B級彼女とS級彼氏

まる。

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第0章 彼の苦悩

第15話〜排除〜

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「……ああ、そうだな。残りは明日納品するはずだから――」
「おーい小田桐! お前にお客さん!」

 呼ばれた方へと視線を移すと、その声の主の後方でごつい体格の髭面の大男が俺に向かって小さく頭を下げていた。資料を持つ手を上げ、声をかけてきた相手に合図を送ると、そのままその資料を目の前にいる男の胸元へと押し付ける。左の袖口を捲り上げ、時間を確認しながらその大男の方へと足を進めた。

「お待たせしま――」

 大男の前に辿り着くや否や、スッと差し出された右手に視線を落とした。

「どうも、初めまして。サンセットの桑山です」
「……」

 普段はアダルト関係の仕事ばかりを請け負っている筈なのに、妙に外資慣れしたその振る舞いでこの男のもう一つの顔が垣間見える。

「こちらへ」
「――あっ、はい……」

 視線を元に戻すと両手を後ろに回して組み、ついてくるようにと首を曲げた。


 ◇◆◇

「今回頼みたい仕事と言うのはうちの社と直接関係は無いんだが、年単位の専属契約で請け負ってくれる所を探していると聞いたので声を掛けさせてもらった。……グラビアをメインでやっているところで、撮影場所が国内は勿論、国外も多く含まれる。フットワークの軽い人を是非にと言うのが先方のご希望だ」
「はぁ」
「単価も今の一.五倍から二倍に跳ね上がる。悪い話じゃないと思うが?」

 打ち合わせ室へと入り、早速本題に入った。一通り話をした所で桑山の返事を待つ。俺の話をちゃんと聞いていたのかどうなのかわからない表情をした桑山に、少なからず苛立ちを覚えた。

「で? 返事を聞かせて欲しいんだけど」

 返って来る答えは“イエス”か“ノー”の二択だ。“少し考えさせてくれ”、なんて返事を受け入れるつもりなど毛頭無い。
 またとないこの好条件を断る奴などいるものか、と安易に考えていたのだが、返ってきた答えは“イエス”でも“ノー”でもないものだった。

「あんた、……誰?」

 間の抜けた質問に小さく息を吐く。俺の記憶が正しければ、確か、アポイントを取ったときにちゃんと説明したよな? と言いたくなる気持ちをグッとこらえ、気を取り直して胸のポケットから名刺を一枚取りだすと、桑山の方へとテーブルの上をスライドさせた。

「俺は小田桐と言って――」
「それは知ってる。俺が聞きたいのは、あんたとは面識も全く無いっつーのに一体何の為にこんな仕事を俺に回してくるのかって事」
「なんだ? この仕事が気に入らないのか? どこが気に入らないか言えば、ある程度の交渉は俺が」
「だから、……何でそこまでしてくれる? 何が目的? どう考えても裏があるとしか思えないんだけどね」

 俺は再び溜息を吐いた。今度はさっきよりも大きく、よりはっきりとした溜息だった。
 テーブルに肘をつき、静かに手を組む。その手で額を何度も小突き、どう言えば桑山がこの仕事を請けるのかと考えていた。
 俺の知っている限りでは、自分の思っている事をはっきりと言える日本人は数少ない。提示した話が美味過ぎると思っていても、その場で理由を問いただすような度胸のある奴など皆無だった。その国民性を逆手に取り、“式”を聞きたがる相手に“答え”だけを突きつけ、無理にねじ込むのが今までの俺のやり方だったのだが、どうやらこいつは少し違うタイプの人間なのか、どうしても“式”を知りたいらしい。恐らく、それを教えない限りは返答する気など無いのだろう。
 このむさくるしい大男の外見を見ただけで、今まで通りのやり方で全て上手く行くと判断してしまった自分を悔やんだ。

「……もしかして、歩か?」

 トントンと額に当てた手をピタリと止め、ゆっくりと顔を上げた。桑山と目があった途端、あいつは片方の口の端をクッと上げ、何もかもがわかったかのような表情を浮かべた。

「ああ、そう。……あんた歩の?」

 桑山は前のめりになっていた身体を大きく仰け反らせ、椅子の背もたれに背中を深く預けている。身体を少し斜めにして足を組むと、ゴツゴツした太い親指をクッと突きたてた。

「……何でわかった」
「いやぁー、こんなアダルト専門でやってる弱小スタジオに、おたくみたいな大手外資系企業から声が掛かる事自体なんかあると思うでしょ、普通。随分前に、歩が音楽プロモーターだかなんだか言う会社に勤めてる知り合いがいる、って話を聞いた事あったし。まぁ、どことは聞かなかったけどね。……へー、そうか。あんたと歩がねー」

