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切っても切れない電話と縁
切っても切れない電話と縁
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「これは当分やみそうにないな」
天気予報で夕立注意と言っていたのを夕方に雨が降るかもしれないと勘違いしていた俺が馬鹿だった。夕立は昼間にだって降ることがあるのだということをすっかり忘れていたのだ。やはり外国暮らしが長いと日本語が不自由になるな……タオルでびしょ濡れになった頭を拭きながら外を伺う。夕立というのはもっと風情のあるものだと思っていたがこれはまさに集中豪雨、当分やみそうにない感じだ。
「どうするかねえ……」
日頃の運動不足を解消しようと職場から最寄り駅まで歩こうなんて思ったのがそもそもの間違いだった。駅までの道のりの途中に電話ボックスがあってラッキーだったとしか言いようがない。この辺りは住宅地で雨宿りできるような軒先は皆無だったし、こいつがなかったらカバンの中にある論文資料も大惨事になっていただろう。
最近は携帯電話の普及で滅多にお目にかかることがなくなった電話ボックス。何となく横においてある電話帳を見れば利用者がメモ帳代わりにしたのか駅の名前や時刻、そしてへのへのもへじ等の落書きが余白部分にところ狭しと書かれている。ってことは誰かしら利用者があるということだ。
「ん……?」
その落書きの一つに目がいった。丸い眼鏡をかけて白衣のようなものを着ている男が描かれている。同じ病院に勤めている親友に良く似た顔をしていて、その横に丸っこい文字で特技は廊下でスライディングと書かれている。
「なんだか山口に似てるな……たまに廊下で転んでるし」
そう言えばこの近くに親友が住んでいるマンションがあったよな、電話して迎えに来させるか?と考えてから、ああ駄目だと思い至る。親友は結婚していて今は奥さんが妊娠中だ。そんな時に見ず知らずの男がいきなり押し掛けたりしたら胎教に悪い。仕方が無い、ここでしばらく我慢するか……。
トゥルルルル……
いきなり鳴り出した電話にギョッとなる。待て待て、なんで公衆電話が鳴るんだ? これは公衆電話であって家電じゃないぞ。うっかり出たりしたら“ワタシメリーサン”とかいうホラーになるんじゃないだろうな? 自慢じゃないが俺はスプラッターは平気だがこっち系は苦手だ。しかも薄暗くてジメジメしたところでいきなり公衆電話が鳴るなんてホラー以外の何がある?
「出ないぞ、俺は出ないからな」
一分近く鳴り続けてから止まった。やれやれと安心したところで再び鳴り始める。こんな狭い中で鳴られては堪ったものではない。どうしたものか……。そんなことがしばらく続き、だんだん腹が立ってきた。こっちは早く自宅に戻って論文を書きたいのに雨で足止めを食らった上に喧しい騒音に悩まされるなんて。
「……はいっ、もしもし!!!」
何度目かになってそろそろムカついていたので受話器を取って怒鳴りつけた。メリーさんだろうがリカチャンだろうが知ったことか!
