上 下
56 / 95
第二章:王都学園編~初年度前期~

閑話:2ー8 ポーラ・フォン・ピーキー

しおりを挟む
 もう! 
 もう! もう! もう!

 家でベッドに飛び込むと、枕をひたすら叩く。
 なんなのよ、あいつはもう!
 悪役令嬢の分際で、なんであんなに人が集まるのよ!
 てか、あの余裕はなんなんだ!

 大体こういった物語に転生したら、もっとイージーモードなはずでしょう!
 私は転生者なのよ!
 それなのに、全然いいことがない。
 前世の知識を利用した、内政チートも上手くいかないし。
 ミッシェルとかっていう子爵令嬢が、色々とやってるお陰で私の知識で太刀打ちできるようなものはないし。
 せいぜいが、領内でペン回しを流行らせたくらい。
 一番最初は、インクのついたペンでやって服や顔がインクまみれになったけど。
 つい癖で、手紙を書いてる時にペンを回してしまっただけなのに。
 
 そもそも、私が知ってるゲームの世界と全然違うんだけど。
 登場人物とか、地名とかはあってるのに。
 私は主人公なのよ! 
 もし、これが転生物の小説の世界なら。

 いや、最近は複数の転生者がいるパターンもあるし。
 でも、私はそんなに強引なことはしないように、控えめにやってきたのに。
 というか、私の知ってる話と違って、ヒロインと成り替わろうにも難しいし。
 出会いイベントとかも、ことごとく発生してないし。

 そもそも、私には聖属性の適性が無い。
 一応、細々とレベル上げだけは頑張ったけど。
 そこまで常軌を逸したレベルってわけでもない。
 周囲よりは、かなり高い程度。

 何故か悪役令嬢と、その取り巻きのレイチェルが異常にレベルが高いけど。
 隠し攻略キャラのクリントも、ずば抜けて高いらしい。

 どういうことなの。
 そもそも、男爵家の令嬢っていう立場も微妙よね。
 それも、身分至上主義派に入れないレベルの、下位の男爵家。
 のし上がろうにも、私の知識でできることなんてたかが知れてるし。
 
 うーん……料理は得意だけれども、普通に美味しいものも多いんだよね。
 そういえば、敵情視察と称してお父様にレオハート領の領都に連れて行ってもらった時は、楽しかったな。
 異国情緒あふれる街並みなのに、きちんと道も町も整備されてて歩きやすかったし
 衛生環境も抜群に良かった。
 それになにより、料理が美味しかった。
  
 うん、私程度の家庭料理の腕前じゃ、どうにもならない。
 たまに作ると、お父様が喜んで食べてくれる程度。
 
 家庭環境も普通だ。
 お父様が凄く厳しいとか、冷たいってこともない。
 お母様が、継母ってこともない。
 普通の仲の良い家庭の、普通の子供に転生した。
 
 うーん……特徴がないなぁ。
 せめて、チートの一つか二つでもあればいいのに。
 そういえば、異世界翻訳のスキルというか特典は、凄く役に立った。
 主に、言語系の授業で。
 でも、理科とか地理とかはさっぱりだったなぁ。
 
 王都であった学生関係の舞踏会では、ものの見事に玉砕してしまった。
 攻略対象の中では、一番安パイのダリウスに近づこうと思ったけど。
 思いのほか、悪役令嬢のエルザとの仲が良すぎる。
 っていうかゲームの世界と違って、そんなに性格悪くないんだよね……彼女。
 この辺りも、私の知識が役に立たない理由の一つだ。
 いや、ごめん……言い過ぎた。
 性格が悪くないどころか、かなり良い。
 常に余裕がある感じも、かっこいい。
 あの容姿と合わさって、凄く大人びて見える。
 
 そもそもが、別にヒロインになり替わって、有能な男性と結ばれようなんてことは考えてなかった。
 むしろ王妃になる可能性が高い、ヒロインのソフィアに近づいて仲良くしようとすら思ってたのに。
 それで王妃付きの侍女になって、そのまま王宮で中の上くらいの男性と結ばれればいいかな程度に考えていたのに。

 しかし、そのヒロインが悪役令嬢やその取り巻き、元々味方になる予定の人物たちに囲まれているのを見てこれも難しくなった。

 じゃあと思って、攻略対象を探したけれども……
 いや、分かるけどさ。
 確かに現実的に考えたら、分かるけどさ。
 ……髪の色が、ありきたり過ぎて見つからないんだよ!
 すぐには。

 ゲームだと、主要なキャラは特徴的な髪形や髪の色をしていたから。
 緑とか、青とか、赤とか……
 それ以外は、茶や金髪。
 でも、特殊な色は主要キャラだけだったから、すぐに分かるはずだった。
 遠目で見ても分かるだろうから、こちらから見つけやすく偶然を装って何度も会うのも簡単かなと。

 でも、基本この国だと茶色い髪が多い。
 金髪や、赤茶……いわゆる赤毛も少なくない。
 珍しいところで、濃紺や黒くらいかな?
 珍しいだけで、いるところにはいる。
 そして、主要キャラも例にもらさず、この普通の髪色のどれかなのだ。
 分かるか!
 現実的に、パッと見で集団の中から攻略対象をすぐに見つけられないのだ。
 似たような、髪型も多いし。

 ただヒロインだけが、原作通りの白髪だ。
 
 そして、ヒロインの染髪イベント。
 攻略対象の前で、色々な色を試して見せるイベントがあるのだ。
 その時に選んだ色で、相手の好感度が上がる。

 ダリウスの場合は、青色だったから……私も青くして、舞踏会に行ったよ。
 ダンスイベント。
 長期休暇に入って、ここで染めた色でダンスの相手が変わるイベント。

 いや、ドレスも送られてこなければ、迎えの馬車も来なかったけどね。
 当然だ。
 だって、ダリウスと会ったのは、王城でのパーティでお父さんに連れられて挨拶したときだけだからね。

 でも、何かしら反応があるかなと期待して行った。
 見事に無反応だったよ。
 ちくせう!

