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第二章:王都学園編~初年度前期~
第32話:宿泊訓練
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夏だ! 海だ! 青い空! 白い砂浜! バカンスの時間だよ!
「海ではなく、湖ですよね?」
「空は……青いですけど、夏ではないです。5月ですよ? まだ初夏と呼べるかどうかも怪しい時期ですし」
「砂浜もないですし、周りは鬱蒼とした森ですし」
「そもそも、泳ぐつもりもないですから」
おおう……皆のテンションが低い。
学園主催の合宿に、皆にお情けで付き合ってもらったけど。
勉強会とか社会見学かなと思ってたら、まさかの野外宿泊訓練だった。
どうりで、集合場所の男子比率が高いわけだ。
うちからの参加者は、私とカーラ、レイチェル、テレサ、フローラ、そしてオルガだ。
ソフィは、普通に実家の手伝いに戻っていった。
王城主催の舞踏会の次の日に。
この日のためだけにニシェリア領から戻ってきていた、シャルルの馬車で。
羨ましい。
ソフィがまさかの徒歩での帰郷だったからね。
乗り合い馬車でもなく。
逞しすぎるよ。
こんな可愛い子が、徒歩であの長距離を。
いや、時代というか文化というか。
超長距離徒歩移動がそこまで珍しくないけどさ、なんせ船が一番早い移動手段だし。
といっても、実際には騎獣型の魔獣に乗っての移動が、圧倒的に早いけどね。
あっ、転移魔法は別ものとして。
あれは、ずるだから。
使える人は滅多にいないけど、世界の中にいる総数からみれば少なからずいるとか。
短距離まで含めたら。
乗り合い馬車も不安だったので、私が送ろうかと考えていたらシャルルが名乗り出たってわけ。
ソフィが物凄く遠慮していたけど、そこは強引に。
色々と学園のことで話したいことがあるから、移動しながらだと時間も無駄にならないし的な理由で強引にシャルルの馬車に突っ込んだよ。
あっ、言い訳を考えて言ったのはシャルルだけどね。
ということで、いつもの貴族令嬢4人組と最近加わったオルガで参加だ。
「まさか、野外宿泊と思いませんでしたわ」
「ここまで、馬車で来てますし」
そうなのだ。
集合場所に馬車が用意してあったのも、勘違いの一つだ。
宿か施設に向かうのだろうと思ったら、まさかの森の入り口。
森の中に宿泊施設があるのかと、ワクワクしながらハイキング気分で進むと何もない場所で目的地だと告げられた。
ちなみに、男子諸君というか他の参加者は内容を知ってたらしい。
私たち以外にも、奇特な女子生徒が内容を知ったうえで数人参加していたからね。
あっ、勝手に申し込まれていた?
身分至上主義派の誰かに?
本当に、誰か分かってないのかな?
分かってたら、教えてくれてもいいんだよ?
それにしても、マジか……やることが、稚拙すぎる。
テレビでも凄いお金持ちの子たちが、スクールカーストのトップに位置する恋愛学園ものとかあったけどさ。
いじめの内容が、頭が悪いというか。
淑女教育とか受けてるわりに、顔を顰めたくなるような内容が多かったもんね。
まあ、良いか。
ついでに、彼女たちも保護しておこう。
「さて、女性陣は……レオハートと行動を共にするなら、特に心配はないか。一応、救護要員は用意してあるから無理だと思ったら申し出るように。町に退避用の宿を取ってるからな」
引率担当の一人である、ブライト先生がそう言って頷いていた。
「意義あり! 何が言いたいのか、よく分かりませんが不快です!」
「そうか。どうせ魔法の方も出鱈目なんだろう? それに、レオハート大公のお孫様ともなれば、そういった教育も受けているだろうし」
なるほど、魔法の使用は制限なしと。
「森を焼くようなものはだめだぞー! 普通は、基本的な魔法しか使えないはずの年齢なんだからな? 攻撃魔法が使えたら、大したものだと言われるレベルなんだからな?」
まあ、魔法による事故は怖いもんね。
将来的に魔法職を目指していないと、家庭でも必要最低限のことしか習わないはずだし。
「よし、じゃあ期間は明後日の昼まで! 頑張って生き残ってくれ」
そういって、解散を促された。
そう、この訓練の目的。
移動中に馬車が襲われて、森に逃げ込んだときの生存能力を上げるためのものらしい。
基本的に子息はともかく、令嬢が森で野盗に襲われたら詰む。
護衛がなんとかしてくれるだろうけど、逃げないといけないような状況は確実に詰んでると思う。
だから、普通のご令嬢はこの合宿に参加しないのか。
まあ、内容を聞いても参加したかもしれないけど。
「とりあえず、どうしたらいいのでしょう」
とくに目的もなく、2日間森で過ごせと言われただけだからね。
火も自分たちで用意しないといけない。
魔法が使えるなら、簡単だけど。
ちなみに男子は三人一組で行動するらしい。
護衛を二人連れて逃げたという設定だとか。
参加してるのは将来的に、誰かの護衛になる可能性もある子たちだしね。
準男爵家や男爵家、子爵家の次男とか三男坊。
「まずは、火でしょうか?」
「あっ、それは魔法でいつでも着けられるから後でいいよ」
カーラが提案をしてきたけど、別に急ぐものでもないし。
まずは、宿泊場所の確保からかな?