「……あ、出た」
一瞬の間があって声がした。相手は女のようだ。ホラーじみた口調ではなく呑気な声。しかも大人ではなく子供のようだ。
「出ちゃ悪いのか、何度も何度も鳴らしやがって。しかも公衆電話だぞ」
「だって人がいるとは思わなかったし。でも良かった、世界中に自分一人しかいないような気分になってたから、自分以外に人が存在するって分かってちょっと安心しちゃった。こういう薄暗い天気で静かだとそんな気持ちにならない?」
そう言いながら相手は呑気な声で笑っている。脳天気な笑い声に腹が立ったが少なくとも“ワタシメリーサン”のホラーになる心配はないようで安心した。
「そりゃ映画の観すぎだ。少なくともお前以外に一人は人類がいることが確認できたってことで問題解決だな、じゃあ切るからもう鳴らすんじゃないぞ」
「あ、待って……!」
受話器を置こうとした俺の耳に相手の慌てた声が聞こえたような気がしたが構わずに切る。はあ、イタズラ電話かよ、最近のガキは何を考えているのやら分からん。親もこういうイタズラのせいで通話料金が馬鹿みたいに高額になっていることを知るべきだと思うぞ、まったく……。
トゥルルルル……
そして再び鳴る電話。かけているのは誰か分かっているのでしばらく電話を睨みつける。しかし相手も俺がいることが分かっているからか今度は途中で切ることなく鳴らし続けている。外を伺えば雨脚は弱まりそうにない。やれやれ……。ため息をつきながら受話器に手をのばした。
「なんだ、まだ何か言い足りないのか」
「だってヒマだし」
「俺はヒマじゃない」
「でもその電話ボックスにいるってことは、たぶん、傘が無くて雨宿りしてるんだよね? ってことは雨がやむまではそこで足止めってことでしょ? じゃあヒマじゃん」
「お前はポアロか」
相手が憤慨したように鼻をならした。
「なんであんな髭おじさんなのよ。せめてピンカートンとか呼んで欲しい」
「どっちもオッサンだ」
「じゃあミス・マープル」
今時のドラマに出てくる素人探偵の名前を出さないところに関心してしまった。この手の年齢の子どもというのは海外の推理小説なんて読みそうにないと思っていたのは偏見だったか。
「随分と詳しいんだな、若いくせに」
「親がね、退屈だろうからって簡単には読めない本をいっぱい買ってくれるの。だから私の部屋、壁一面が本棚なんだよ。お兄さん、見にくる?」
「いや、やめておく」
「そうなの。きっと一冊ぐらい自分の好きな本が見つかると思うんだけどな」
たまには本を読まないと馬鹿になるよ?と言われて余計なお世話だと呟く。今だって仕事の合間に殴ったら気絶しそうな厚さの医学書を読んでいるんだ、のんびり推理小説を読んでいる時間なんぞ生活の中に設けることなんて出来る筈がない。
「お前は本屋のセールスマンか」
「将来の夢は図書館の司書になって本に埋もれて生活することなんだー。お兄さんはどんな仕事してるの? あ、まさか無職とか言わないよね?」
「医者だ」
「へえ、お医者さんなんだ。そんな乱暴な口のきき方していたら患者さん怖がらない?」
「余計なお世話だ」
いつまでこのお喋りに付き合っていれば良いんだ? もしかして雨がやむまで? 外を見ても雨脚はさっきと変わらずといった感じでまだやみそうにない。そうこうしているうちにどんどん暗くなっていく。暗くなっているということは時間が過ぎているということで、時間が過ぎているということは自宅で論文を書く時間が減っているということだ。
「あ、いま、なんでこんなお喋りに付き合わなくちゃいけないんだって思ったでしょ?」
「お前と違って俺は非常に忙しい」
「患者さんを待たせているとかじゃないよね?」
「あのな、医者っていうのは患者を診るだけじゃなくて、研修に行ったり論文を書いたり勤務外もそれなりに忙しいんだよ」
