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Into the Water
4・離れた手1
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前にも後ろにも行くことはできない。けれどジャージ姿の中学生が立ち尽くしているのは非常に目立つ。見回り中らしい警察官と目が合った瞬間に、由真は走り出していた。ここにいることを見咎められれば連れ戻されてしまう。でも学校にも家にも戻りたくはなかった。だからといってどこかに行きたいわけでもなかったが、本能的に逃げ出してしまった。
ビルとビルの隙間に身を隠して息を整える。何時間も歩いた後に走ったので、既に足は棒のようになっていた。壁に寄りかかりながらふくらはぎを揉んでいると、ビルの裏手から誰かの話し声が聞こえてきた。警戒しながらその声に耳を澄ますと、複数の男が誰かを詰っているところだった。
「お前さぁ、いい加減ウザいんだよ。善人ヅラしやがって」
由真は陰に隠れながらも様子を窺う。派手な髪色をした男が三人。詰られている人の方は由真の場所からは見えなかった。
「俺たち能力者の事情に、無能力者がしゃしゃり出てくんじゃねえよ!」
青色の髪の男が叫ぶと、男の手から青白い火花が放たれた。微かな呻き声が聞こえる。早くここから離れた方がいいと思うのに、足が疲れ過ぎていてもう動けなかった。由真は気付かれないように息を殺す。
「能力者でも無能力者でも、犯罪は犯罪だよ」
「さっすが無能力者サマ。どれだけ努力したところで全部何の力もねぇお前たちに奪われる俺たち能力者のことなんて考えたことないんだろ!」
「弱い立場に置かれているからといって、能力使って人から金を巻き上げることは正当化されない」
毅然と言い返すその声に聞き覚えがあって、由真は動揺を隠しきれなかった。身を隠しているビルに取り付けられた青いプレートには、ここがC-4エリアであることが書かれている。能力者と無能力者が混在する商業地区。声の主がそんなところに足を運ぶようには思えなかったのだ。
(お兄ちゃん、どうして……)
どんな理由があるかはわからない。けれど無視して立ち去ることもできず、由真はその場で様子を窺っていた。しかし何が起こっているのか把握することに集中し過ぎて、横にあったゴミ箱に足が当たってしまった。
「誰だ⁉︎」
その音を聞きつけた男が声を上げる。由真は逃げようとするが、男の取り巻きに腕を掴まれてしまった。
「由真……! どうして」
兄が声を上げる。けれど状況を説明できる状態ではなかった。由真たちが顔見知りだと知った男が厭な笑みを浮かべる。
「何だぁ? お前ら知り合いなのか?」
「このジャージ、あそこのっすよ。E地区の」
「じゃあこいつも無能力者か? 俺らさぁ、お前らみたいにお高く止まってる無能力者見てるとムカつくんだよね」
「離して……っ!」
両腕を男二人に押さえつけられ、リーダーらしき男が由真の頬に触れる。由真が顔を背けると、男は下卑た笑みを浮かべながら由真のジャージのファスナーに手をかけた。
「由真に……触るな!」
二人がかりで押さえつけられていた兄の浩大が男二人を振り払い、由真と相対している男を、後ろから鞄で殴り飛ばす。その瞬間に由真は解放されたが、兄の行動に激昂した男は拳を握り締め、能力を発動させた。強い静電気が走ったときのような音が響く。
「お兄ちゃん!」
おそらくは相手に強い電流を流す能力だろう。地面に倒れた兄に由真は急いで駆け寄る。
「由真、いいから早く逃げろ……!」
由真は首を横に振る。兄はおそらくしばらく動けないだろう。理由はわからないが、ただでさえ、由真が見つかる前から攻撃を受けていたのだ。
由真は立ち上がって男たちを睨みつけた。幼いながらも鋭い眼光に男たちは一瞬怯むが、すぐに嘲るような笑みを浮かべた。
「なんだぁ? やるってのか?」
「ダメだ、由真……!」
男たちがゆっくりと由真に近づいて来る。完全に油断している。彼らは由真のことを無能力者だと、何の力もない少女だと思っているのだ。由真は笑みを浮かべた。
「由真……?」
手を伸ばせば触れられるところまでリーダーの男が近付き、由真の腕を掴む。由真はそのまま男の懐に入り込み、予想外の動きに男が驚いている間に男の背に触れた。
「っ、何を……!」
由真は男の種を素早く取り出し、左手を握りしめてそれを壊した。男の体から力が抜け、その場に倒れ込む。
「これであんたの大嫌いな無能力者と一緒になれたよ。よかったね?」
冷たい声で由真は言い放つ。男の仲間たちは怯えて一歩、また二歩と後退る。由真は左手で顔を覆った。何故か笑いが込み上げて来る。急に笑い出した由真に恐れをなしたのか、男たちは一目散に逃げていった。
「由真……」
浩大はその場に座り込んだ由真の顔を覗き込み、そっとその肩に触れる。しかし由真はその手を乱暴に振り払った。