「渡されたのが大きなマントだけなのですが」
「それをベッドやシーツの代わりにしろってことじゃない?」
「いや、こんなので寝られるわけないじゃないですか」
ブライト先生にお世話を押し付けられた子が、私にマントを見せてきたから答えてあげる。
すぐに他の子が、声をあげていたけど。
「だったら、辞退したらどうですか? そうすれば、街でベッドで寝られますよ」
あっ、オルガの表情が厳しい。
扇子で口元を隠しているけど、ついてきている子に対する視線がどこか冷たい。
それに、私たちをつけてる男子が数組いるから、十中八九そういうことかなぁっと思ったり。
「いや、その……」
「もう少しだけ、頑張ります」
頑張れるかなー?
野営って、そんなに簡単なものじゃないよ。
いや、魔法が使えるからそれ自体は簡単だけど。
普段と違う環境ってのは、それだけで色々と蝕んでくるからねぇ。
とくに貴族の子息令嬢として、ぬくぬく育ってきた子たちにしてみたら。
その点、うちでそういった心配があるのは、カーラだけだね。
芯があって根性もあるけど、純粋培養のお嬢様っぽいし。
そういうと他の子に失礼かな?
でも、レイチェルは同級生で私とクリントに次ぐ、3番手のレベル保持者だよ?
そりゃ、森で野営もしたこともあるはずだと思う。
テレサとフローラは、騎士を目指してるから。
行軍訓練とかも、やってそうだし。
接待されながら。
オルガは、どうなんだろう。
シャルルからビルウッドは、ステージア家の諜報部だって聞いてるしね。
何かしらの訓練を、受けてたりするのかなぁ?
本人が話すつもりが無さそうだから、私も知らないふりをしているけど。
「きゃあ、小さい虫が! 虫が!」
腕に蚊が止まっただけなのに、カーラが大騒ぎしている。
「叩いて潰したらいいですよ」
レイチェルが、チラリと見て呆れたようにアドバイスしてる。
出来ないから、騒いでいるんだと思うよ。
「いや、無理です! 殺せません!」
「ほらっ」
「きゃあああああ! 私の腕に、血が! 虫の血がー! 潰れた死骸もー! 何をするんですか!」
あっ、すでに血を吸われた後だったんだ。
レイチェルがカーラの腕を軽くたたいて蚊を潰すと、血と蚊の死骸がべったりと着いていた。
それから腕にへばりついた蚊の死骸を払おうとして、真っ青な顔になってた。
触りたくないらしい。
今は一生懸命腕を伸ばして、自分の顔から遠ざけている。
やだ、可愛い。
「はぁ……水は貴重なのですよ」
「申し訳ありません」
レイチェルが水筒から水を出して、カーラの腕を洗ってあげていた。
優しいし、この2人は仲が良いんだね。
カーラを見るテレサとフローラの視線が、微妙なもののように見える。
困惑と嘲笑と憐憫が混じったような。
自嘲も含まれていそう。
複雑な感情を抱いているのが、よく分かる目だね。
「蚊は危険な病気を運ぶこともあるので、すぐに払うか潰してしまった方がいいですよ。それに、その血は蚊の血じゃなくてカーラ嬢の血ですよ」
オルガが冷静にアドバイスをしている。
カーラが、困り顔だ。
「頑張りますわ……でも、虫なんか触ったこともなくて」
だよねー。
やっぱり、そこが箱入り娘からしたら最難関だよね。
あっ、他の子たちも数人青い顔の子たちがいる。
彼女たちも、虫は苦手なタイプか。
「で、まともに野宿が出来そうな方は?」
オルガの言葉に手をあげたのは、レイチェルとフローラだった。
私はあげてない。
まともじゃない野宿を考えているから。
意外なのがテレサだ。
てっきり、彼女も出来るもんだと思ってた。
「流石にここまで装備が無いと、難しいですね。嫌な感じのする男子も付いてきてますし。ここは、安全策をとって街に連れ帰ってもらうのも手かと」
「私がいるから、大丈夫」
なるほ、そっちの心配をしてたのか。
でも、魔法によるセキュリティ万全の宿泊場所を用意すれば、問題ないよね。
「あなた達は?」
「だ……大丈夫です」
「ふーん……で、私たちが寝たあとに、あそこの男子と入れ替わるわけね」
わー、ど直球。
オルガの言葉を受けて、途端に少女のうちの3人が挙動不審な感じになった。
もう、ほとんど自白してるようなもんじゃん。
じゃあ、あとの2人は巻き込まれただけかな?
