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第30話 公太子来訪10

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「夜分遅くにすまない、ライリー」

 赤薔薇宮の玄関前まで行くと、セオが待っていた。
 中には入ってこない。アレックスへの配慮だ。セオに手を出されたのではないかと、周囲から思われないように。昨夜も赤薔薇宮に宿泊はしなかった。

「別にいいけど。どうかしたのか?」
「具合はもう大丈夫なのかと気になって」

 そういえば、具合が悪くなったことにしていたのだった。
 ライリーは笑みを取り繕う。

「あ、ああ、うん。もう大丈夫だよ」
「それなら、いいが。……まさか、また一人で何か思い悩んでいるのではないか」

 ライリーを見下ろすセオの表情は、気遣わしげだ。先日、イーデンのことで悩み過ぎて知恵熱を出したくらいだから、そう思われるのも無理はない。

「本当に大丈夫だよ。ただ、ちょっとアレックス殿下と考え事をしているんだ」
「アレックス殿下と? どのような」
「ルエニア公国を消滅させずに済む方法はないかなって。悪あがきだけど、何もせずに諦めるよりも、少しでも手を尽くしたくて」

 セオは驚いた顔をした。

「もしや、アレックス殿下から話を聞いたのか」
「うん。アレックス殿下を娶ってルエニア公国を吸収するつもりなんだろ?」

 セオは是とも否とも答えない。だが「……その方向性で話は進んでいる」と正直に答えた。気まずそうな顔で、ライリーを見る。

「すまない。ライリーだけを愛していると言いながら、私は……」
「なんで謝るんだよ。国王として必要な判断なんだろ。別に気にしないよ」

 気になるのは、アレックスやルエニア公国の民がどうなるかだ。そのことに比べたら、アレックスが後宮入りすること自体は些末なことだ。
 ライリーが決して強がりで言っているのでないと、伝わったのだろう。セオは複雑そうな顔をした。が、そのことについては何も言わない。

「それにしても、ルエニア公国を消滅させずに済む方法か。それなら」
「え、何か思いついてるのか?」

 食い気味に訊ねると、セオは「あ、いや……」と曖昧に笑んだ。

「……何かいい案が浮かんだら、私に教えてくれと、言おうとしただけだ」

 なんだ。そういう意味か。
 ライリーは落胆しつつも納得して、「分かった」とだけ返した。そりゃあ、もし何か方法を思いついていたら、すでに動いているだろう。

「だが、ライリー。あまり、のめり込みすぎるな。本調子ではないのだから」
「心配しなくても、大丈夫だって」
「また知恵熱をぶり返さないとも限らないだろう」
「う……わ、悪かったな。どうせ、俺は頭が弱いよ」

 むぅとするライリーに、セオは可笑しそうに仄かに笑う。かと思うと、手を伸ばしてきてライリーのことを抱き締めた。

「わっ」
「私の心はライリーにある。それだけは信じてほしい」

 ――あくまで今は、だろう。
 という思いが頭に浮かぶが、口には出さない。

「うん。ありがとう」

 腕の中の温もりが心地いい。夜風が冷たいからだろうか。

「愛している」

 そっとキスをしてから、セオは体を離した。愛おしげな目でライリーを見つめ、その頭にぽん、と手を置く。

「ではな。あまり夜更かししないように」
「そういうセオこそ、徹夜せずにしっかり眠れよ」

 国王に倒れられては、この国が困る。もちろん、セオ自身の身を案じていないわけでもないが、そんなことは気恥ずかしくて口には出せない。

「ああ。では、また明日」

 セオは颯爽と立ち去っていった。


     ◆◆◆


 別に気にしない、と言われてしまった。
 新たにアレックスを王婿として娶るかもしれないのに。

「……何を落ち込んでいるんですか、陛下」

 執務室へ顔を出したレイフは、怪訝な顔だ。そんなレイフの疑問に答えたのは、セオ本人ではなく、半笑いのハリスンだった。

「ライリー殿下に別に気にしないって言われたんだって。アレックス殿下を娶るかもしれないこと」
「それのどこに落ち込む理由が? 自分以外の人を娶らないでと、アホなことをぬかす愚婿でなくてよかったじゃないですか」

 ……確かに嫌だと駄々をこねられても困る、けれども。一方で、可愛く嫌がってほしいとも思うこのジレンマ。恋愛に興味のないレイフには理解できないようだ。

(エザラには焼きもちを妬いていたように思っていたんだが……)

 セオの気のせいだったのだろうか。恋愛対象として意識してもらえ始めたというのも、全くの勘違いだったのかもしれない。
 ため息をつくセオの前まで、レイフはつかつかとやってきた。

「それよりも、陛下。カシェート帝国に送っている密偵から連絡が届きました」

 セオは顔を上げた。なんとか気持ちを切り替え、国王としての顔になる。

「見つかったか?」
「いえ……残念ながら。ただ、ルエニア大公陛下の弟君が亡くなったというのは事実のようですね」
「そう、か……」

 カシェート帝国は、セオが王太子時代からどうにかせねばならないと思っていた危険な大帝国。ゆえに王位についてから、裏で密偵を動かし、手を打とうとは思っていた。が、間に合わなかったようだ。
 ハリスンも珍しく真面目に口を挟む。

「そもそも、カシェート帝国にいるのかどうかも分かりませんからねぇ。どこか、違う国にいるのかもしれませんし」

 その通りだ。ひとまず、カシェート帝国内から捜索させているだけで、なんの手がかりもないのだ。捜索は困難を極めている。
 ルエニア大公たちが滞在する最終日まで残り三日。それまでに都合よく目的の人物が見つかるとは思えないが……今は、奇跡を信じて連絡を待つほかない。
 もし、奇跡が起きなければ。そうしたら。

(すまない、ライリー……)

 セオは国王として決断を下さなければならない。


     ◆◆◆

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