B級彼女とS級彼氏

まる。

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第0章 彼の苦悩

第2話〜誰も知らない〜

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 使用人との関係は、ある事がきっかけで程なくして終りを迎える事となった。
 最初の方こそ深夜の皆が寝静まった頃を見計らって俺の部屋に夜這いを掛けに来ていたのだが、夜まで待ちきれないのか時間も場所も問わず女の欲望はどんどんエスカレートしていった。俺のシャワー中に突然入って来るなり強請られる事もあれば、キッチンでは隣の広間に誰がいようがお構いなしに腰を振り、留守中の父親の書斎で行為に及んだ事もあった。朝であろうが昼であろうがチャンスとあらば誘いをかけ、幾度と無く俺のを咥え込んでは自らの体内に無理に吐き出させたが女の望みが一向に叶う事は無く、時だけが延々と過ぎていった。


 ◇◆◇

「あんた、もしかしてタネ無しなんじゃないの?」

 ある日。女の要求されるがまま、いつもの様に不毛な行為を終えた後、まだ息が上がった状態の俺の方には一切顔も向けず、メイド服に付いた草や木の屑を掌で払いながら女は訊ねた。

「さぁ」

 そんな風に聞かれてもそう答えるしか出来ない。自分に子供を作る種があるかどうかなんて俺が知っているはずも無いし、この家の跡継ぎとなる俺がよもや子を授かる種が無いなど誰も想像すらしないだろう。ましてやまだ十四歳だというのに。
  避妊をせずセックスをすれば簡単に子供が出来ると思っていた俺は、いつ『子供が出来た』と言われるのかと内心ビクビクしていたが、この女の口振りからしてまだ妊娠はしていないのだと知った事がせめてもの救いとなった。

「……? なんだよ」

 俺から視線を逸らしていた筈の女は気が付くと俺の方を向いていた。安堵している俺の様子を見たからだろうか、何も言わずスッと立ち上がるとまだ息を乱している俺を黙って見下ろした。俺を見下ろしているその目は全くと言っていいほど生気は感じられず、そして何も言わない事が余計に俺の感情を逆撫でする。

 ――役立たず。
 黙っていてもそう思っているのが判った。

「――やっぱ弟にするわ」
「……は? 何言って……」
「跡継ぎになるあんたの子供を産めばいいって思ってたけど、当のあんたがタネ無しなんじゃジャックが跡を継ぐ可能性が出てくるでしょ。あの子はあんたみたいに打算的に物事を考えられる様な子じゃないからちょっと面倒だと思ったけど、まぁこうなったからには仕方ないわね。あ~あ、やっぱりあの時あんたの交換条件無視してさっさとジャックを手懐けておくんだった!」

 ――無駄な時間を過ごしたわ。
 育ちの悪さを物語るように『チッ』と下品に舌打ちをすると、女はその場を去っていった。
 そしてその場に残された俺は瞬きも忘れ愕然としていた。

「……は、はっ? な、なに言って、あの女……」

 ――俺が、跡継ぎになれない? 

「何を馬鹿なこと……」

 小さい頃から“トレス家の跡継ぎ”として育てられ、将来は父親の会社を継ぐからこその厳しい教育を、俺はなんの文句も言わず耐えてきた。どんなにジャックと比べられ馬鹿にされても、それでもこの家を継ぐのは兄であるこの俺なのだと必死で自分に言い聞かせずっと我慢してきたのだ。
 別に跡継ぎ云々だけじゃない。十数分先に生まれたってだけで兄らしく振舞うようにと周囲に求められ、俺は黙ってそれに従ってきた。普通、世間一般では兄弟と言うものは最低でも一年は差があるものだ。大人になってからの一年とは違い幼少期の一年の差はかなり違ってくる。せめて俺がジャックより一年でも先に生まれていれば、自分は兄貴なんだから弟の為に我慢してやらねばとか考える事が出来るのかも知れないが、たかが十数分の差だけではそんな感情はそう簡単には沸かないもの。 
 それでも俺はジャックの事は守ってやらなければならない大切な弟だと思ってきたからこそ、こうやって好きでもない女と幾度と無く不浄な関係を重ねてきたというのに、結局俺が今まで我慢してきた事は全部無駄だったと言う事なのか!?
 長年続けてきた“兄弟ごっこ”を今更やめることなど出来やしない。そう思った俺はすぐに行動に移った。