俺の言葉に相手はふーんと分かったか分かってないのか気のない返事を返してくる。
「私が知ってる先生はノンビリしてるみたいだよ?」
「携わっている分野にもよるんだよ」
「へえ。確かにお兄さんみたいに忙しい!とか言って不機嫌そうにはしてないかな」
「悪かったな、不機嫌そうで。雨で思わぬ足止めを食らってみろ、誰だって不機嫌になる」
「しかも変な電話もかかってくるし?」
「その通り」
いよいよ外が暗くなってきた。今日は資料を読むだけで終わりそうだな……。
「私、雨で足止めされてる人の気持ちは分からないけどさ、狭い場所に閉じ込められてその場から出られない苛立ちってのは分かるかなあ」
「なんで?」
「なんでって、お兄さんは電話ボックスに閉じ込められてるでしょ? 私はもう少し広い場所だけどそこから出ることが出来ないし。めっちゃ退屈。あ、今、すっごい薄幸の美少女とか思い浮かんだ?」
「そんなもんが浮かぶか。だいたい美少女はこんなふうイタズラ電話なんてしないだろうが」
相手はそっかーと呑気に笑っている。
「まあ美少女でもないし少なくとも薄幸でもないかな。種明かしをすると、事故で怪我して自宅療養中なんだよね。だから体はともかく頭は元気だから退屈でさ」
「だからって公衆電話にイタズラ電話をしていいってわけじゃないぞ」
電話の向こうの相手は今まで一体どれだけ電話をかけたんだろうな。俺と話して気が済んでくれれば良いのだが。
「んー、だって誰かと話したかったんだもん」
「親は? 家族は他にいないのか?」
「いるよー。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんとお兄ちゃん。だけど皆それぞれ忙しいからね、今は短気そうなお兄さんと電話しながら一人でお留守番中~」
「俺のことか」
「お兄さん以外、誰がいるの。お蔭で少し退屈の虫が治まったよ」
「そりゃ良かった。だけどもうイタズラ電話なんてするなよ。俺みたいに大人しく相手をしてくれる奴ばかりとは限らないんだからな」
「大人しくねえ……」
それの何処が大人しいんだろうねえと失礼なことを言っている。俺にしてみれば大人しく応対している方だぞ。普段だったら問答無用で電話を叩き切っている筈だ。
「ま、やっとお兄さんの声が直に聞けたから私としては満足だから当分は電話するのやめておく」
「……どういうことだ?」
その言い方だと俺のことを前から知っているような口ぶりだが。
「お兄さん、いつもこの道を通ってるでしょ? んで、何してる人なのかなーって気になってたんだよね」
お医者さんだってことも分かってスッキリだよと笑った。おい、ちょっと待て。何でそんなこと知っているんだ、もしかして本当に“ワタシメリーサン”じゃないだろうな?!
「なんで俺がここを通っているって分かるんだ?」
「だって私の部屋から見えるから」
「は?!」
「その電話ボックス、うちの真ん前なんだよね。ちなみに私の部屋は二階で道路に面しているんだよ。やっほ~♪」
電話ボックスから外の家を見上げれば、電気のついた部屋の窓からこちらに手を振っている人物がいる。逆光で顔ははっきり分からないがどうやら中学生か高校生といったところだ。
「そんな間抜けた顔でこっちを見ないでほしいなあ、ちょっとガッカリしちゃうじゃない」
「俺の顔だ、ほっとけ」
「遠くから見ている分にはイケメンなのに口は悪いし短気だし怒りっぽいし。ちょっとガッカリ~」
言いたい放題とはこのことだ。そんなことを言われている横で車がその家のガレージへと入ってきた。
「あ、お母さんとお父さんが帰ってきた。お兄さん電話に付き合ってくれてありがと。お蔭で退屈じゃなかったよ。あ、たまには医学書じゃない本も読むとよいよ、人生、広がるよ~」
「やかましい!」
相手は笑いながら電話を切り、窓際から引っ込んだ。そして両親であろう二人が玄関に入ったと同時に部屋の電気が消えた。
