触れられない、指先

未知之みちる

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後篇

其の五

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 相手の奥深くへ触れたいという欲望はひどく困難を伴う。彼にとっては。
 理由があった、ひとつだけ。
 彼の最も美しいかの人の奥底があまりにも美しすぎたからだ。
 彼が何度も何度も本気の相手へ触れようと指を伸ばすたびに落胆しか覚えなくなったのは、それ以上の美しさを欲しくなるからにある。
 どんなに愛を求めようともどんなに相手が愛を与えようとも、いつしか臆病さを覚えた彼は伸ばしかけた手を引っ込める。心を背け、体も背け、怯える。怯え苦悩し、その結果彼は自身の真実を手放すようになった。その愛が真実過ぎるからだ。
 かの美しい人は今は遠くにいる。どこにいるのかもわからない遠い遠い、貴方は貴方でいいのよと微笑んでくれる距離にはない。
 一番の拠り所を手に持てない彼は親友に独白を吐き、自らを誤魔化すものの、虚しいだけだった。
 自分の手が魔法を使えるのなら、その魔法をくれたのはかの人だろう。そうして「魔法使いさん」はその魔法を使う方法を教えてくれようとしている。
 それにはもっともっと彼女へ触れなくてはならない。もっともっとと欲すれば欲するほど、やはり怖い。
 いつもならまず、相手にがっかりする。
 しかし今回は、自身にがっかりするような気がしてならない。
「化粧師さんの指はとても綺麗よ」
 ベッドの上に腰を掛けて寄り添いながら手を絡めていたら、彼女がそう言った。そうして空いていた方の手を彼の手に添えて持ち上げると、そっと頰へすり寄せた。
 時計の針が刻々と動いていく。
 どのくらいそうしていただろうか。
 彼はうっとりとそのさまを見つめつづけていた。
「魔法使いさんて、どうしてそんなに美しいの?」
 初めて彼は彼女のことを美しいと形容した。彼の中の綺麗を彼女は上回っていた。
「化粧師さんが美しいから。美しいものに触れると人は更に美しく在れる」
 時計の針は刻々と動いていくが、時間はまだ大いにあった。
「貴方の美しさが好き。ねえ、どうしたら化粧師さんはもっとわたしに触れてくれる?」
「臆病を捨てる魔法をかけてくれたら出来るのかな……」
 他力本願だとは理解している。わがままなのも承知である。
「じゃあ教えてあげる。わたしは求めるばかりだったのね」
 そうして彼女は彼を強引に押し倒した。愛らしい瞳は妖艶な美しさを湛えはじめた。いつもなら欲してほしいと強請るように見つめてくる彼女がもっと自分を欲しなさいというように、彼の体を侵しはじめた。
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