 俺の顔をジロジロと舐めるように見ながら、口の周りに生えた無精ひげを撫で付けていた。

「……言うな」
「へ?」
「あんたが『あゆむ』って言うな」
「……。あ! 悪ぃ、悪ぃ! こりゃ失礼」

 組んだ足を解くと股を大きく左右に開き、自分がした失敗を咎めるように右手で後頭部を叩いた。

「まぁいい、バレてるなら話は早い。単刀直入に言う。――あいつに構うな」
「え? いや、それは……」
「芳野は別にカメラの仕事なんて本気でやりたいなんて思っちゃ居ない。ましてや、被写体が単に男の欲望を発散させる為だけの女の裸など、あいつに撮れるわけがない。あんただってそう思ってるだろう? 今、請け負ってる仕事もNGOで働く為の単なる資金稼ぎだそうじゃないか。あいつにカメラを持たせる気など最初はなからないのなら、中途半端に雇わないでくれ」
「……」
「話はそれだけだ」

 桑山へ渡していた資料を引き戻し、椅子から立ち上がろうとした。

「なぜ?」
「は?」

 ――こいつ、これだけ言ってもわからないのか。

「あんたが又途上国に行くのに、ある程度纏まった金がいるんだろ? なら、俺が紹介したこの仕事をして、それからNGOでも何でも勝手に行けばいい。どうせ芳野はクビにする予定なら、今すぐクビにしろ。無駄に期待を持たせるな」
「わからないなぁ」
「はぁっ!? まだ、んなことっ――!」
「あんた、男の俺から見てもわかるけど、相当モテるでしょ? 女には苦労しそうに無いタイプなのに、なぜそんなに歩にこだわんの? 正直、あんたとまるっきし正反対のタイプじゃない?」
「……何が言いたい」

 先ほどまですっとぼけた顔をしていたのが、急に余裕のある笑みに変わる。桑山は両手をテーブルについて立ち上がると、そのまま出口へ向かおうとした。

「おい! まだ話が――」

 椅子から立ち上がると、桑山が扉の前で振り返った。

「あのさ、いつもフランス料理ばかり食べてると、たまにはお茶漬けを食べたくなるって気持ちはわからないでもないけど」
「っ!? そんな風に思ってるわけ――!」
「思ってるよ。思ってるからこそ、本人の知らないところでこうやって勝手に囲い込んで身動きとれないようにしようとしてんでしょ。……どうかと思うわ」
「っ、いい加減に!!」

 ついカッとなってしまい、桑山の胸ぐらを両手で掴みかかった。その弾みで扉に叩きつけられた桑山は両方の掌を前に出し、「まぁまぁ、そうカッカなさんなって」と又もや余裕の態度を見せつける。いつも冷静な俺がたったこれしきの事で逆上するなど、まるで桑山の言った事が図星だと言っているのと同じだ。
 これ以上、こいつに弱みを見せてはいけない。胸ぐらを解放した手をポケットに突っ込み、大きく深呼吸をして冷静になる事に徹した。

「俺は人権というものを尊重するからね、歩がしたいようにさせてやろうと思ってる。あいつが辞めたいって言うなら辞めればいいし、続けたいって言うならちゃんと責任は取るつもりだ」
「『責任は取る』……って。あんたその内NGOでどっか行くんだろ!?」
「ああ。一応俺が居なくなった後の歩の受け入れ先は既に目星はついてる」
「それで責任取ったって言えんのか?」
「少なくとも、水面下で操作しようとするあんたのやり方よりかはマシじゃねーか?」
「っ!」

 又もややり込まれた感がして、ポケットの中に突っ込んでいる両手をグッと握り締めた。

「まぁ、でも安心してくれ。もうじきNGOの仕事でまた日本を離れる事が決まってんだ。あゆ……、じゃない、の受け入れ先も多分OK貰えると思うし、あんたがこの手の仕事にあの子を就かせたくないんだったら、今説き伏せるのが丁度いい機会だと思うぞ」
「……決まってた? なのに、今日なんで――」

 断るつもりで居たなら、連絡した時に断っていたはずだ。希望を言えと言った時、全く食いついてこなかったところを見ると、条件次第で気が変わる――ってわけでも無さそうだった。

「ああ、悪ぃ。単なる興味本位だよ。歩が付き合ってる男ってどんな奴なのか見たかっただけ」
「……最初からわかってたのか?」
「んー、どうかな。……まっ、これ以上長居すんのもあれだし、俺はここいらで帰らせてもらうよ」

 そう言うと扉を開け、桑山が部屋から出て行った。
 ずっと自分の方が有利だと思っていたが、実際、蓋を開けてみればそうでは無かった。単なる興味本位だと桑山は言っていたが、本当は別の目的があったのでは無いかと変に勘繰ってしまう。

「クソッ!」

 テーブルの上の資料を床に叩きつけ、感情を剥き出しにした。
 初めて桑山の顔を見たときに一癖も二癖もありそうだと感じておきながら、奴の事を随分見くびっていた様だ。裏の裏を読まれた様で、酷く不愉快な気分にさせられた。





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