「ごめんね、お兄ちゃん。――こんな化け物が妹で」
由真はそのまま逃げるように走り出した。浩大もすぐに由真を追いかけるが、いくつかの曲がり角を越えると、見失ってしまったのかもう足音は聞こえなくなった。
ビルとビルの隙間に身を隠して息を整える。何時間も歩いた後に走ったので、既に足は棒のようになっていた。壁に寄りかかりながらふくらはぎを揉んでいると、ビルの裏手から誰かの話し声が聞こえてきた。警戒しながらその声に耳を澄ますと、複数の男が誰かを詰っているところだった。
「お前さぁ、いい加減ウザいんだよ。善人ヅラしやがって」
由真は陰に隠れながらも様子を窺う。派手な髪色をした男が三人。詰られている人の方は由真の場所からは見えなかった。
「俺たち能力者の事情に、無能力者がしゃしゃり出てくんじゃねえよ!」
青色の髪の男が叫ぶと、男の手から青白い火花が放たれた。微かな呻き声が聞こえる。早くここから離れた方がいいと思うのに、足が疲れ過ぎていてもう動けなかった。由真は気付かれないように息を殺す。
「能力者でも無能力者でも、犯罪は犯罪だよ」
「さっすが無能力者サマ。どれだけ努力したところで全部何の力もねぇお前たちに奪われる俺たち能力者のことなんて考えたことないんだろ!」
「弱い立場に置かれているからといって、能力使って人から金を巻き上げることは正当化されない」
毅然と言い返すその声に聞き覚えがあって、由真は動揺を隠しきれなかった。身を隠しているビルに取り付けられた青いプレートには、ここがC-4エリアであることが書かれている。能力者と無能力者が混在する商業地区。声の主がそんなところに足を運ぶようには思えなかったのだ。
(お兄ちゃん、どうして……)
どんな理由があるかはわからない。けれど無視して立ち去ることもできず、由真はその場で様子を窺っていた。しかし何が起こっているのか把握することに集中し過ぎて、横にあったゴミ箱に足が当たってしまった。
「誰だ⁉︎」
その音を聞きつけた男が声を上げる。由真は逃げようとするが、男の取り巻きに腕を掴まれてしまった。
「由真……! どうして」
兄が声を上げる。けれど状況を説明できる状態ではなかった。由真たちが顔見知りだと知った男が厭な笑みを浮かべる。
「何だぁ? お前ら知り合いなのか?」
「このジャージ、あそこのっすよ。E地区の」
「じゃあこいつも無能力者か? 俺らさぁ、お前らみたいにお高く止まってる無能力者見てるとムカつくんだよね」
「離して……っ!」
両腕を男二人に押さえつけられ、リーダーらしき男が由真の頬に触れる。由真が顔を背けると、男は下卑た笑みを浮かべながら由真のジャージのファスナーに手をかけた。
「由真に……触るな!」
二人がかりで押さえつけられていた兄の浩大が男二人を振り払い、由真と相対している男を、後ろから鞄で殴り飛ばす。その瞬間に由真は解放されたが、兄の行動に激昂した男は拳を握り締め、能力を発動させた。強い静電気が走ったときのような音が響く。
「お兄ちゃん!」
おそらくは相手に強い電流を流す能力だろう。地面に倒れた兄に由真は急いで駆け寄る。
「由真、いいから早く逃げろ……!」
由真は首を横に振る。兄はおそらくしばらく動けないだろう。理由はわからないが、ただでさえ、由真が見つかる前から攻撃を受けていたのだ。
由真は立ち上がって男たちを睨みつけた。幼いながらも鋭い眼光に男たちは一瞬怯むが、すぐに嘲るような笑みを浮かべた。
「なんだぁ? やるってのか?」
「ダメだ、由真……!」
男たちがゆっくりと由真に近づいて来る。完全に油断している。彼らは由真のことを無能力者だと、何の力もない少女だと思っているのだ。由真は笑みを浮かべた。
「由真……?」
手を伸ばせば触れられるところまでリーダーの男が近付き、由真の腕を掴む。由真はそのまま男の懐に入り込み、予想外の動きに男が驚いている間に男の背に触れた。
「っ、何を……!」
由真は男の種を素早く取り出し、左手を握りしめてそれを壊した。男の体から力が抜け、その場に倒れ込む。
「これであんたの大嫌いな無能力者と一緒になれたよ。よかったね?」
冷たい声で由真は言い放つ。男の仲間たちは怯えて一歩、また二歩と後退る。由真は左手で顔を覆った。何故か笑いが込み上げて来る。急に笑い出した由真に恐れをなしたのか、男たちは一目散に逃げていった。
「由真……」
浩大はその場に座り込んだ由真の顔を覗き込み、そっとその肩に触れる。しかし由真はその手を乱暴に振り払った。
「ごめんね、お兄ちゃん。――こんな化け物が妹で」
由真はそのまま逃げるように走り出した。浩大もすぐに由真を追いかけるが、いくつかの曲がり角を越えると、見失ってしまったのかもう足音は聞こえなくなった。
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