総務の袴田君が実は肉食だった話聞く!?

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 モノクロだった世界が色を取り戻した。
 ピントを直してもぼやけていたままだった視界がようやく滲まなくなった。


 生きているなら当たり前の鼓動をこんなに尊く感じるなんて。
 廊下に寄りかかって尾台さんを後ろから抱き締めて少しの間、一人で再会の時を味わった。
 頭に鼻を埋めればいい香りがして、腕に力を籠めれば息を少し乱して体が反応する、細い体脆い骨、危うい心。
 何もかもが愛しくて溜め息しか出なかった。
 独占欲というものを生まれて初めて感じた、この人を閉じ込めたい、自分のものにしたい、誰にも渡したくない、視界に俺しか映したくない。
 そんな黒い執着心、俺にもあったんだ。


「尾台さん大好き……」

 彼女を本名で呼べる喜び、にゃんにゃんさんじゃない、この人は尾台 絵夢さん……。

「んんむぅ……」

 力加減が分からなくて強く抱き締めすぎたのか、尾台さんは眉間に皺寄せて体を捻り出した。

「好きです、大好きです」

 まるで暗示のようだけど、耳元で心情を吐露したら彼女はクスリと笑ったんだ。
 でも薄く開いた口からは…………


「き……りゅ……」

 とそこまで聞いて堪えられなくなって、小さな口に指を入れた。
 浅く、吐いてしまわない程度に舌を弄ぶその固有名詞を認識したくなかった。
 いや、焦っている時点でお察しな訳だけど。
 尾台さんは淡い力で指先をちゅっと吸ってきて時折漏らす声に体が疼いた。
 濡れた柔らかい舌にぞくぞくして指を抜いたら当然だけど唾液で指先が光る、親指で擦り合わせたら糸を引いた。
 その時、携帯が鳴って画面を見たら桐生さんからだった。

 ああ、ヒーローってもんはどこまでもヒロインを助けるようにできたてんだな脇役の癖に良からぬ感情を抱いた俺を止めに来たんだ。

「はい」
【お疲れ様、どう袴田君、家着いた?】
「はい、今寝かせる所です。アパートの場所が少し入り組んでいて」

 肩に携帯を挟んで尾台さんの体を引き上げたら、脇を掴んだ手に唇が触れて彼女はまた指に吸い付いてきた。

【袴田君?】
「ああそれで、かなり手前で降ろされてしまって家に着くまで時間がかかってしまいました。尾台さんは相変わらず寝ていますよ」
【そっか】

 嘘はついてない、何の夢を見ているのか知らないが俺の指を噛んで自分から口に入れて、今度舌を使って指を舐めてくる。
 指の腹をざらざらした舌で舐め回されてじれったい舌使いが快感で背筋に熱が走った。

「……ッこのまま彼女を寝かせてそっちに戻ります。俺が行っても大丈夫ですか」
【何の心配をしてんだよ、大歓迎に決まってるだろ。お礼は直接言わせてくれ】
「では直に行きます」

 電話を切って、優しい口調の癖にどこもまでも計算高い桐生さんにため息が出た。
 きっとこれからも俺が送る度に言われるんだろうな、お礼は直接言わせてくれって、ようは早くそこから出て来いって訳だ。
 やらしく指を吸い続ける唇から指を離した。

 くちゅっと卑猥な音がして尾台さんは唇を舐めて物欲しそうにしてる、こんなのどう考えたってキスしたいしか頭に浮かばないんだけど。
 すっげーディープキスしたい、呼吸できなくなるやつ、だって尾台さんの唇を指でなぞったら唇もじもじさせてるし。

 いや、それどころじゃないな早く戻らないとヤバイぞ。
 キスなんてしたら止められる自信がない、にゃんにゃんさんと舌なんか絡ませたら…………俺は……もう。

 ネイビーのスーツが規律的に動いて、彼女はまた眠りについたようだった。

 寝息が可愛いすぎる、ぴくぴくする瞼にキスしたい体柔らかい、いい匂いするすっげー抱きたい、めちゃくちゃにしたい俺のものにしたいトロトロにしたい俺の名前を呼ばせたい、一生愛したい、愛されたい!!

 こんな怒涛の欲の濁流生まれて初めてだ、でもその何一つ実現できないなんて俺は何て無力な男なんだろう。
 尾台さんを抱いてベッドに運んで、額にキスするのが精一杯だった。
 それでもちょっと吸ってしまったりする。



 そうか、何一つ叶わないのであれば、この時間だけでも死守しないとと思った。
 この時間を大切にしたい。



 飲み会に戻って、ありがとう彼女はどうだった? の質問に関して全く顔色変えずに一度も起きませんでしたよと答えた。
 まるで彼女に興味がないように装った、家の中どうだったと聞かれても、さあ? 彼女を置いて直ぐ出たのでわかりません、と感心がない様子で眼鏡を直した。
 皆は草食系ってマジでそんなんなんだって驚いていた、俺なら無理だわ、やっぱ袴田君が適任だったねって頷いていた、仕事ですからっと返して煙草吹かした。






