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十一話

 月華一座へ

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「清……工藤先輩?」

 そこには、黒いフードコートを羽織った清河がいたのだ。

「あ……あの……」

 突然の清河の登場に動揺する光輝をよそに、マーは嬉しそうに清河に飛びつく。

「ヒヒ~ン!」

 すると、清河は静かに右手の人差し指で、光輝の胸元を差す。

(な……何だ?)

 突然の清河の行動に戸惑いながらも、光輝は指の先を見ると……。

「ああっ! 工藤先輩とお揃いの御守り。やっぱり、あなたは先輩なんですね! 僕、光輝ですよ!」

 そんな光輝の反応を見て、清河は不思議そうに首を傾けた。

「君は何を言ってるの?」

「えっ……?」

 光輝は、その反応に愕然とする。

(……僕の事を忘れた⁉︎ それとも、工藤先輩はこっちの世界に来てない?)

「あの……僕は……」

 言葉が上手く出てこない光輝に、清河は無表情で言う。

「……私は、清河。舞台から君が手をあげてるのが見えたんだ。手に持ってるそれ……どうしたの?」

「えっ? 見えてないかと思ってました。これ、見覚えがあるんですか⁉︎  恋々稲荷神社の縁結びの御守り」

「恋々稲荷神社の縁結びの御守り? 私も持っている」

 清河は、自分の右手を見せてきた。

 その手には確かに、光輝と同じ御守りがあった。

「やっぱり、工藤先輩……いや、あの、清河さんは、その御守りずっと持っていたんですか?」

「私が月華一座の役者だと、知ってはいるな?」

「そりゃあ、誰もが知ってますよ。素顔も綺麗なんですね」

 光輝は、興奮気味に言った。

 すると清河は、光輝の言葉を無視して話を続ける。

「……私は捨て子なんだ。それで座長に拾われてね、まだ赤子だった私が握りしめていたらしい。だから、これが何なのか、ずっと気になっていたんだ」

「そうですか……」

「村祭りの時、君が何かを持っていることに気づいたんだけど、近づけば騒ぎになり、小さい体の君が群衆に押し潰されて危ないと思って。それにしても、同じ物を持っているとは……」

 清河は、そっと光輝の手にある御守りに触った。

「君の話が本当で、恋々稲荷神社とは何処にあるんだい?」 

 そんな清河の言葉に、光輝は戸惑ってしまう。

 恋々稲荷神社は現世に存在する場所であって、この作られた世界には存在しない。

(どうしよう……ここは、適当に答えるべき? そもそも、清河が馬小屋に尋ねて来るなんて想定外だよ)

「おい、君!」

 清河は、光輝の身体を激しく揺さぶる。

「あっ……はい! あの神社は、僕にもわかりません。えっ~と、夢で見たというか。あ……あれ? ほら、あの、僕も捨て子で、これを持っていたんです」

 光輝は、咄嗟に夢で見た事にした。

「君も?  ……そうか」

 清河は、光輝の御守りを凝視する。

 それから清河は、台本を指差さした。

「それは何? 見せてもらってもいいかい?」

「いや、これは、ダメ。と、言うか……僕の本で……恥ずかしいので」

 どうせ、見せても怪しまれると光輝は直感で思った。

「わかった。君が嫌がることはしないよ。ところで君は、この馬小屋で一人で暮らしているのか?」

「いえ。マーと二人で暮らしています」

 すると、清河はフードコートを脱ぎ光輝に手渡した。

「君にあげる。この先も君は、馬と二人で暮らしていくの?」

「あ、ありがとう。他に行き場もないし、マーは僕の相棒なんです」

 清河は、光輝が着ている麻の服を見て少し困ったような表情を見せた。

「それは……可哀相だ。ここは、村長の敷地だね? いつか追い出されてしまうんじゃないか?」

 しかし、光輝は首を振る。

「……いえ、大丈夫です」

 清河は少し考えた後、意を決したように言葉を発した。

「もしよかったら、私達の一座に入らないかい? その馬も一緒がいいなら座長の星大河から、村長に話をさせよう」

(結局、台本とは違う流れになったけど、月華一座に入ることは台本と同じか。でも清河さんが御守りを持っているってことは、工藤先輩の可能性大! 二人が現世の御守りを持ってるエピソードはないし、これはチャンスでしょ!)

