99 / 143
99 切り札2
しおりを挟む
アッパンダー公爵の孫娘であるアレーネ・アッパンダー嬢がサウスバーゲンに来城したのは公爵からの手紙の3日後になる。既に公爵が最初の親書を認めた後にはアレーネ嬢はパザンを出国していたのだろう。アッパンダー公爵は、未だ誘拐事件の全容も解明されていない内から孫娘を送り出したことになる。
王の前に出たアレーネ嬢は流石に公爵家の令嬢であった。大国の王の前にしても優雅に礼をして見せた。
明るい金髪の髪は高く結い上げられ、緩やかに波打つ髪は綺麗に梳られて背に流されている。
礼と共に広がるドレスは中心が幾重にも重なる白絹の軽やかなレースが飾り、肩から手首かけてそして裾に至るまでやや光沢のある菖蒲色の絹が身を包み、裾は豊かなドレープを描く。耳や首元を飾る宝石は強調し過ぎず、年若い淑女を形造るには十分な装いだ。
「よう来られた。アレーネ・アッパンダー公爵令嬢。公爵殿はご健在かな?」
「お初にお目もじ仕ります。アッパンダー公爵孫娘に当たりますアレーネで御座います。サウスバーゲン国王陛下に付きましてはご健勝の事とお喜び申し上げます。また、祖父に対するお心使いを大変嬉しく存じます。祖父は毎日公務や私事に忙しく立ち回れる程に健康には恵まれておいでのようです。」
「うむ。それは良かった。久しく顔を合わせていないからな。其方も遠路遥々疲れたであろう?部屋を用意させた故、先ずは緩りと休まれよ。」
「度重なるご配慮有り難き幸せに御座います。僭越では有りますが、お許しいただけるのでしたら国王様にお渡ししたい物が御座います。」
アレーネは恭しく身を屈めたままに王に許しを求める。
敬う態度も、所作も洗練された物だ。何処ぞの姫君と言われても申し分ない。何処からか溜息が聞こえそうな程である。
渡したい物の件ではにこやかなシガレットの眉が密かにピクリと動いていたが、ルーシウスは柔らかな表情を崩さない。
「何であろうか?」
アレーネが身を起こすよりも前にシガレットはルーシウスの元からアレーネの元へと近づいて行く。
「こちらに御座います。」
アレーネがドレスの内ポケットより公爵に渡されていた封筒を差し出す。
若干シガレットは拍子抜けたような気分になった。渡したい物と言うからには、プレゼントらしき物かと思ったのだが、このご令嬢も妙齢な頃合いだ。良く考えてみれば恋文の類でもおかしくは無い、が本人を前にしてこれは堂々とし過ぎている。ましてや成人しておらず、社交界にもまだ顔を出せないアレーネはルーシウスにあった事さえ無いだろう。
では此度の件の令状か?其方らの方がアレーネの雰囲気からもしっくりとくる。
アレーネより手紙を受け取りルーシウスの元に届けるまで変わらぬ表情の下ではあれこれとこの手紙の内容について推測しているシガレット。目線で王に問えば軽く左手を上げられる。
後で確認する、との事だ。軽くアレーネに会釈し元の位置に控える。
「確と受け取った、アレーネ嬢。後ほどゆっくりと読ませてもらおう。」
「感謝いたします、国王陛下。」
再度膝を折り礼を取る。
「此方には行儀見習いに参ったのだ。何か学びたい事が有れば侍女頭に申し出よ。其方の後見は私であってこの国にいる間の安全は保証しよう。」
これで、アレーネはサウスバーゲン国王の庇護下に入る。王の物と宣言したのも同義で有るが、アレーネはこれをどう受け止めるのか。
出来るならばこの意味を深く考えないで欲しいと心から願うルーシウスであった。
パザン第二皇女ユーリン・ガート・パザンはその報を聞き耳を疑った。年も近く懇意にしていたアッパンダー公爵の孫娘アレーネがサウスバーゲンへ出発したと今朝父王から聞いたのだ。
「父上どの様な経緯でそうなりましたの?私との婚約は受け付けては下さいません出したのに。」
婚約の申し出を断られたことに対しては不服は無いのだが、あれ程頑なであったのに、とどうしても疑問に思う。
父王も何やら複雑そうな顔をしているものだ。