それか、よほど肝が据わっているのか。
「なんて、冗談よ」
そう言って、オルガは扇子を口に当てて笑っているけど。
迫力あるなー。
ぜったい、冗談じゃなかったと思う。
「それに、もし万が一そんなことがあったら……あの子たちも、引き込んだ子たちも生きて森を出られないでしょうし」
こっわ。
最悪の事態は確かに防ぐことはできても、一晩一緒にいたという既成事実だけで醜聞を広められたら困るから、口封じに殺すのが手っ取り早いかもしれないけどさ。
すぐにそういう発想になるあたり、貴族って怖いなー。
「冗談よ」
もはや、絶対に冗談に聞こえてないと思うよ。
とりあえず手足を一生懸命振って虫が来ないようにしているカーラを見て、癒されよう。
鞄から布を出して、カーラにかけてあげる。
「少しでも露出を減らしたらいいよ」
「ありがとうございます」
「……エルザ様の周りには、蚊が寄ってきませんね」
カーラがすでに疲れ切った表情でお礼を言って来たけど、横でフローラが不思議そうにしていた。
そりゃ、もちろん。
「魔法で微風を常に身体に纏っているからね。蚊って軽いから、少しでも風があると近づけないんだ」
「ずるいです」
ネタ晴らしをしたら、カーラが羨ましそうにしていた。
仕方ないから、虫よけの魔法でも掛けておこうかな?
大体田舎に憧れてきた都会の連中も住んでみたはいいけれど、結局虫に追い出されることが多いしね。
これ使うと、誰かがあおりを受けるんだよね。
例えば、こっそりついてきている男子君たちとか。
「海ではなく、湖ですよね?」
「空は……青いですけど、夏ではないです。5月ですよ? まだ初夏と呼べるかどうかも怪しい時期ですし」
「砂浜もないですし、周りは鬱蒼とした森ですし」
「そもそも、泳ぐつもりもないですから」
おおう……皆のテンションが低い。
学園主催の合宿に、皆にお情けで付き合ってもらったけど。
勉強会とか社会見学かなと思ってたら、まさかの野外宿泊訓練だった。
どうりで、集合場所の男子比率が高いわけだ。
うちからの参加者は、私とカーラ、レイチェル、テレサ、フローラ、そしてオルガだ。
ソフィは、普通に実家の手伝いに戻っていった。
王城主催の舞踏会の次の日に。
この日のためだけにニシェリア領から戻ってきていた、シャルルの馬車で。
羨ましい。
ソフィがまさかの徒歩での帰郷だったからね。
乗り合い馬車でもなく。
逞しすぎるよ。
こんな可愛い子が、徒歩であの長距離を。
いや、時代というか文化というか。
超長距離徒歩移動がそこまで珍しくないけどさ、なんせ船が一番早い移動手段だし。
といっても、実際には騎獣型の魔獣に乗っての移動が、圧倒的に早いけどね。
あっ、転移魔法は別ものとして。
あれは、ずるだから。
使える人は滅多にいないけど、世界の中にいる総数からみれば少なからずいるとか。
短距離まで含めたら。
乗り合い馬車も不安だったので、私が送ろうかと考えていたらシャルルが名乗り出たってわけ。
ソフィが物凄く遠慮していたけど、そこは強引に。
色々と学園のことで話したいことがあるから、移動しながらだと時間も無駄にならないし的な理由で強引にシャルルの馬車に突っ込んだよ。
あっ、言い訳を考えて言ったのはシャルルだけどね。
ということで、いつもの貴族令嬢4人組と最近加わったオルガで参加だ。
「まさか、野外宿泊と思いませんでしたわ」
「ここまで、馬車で来てますし」
そうなのだ。
集合場所に馬車が用意してあったのも、勘違いの一つだ。
宿か施設に向かうのだろうと思ったら、まさかの森の入り口。
森の中に宿泊施設があるのかと、ワクワクしながらハイキング気分で進むと何もない場所で目的地だと告げられた。
ちなみに、男子諸君というか他の参加者は内容を知ってたらしい。
私たち以外にも、奇特な女子生徒が内容を知ったうえで数人参加していたからね。
あっ、勝手に申し込まれていた?
