総務の袴田君が実は肉食だった話聞く!?

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にゃ

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 突然桐生さんの申し出に俺は頷いた。



「それは構いませんが」



 尾台さんを家まで送る…………ってかなりの重役だと思うけど。
 頷くだけの俺に、桐生さんは優しい眼差しで尾台さんの髪を撫でながら言った。

「本当は僕が送りたいけど、もし途中で尾台が起きて僕がいたら凄く気を使うだろ? この子の事だからご迷惑かけるのでもう飲み会には参加しません! って言いそうじゃん。仕事もギクシャクしそうだし」

 ああ、と皆頷いて桐生さんは寝息を立てる頬に指を滑らせた。

「良かった、やっとここまでこれた皆ありがとう、僕一人じゃここまでできなかったよ。全部皆のお陰だ、同じ言葉しか言えなくて格好悪いけど本当にありがとう」

 桐生さんは目を細めて愛おしそうに尾台さんの唇をなぞった。

「尾台にも一言位伝えたかったんだけど、何て言えばいいのか分からなくて、だってあの日の事に触れたら絶対泣かしちゃうだろうから。こんなに楽しそうにしてる尾台初めて見た……お酒好きだったんだな。すげー可愛かった目ぎゅって瞑ってビール飲んでた」

 細い肩が呼吸と一緒に動いて誰もが口を緩めてそれを見ていた。


 尾台さんは皆から愛されていたんだな、この胸が締め付けられる意味は分からないけれど、俺は机にあった水の入ったグラスを一気に飲み干した。





「俺が責任を持って家まで送ります」





「ありがとう袴田君。君が尾台には一番気を使わない? 違うな遠いい存在だろうから悪いね」
「はい」
「僕はまだ話し足りなくてね、今日まで協力してくれた人にお礼が言いたいんだ。次の店ももう決まってる、もちろん彼女を届けたら袴田君も来てくれよ近くの天丼屋、夜は居酒屋になってて何でも旨いよ」
「はい、わかりました伺います。 ああ……後こんなに酔ってしまった事も言わない方がいいかもしれないですね」
「そうだね、尾台が聞くまでは内緒にしておこうか、彼女が聞いてくるまでずっと……毎回楽しい飲み会だといいね」
「そうですね」


 水のせいでスッキリ酔いが冷めて煙草を一本煙草を吸い終わる頃には素面に戻っていた。
 店を出たらタクシーが停車していて、彼女を車中に運んだのは桐生さんは窓の硝子にくったり頭を預ける尾台さんを見てまた笑った。

「そうだ袋、吐きそうには見えないけど分からないから持ってて」
「はい」
「鍵はポストに入れておいて久瀬さんから鍵はポストに入ってるってライン送ってもらうから。ちょっとフラフラしてたから一緒に帰ったよって」
「桐生さんからじゃないんですか」
「うん、気持ち抑えられなくなるから連絡先交換してないんだ落ち着いたら聞いみようかな」
「分かりました」
「それとこれお金、迷惑料だと思ってお釣りはとっておいて」
「はい」
 三千円位の距離なのに一万円札握らされて、桐生さんは車中で寝息をたてる彼女の肩に額を寄せた、呟く様な声で。









「大好きだよ尾台いつもありがとう、また明日」











 俺にだけ聞こえた小さな告白。
 ぴくんと何かに反応して動く肩。


 どこまでも、どこまでもどこまでもどこまでも、この桐生という男は出来ていて、反吐もやっかみも出ないよ。
 だってその後、俺には「最高の総務がうちにきた、本当にありがとうこれからも宜しくお願いします」なんて頭下げて笑うんだ。






 ねえそれでも。












 俺は尾台さんが好きだと思う、だって二人を見てると苦しいから。
 尾台さんに告白が届かなくて良かったなんて思ってる。




 ドアが閉まる瞬間、もう一人男がタクシーに向かってきた。




「尾台ちゃんに変な気起こすなよ」


 ってそれは、葛西さんが辞めたあの日尾台さんを抱き締めていた男だった。
 桐生さんと有沢さんに見据えられて、俺は「大丈夫ですよ彼女に興味ありませんから」と答えた。
 それ以外にないだろ、こんな守られてる人、俺がどうこう出来ないじゃないか。




 車が動いて、意味の分からない涙が出た。
 頭に血が昇ってハンカチの匂いを嗅いだ。
 少し気持が落ち着いた。



 車の中で首が痛かったのか尾台さんは唸って顔を振った、そしてうふふふっと笑って俺の膝に倒れ込んできた。





 膝に置かれていたハンカチを嗅いだ尾台さんはいい匂いって鼻を鳴らしている、可愛い。
 でもなんだか、にゃんにゃんさん以外の人を好きになるなんて、彼女を裏切ったような気持ちになって胸がむずむずする。


