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十二話

 現世

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「清河~。早くぅ。マーのお腹ゴシゴシして~」

 清河は笑顔で答える。

「すまない。マーはお腹もやって欲しいんだね。ブラシでゴシゴシしてあげようか」

「うん! ねえ、清河。隣の子もやって欲しいみたいだよ」

「隣? ああ、アルマスのことか。この子も人の言葉を話すのか?」

 宿の馬小屋にはマーと、月華一座の馬車馬である白馬アルマスがいる。

 マーのお腹を優しくブラシをかけながら清河は、アルマスに声をかけてみた。

「アルマスも、お腹やって欲しいのかい?」

「ヒヒ~ン!」

 清河は、その様子を見ながら微笑んだ。

「……私の言葉を理解しているみたいだけど、人の言葉は話さないね。ならば、マーは特別な馬ってこと?」

「マーは人の言葉が話せるぅ、すご~い?」

 その言葉に清河は思わず吹き出してしまう。

「プッ、ハハハ。うん、マーは凄いね」



 ──星大河の部屋では二人が向かい合って座っており、星大河は睨むような表情で光輝を見つめていた。

 光輝は、思いもしなかった問いに動揺し俯いてしまう。

(座長は、僕が現世の玉華芸大の学生だってことを知ってる? 何て答えればいい?)

「どうなんだ? 蘭丸……いや、お前、広沢だろ?」

 その言葉に光輝は、ハッと顔を上げた。

「なんで、それを⁉︎ あ、あなたは何者なんですか?」

 すると星大河は、ガバッと光輝を抱きしめた。

「あ~良かったあ! マジ嬉しい。俺、どうなっちゃうかと思ったよ」

 突然のことに光輝は、星大河から離れようとするが力強く抱きしめられ、身動きが取れない。

「ちょっと……あの、座長?」

「もうっ! そんな呼び方すんなよ。俺だよ、俺! 木梨誠。あ~もう~俺、めっちゃ不安だった」

「えっ、木梨先輩? 星大河役の? あの、工藤先輩と仲が良い木梨誠先輩?」

「そうそうそう! 工藤と同じ芸能学科で、同級の木梨誠だよ!」

 光輝は、この想定外の出来事に戸惑いを隠せない。

「でも、あの……木梨先輩が、どうしてこっちの世界にいるんですか?」

「そんなの俺が知りてぇわ! 話せば長くなるんだけどよぉ……。劇中さ、広沢が出て行った後に、工藤と菅野も出て行っただろ? その後、突然、館内が激しく揺れてな、俺はすぐに天井を見上げたわけ。最後の記憶は、照明が落下する映像だったよ……。で、目を覚ましたら、これよこれ!」 

「あ……僕も似たようなものです。あれ? 天国に来ちゃったかな? とか思いましたよ」

「だよな~。これってアレじゃね⁉︎  異世界転生!」

 光輝と星大河は、今置かれてる状況を確認するかのように会話する。

「そんでさ、他にも俺みたいな奴がいるんじゃねぇかって探ってたんだよ。清河にも『お前、工藤か?』って、聞いたら不思議そうな顔されて、俺ちょー孤独。なあ、広沢。やっぱ、この世界は台本の中だよな?」