「やれやれ、とんだマープルだな」
雨はまだ止まずイタズラ電話も切ってしまったので手持ち無沙汰になってしまった。あとどれぐらいの時間をここで過ごせば良いんだろうな。そう思いながらカバンの中の本を出して読み始めてから暫くして、コンコンと叩く音がした。顔を上げると電話ボックスの外に男性が立っている。
「もしかして使われますか?」
「いえ、娘がね、傘がなくて困っている人がいるようだからと、これを」
そう言って紺色の傘を差し出してきた。
「どうぞ」
「有り難うございます。晴れたら返しに伺います」
「いえいえ、安いコンビニで買った傘ですからお気になさらず」
男性は気をつけて帰って下さいねと言い残して家へと戻っていった。電話に付き合った謝礼といったところか。普段はこういう謝礼は受け取らない主義なんだか今回は有り難くいただいておこう。
+++
その電話の主が親友の山口がいる心療内科に通っている患者だと知ったのはそれから間なしのことだった。
天気予報で夕立注意と言っていたのを夕方に雨が降るかもしれないと勘違いしていた俺が馬鹿だった。夕立は昼間にだって降ることがあるのだということをすっかり忘れていたのだ。やはり外国暮らしが長いと日本語が不自由になるな……タオルでびしょ濡れになった頭を拭きながら外を伺う。夕立というのはもっと風情のあるものだと思っていたがこれはまさに集中豪雨、当分やみそうにない感じだ。
「どうするかねえ……」
日頃の運動不足を解消しようと職場から最寄り駅まで歩こうなんて思ったのがそもそもの間違いだった。駅までの道のりの途中に電話ボックスがあってラッキーだったとしか言いようがない。この辺りは住宅地で雨宿りできるような軒先は皆無だったし、こいつがなかったらカバンの中にある論文資料も大惨事になっていただろう。
最近は携帯電話の普及で滅多にお目にかかることがなくなった電話ボックス。何となく横においてある電話帳を見れば利用者がメモ帳代わりにしたのか駅の名前や時刻、そしてへのへのもへじ等の落書きが余白部分にところ狭しと書かれている。ってことは誰かしら利用者があるということだ。
「ん……?」
その落書きの一つに目がいった。丸い眼鏡をかけて白衣のようなものを着ている男が描かれている。同じ病院に勤めている親友に良く似た顔をしていて、その横に丸っこい文字で特技は廊下でスライディングと書かれている。
「なんだか山口に似てるな……たまに廊下で転んでるし」
そう言えばこの近くに親友が住んでいるマンションがあったよな、電話して迎えに来させるか?と考えてから、ああ駄目だと思い至る。親友は結婚していて今は奥さんが妊娠中だ。そんな時に見ず知らずの男がいきなり押し掛けたりしたら胎教に悪い。仕方が無い、ここでしばらく我慢するか……。
トゥルルルル……
いきなり鳴り出した電話にギョッとなる。待て待て、なんで公衆電話が鳴るんだ? これは公衆電話であって家電じゃないぞ。うっかり出たりしたら“ワタシメリーサン”とかいうホラーになるんじゃないだろうな? 自慢じゃないが俺はスプラッターは平気だがこっち系は苦手だ。しかも薄暗くてジメジメしたところでいきなり公衆電話が鳴るなんてホラー以外の何がある?
「出ないぞ、俺は出ないからな」
一分近く鳴り続けてから止まった。やれやれと安心したところで再び鳴り始める。こんな狭い中で鳴られては堪ったものではない。どうしたものか……。そんなことがしばらく続き、だんだん腹が立ってきた。こっちは早く自宅に戻って論文を書きたいのに雨で足止めを食らった上に喧しい騒音に悩まされるなんて。
「……はいっ、もしもし!!!」
何度目かになってそろそろムカついていたので受話器を取って怒鳴りつけた。メリーさんだろうがリカチャンだろうが知ったことか!
