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第一章 食わず嫌い

第七話~正しい爆弾の処理方法~

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 やがて、柚希とまどかは四季彩へと到着した。

「ん? 店の前に居るのって三谷さんかな?」
「三谷さんって四季彩の?」
「そそ。オーナーさん。……でも、誰かと喋ってるみたい」

 店の前には白髪頭の年配の男性が誰かと話をしていて、その男性がオーナーである三谷であると柚希は初めて知る。
 仕方なく、まどかと柚希は三谷の話しが終わるのを少し離れて待つことにした。
 まどかを見ると何故か首を捻っている。

「どうかした?」

 柚希は訊ねた。

「んーあの女の人、どっかで見た事あんのよね」

 そう言ってまどかは腕を組むと、どうやら三谷と話をしている女性から目が離せない様だった。
 女性らしい巻き髪に華奢な身体。笑う時に手で口元を覆うその仕草に全く嫌みは感じられない。控えめな化粧と派手すぎないネイルがとても好印象な女性であった。

「誰だったっけなぁ。……? あ、ちょっとすみません」
「はい?」

 丁度店の入り口から出て来た四季彩の従業員にまどかは声を掛ける。ちょいちょいと手招きすると、その従業員はきょとんとした面持ちで二人に近づいて来た。

「なんでしょう?」
「あの、つかぬことをお伺いしますが三谷さんと今お話されてる方って、確か――橋本さん……でしたっけ? ちょっとお名前をど忘れしちゃって。声かける前に確認したいんですけど」

 困ったような表情を浮かべながらまどかは自身の名刺を差し出した。その横で柚希は呆れた顔でまどかを横目で見ている。
 まどかは四季彩の従業員に怪しまれない様に、さも二人は知り合いなのだと言うような口調で話す。それがどうやら上手くいったのか、その従業員は一度後ろを振り返ると「僕も同じような経験をしたことがありますので、そのお気持ち良く分かります」と、あっさりあの女性の素性を聞き出すことに成功した。

「あの方は、コンサルティング会社の方で室井さんですよ」
「……あっ! あーそうだ室井さん! はいはいはい! で、室井さんは今日は何しに来られたんですか?」
「室井さんには料理長の後釜を探してもらってるんです」
「え? 料理長お辞めになるんですか?」
「そうなんですよー。そういう話ってすぐに広がるみたいで、今まで来て下さっていた常連さんなんかも急に激減しちゃって。本当に困ってるんですよね」

 まどかは隣にいる柚希と目を合わせ、どうりでと言わんばかりに頷いた。

「でも室井さんが次の方を見つけて下さったみたいですし、何とかなりそうです」
「あ、そうなんですか? その、こんな事言ったら偉そうに聞こえるかも知れませんけど、……その方は期待できそうな方なんですか?」

 四季彩と言えば彩り鮮やかな料理が自慢の老舗の料亭だ。今の四季彩があるのも現料理長の腕があってこそだと言える。
 その味をちゃんと引き継げるだけの腕のある職人なのかどうか、とても気になる所だ。

「はい。まだ二十六歳と随分若い方らしいんですが、腕は確かだとか。今はえーっとN区にある“志の田”ってところで働いているそうですよ」
「「ええっ?」」

 柚希はずっと二人の会話を聞いているだけだったが、志の田の名前が出て来たことに驚き、まどかと同時に声を出してしまった。
 唖然としている二人を余所に、その従業員は喋り続けた。

「口説き落とすのに結構通いつめたらしいですよ。でも、どうやら室井さんとその料理人がデキちゃったみたいで。結果的にそれで落ちたみたいです。男って単純ですからね。……と、余計な事までペラペラ喋っちゃったな。あ、じゃあ僕はこれで」

 流石におしゃべりが過ぎたと自覚したのか、口元に人差し指を立てながらそそくさと帰って行った。

「あー、えっと……。柚希?」

 窺うようにして柚希を見ると、彼女は瞬きもせず室井と言う女性をじっと見つめていた。

「――今の人、最後の最後にどでかい爆弾落として行ったね」
「う、うん」
「……ちょっと爆弾処理班呼んでくれるかな?」
「お、おうっ、まかせとけ! ……でもまぁとりあえず、今は仕事しよっか」