「そうみたいです。木梨先輩は台本持ってますか?」

「ああ……いや、持ってないな。広沢は?」

「僕は持ってます。セリフに自信がなくて丸めて腰に……。そうだ、見てください。既に話が変わってきてるんですよ」

 光輝は、自分の台本を木梨に見せる。

「天気や、僕と清河の出会い方など状況は全然、違ってます」

「なるほど……これは何? 余白の部分に殴り書きみたいな……」

 木梨は台本に書かれている文字を見て、きょとん顔。

「土? 馬の糞? 僕はここにいますって」

「土! 土ですよ! 真希が台本に何か書き込んだみたいで、だから返事を書こうとしたら、この世界にはペンの意味が通用しなくて、仕方なく指を使って書いたんですよ」

「じゃあ、台本はあっちの世界にいる菅野と繋がっているというわけか」

「ですね。真希が気づいてくれれば、ハッピーエンドになるかもですよ」

 二人は暫くの間、話を続けていくうちに一つの疑問に辿り着く。

「広沢。ハッピーエンドになった後、俺らはどうなるんだよ? そもそも、現世の俺らの身体は? それに、現世の御守りを持っているのに清河は、工藤じゃなく清河のままだ」

「現世の自分の身体……」

 光輝は、不安な表情を浮かべる。

 工藤先輩と光輝は屋上から落下。

 木梨誠は照明が落下し、普通に考えれば下敷きになってしまったとわかるだろう。

 木梨は、光輝に問いかける。

「なあ……広沢。もしかして、俺達……死んでるんじゃね?」

「死んで……る?」

 光輝は、木梨の言葉に激しく動揺する。

 自分で、自分の死を確認することはできない。

 勿論、今まで考えなかったわけじゃなく、光輝は「死」の事を考えないようにしていた。

 木梨は、茫然とする光輝を見て、肩を叩き落ち着かせようとした。

 まるで、自分自身に言い聞かせるように木梨は言う。

「まあ、まだ決めつけるのは早いよな?  俺達が死んだっていう確証はないわけだからさ」

「あ……そうですね」

 光輝は頷くも、木梨の言葉に少しの希望も感じられなかった。

 そして木梨自身も……。



 ──現世にいる真希は、自室の机の前で台本を広げて頭を抱えていた。

「……屋上から落ちた光輝や工藤先輩は、警察に捜索してもらっても見つからない。木梨先輩まで。しかも、誰が台本に落書きをしたのよ『僕はここにいます』なんて、人の傷に塩塗りやがって。でも、あれから臨時休校にもなって、台本は持ち出してないのよ。誰が……」

 その時、机の上から何かが落ちた。

「あ……。御守り」

 それは、光輝と工藤先輩と三人で行った、恋々稲荷神社の御守りだった。

 真希は御守りを拾い上げて見つめる。

(光輝と工藤先輩はお揃いの『縁結び』だったっけ。私だけ『心願成就』……。そう言えば、恋々稲荷神社に行ったのは伝説の神社を調べるためよね)

 そして、真希はふと気づいて囁いた。

「まだ、願いを叶えようとしてる? 台本の中に書かれた汚い字、もしかして私が感情的に書いた言葉への返信? 光輝からのメッセージ……」

 物凄い勢いで真希は台本を開き、最初から読み直すと驚愕する。

「はぁ~⁉︎ 光輝! えっ? マーが喋る? ハッピーエンドにしろって? 何よ、この台本は。私の名前まで……」

 真希は内容に驚きすぎて一瞬、思考が止まる。

(これじゃあ、光輝が蘭丸になった話じゃないの! 私は一切、変更してないのに。……ありえないけど、伝説の神社の何かが作用して、光輝たちが台本の世界へ入ってしまったと考える方が自然かもしれない)



 一方、星大河の部屋では、木梨が頭を抱えて座っていた──。
  
「俺ら、どん詰まりじゃね? この世界でハッピーエンドになって現世に戻れたところで、俺の身体ペチャンコかも。そうかと言って、この世界で生きるのも問題だろ」

「ハァ……ですよね」

 光輝は大きく頷き、木梨は頭を抱えたまま。

「う~っ、やべぇよ。こりゃあ……」

 その時、台本をパラパラと捲って見ていた光輝が叫ぶ。

「先輩! 木梨先輩! ま、真希が僕たちに気づいてくれったぽいです! 見てください」
 
 二人は台本を覗き込み、その文面を見る。

『光輝の意識をもつ蘭丸は、ベッドの下にボールペンが落ちていることに気づき、すぐに真希へとメッセージを台本に書き込んだ』

 書かれているように光輝はベッドの下を覗き込むと、ボールペンが転がっていた。

「ありました!」

「おう、マジじゃん! やったな!」

 木梨は光輝の肩を叩き喜んだ。

「はい! でも、何て書きますか?」

「そうだな……。まずは、この世界を平和な世の中にしてくれって。この世界の設定がさ、貧困とか暴動の設定だろ。どこまで台本が変化するか、条件や対策もわかるかもだし」

「ですね!」

 さっそく、光輝は書き込んだ。

『真希へ。良かった気づいてくれて。この世界の設定を変えて! まだ、工藤先輩が見つからないんだ。清河は恋々稲荷神社の御守りを持っているのに清河のままだよ。とにかくハッピーエンド頼む』

 続いて、木梨も書き込む。

『菅野! そっちでは俺らどうなってる?』

(とりあえず、こんなもんでいいか)

 二人は顔を見合わせて頷くと、次の展開に備えた。 
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