「……あ、出た」
一瞬の間があって声がした。相手は女のようだ。ホラーじみた口調ではなく呑気な声。しかも大人ではなく子供のようだ。
「出ちゃ悪いのか、何度も何度も鳴らしやがって。しかも公衆電話だぞ」
「だって人がいるとは思わなかったし。でも良かった、世界中に自分一人しかいないような気分になってたから、自分以外に人が存在するって分かってちょっと安心しちゃった。こういう薄暗い天気で静かだとそんな気持ちにならない?」
そう言いながら相手は呑気な声で笑っている。脳天気な笑い声に腹が立ったが少なくとも“ワタシメリーサン”のホラーになる心配はないようで安心した。
「そりゃ映画の観すぎだ。少なくともお前以外に一人は人類がいることが確認できたってことで問題解決だな、じゃあ切るからもう鳴らすんじゃないぞ」
「あ、待って……!」
受話器を置こうとした俺の耳に相手の慌てた声が聞こえたような気がしたが構わずに切る。はあ、イタズラ電話かよ、最近のガキは何を考えているのやら分からん。親もこういうイタズラのせいで通話料金が馬鹿みたいに高額になっていることを知るべきだと思うぞ、まったく……。
トゥルルルル……
そして再び鳴る電話。かけているのは誰か分かっているのでしばらく電話を睨みつける。しかし相手も俺がいることが分かっているからか今度は途中で切ることなく鳴らし続けている。外を伺えば雨脚は弱まりそうにない。やれやれ……。ため息をつきながら受話器に手をのばした。
「なんだ、まだ何か言い足りないのか」
「だってヒマだし」
「俺はヒマじゃない」
「でもその電話ボックスにいるってことは、たぶん、傘が無くて雨宿りしてるんだよね? ってことは雨がやむまではそこで足止めってことでしょ? じゃあヒマじゃん」
「お前はポアロか」
相手が憤慨したように鼻をならした。
「なんであんな髭おじさんなのよ。せめてピンカートンとか呼んで欲しい」
「どっちもオッサンだ」
「じゃあミス・マープル」
今時のドラマに出てくる素人探偵の名前を出さないところに関心してしまった。この手の年齢の子どもというのは海外の推理小説なんて読みそうにないと思っていたのは偏見だったか。
「随分と詳しいんだな、若いくせに」
「親がね、退屈だろうからって簡単には読めない本をいっぱい買ってくれるの。だから私の部屋、壁一面が本棚なんだよ。お兄さん、見にくる?」
「いや、やめておく」
「そうなの。きっと一冊ぐらい自分の好きな本が見つかると思うんだけどな」
たまには本を読まないと馬鹿になるよ?と言われて余計なお世話だと呟く。今だって仕事の合間に殴ったら気絶しそうな厚さの医学書を読んでいるんだ、のんびり推理小説を読んでいる時間なんぞ生活の中に設けることなんて出来る筈がない。
「お前は本屋のセールスマンか」
「将来の夢は図書館の司書になって本に埋もれて生活することなんだー。お兄さんはどんな仕事してるの? あ、まさか無職とか言わないよね?」
「医者だ」
「へえ、お医者さんなんだ。そんな乱暴な口のきき方していたら患者さん怖がらない?」
「余計なお世話だ」
いつまでこのお喋りに付き合っていれば良いんだ? もしかして雨がやむまで? 外を見ても雨脚はさっきと変わらずといった感じでまだやみそうにない。そうこうしているうちにどんどん暗くなっていく。暗くなっているということは時間が過ぎているということで、時間が過ぎているということは自宅で論文を書く時間が減っているということだ。
「あ、いま、なんでこんなお喋りに付き合わなくちゃいけないんだって思ったでしょ?」
「お前と違って俺は非常に忙しい」
「患者さんを待たせているとかじゃないよね?」
「あのな、医者っていうのは患者を診るだけじゃなくて、研修に行ったり論文を書いたり勤務外もそれなりに忙しいんだよ」
俺の言葉に相手はふーんと分かったか分かってないのか気のない返事を返してくる。
「私が知ってる先生はノンビリしてるみたいだよ?」
「携わっている分野にもよるんだよ」
「へえ。確かにお兄さんみたいに忙しい!とか言って不機嫌そうにはしてないかな」
「悪かったな、不機嫌そうで。雨で思わぬ足止めを食らってみろ、誰だって不機嫌になる」
「しかも変な電話もかかってくるし?」
「その通り」
いよいよ外が暗くなってきた。今日は資料を読むだけで終わりそうだな……。