 三谷と室井が話し終わったのを横目で見たまどかが、強張った表情で柚希にそう言った。

「うん。……でも今の私だと地雷踏んじゃいそうだけど」
「いや、それ困るから。もう柚希は隣で黙って立ってて。で、適当に頭さげてくれりゃいいから」

 しょんぼりとした柚希はまどかに手を引かれながら、店に戻ろうとしている三谷の元へと向かった。




「で、爆弾処理班って一体何のことですか?」

 先ほどからワンマンショーを繰り広げている柚希の歌の合間に、何故、自分がここにいるのか良く分かっていない一之瀬は、ビーフジャーキーをしがんでいるまどかに疑問をぶつけた。

「私一人だと手におえなさそうだったからさ。イッチーからにじみ出る癒し効果で、もしかしたら柚希の荒れた心も緩和されるんじゃないかと」
「ふうん?」

 一日の業務を終えた柚希とまどかは、アルバイトの一之瀬を引き連れてカラオケボックスへとやって来た。アルコールの飲み放題をつけ、浴びる様に酒を飲む柚希。更に、さっきから失恋の歌ばかりを熱唱していることで、一之瀬は何があったのか薄々感づいている様であった。

「ちょっと! あんた達っ! さっきから何イチャついてんのよ!」
「うー―るっさい!」

 歌い終えた柚希は輩と化しマイクを通して声を張り上げた。次の曲を入れる為に一之瀬の隣に踏ん反り返って座ると、ブツブツと何か文句を言いながら選曲を始めた。

「佐和さん、失恋ですか?」
「……っ!」
「こ、これ! イッチー直球過ぎ! もっとオブラートに包んで!」

 ピッピッピッと軽快に検索していた手がピタリと止まる。まるでしばらく油を注していないロボットの如く隣に座る一之瀬を見た柚希は、みるみる内に顔を歪ませていった。

「……ぅ、うわああん! このモテ男むかつくー! ちょっと自分が失恋なんかしたことないからってー」

 一之瀬を指差しながら泣く振りをする柚希に、一之瀬は困惑した様子だった。

「そんな、僕だって失恋くらいしますよ。と言うか、実りそうもない恋愛ばかりしてるんですから」
「「ええっ!?」」

 誰がどう見てもイケメンな一之瀬は王子と揶揄されるだけあって温厚で優しく誰からも好かれるようなタイプの人間だ。その一之瀬が実らない恋ばかりを繰り返しているのだと知った二人は、意外とばかりに声を上げた。

「現に今好きな人にもずっと拒否られてて。実は結構参っちゃってたりするんですよね」

 そう言って俯いたその横顔は、何とも憂いを帯びている。恋に悩む美少年のその姿に、女二人からはほぅっと溜息が零れた。

「一之瀬君みたいな好青年でも拒否られたりするんだ」
「どんな面してんだか一度その顔を拝んでみたいもんだね!」

 一之瀬は想い人の顔を思い浮かべたのか、苦笑いを浮かべていた。

「でも、僕はどんなに拒否られても、もう絶対無理だなって自分が納得するまでとことん行きますよ」

 一之瀬は柚希に向かって片手で握りこぶしを作り、「僕に見習って佐和さんも頑張って下さい」とガッツポーズをして見せた。

「『僕に見習え』ってイッチー上から目線過ぎだろ」
「あはは。ですよね、すみません」

 まどかと一之瀬は笑い飛ばしていたが、当の柚希だけは少し違った。
 あれほど眉間に皺を寄せていた筈が、今は大きく目を見開きぽかんと口を開けている。まるで悟りを開いた修行僧の様な清々しい表情をしていた。
 柚希はおもむろに立ちあがり、出口へと歩みを進める。どこへ行くのかと訊ねるまどかに向かって、

「発条さんのとこ、……行ってくるっ!」

 とだけ呟くと、柚希はカラオケボックスにまどかと一之瀬を残したまま、その部屋を飛び出していった。



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