「はい! 喜んで!」

「フフッ。君は小さいのに元気な良い声だね。名前は?」

「光輝。あああ、違った! 蘭丸。こっちが相棒のマー!」

 こうして、光輝は月華一座に入る事になった。

(月華一座に入れば、工藤先輩の情報がわかるかも。まだ、清河が工藤先輩の可能性があるなら諦めるのは早いよね)

 さらに、もう一つ台本とは違うことがある。

 それは天気、いつの間にか小雨になっていた。

 早速、清河は一度、月華一座が滞在している宿に戻り、蘭丸たちのことを、座長の星大河に話してくると言って出ていった。


 ──そして、清河は二時間後くらいに再び馬小屋に現れた。

「蘭丸、迎えに来たよ。君が月華一座の一員になれるよう話をつけてきた。それに相棒のマーのことも。今、座長と村長が話してるから」

「えっ……ありがとうございます!」

(ほぇ~っ! もう? いや、こんなに早く話がつくなんてラッキーじゃん! 暫くは、蘭丸を演じてた方がいいだろうな)

 そんな喜んでいる光輝を見て、清河は優しく微笑む。

「こちらこそ、よろしくね蘭丸。弟ができたみたいで嬉しいよ」

「弟……で、ですよね~! アハ、僕も兄さんができたみたいで嬉しいな……」

 光輝は複雑な気分だ。

 工藤先輩である──かもしれない清河に対する気持ちは恋愛感情であり、兄弟愛でもなく、友情でもない。  

(あ~あ、優しいんだけど工藤先輩は無邪気に人を傷つけるんだよね~。まったく、フラッシュバックだよ。現世では仲間とか言われたよな……)  

 恋する者は、男でも女でも些細な相手の言動に一喜一憂するものだ。

 すると、清河は何かを察したように提案する。

「座長が来たら、このまま宿へ一緒に行こう。蘭丸とマーは沐浴したり、温かい食事をしないと。明日、この村を離れるからね」

「あっ……はい」



 一方、星大河は、馬小屋の所有者である村長と話を進めていた。

 村長は嬉しそうに頷いている。

「ああ、こちらとしても安心ですじゃ。この村に居ても、あの子は苦労するだけ。あの子……蘭丸は小さいですが、動物の気持ちがわかる優しい子だと思うのです。馬のマーと心が通じあってるみたいでね」

 話を聞いていた星大河はニコリと笑う。

「全然、マジで気にしなくていいから! むしろ、引き取りたいっていうか、あっ、これ、馬代ね」

「なんと! よろしいのですか? ありがたくちょうだいします」

 村長は馬代を渡され頭を深々と下げる。

 なぜだか、星大河は挙動不審気味だ。

「あの……さ。一つ聞きたいんだけど、蘭丸って中身……大学生みたいな感じ?」 

「ハッ……大、学生? なんですじゃ? 大学生とは異国の言葉か何か?」

「ああ……いや、なんでもない。気にしないでくれ。忘れて。んじゃ、二人とも連れて行くわ!」

 そんな星大河の反応を見た村長は、ニコニコしながら見送った。 

 そして、星大河は馬小屋に顔を出す。

「お~っ。清河、 二人とも連れて行くぞ」

「座長、ありがとうございます」

 すると光輝である蘭丸と、マーは嬉しそうに挨拶する。

「ありがとうございます。これから、ご迷惑おかけしますが宜しくお願い致します」

 しかし、そんな光輝の態度に星大河は戸惑う。

(おいおい……マジか? いや、子供の反応じゃないよな……コイツ、やっぱり奴か? ……)

 そんな時、マーは光輝の耳元で嬉しそうに囁く。

「これで君の幸せ見られるねぇ」 

 光輝は恥ずかしそうに顔を赤くした。

 こうして、一行は馬小屋を後にする──。



 ──宿に着いた蘭丸とマーは、温かい湯で体を洗い、食事を済ませることができた。

 腹が満たされた光輝は清河の部屋に戻ろうとした瞬間、星大河に呼び止められる。

「おい、蘭丸。ちょっと、俺の部屋に来てくれ。なんつ~か、二人だけで大事な話があるんだよ。今、清河はマーの世話に外出てるしな」

「えっ……あ、はい」

 星大河は部屋に入ると、蘭丸に座るよう促す。

(まあ、座るのはベッドの上か。この村では、これでも一番いい部屋なんだろうな)

「お前さ。……玉華芸大の学生だろ?」

 その言葉に光輝は硬直した。

(なぜ、それを⁉︎)


 ──その頃、清河は馬小屋でマーの世話を終え、ブラシをかけていた。

 そんな時、マーが問いかける。

「ねぇ~っ、気持ちいいねぇ~。お腹もやってぇ~」

 清河はぎょっとした表情で、マーを見る。

「お腹も……って。マー、君は人間の言葉を話せるのか?」
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