 ◇◆◇

「この、泥棒猫め! さっさとこの家から出て行け!!」
「ち、違います旦那様! 信じてください! 私は盗みなどしていません!!」

 母親の大事にしている宝石をこっそり持ち出した俺は、あの女の寝起きする部屋へと忍び込んだ。簡単には気付かれそうにない場所へそれらを隠すと『あの使用人が母さんの部屋に入って行ったのを見た』と父親に告げた。
 父親に許しを請うあの女の姿を見るのは随分心地良い。最初からこうしておけば無駄な行為をせずとも済んだと言うのに、俺は何て遠回りをしてしまったのだろうか。悔やんでも悔やみきれない。

「私は坊ちゃんと、ブランドンと男女の関係にあるんです! 今日の昼間に彼を怒らせてしまって……、きっとその腹いせにこんな事を!」

 今更この女が何を言おうが喚こうが当然誰も聞き入れる事は無かった。
 “男女の関係にある”と言ったところで、二十代も後半に差し掛かった育ちの悪い女に、世の中的には性的な事などまだ何も知らないはずの純真無垢な十四歳の俺が相手では、誰もこの女の言う事など信じる者は居ない。

 ――哀れな女。
 心の中でそう思いながら俺は薄ら笑いを浮かべていた。


 ◇◆◇

 ~数年後~

 次の授業を受ける為、ロッカーの中からテキストを取りパタンと扉を閉めると、いつからそこにいたのかこの学校のチアのキャプテンが立っていた。

「あの、良かったら私と一緒にプロムへ行かない?」

 高校生活も残り僅か。毎年この時期になると卒業生は皆プロムに行く為の相手探しに躍起になる。勿論、俺もそんなものがある事くらいは知ってはいたが、何故一度も話した事すら無い俺に白羽の矢が立ったのかがわからなかった。
 思わず俺は周囲を見渡し、自分の周りには誰も居ない事を確認する。

「俺?」
「うん」

 立てた親指を胸につき立てた。

「……俺、アメフトやってないんだが」
「ぷっ! ……し、知ってる」

 何も面白い事を言ったつもりは無い。アメリカではチアに入る連中は殆どと言っていいほどアメフト部員と付き合いたいが為に入る様なしたたかな奴らが集まり、そしてアメフト部員もチアの女と付き合う事が一種のステータスとなっているのは周知の事実。その中でもチアのキャプテンともなれば誰もが憧れる様な存在だ。
 そんな女が何故わざわざアメフトもやっていない痩せ細った日本人とのハーフの俺なんかをプロムに誘ったのかと思ったが、その答えはすぐに導き出された。

「何で俺? ビフと行くんじゃないのか?」

 俺はアメフト部のキャプテンを引き合いに出した。身体のでかい、いかにもって感じの大男。

「んー、彼からも誘われたんだけど……。この間の試合で骨折しちゃってさ」
「――」

 ――ははん、なるほど。結局こいつも“俺の家”、か。
 アメフト部員と付き合ったとしても、復帰が難しい大きな怪我でもしてしまえばもう終り。プロになれないのなら付き合う意味が無い、と言うことか。それに比べれば父親の会社を継ぐ俺の方がまだ安定してる、今の内に丸め込んでしまえって魂胆なのだろう。
 クソッ、どいつもこいつも俺と言う人間を見るのではなく、俺の“家”ばかり見やがる。ふざけやがって。

「プロムは行かない」
「え?」
「――日本に行く」

 この国の人間の考え方に嫌気が差した俺は、誰も自分の事を知らない遠い場所へ行こうと心に決めた。


 ◇◆◇

 狭い道路に狭い土地。扉をくぐれば額がぶつかりそうな程小さな入り口。
 アメリカではとりわけ大きくも小さくも無かったこの俺が、どうやらこの国では巨人化している様だ。日本人の血が半分入っているせいで髪は黒く瞳はブラウンだが、白人である父親譲りで肌は白い。中途半端な外見が災いしてか『あいつは日本人なのか、それとも外国人なのか?』と奇異の目でジロジロと見られる始末。
 誰も俺の事を知らない場所へ来たはずが、俺の事を知ろうとする奴らに囲まれてしまったみたいで、なんとも居心地が悪かった。

「フランスにでも行けば良かったか」

 人気の無い場所を見つけ草の上に寝転ぶと、くだらない愚痴をポツリと呟きながら煙草に火をつけた。

「――。……?」

 ふと、周りを囲んでいる木が揺れ、誰かが草を踏みしめながらこっちに近づいてくる音が聞こえて来る。銜えていた煙草を手に取りその音の方へと視線を向けると、そこへ“アイツ”がひょっこり顔を出した。




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