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「リリア。遅くなってすまないね」

「こちらこそ急に呼び出してごめんなさい、叔父様」

 使用人に案内され、叔父様が執務室にいらしたので、私は立って叔父様を出迎えた。

 叔父様は息子のアルファードとよく似た面差しをした、年相応の風格を兼ね備えた男性だ。銀に近い髪は撫で付けられていて、アルファードと同じ深い青色の瞳は、優しく私を映してくれている。

 叔父様はお母様が亡くなってからずっと、私を支えてくれている、大事な家族だ。
 私もアルファードも、叔父様に貴族としての戦い方を仕込んで貰ったので、本当に頭が上がらない。

 私は叔父様と同じく銀色の髪をしている。
 オーガス家は銀髪が特徴なので、アルファードのプラチナブロンドは叔母さまからの遺伝ね。
 私の銀髪は少し暗い色だけど、母から譲り受けたオーガス家の色を私は誇りに思っている。
 だからそれを馬鹿にしたセシルの事が腹立たしい。

「ベイリー家との婚約内容の見直しをすると聞いてきたが、詳しく教えてくれるかい」

「もちろんよ」

 叔父様も執務室に招き入れ、執務室にあるソファセットで向かい合った。

 メイドのアンが紅茶を淹れてくれる。

 カップに口をつけながら、学園のサロンでセシルに言われた事をそのまま伝えたら、叔父様は静かに怒りをたたえた笑みを浮かべた。

「ベイリー家との交渉は私がしよう。誠意をもって対応した結果に泥を塗られたのだから、当主が出る必要はないだろう」

 私とアルファードの結論も同じだった。

「よろしくお願いします。やはり成人したての当主では、上手くいかないものですね」

「それは違うよ、リリア」

「セシルが馬鹿なだけだ。よりにもよってエリーゼを持ち出してくるんだからな。喧嘩を売ってるとしか思えない」

 叔父様も頷く。

 私も同意見。

 エリーゼは、父の後妻の連れ子。
 父は母の喪が明ける前に再婚し、お母様の屋敷に再婚相手とその連れ子を招き入れ、これからは親子仲良く一緒に住もうと言った。

 まだ私の心は、お母様を慕って涙を流していたのに。

 お母様を馬鹿にした三人が憎くて堪らなかった。

 あの時、私を守ってくれたのがアルファードとバウアー。
 お母様を亡くして泣き暮らしていた私を慰めるために侯爵邸に滞在していたアルファードが、叔父様とお祖父様に知らせてくれたおかげで、侯爵邸はあの三人に乗っ取られずにすんだ。

 あれから三人はいないものとして扱っているのに。
 よりにもよってエリーゼが『妹』だなんて。ひどい冗談だわ。




「セシルは論外として、婚約はどうしますか?」

「そうだね。ベイリー家には、息子と同じ歳のご令嬢がいたはずだ。そちらで話を進めよう」

 アルファードの弟とベイリー家の娘に婚約を変更しても、共同事業のための婚姻には十分だ。

「向こうは、私と婚約させたいでしょうね」

 それでもベイリー家は、私との婚姻を簡単に諦めたりはしないだろう。ベイリー家には、セシルの下に弟もいる。

「断るさ。ここまでオーガス家を馬鹿にされて、当主の婿をベイリー家から迎える気はないよ」

「俺も同意見。セシルの不貞を理由にすれば十分押し通せると思うが、向こうがゴネるなら、俺が先約だった事にすればいい」

「元々、アルファードとの話があったけれど、ベイリー家の顔を立ててベイリーから婿を迎えようとした。その好意を無下にされたので、次はない、ってことね」

「ああ。嘘じゃないだろ」

 二人が私を守ってくれようとする気持ちは嬉しいけれど。

「アルファードに迷惑じゃないかしら」

 アルファードも結婚適齢期。この話のせいで彼の結婚を邪魔するのは嫌だわ。

「リリア。オーガス家としては、なによりも君が大切だ。愚息が君の役に立つなら大歓迎だよ」

「そういう事だ。俺たちは当主のお前を盛り立てていくと決めているからな。それに5年も一緒にいるんだ。俺の気持ちは知ってるだろう」

「だから余計に申し訳ないのよ」

「俺はお前を守りたいんだよ」

 アルファードが、慈しむような優しい目をしている。彼は時々こんな風に私を翻弄する。いつもは従兄弟の距離を守ってくれるのに。

「親の前で口説くのはやめなさい。相手にされていないのだから、みっともないよ」

 叔父様の一言に、アルファードは絶句した。

 対象外という訳ではないけれど、アルファードと私では、政略的な旨味があまりないのよね。
 家中が乱れているというなら、家中を纏めるための婚姻として価値があるけれど、お祖父様がしっかり目を配っているから、女で年若い当主でも家中が纏まっている。

 いまのうちに、しっかりとした足場を固めておきたいところだわ。



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