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第16話 新たな侍従7

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     ◆◆◆


 ライリーの様子がおかしかった気がする。
 目線を合わせなかったり、かと思えば、セオの言うことを悪い方に解釈して、泣きたそうな顔をしたり。
 具合が悪いからといって、あんな挙動になるだろうか。

「何を考え込んでいるんですか、陛下」

 ライリーが眠りについた後。
 赤薔薇宮を出ると、待機していたハリスンが声をかけてきた。
 セオは顔を上げる。

「いや……ちょっと、ライリーの様子がおかしかったような気がしてな」
「体調が悪いからではなく?」
「その可能性もあるが、なんとなく違うような気がする」

 あくまで勘だ。毒殺されかかった生い立ちから勘が鋭い方だという自負はあるものの、百パーセントではないし、見抜けないことも多々ある。
 ハリスンは「ははあ」と頬を掻いた。

「陛下がそう感じるのであれば、何かあるかもしれませんね。案外、直感って当たりやすいものですし。密偵でも送り込みますか?」

 密偵の腕なら優秀だ。些細なことも見逃さず、赤薔薇内のことを調べ上げるだろう。
 ――だが。

「……そういうことはしたくない」

 無理矢理、秘密を暴くのは、個人のプライバシーの侵害だろう。国として必要な諜報活動でもあるまいに、愛する人のことを裏でこそこそ嗅ぎ回るのは嫌だ。
 何かあるのならライリー自身の口から聞きたいし、聞くべきだと思う。
 そう告げると、ハリスンはふっと笑った。

「そうですか。成長いたしましたね、陛下」

 国王に対して上から目線の物言いである。が、今に始まったことでもない。
 おおやけの場であれば、けじめをつけるために諫めなければならないが、今はそうではないので特に触れなかった。

(成長した、か)

 人間不信な性格を根本から克服できたわけでは、まだない。けれど、赤薔薇宮を起点にして少しずつ変わっているという自覚はある。
 それも、ライリーのおかげだ。ライリーの存在が、セオを成長させてくれているのだ。
 だからこそ、思う。
 ライリーのことを愛し守りたいと。


     ◆◆◆


 次に目を覚ました時、すでに夜だった。

「起きたか」

 ライリーは首を動かして声の主を見やる。
 寝台の傍らに椅子を置いて、腰かけているのはセオだ。

「セオ……あれ、政務は?」
「今日は早めに切り上げてきた。夜も顔を出すと言っただろう」

 ライリーが爆睡しすぎて、セオが赤薔薇宮にくる方が早かったということらしい。やってきてから、ずっと傍に付き添っていてくれたのだろうか。

「体調はどうだ。顔から赤みは引いているが」

 言われてライリーは気付く。頭がズゥンと重苦しかったのがとれて、思考がクリアだ。倦怠感もなくなって、体が軽い。
 我ながら、すごい回復力だ。今日中に治るとは思わなかった。

「うん、もうよくなったみたいだ。心配かけてごめん」

 上体を起こして笑うと、急にセオの秀麗な顔が近付いてきて、ライリーはぎょっとした。てっきりキスされるのかと思いきや、違った。
 こつん。
 額と額がぶつかる。セオの温もりが伝わってくる。

「ふむ。確かに熱はもうないようだな」

 さすがにセオも状況の分別はつくようだ。
 押し倒されるのかと一瞬どぎまぎしたライリーは拍子抜けしたものの、そりゃあそうだよなと思う。普通の感性を持っていたら病み上がりの相手と事に及ぼうとは考えまい。
 セオはすっと額を離して、安堵したように笑んだ。

「元気になったようでよかった。だが、油断は禁物だぞ。もう数日はゆっくり休め」
「ありがとう。そうするよ」
「ああ。……ところで、ライリー」

 セオは、覗き込むようにしてライリーを見た。

「最近、何かあったか?」
「え?」

 驚いてセオを見ると、気遣わしげな顔がそこにあった。
 何かあったか。はい、ありました……とあっさり答えられたら、どんなに楽なことか。

「べ、別に何もないよ」
「本当に? 一人で悩みを抱え込んではいないか」
「……なんでそう思うんだ」
「日中に顔を出した時、様子がおかしかった気がするから」

 それには押し黙るしかない。爆睡し終えた今、熱を出していた時の記憶は、うろ覚えだからだ。

「何もないのならいいんだ。だが、もし何か悩んでいるのなら、頼ってほしい。力になれることがあるかもしれない」
「セオ……」

 ライリーは正面を向いて俯いた。両手で掛け布団のシーツを握りしめる。
 セオの言葉はありがたい。気持ちも嬉しい。けれど、なんといって相談すればいいのだ。イーデンの名を伏せるにしたって、誰かに好意を持たれているなんて相談を軽々しくはできない。それで不貞を疑われても困る。
 沈黙したままでいると、セオはライリーの手にそっと自身の手を重ねた。

「私では頼りにならないか」

 ライリーは慌てて頭を振った。

「ち、違う。そういうわけじゃない」
「では、なぜ」
「……その、ええと」

 言葉が続かず、やはり押し黙るしかない。
 ライリーが困っていることを察したのだろう。セオもまた、目を伏せた。

「すまない。困らせたいわけではないんだ。ただ、心配で」
「ごめん……」
「謝らなくていい。だが、そうだな……私には相談できないというのなら、誰か他の者に相談してみてはどうだろう。宮女たちでも、赤薔薇騎士たちでも、イーデンでもいい。とにかく、一人で抱え込むのはよくない」
「そう、だな……」

 さすがに、悩みの種である張本人には相談できないが。

(よくよく考えたら、セオにとっては恋敵になるんだよな……イーデンさん)

 それなのに、全く気付かず普通に接しているというのは、傍目から見たらギャグだろう。勘が鋭いのか、そうでないのか、どっちなんだ。
 だが、それも無理からぬ話かもしれない。というのも、今世界の男性間の恋愛といったら、アルファかベータと、オメガの組み合わせが一般的なのだ。オメガ同士なんて、少なくともライリーは今世で聞いたことがない。
 まさか、自分の側婿がその侍従に好かれているだなんて、発想が及ばないだろう。

(誰かに相談、か……)

 ライリーだって、誰かに相談できるものなら相談したい。しかし、事情が特殊過ぎて、どう説明すればいいのか分からない。
 好意を寄せられて困っているんです、だけだと、だったらきっぱりと断ればいい、という答えが返ってくるだけだろう。だが、ライリーが悩んでいるのはその点ではないのだ。
 何かいい相談方法はないだろうか。

「……もう少し、考えてみる。ありがとう、セオ」

 ひとまず笑ってお礼を伝えると、セオも僅かながら笑い返してくれた。

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