 そして翌日尾台さんはマスクをして出勤してきた。
 え、何でマスク? 風邪をひくような気温ではなかったし布団も掛けたけど…………ってそうじゃない、メイク落とさずに寝たから、朝顔がカピカピで痛くてメイクどころじゃなかったんだって……。
 へえそうか、これからは気を付けないと。

 尾台さんは飲み会慣れしていないのと、あまりお酒が強くないせいでいつの間にか深酒して寝てしまう日が多々あった。
 で、どうするってなって変な人が送るなら袴田君! となる訳だ。
 俺は終始、総務の仮面の表情を崩さずに分かりましたと機械のように頷いて、内心ではにゃんにゃんさんにゃんにゃんさんにゃんにゃんさんにゃんにゃんさんキタって連呼してた。

 そして送迎を重ねる度、その尾台さん寝かし付けスキルはアップしていってまず美容液の入っているメイク落としシートで尾台さんのメイクを落とす事を覚えた、そして洗面器で歯ブラシさせたりスキンケアの順番も覚えた。

 そして、シャワー……これは寝かせて帰ろうかなと思ったら、突然起き上がって「おふゅりょ」って風呂場に行ってしまう時がある。あっついあっついってぽいぽい服を脱ぐし。
 家に着いて玄関で下ろした瞬間這ってお風呂に行ってしまう日もある。
 でも何かあったら大変だから、俺はじっと風呂の外で終わるのを待つわけだが大抵中途半端で出てくるし、下着付けたままシャワー浴びてる事もあって、男女の関係になる前に彼女の裸を幾度と見せつけられて悟りが開けそうだった。
 その位無我の窮地で入浴の介助をした。
 まあ実際その時になると性的な思考よりも早く寝かせて戻らなくてはって気持が先行していた。

 尾台さんの綺麗な体に綺麗な心を汚さず明日を迎えさせる事、いつしかそれが俺の使命になっていた。

 風呂場でもちろん俺達は裸同士で彼女は無防備に寄り掛かってくる、それでも無心で体を洗ってあげる。
 たまに抱き付いてくるし、擦り寄ってくるし、それでも何にもしないで風呂を上がり頭乾かす俺はもう何かの称号を与えられていいと思うぞ。
 尾台さん綺麗な髪を維持するため、トリートメントは当たり前だ。
 たまに洗って最中にやらやらって逃げるし、かと思えばうとうとしながらアニソン歌ってえへへってする尾台さん可愛すぎてすっげーキスしまくって(頬とか)帰る。
 そう言う日は一度会社に戻りますが、直に合流しますと言っていた。

 この人本当は起きてんじゃないのかって思ったけれど、次の日全くこちらを見る素振りもなければ、目があっても社交辞令的な挨拶しかなくて、飲み会の時仲良く話していた男性社員とも全く口を利かない、本気に記憶にないんだ…………そんな彼女の様子から俺が尾台さんに何かしているとか疑う人はいなかった。
 でも何か少しでも彼女の五感に残ればいいなと思って、尾台さんが良い匂いだと言っていたアロマオイルを常につけていた。



 そんな日々が驚く事に二年続いた、総務部もすっかり会社に馴染んで平和な時間ごしていた。



 そしてこの二年間でたくさん尾台さんを知る事ができた。
 まず、尾台さんは凄くエッチだった。
 全然そんなの興味ありません! みたいな顔しながらエッチな漫画をいっぱい携帯に隠し持っていた。
 勝手に見た訳じゃない、彼女が見せてくれたのだ。
 枕元に携帯を置いて部屋を出ようとしたらむにゃむにゃ画面弄って、でへへって笑って彼女はまた眠った。
 画面には公園の木陰で声を殺しながら情交に耽る男女が映し出されていた(目隠し拘束人格を否定するような言葉攻め多々中出し快楽堕ち)。

 他にも色々あるがまた今度話す。








 毎回ラインすんのめんどー臭いし、次の日えったん謝ってくるのかわいそーだからどーにかなりませんかねぇ先輩。
 と久瀬さんに相談され、まあそうだよなっと思いながら、俺は飲み会の後いつものように尾台さんお風呂に入れにパジャマを着せていた。
 そしたら桐生さんから早くこっちに来いメールが入った。

 何の策もないまま彼女の頭を撫でて頬に唇を寄せた。

「大好きです尾台さん、俺行きますね。いっぱい寝て下さいポストに鍵入れておきますからね」
「んんん……が、ぎ……」

 むくっと起き上がった尾台さんは、あっちいちゅも……取りに行くのやなんらぁ……しゅぺあとブツブツ言いながらクローゼットを開けて風呂敷を取り出した。
 床に置いて中を漁ってそのまま倒れて寝た。
 な、なんだ……?

 側に寄ったら手には鍵が握られていた。
 これって合鍵貰っていいって意味か?






 合法的に彼女の鍵を手に入れて、それから俺は時間を見付けてはキーケースを眺めた。
















 久々にじーちゃんと夕飯を共にした、新宿の高層階のレストラン、こういう所に俺も彼女と行きたいなとワインを飲みながら夜景眺めていた、そうしたら。






「どうだ雄太、そろそろ本社に戻ってくるか」




 それは、唐突に。
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