身分至上主義派の誰かに?
本当に、誰か分かってないのかな?
分かってたら、教えてくれてもいいんだよ?
それにしても、マジか……やることが、稚拙すぎる。
テレビでも凄いお金持ちの子たちが、スクールカーストのトップに位置する恋愛学園ものとかあったけどさ。
いじめの内容が、頭が悪いというか。
淑女教育とか受けてるわりに、顔を顰めたくなるような内容が多かったもんね。
まあ、良いか。
ついでに、彼女たちも保護しておこう。
「さて、女性陣は……レオハートと行動を共にするなら、特に心配はないか。一応、救護要員は用意してあるから無理だと思ったら申し出るように。町に退避用の宿を取ってるからな」
引率担当の一人である、ブライト先生がそう言って頷いていた。
「意義あり! 何が言いたいのか、よく分かりませんが不快です!」
「そうか。どうせ魔法の方も出鱈目なんだろう? それに、レオハート大公のお孫様ともなれば、そういった教育も受けているだろうし」
なるほど、魔法の使用は制限なしと。
「森を焼くようなものはだめだぞー! 普通は、基本的な魔法しか使えないはずの年齢なんだからな? 攻撃魔法が使えたら、大したものだと言われるレベルなんだからな?」
まあ、魔法による事故は怖いもんね。
将来的に魔法職を目指していないと、家庭でも必要最低限のことしか習わないはずだし。
「よし、じゃあ期間は明後日の昼まで! 頑張って生き残ってくれ」
そういって、解散を促された。
そう、この訓練の目的。
移動中に馬車が襲われて、森に逃げ込んだときの生存能力を上げるためのものらしい。
基本的に子息はともかく、令嬢が森で野盗に襲われたら詰む。
護衛がなんとかしてくれるだろうけど、逃げないといけないような状況は確実に詰んでると思う。
だから、普通のご令嬢はこの合宿に参加しないのか。
まあ、内容を聞いても参加したかもしれないけど。
「とりあえず、どうしたらいいのでしょう」
とくに目的もなく、2日間森で過ごせと言われただけだからね。
火も自分たちで用意しないといけない。
魔法が使えるなら、簡単だけど。
ちなみに男子は三人一組で行動するらしい。
護衛を二人連れて逃げたという設定だとか。
参加してるのは将来的に、誰かの護衛になる可能性もある子たちだしね。
準男爵家や男爵家、子爵家の次男とか三男坊。
「まずは、火でしょうか?」
「あっ、それは魔法でいつでも着けられるから後でいいよ」
カーラが提案をしてきたけど、別に急ぐものでもないし。
まずは、宿泊場所の確保からかな?
「渡されたのが大きなマントだけなのですが」
「それをベッドやシーツの代わりにしろってことじゃない?」
「いや、こんなので寝られるわけないじゃないですか」
ブライト先生にお世話を押し付けられた子が、私にマントを見せてきたから答えてあげる。
すぐに他の子が、声をあげていたけど。
「だったら、辞退したらどうですか? そうすれば、街でベッドで寝られますよ」
あっ、オルガの表情が厳しい。
扇子で口元を隠しているけど、ついてきている子に対する視線がどこか冷たい。
それに、私たちをつけてる男子が数組いるから、十中八九そういうことかなぁっと思ったり。
「いや、その……」
「もう少しだけ、頑張ります」
頑張れるかなー?
野営って、そんなに簡単なものじゃないよ。
いや、魔法が使えるからそれ自体は簡単だけど。
普段と違う環境ってのは、それだけで色々と蝕んでくるからねぇ。
とくに貴族の子息令嬢として、ぬくぬく育ってきた子たちにしてみたら。
その点、うちでそういった心配があるのは、カーラだけだね。
芯があって根性もあるけど、純粋培養のお嬢様っぽいし。
そういうと他の子に失礼かな?
でも、レイチェルは同級生で私とクリントに次ぐ、3番手のレベル保持者だよ?
そりゃ、森で野営もしたこともあるはずだと思う。
テレサとフローラは、騎士を目指してるから。
行軍訓練とかも、やってそうだし。
接待されながら。
オルガは、どうなんだろう。
シャルルからビルウッドは、ステージア家の諜報部だって聞いてるしね。
何かしらの訓練を、受けてたりするのかなぁ?
