フィンリーは変わらずに家に帰りたいようであれば、エザラがセオの子を産んでから帰国させたらいい。そうしたら、フィンリーの後宮入りルートはもう消滅している。

(よし。なんか、どうにかなる気がしてきた)

 というか、初めからそうしていればよかったのかもしれない。身代わりの欠陥オメガ作戦なんて、回りくどい方法にもほどがある。とっととフィンリーをこの国から連れ出していたら、ライリーもセオと恋仲になることはなかったのに。
 ――そうしたら、仲を引き裂かれる苦しみを味わうこともなかった。
 ライリーは抱えた膝に、顔をうずめた。

(セオも……苦しむだろうな)

 犯されていないとライリーが訴えれば、セオは信じてくれるだろう。だが、青薔薇騎士は犯したと主張するだろうし、実際にライリーが青薔薇騎士と二人っきりで部屋にいたという事実はある以上、真偽はどうあれライリーはもう王婿の地位にはいられない。外聞が悪すぎる。
 そしてその無慈悲な決断を下さねばならないのが、国王であるセオだ。自分が想いを寄せる相手と離縁し、追い出し、そして――行方をくらまされるというのは、ライリー以上にきっとつらいことだろう。
 分かっていても、ライリーにはもうどうすることもできない。この国に残れば、愛人として囲われるルートがあるかもしれないが、ライリーはフィンリーのことを守らなければならないのだ。後宮を追い出されたら、この国にはとどまれない。
 もう……セオとともにいられる未来は、消滅してしまったのだ。
 護衛を連れてきていれば。
 せめて、トマスにも同行してもらっていれば。
 たらればを考えても仕方ないとは分かっているものの、考えずにはいられない。後悔しても遅い、もう手遅れ、というのは、まさにこのことだった。

(まさか、あのエザラ殿下がこんな卑劣な手段を使うなんて……)

 意気消沈する気持ちを超えて、ふつふつと怒りの感情が沸き上がってくる。
 そんなにも、次期国王を産みたいのか。他人を陥れてまで、地位と名誉が欲しいのか。

「ふざけるな」

 つい、感情的に呟いていた。
 その呟きが、青薔薇騎士の耳にも届いたのだろう。そしてそれは、自分たちに向けられた怒りの言葉だと察したらしかった。椅子に座っている青薔薇騎士が、眉をハの字にする。

「……なんの罪もないあなたには、申し訳ないことをしていると思っています。ですが、こちらにはこちらの事情があるんです」

 ライリーは内心鼻で笑った。事情だと。事情があれば、卑怯な手を使ってライバルを蹴落としてもいいとでもいうのか。

「どうせ、地位と名誉が欲しいだけだろ。エザラ殿下は」
「違います! エザラ様のことを悪く言わないで下さい!」

 青薔薇騎士は語気強く否定するが、悪く言うな、なんてよく言えるものだ。都合がいいとは思わないのだろうか。

(っていうか、エザラ殿下が裏で糸を引いていることは否定しないのかよ)

 容易く推測できることではあるし、別にひっかけたわけでもないが、そこはエザラの関与を認めてはいけないところだろう。頭が弱いのか、この青薔薇騎士。

「こんな目に遭わされて悪く言うな、っていうのは無理な話だろ。事情とやらがあれば、ひとの人生をぶっ壊すような真似をしてもいいのかよ」

 睨みつけると、青薔薇騎士は言葉に詰まって怯む。俯いて、しばらく押し黙った。返す言葉がないようだ。
 それでも、青薔薇騎士はなおもエザラを庇う。

「……僕のことは、一生恨んでもらって構いません。ですが、エザラ様のことだけは悪く言わないで下さい。エザラ様は悪くないんです」

 俯いたまま、沈痛な面持ちをしている青薔薇騎士。こんな役目を押し付けられても、エザラのことを強く慕っているようだ。

「あの方は、本当は心根の優しい方なんです。親に捨てられて路頭に迷っていた僕を救ってくれたのが、エザラ様なんです。だから、エザラ様を悪く言うことは許しません」

 思わぬ過去話がぶちこまれてきた。正直、青薔薇騎士の事情なんて知ったことではないが……助けがくるまで、どうせ暇だ。話に付き合ってやろう、とライリーは相槌を打った。

「ははあ、エザラ殿下に救ってもらった恩義があるから、こんな役目を買って出たと」

 国王の婿に手を出す。普通に考えたら、処刑ものだろう。どんなに軽い処罰でも、一生牢獄にぶちこまれるのは間違いない。
 そう考えると、青薔薇騎士のエザラへの忠誠心は、かなり高いと言える。救ってもらったという過去に、よほど感謝しているんだろうか。

「僕はとうの昔に死んでいたはずの身です。それを救って下さったエザラ様のためなら、なんでもしますよ。この命だって、喜んで捧げます」
「……さっき言っていた、エザラ殿下の事情っていうのは?」
「エザラ様は、あまり欲がなく多くを望まない方ですが……ただ一つだけ、お父上からの愛だけは渇望していらっしゃる。お父上からの愛を求めて、サンドフォード侯爵家の役に立とうと必死なんです」

 青薔薇騎士曰く。エザラはサンドフォード侯爵の前婿の息子だが、サンドフォード侯爵と前婿は政略結婚に過ぎず、エザラはサンドフォード侯爵からは冷遇されて育った。サンドフォード侯爵が真に愛していた後婿を家に迎え入れてからは、ますますその傾向が強くなり、エザラはサンドフォード侯爵からの愛をより一層求めるようになったのだという。

「だから……すべては、お父上から愛されたい一心なんです」

 サンドフォード侯爵家の役に立てれば。
 サンドフォード侯爵の要求に応えられれば。
 そうしたら、サンドフォード侯爵から愛してもらえる。存在を認めてもらえる。エザラの思考回路は、そうなっているんだろう。
 ――けれど。
 ライリーは、青薔薇騎士を真っ直ぐ見つめた。

「そんなにもエザラ殿下のことを理解しているのに、あんたは何をやっているんだ?」

 想定外の反応だったんだろう。青薔薇騎士は面食らったのち、戸惑ったような表情を浮かべた。どういう意味なのか、分かっていなさそうな顔だ。

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