 で、尾台さん家周辺になって運転手が首を傾げた、この先なんだけど道が狭すぎて……と。

 指差す先には尾台さんのアパートが見えていて、そこは袋小路になっていた、ああこれは車じゃ入れないなって運転手に釣りはいらないとお金を渡した。

 荷物を持って、運転手に手伝ってもらって尾台さんを背負った。


 初めて女性を背負った感想は軽いなって一言。
 大通りから外れた人気のない細い一本道、尾台さんは毎日ここを通っているんだなと思いながらアパートを目指した。


 途中で彼女を背負い直したら…………。





























「寂しい」










 ポツリと背中から聞こえて次いで、













「苦しい」













 そして、



「もう、死にたい…………」





 寝息と共に僅かに動く口がしゃべった。

「尾台さん?」


 ズキンッ。


 と目の裏まで響く衝撃、突然の高まる心拍を必死に制した。
 正気を保ちたいのに、尾台さんは今度は小さな声で歌い始める。
 聞き覚えのある曲調に……、

「どんなに辛くても寂しくても悲しくてもあなたの心に光はある、必ず取り戻してみせる愛の力で、魔法の力で私が夜明けに導くから」
「…………ラブリス」

 それは、その……マジクロのオープニングで……。
 尾台さんはその後も途切れ途切れ背中で歌い続けた。
 一瞬心臓が止まるかと思ったけど、よくよく考えたら俺と年齢も変わらないし、彼女も子供の時に見ていたんだろう。


 予め出しておいた鍵でドアを開けて、電気を点けたら玄関から部屋全体が見渡せた、二十五歳のOLだとこんなものなのかなって簡素なアパート。
 とりあえず靴を脱がして放ってベッドに寝かそうと思ったら、尾台さんが突然背中で跳ねた。

「くちゅ! くちゅ揃え……る!!」
「え? 起きてるのああっと靴は後で俺が揃えるので」
「くちゅッ!」
「ちょっと暴れないで下さッ……ああ!」
「ひゃあ!」

 急に背中で暴れ出してバランスが崩れる尾台さんは玄関に置かれた段ボールに倒れ込んだ。

「ごめんなさい尾台さん、大丈夫ですか」
「んん……痛ぁ」
 抱き起そうと思ったら尾台さんは背中が痛いのか体を捩り出して腕に押されて箱の中身が溢れた。
 戻そうと手を伸ばしたら…………、

「これ……」

 中からは見覚えのあるピンクの服と……金色の髪とハートの……ペンダント……。
 また勝手に心拍が上がって息が狭まる。

 ペンダントを手に取る、痛いくらいに胸が締め付けられた。

「ぅんん……ぁう」
「尾台さん?」

 白く滑らかな頬を手の甲で擦ったら、彼女は薄く目を開けた。
 俺を見る前に散らばった段ボールの中身を見渡した彼女は、うーんとっと何かを探し出した。
 そして「あったぁ」とステッキを手に取って俺の手の平のペンダントに重ね合わせた、そして大きく息を吸って作ったアニメ声で…………。

「マジカルチェンジ ラブ ミー ドゥー☆」


 と叫んだのだ、何……待ってくれ、ちょっと待って……その声……。

 尾台さんはあははははってステッキでペンダントを叩いて思わず手首を掴んだら、今度は首を傾げて俺を覗き込んできた。

 俺が今どんな顔してるのかなんて、自分でも分からないけれど尾台さんはじぃと見つめた後、にこっと笑った、俺の頬に手を寄せて柔らかい指の感触にゾクゾクした、そしてアニメ声のまま。

「もっとありのままのあなたの笑顔を見せて?」

 そして、

「あなたの心を救済ちゅう」

 と頬に口付けをしてきた。

 耳にちゅっと湿った音が響く、鳥肌が立って、心臓が壊れそうで血液が沸騰して体の芯から震えた……女の人にキスされたからじゃない。

 待って、ああ本当に待ってくれよ。

 そんなはずない、あの人がここにいるはずないって思うのに、俺の前で笑っている尾台さんの唇は唯一知ってるあの人の唇と同じなんだ、何で気が付かなかったんだろう。

「尾台さんごめんなさい」
「う?」

 酔って動きの鈍い彼女を押えて、細い足のスカートを捲ると黒いストッキング手を這わせた。
 上へ上へと伸びる指に尾台さんはぴくっと体を反応させる。
 酔ってる女の人にこんな事するなんて俺はどうかしてるんだけど、でも確かめたくて抑えられなかった。
 右足の太腿、内側の所を破いたら……。

「嘘だろ……」

 そこには二つ並んだホクロがあった、何で、どうして……。
 また眠りにつきそうな尾台さんの顔を見たら脳裏に焼き付いたあの日の泣き顔がフラッシュバックした。



















 やっぱり彼女は泣いていた。





 この部屋であの時も一人で泣いていたんだろうか、自分を殺したあの日……ここだけが生きがいだといっていた居場所を自ら亡くしたあの日………………寂しい、苦しい、もう死にたい……さっきの言葉が頭の中で反復して。
 レンズが濡れた涙が零れた、守ってあげられなくてごめんなさい。


 やっと見つけた、こんな所にいたんだ。


 二年前より更に細くなった体を抱き締めた。
 言いたかった言葉伝えたかった想いたくさんある、でも今はもう少しこのままで…………。
 服から伝わる温もり、一定に脈打つ心臓の音が愛しくて涙が溢れた。











「にゃんにゃんさん……会いたかったです」






 耳元で言ったら、彼女は一言、

「にゃ」

 と鳴いた。











 この人しか愛せない。
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