「私、雨で足止めされてる人の気持ちは分からないけどさ、狭い場所に閉じ込められてその場から出られない苛立ちってのは分かるかなあ」
「なんで?」
「なんでって、お兄さんは電話ボックスに閉じ込められてるでしょ? 私はもう少し広い場所だけどそこから出ることが出来ないし。めっちゃ退屈。あ、今、すっごい薄幸の美少女とか思い浮かんだ?」
「そんなもんが浮かぶか。だいたい美少女はこんなふうイタズラ電話なんてしないだろうが」
相手はそっかーと呑気に笑っている。
「まあ美少女でもないし少なくとも薄幸でもないかな。種明かしをすると、事故で怪我して自宅療養中なんだよね。だから体はともかく頭は元気だから退屈でさ」
「だからって公衆電話にイタズラ電話をしていいってわけじゃないぞ」
電話の向こうの相手は今まで一体どれだけ電話をかけたんだろうな。俺と話して気が済んでくれれば良いのだが。
「んー、だって誰かと話したかったんだもん」
「親は? 家族は他にいないのか?」
「いるよー。お父さんとお母さんと、お姉ちゃんとお兄ちゃん。だけど皆それぞれ忙しいからね、今は短気そうなお兄さんと電話しながら一人でお留守番中~」
「俺のことか」
「お兄さん以外、誰がいるの。お蔭で少し退屈の虫が治まったよ」
「そりゃ良かった。だけどもうイタズラ電話なんてするなよ。俺みたいに大人しく相手をしてくれる奴ばかりとは限らないんだからな」
「大人しくねえ……」
それの何処が大人しいんだろうねえと失礼なことを言っている。俺にしてみれば大人しく応対している方だぞ。普段だったら問答無用で電話を叩き切っている筈だ。
「ま、やっとお兄さんの声が直に聞けたから私としては満足だから当分は電話するのやめておく」
「……どういうことだ?」
その言い方だと俺のことを前から知っているような口ぶりだが。
「お兄さん、いつもこの道を通ってるでしょ? んで、何してる人なのかなーって気になってたんだよね」
お医者さんだってことも分かってスッキリだよと笑った。おい、ちょっと待て。何でそんなこと知っているんだ、もしかして本当に“ワタシメリーサン”じゃないだろうな?!
「なんで俺がここを通っているって分かるんだ?」
「だって私の部屋から見えるから」
「は?!」
「その電話ボックス、うちの真ん前なんだよね。ちなみに私の部屋は二階で道路に面しているんだよ。やっほ~♪」
電話ボックスから外の家を見上げれば、電気のついた部屋の窓からこちらに手を振っている人物がいる。逆光で顔ははっきり分からないがどうやら中学生か高校生といったところだ。
「そんな間抜けた顔でこっちを見ないでほしいなあ、ちょっとガッカリしちゃうじゃない」
「俺の顔だ、ほっとけ」
「遠くから見ている分にはイケメンなのに口は悪いし短気だし怒りっぽいし。ちょっとガッカリ~」
言いたい放題とはこのことだ。そんなことを言われている横で車がその家のガレージへと入ってきた。
「あ、お母さんとお父さんが帰ってきた。お兄さん電話に付き合ってくれてありがと。お蔭で退屈じゃなかったよ。あ、たまには医学書じゃない本も読むとよいよ、人生、広がるよ~」
「やかましい!」
相手は笑いながら電話を切り、窓際から引っ込んだ。そして両親であろう二人が玄関に入ったと同時に部屋の電気が消えた。
「やれやれ、とんだマープルだな」
雨はまだ止まずイタズラ電話も切ってしまったので手持ち無沙汰になってしまった。あとどれぐらいの時間をここで過ごせば良いんだろうな。そう思いながらカバンの中の本を出して読み始めてから暫くして、コンコンと叩く音がした。顔を上げると電話ボックスの外に男性が立っている。
「もしかして使われますか?」
「いえ、娘がね、傘がなくて困っている人がいるようだからと、これを」
そう言って紺色の傘を差し出してきた。
「どうぞ」
「有り難うございます。晴れたら返しに伺います」
「いえいえ、安いコンビニで買った傘ですからお気になさらず」
男性は気をつけて帰って下さいねと言い残して家へと戻っていった。電話に付き合った謝礼といったところか。普段はこういう謝礼は受け取らない主義なんだか今回は有り難くいただいておこう。
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