 だから、強引に声を掛けてアピールしてみた。
 
「最初も最後も、婚約者であるエルザ嬢としか踊るつもりはないから。ごめんね」

 と言われて、横を素通りされてしまった。
 こうなると、もう意地だ。
 意地でも、ダリウスと踊ってやるという思いが沸々と湧き上がってきた。
 攻略対象の誰もが、そこそこ裕福だし見た目も良いからね。
 誰でもいいから、相手になってくれないかなと思ってた。
 思ってたけど、せっかくダリウス色の髪に染めてやったというのに、この対応。
 この染髪に、小遣い二か月分使ったというのに!
 
 闘争心に火が点いた私は最初のダンスこそは悪役令嬢に譲ったけど、次こそはとまた声を掛けた。
 正直、こいつと踊ってやるというのが目的になっていて、周りが見えていなかったのもある。
 
 楽しそうに悪役令嬢と話していたダリウスが、私が声を掛けたとたんに眉間に皺を寄せて面倒くさそうにあしらってきた。
 はいキタこれ、カッチーン!
 
 めちゃくちゃ、食い下がった。
 何がなんでも、踊ってやると。
 言質を取ってやると。

 気が付けば、敵に囲まれていた。

 でも素直じゃない私は、ここぞとばかりにエルザ下げ自分上げを……直接的な言葉でやった。
 やってやった。
 回りくどい、マッチポンプ的な感じじゃなく。
 ダイレクトに、私の方が綺麗だと言ってやった。

 いや、前世日本人の私からしたら、外人の子供なんてみんな可愛いからね。
 あの、ゲームの世界では目つきの悪い白豚のレイチェルですら、ぷっくらとしたお人形さんみたいで可愛かった。
 ドギツイ感じの睨みと口の強いカーラですら、凄く可愛い。
 でも、私も十分可愛い。
 
 というか、皆可愛いから……私の中の価値観が崩壊していたというか。
 綺麗の基準とかが、わやわやになってたわけで。
 たぶん、転生物の主人公補正とかの関係で、私ってもしかしてこの国基準でトップクラスに可愛いのではなかろうかと自惚れていた。
 親も、私のことを世界一可愛いと言ってたし。
 執事のオーバーンも、従者の皆も、侍女たちですらお姫様みたいですって言ってたから。

 そうなんだと思ってた。

 なんか、微妙な反応だった。
 いや、真っ向から否定してくれてもいいんだよ?
 私も、この世界の美醜の感覚の再認識が出来たから。
 
 でも、なんていうか周りの反応がさ……確かに綺麗ではあるんだけれども、言うほどか? みたいな?
 少なくとも、エルザほどではないというのがよく分かったよ。
 分かったからさ、もうちょっとちゃんとした反応というか、反論しろください。
 凄く、気を遣われてる感じが、心に痛いです。
 臨戦態勢だったカーラが、戦意を喪失するレベルで白けるとか……

 はは、笑うなら笑えよ。
 この道化を!
 と、さらに言葉を重ねた結果、余計に傷つくだけだった。
 
 見かねたエルザに、気を遣われるというか……違う意味で、素直に可愛いと思われた感じが居た堪れなくて……逃げ出してしまった。

 てか、カーラとか、セリフなんて「何様?」「エルザ様に逆らうの?」「身の程を知りなさい!」「この下級民が!」「エルザ様の言う通りですわ」の6パターンしかない、特徴のないキャラだったはずなのに。
 いや、実際問題これしか喋らない人っていないわけで。
 やっぱり、ゲームと現実は違うよね。
 というか、もはやこれは夢じゃないかな?
 ゲームの世界なのに、展開が全然違う。
 キャラが自身で考えてリアルな反応と動きをするから、そりゃ齟齬もあるわな。
 NPCのいない、乙女ゲーなんてこんなもんさ。
 攻略法なんてないんだよ。

 レイチェルも実行犯を常にやらされて、最後は切り捨てられて断罪されてボロボロになるのに。
 滅茶苦茶、エルザに溺愛されているっぽいし。
 彼女なんて「オーホッホッホ!」と「ざまあみなさい」の2パターンが、セリフの殆どだった。
 長台詞なんて、一度もないキャラだ。
 最後に「エルザさまー!」と叫んで、連行されて退場したくらいかな?

 実物は凄くシャイな感じが、私から見ても可愛い。
 そして、頬っぺた触りたい。

 ……とりあえず、後期の学校どうしよう。
 よくよく考えたら封建社会のトップのご子息と次点の家格のご令嬢に、ご迷惑を掛けまくったわけだ。
 現代社会でも、皇太子と財閥のご令嬢に喧嘩を売ったら……恐ろしくて、想像したくない。

 新学期、間違いなくはぶられそうだ。
 下手したら、ヒロインポジションいけちゃうかもしれない。
 いじめパートのみの……
 あぁぁぁぁ、短気は損気とはよくいったものね。
 今更ながら、後悔しまくってるわよ。
 

 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

転生幼女の異世界冒険記〜自重?なにそれおいしいの?〜

MINAMI
ファンタジー
神の喧嘩に巻き込まれて死んでしまった お詫びということで沢山の チートをつけてもらってチートの塊になってしまう。 自重を知らない幼女は持ち前のハイスペックさで二度目の人生を謳歌する。

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...