本人が話すつもりが無さそうだから、私も知らないふりをしているけど。
「きゃあ、小さい虫が! 虫が!」
腕に蚊が止まっただけなのに、カーラが大騒ぎしている。
「叩いて潰したらいいですよ」
レイチェルが、チラリと見て呆れたようにアドバイスしてる。
出来ないから、騒いでいるんだと思うよ。
「いや、無理です! 殺せません!」
「ほらっ」
「きゃあああああ! 私の腕に、血が! 虫の血がー! 潰れた死骸もー! 何をするんですか!」
あっ、すでに血を吸われた後だったんだ。
レイチェルがカーラの腕を軽くたたいて蚊を潰すと、血と蚊の死骸がべったりと着いていた。
それから腕にへばりついた蚊の死骸を払おうとして、真っ青な顔になってた。
触りたくないらしい。
今は一生懸命腕を伸ばして、自分の顔から遠ざけている。
やだ、可愛い。
「はぁ……水は貴重なのですよ」
「申し訳ありません」
レイチェルが水筒から水を出して、カーラの腕を洗ってあげていた。
優しいし、この2人は仲が良いんだね。
カーラを見るテレサとフローラの視線が、微妙なもののように見える。
困惑と嘲笑と憐憫が混じったような。
自嘲も含まれていそう。
複雑な感情を抱いているのが、よく分かる目だね。
「蚊は危険な病気を運ぶこともあるので、すぐに払うか潰してしまった方がいいですよ。それに、その血は蚊の血じゃなくてカーラ嬢の血ですよ」
オルガが冷静にアドバイスをしている。
カーラが、困り顔だ。
「頑張りますわ……でも、虫なんか触ったこともなくて」
だよねー。
やっぱり、そこが箱入り娘からしたら最難関だよね。
あっ、他の子たちも数人青い顔の子たちがいる。
彼女たちも、虫は苦手なタイプか。
「で、まともに野宿が出来そうな方は?」
オルガの言葉に手をあげたのは、レイチェルとフローラだった。
私はあげてない。
まともじゃない野宿を考えているから。
意外なのがテレサだ。
てっきり、彼女も出来るもんだと思ってた。
「流石にここまで装備が無いと、難しいですね。嫌な感じのする男子も付いてきてますし。ここは、安全策をとって街に連れ帰ってもらうのも手かと」
「私がいるから、大丈夫」
なるほ、そっちの心配をしてたのか。
でも、魔法によるセキュリティ万全の宿泊場所を用意すれば、問題ないよね。
「あなた達は?」
「だ……大丈夫です」
「ふーん……で、私たちが寝たあとに、あそこの男子と入れ替わるわけね」
わー、ど直球。
オルガの言葉を受けて、途端に少女のうちの3人が挙動不審な感じになった。
もう、ほとんど自白してるようなもんじゃん。
じゃあ、あとの2人は巻き込まれただけかな?
それか、よほど肝が据わっているのか。
「なんて、冗談よ」
そう言って、オルガは扇子を口に当てて笑っているけど。
迫力あるなー。
ぜったい、冗談じゃなかったと思う。
「それに、もし万が一そんなことがあったら……あの子たちも、引き込んだ子たちも生きて森を出られないでしょうし」
こっわ。
最悪の事態は確かに防ぐことはできても、一晩一緒にいたという既成事実だけで醜聞を広められたら困るから、口封じに殺すのが手っ取り早いかもしれないけどさ。
すぐにそういう発想になるあたり、貴族って怖いなー。
「冗談よ」
もはや、絶対に冗談に聞こえてないと思うよ。
とりあえず手足を一生懸命振って虫が来ないようにしているカーラを見て、癒されよう。
鞄から布を出して、カーラにかけてあげる。
「少しでも露出を減らしたらいいよ」
「ありがとうございます」
「……エルザ様の周りには、蚊が寄ってきませんね」
カーラがすでに疲れ切った表情でお礼を言って来たけど、横でフローラが不思議そうにしていた。
そりゃ、もちろん。
「魔法で微風を常に身体に纏っているからね。蚊って軽いから、少しでも風があると近づけないんだ」
「ずるいです」
ネタ晴らしをしたら、カーラが羨ましそうにしていた。
仕方ないから、虫よけの魔法でも掛けておこうかな?
大体田舎に憧れてきた都会の連中も住んでみたはいいけれど、結局虫に追い出されることが多いしね。
これ使うと、誰かがあおりを受けるんだよね。
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