B級彼女とS級彼氏

まる。

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第3章 とうとう自覚してしまいました

第12話〜変化〜

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 私の性格からしてこうなるって事はあらかた予想がついていたけれど、布団にかすかに残る小田桐の残り香が私の気を散らし、さらに伯母さんから聞かされた話を考えていたら昨夜は結局まともに眠る事が出来なかった。
 ただでさえ、悩ましいことばかりが身の回りで起こっていると言うのに、ここにきて急に昔言った話を持ち出されるなんて。

「あ、あった。これだ」

 押入れの上の天袋から黒いソフトケースを探り当てると、一気にあの時に戻ったような気分にさせられる。長いレンズのついたこのカメラは、クロブチ眼鏡の男の人が来だしてから父が初めて買った贅沢品だった。
 カメラマンになって世界中を旅するのが父の若い頃の夢だった。しかし、農業を営む家の婿養子となり自分の家庭を持った時にはそんな夢も希望も跡形もなく消えていた。けれど、あの男の人が現れこのカメラを手にしたとき、『いつか家族みんなであの時の夢を叶えるんだ』って嬉しそうに目元を緩めながら私やお母さんを被写体にして夢中でシャッターを押していた。
 父の夢が、家族全員の夢になった瞬間だった。
 だから、両親のお葬式の時。私の将来について親戚一同が話し合う中、私は思いきってカメラの勉強をしたいのだと告げた。一瞬その場が静まり返ったが、すぐに反対の声があちらこちらから上がった。

『そんなので食っていける人間なんてほんの一握りだ。大体、そんな知識も無いくせに』
『専門学校? どこにそんなお金があるって言うの! ただでさえこっちは無駄な出費だって言うのに』

 親戚が言う事はもっともな意見ではあったが、当時中学生の私にとっては大人たちの辛辣な言葉の数々に酷く心を痛めてしまったのを今でも覚えている。
 その時、私は下口唇を噛み締めながら決心した。いつか自分でお金を稼げるようになった時に、父の、家族の夢を叶えるのだと。
 でも、現実は親戚が言った通りそう甘くは無かった。カメラマンになる勉強をするどころか、日々の生活をするのもやっとだ。大学に進むとなれば国公立の大学など到底無理な私の頭脳では私立を受験するしか道は残されていない。金銭的にその選択肢は無かった私は進学を諦めバイトをして稼ぐしかなかった。高卒のバイトが稼げる額などたかが知れている。結局、私も父に似てしまったのか、あの時の固く誓った決心は時が経つに連れて足元からぐらつき始めていた。
 ここ最近のドタバタのせいでそんな事すら忘れかけていたのだが、急な伯母さんの呼び出しに応じた私はここに来てあの時の感情が沸々とよみがえり始めた。
 
 どうやら、伯母さんの息子の知り合いにそう言った類の仕事をしている人がいるらしい。『その人が今アシスタントを募集しているらしいんだけど、どう?』と言われ私は返事を出し渋ってしまった。以前の私なら二つ返事でOKをしていただろうが、大人になるにつれて現実を知り、今はそれなりに充実した毎日を送っている。それをあっさり捨ててしまうことが私は怖かった。
 もっと気に掛かるのが、あれ程反対だと豪語していた人が何故ここに来て急に態度を変えたのかと言う事だ。あれかな? 新手のイジメ? 仕送りをしてもらって、お金の苦労もせずにのうのうと生きてきたと思われている私への仕返しのつもりだろうか。
 疑心暗鬼に満ちた私の表情に気付いたのか、伯母は狼狽えながら急に理由を話し出した。
 何年か前に伯母の子供達全員が巣立って伯父さんと二人になった時、私を思い出す事が度々あったらしい。自分の子供達には私立大学を何校も受験させたし、好きな道を選んでも文句は言わなかった。なのに、私には選択する権限も与えなかった。唯一与えたとすれば一人暮らししたいって言い出した事くらいだ。それも伯母にとっては好都合だっただけの話。
 あの時見せた悔しそうな私の顔がちらついて、いつかちゃんと謝りたい。そう思っていたのだそうだ。

『とりあえず一度話を聞いて見たら? 先方には話を通してあるから』

 せめてもの償いをさせて欲しい。伯母はそう言うと、空いているスペースに日付と時間が記された名刺を差し出した。


 ◇◆◇

「お、歩ちゃん! 久し振り!!」
「……? あ、慎吾さん。おはようございますー。ほんっと久し振りですねー」

 店内に向かう通路を歩いていると、後ろから慎吾さんがやって来た。どうも私が昼勤務に入っているせいで慎吾さんは夜勤が多くなったのか、たまに姿を見かける程度で一緒に入るのはかなり久し振りだ。それなら別に私が昼に入らなくていいんじゃ? って思うのだけど、昼と違って夜の方が当然客入りは少ない。人員が不足している分慎吾さんの休みが減ってしまい、少しでも身体を休めたいのだろうと思った。
 しかし、いつ振りだろう? 確かあれは……、

「……ああっ!!」
「えっ? なに??」
「慎吾さん! あれからどうなったんですか!?」

 そうだそうだ! ジャッ君にちょっと意地悪な事をされて、あの後二人がどうなったのか結局私はまだ知らなかった。

「あ、え? 何の事……?」
「あぁっ! もう、とぼけたって無駄ですからっ!!」

 扉を開けレジへと近づきながら事の真相を聞こうと必死だった。

「――おはようございます」

 やいのやいのと騒ぎながら店内を歩いていると、レジからしおらしい声が聞こえ一瞬わが耳を疑った。
 ――輝ちゃんだ!
 やっと体調が回復したのだろう、まごうことなき輝ちゃんの声を聞きつけるともう慎吾さんに聞かずとも輝ちゃんに聞けばいいやと話を終わらせた。

「輝ちゃん、からだ大丈、夫……。――っ!?」
「も、望月……さん!?」

 レジのお金を合わせている輝ちゃんらしき人物を見て、私も慎吾さんも目が点になった。
 長かった黒髪が栗色のミディアムショートになり、いつもパンプスにふわふわスカートだったのがスニーカーとジーンズといったまるでどこかで見たような出で立ちに様変わりしている。
 ――誰だったっけ? どっかでこんな格好した人見たことあるような……。
 それが一体誰だったのかすぐに思い出す事は出来なかったが、とりあえずあまりの輝ちゃんの変わりっぷりに私も慎吾さんも口をパクパクして言葉を失っていた。

「おや? 望月さんイメチェン?」

 私達と入れ替わるように店長が現れた。輝ちゃんは恥ずかしそうに短くなった毛先を触っている。

「何だか芳野さんみたいだね」
「え゛!? わ、わた??」

 急に現れたと思ったらそんな言葉を言い残し、「んじゃ、お先にー」と満面の笑みで店長は帰って行った。


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