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第3章 とうとう自覚してしまいました
第11話〜突然の電話〜
しおりを挟む「で? 結局あんた達って付き合ってんの?」
バニラの甘い香りがする煙をくゆらせながら、面倒くさそうな顔つきで恵美ちゃんが言った。先程から茶色い煙草を口につける間隔がやたらと短いのは、彼女の今の気持ちを表しているのだろう。恋愛慣れしている恵美ちゃんに言わせれば、私のやっている事はまるで高校生、いや、中学生並みだとフンッと鼻で笑って言った。
先程の電話の主は恵美ちゃんだった。あの時間帯にかけて来るのなんて恵美ちゃん以外に考えられなかったから、電話を取らないって言う選択肢は私には無かった。と言うのも、以前寝たふりをして居留守を使ったがために、早朝のこのボロアパートの廊下にはほろ酔い状態になった恵美ちゃんの私を呼ぶ声が響き渡っただけでなく、ドンドンとしつこくドアを叩きつけられて、そのままドアがぶち破られるんじゃないかと心配になるほどだった。当然、その事に対し苦情が相次いだのは言うまでも無く、私は大家さんから厳重注意を受ける羽目となった。
それを避けるべく急いで受話器を取ったはいいが、恵美ちゃんが今から家に来るって言った時はなんて言って断ればいいのかと頭を悩ませた。小田桐が来てるから、なんて言ってしまえばきっとそのまましつこくそうなるまでに至った経緯を聞きたがるだろうし、下手すれば会いたいとか言い出すかもしれない。かと言って、私には大して友人がいない事を知ってる恵美ちゃんに友達が来てるからって言ったとしても、時間が時間だけにそれはそれで質問攻めにされるだろう。
結局、断る理由が何一つ思い浮かばなかった私は、いつも通りの返事をして電話を切ったのだった。
シャワーを浴びようと黒いシャツを脱ぎだした小田桐を制止し、恵美ちゃんとかち合ってしまわない様に急いで帰り支度をさせた。が、どうやら階段下で小田桐の姿を恵美ちゃんに見られたのか開口一番問い詰められてしまい、そして今に至る。
「いやー、そんな感じでは無いと思うんだけど」
「なにそれ。芳野ってば何ともない男を気軽に家に泊めたりすんの? それって私より性質悪くない?」
「いや、そんな事……」
そんな事ない、って言いかけて私は口を噤んでしまった。よく考えたら慎吾さんも一度家に泊まりかけた事があったのを思い出した。あの時は慎吾さん自ら帰るって言ったから未遂で終わったけども、私は別に泊まってもいいって思っていた。小田桐にしたって高校生の頃に何度も泊めた事がある。いずれにせよ、泊まらせるという事に深い意味など全く無く、“ただ寝る場所を提供しただけ”のつもりだった。……昨夜に関してはただ寝るだけにしては、いろいろと困った事はあったのだけども。
しかし、自分としては深い意味はなかったとしても、傍から見ると“何でもない男でも気軽に家に泊める”って言う風に映ると言う事だろう。ならば、これからは気をつけなきゃいけないなと改めて思い知ることとなった。
「昨日はさ、小田桐が熱があって帰れないって言うから。病人を無下に追い出すなんて出来ないじゃん?」
「……それって必死で自分に言い訳しようとしてない?」
「へ? 言い訳?」
「本当はさ、小田桐君の事が好きなくせに何かと理由をつけてそうじゃないんだって自分の気持ちを誤魔化そうとしてるみたいだよ。なんだかあんたらしくないね」
――自分の気持ちを誤魔化してる?
『なんでお前はそうやってすぐ誤魔化す? なんで俺が一歩踏み出せばお前は一歩逃げ出すんだ?』と言う、昨夜の小田桐の言葉が頭に浮んだ。
「――でも、私二回も……その、す、好きって本人に言ったんだよ? なのに誤魔化してるとか」
「それはよくやったって褒めて上げるべきなんだけど、……その後が悪い! 一回目は迫られて困ったからつい口から出てしまっただの、二回目は自分と彼の父親を重ねただのとかサッパリ意味わかんない。結局自分の気持ちをちゃんと認めて無いじゃん? なんで好きだって言うのに言い訳が必要なワケ? 人を好きなのに理由とかいるの? いい加減、自分が傷つくのが嫌だからって予防線張るのはやめなよ。小田桐君も芳野がそんなだから本当の気持ちがわかんなくて混乱してんじゃないの?」
熱く語る恵美ちゃんの言葉が胸にグサグサと容赦なく突き刺さり、自分の心の奥底にある本当の気持ちを言い当てられたような、そんな気分になった。
なんだかんだと恵美ちゃんとの付き合いは長い。私の性格をよく知っている彼女だからこそのこの発言なのだろう。
こんな私でも過去に一度だけ男性とお付き合い的なものをした事があった。なんとなくで始まってなんとなくで終わったから恵美ちゃんもここまで熱くは無かった。だから、私にとってほぼ初ロマンスと言っていいほどの今回の出来事に、流石の恵美ちゃんも放って置けなくなったようで、こんな面倒臭い私でも諦めずにわからせようとしてくれているのだ。
冷たい様で実は世話好きというそんな彼女に、私は感謝の気持ちで胸が一杯になった。
「――じゃあ、やっぱり私は小田桐の事が好きじゃな、い……、――ヒィッ!」
「芳野、いい加減にしないとあんたの顔、水玉模様にするよ」
鬼のような形相で睨みつけながら、細いタバコの火がついている部分を私の顔に近づけてきた。恵美ちゃんの手首を両手で掴んで「ごめんごめん!」と何度も許しを請うと、「わかってるくせにわざとそんな事言って! ほんっとあんたって可愛くない!」と大変ご立腹な様子だった。
――かわいくなくてごめんなさい。でも、あなたのお陰で私はやっと自分の気持ちを認めることが出来そうです。
相手が相手だから何かと言い訳つけたがるクセはすぐには治らないだろうけど、三回目に『好きです』って言う時はちゃんと嘘偽りの無い気持ちで言える様な、――そんな気がした。
◇◆◇
恵美ちゃんも帰り、部屋の掃除やら洗濯やらに精を出しているとまた家の電話が鳴った。今度は一体誰だろう? うちの電話が鳴る時、相手は決まって恵美ちゃんか店長かセールスかの三択だ。電話機に向かいながら部屋の時計に目をやると、十二時を少し過ぎた所だった。
恵美ちゃんは帰ったし、店からかかってくるにしてはこんなお昼の忙しい時間帯だとまずありえない。だとすれば、残るはセールスか……。
自分の交友関係の狭さに溜息を吐きながら、低いテンションで受話器をとった。
「もしもし……。あっ、おばさん? お久し振りです。うん、元気だよ。……、――え?」
受話器を取れば久し振りに聞く伯母の声。その事にも驚いたが、ずっと疎ましがられていた私に対し「話があるから今から会える?」と言われて、私は少しばかり動揺した。
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