「うむ。皇女で駄目ならば自分の孫に出たか、とも思ったのだがね?何やら行儀見習い目的とか。」
それならば、貴族の娘がより高位の身分又は王宮などに見習いを兼ねて出仕するのは珍しくは無いが、それは自国内でのやり取りでは?他国の公爵令嬢が他国の王城に?どうにも腑に落ちないと言う顔を隠そうどせずに父王を見つめる。
パザン王は娘に全てを伝えるつもりはない。他国を騒がす誘拐事件の真相にアッパンダー公爵が関わっているかもしれないと。
王太子や皇女は公爵令嬢のアレーネと仲が良い。アレーネは心優しく成長し、王太子を心から心配もしてくれているのだ。真相を知ってしまえば少なからずお互い傷つくだろう。
「多分にレギットの事だろうね。」
「お兄様?」
「お前が妃に成ればこの国の後ろ盾はサウスバーゲンとなる。十二分にレギットへの手助けも期待できると踏んでの事だったのだ。」
しかし、断られた。もう伴侶を見つけたからとの文書も後に頂いた。それで公爵が納得していなかったのは承知していたが。
「どうにか、サウスバーゲン王に近づきたかったのだろう。」
レギットの事を考えると、公爵が勧めた婚姻も手では有る。大国と繋がる事でレギットの薬や治療の手立ての可能性は広がるだろう。
されど公爵、今はサウスバーゲンからは誘拐、失踪事件の解明を求められてしまっているぞ。裏で手を引いていたとしたら何故こんな悪手を取ったのだ。
今ここには居ない公爵に心から問いただしたい王であった。
王の前に出たアレーネ嬢は流石に公爵家の令嬢であった。大国の王の前にしても優雅に礼をして見せた。
明るい金髪の髪は高く結い上げられ、緩やかに波打つ髪は綺麗に梳られて背に流されている。
礼と共に広がるドレスは中心が幾重にも重なる白絹の軽やかなレースが飾り、肩から手首かけてそして裾に至るまでやや光沢のある菖蒲色の絹が身を包み、裾は豊かなドレープを描く。耳や首元を飾る宝石は強調し過ぎず、年若い淑女を形造るには十分な装いだ。
「よう来られた。アレーネ・アッパンダー公爵令嬢。公爵殿はご健在かな?」
「お初にお目もじ仕ります。アッパンダー公爵孫娘に当たりますアレーネで御座います。サウスバーゲン国王陛下に付きましてはご健勝の事とお喜び申し上げます。また、祖父に対するお心使いを大変嬉しく存じます。祖父は毎日公務や私事に忙しく立ち回れる程に健康には恵まれておいでのようです。」
「うむ。それは良かった。久しく顔を合わせていないからな。其方も遠路遥々疲れたであろう?部屋を用意させた故、先ずは緩りと休まれよ。」
「度重なるご配慮有り難き幸せに御座います。僭越では有りますが、お許しいただけるのでしたら国王様にお渡ししたい物が御座います。」
アレーネは恭しく身を屈めたままに王に許しを求める。
敬う態度も、所作も洗練された物だ。何処ぞの姫君と言われても申し分ない。何処からか溜息が聞こえそうな程である。
渡したい物の件ではにこやかなシガレットの眉が密かにピクリと動いていたが、ルーシウスは柔らかな表情を崩さない。
「何であろうか?」
アレーネが身を起こすよりも前にシガレットはルーシウスの元からアレーネの元へと近づいて行く。
「こちらに御座います。」
アレーネがドレスの内ポケットより公爵に渡されていた封筒を差し出す。
若干シガレットは拍子抜けたような気分になった。渡したい物と言うからには、プレゼントらしき物かと思ったのだが、このご令嬢も妙齢な頃合いだ。良く考えてみれば恋文の類でもおかしくは無い、が本人を前にしてこれは堂々とし過ぎている。ましてや成人しておらず、社交界にもまだ顔を出せないアレーネはルーシウスにあった事さえ無いだろう。
では此度の件の令状か?其方らの方がアレーネの雰囲気からもしっくりとくる。
アレーネより手紙を受け取りルーシウスの元に届けるまで変わらぬ表情の下ではあれこれとこの手紙の内容について推測しているシガレット。目線で王に問えば軽く左手を上げられる。
後で確認する、との事だ。軽くアレーネに会釈し元の位置に控える。
「確と受け取った、アレーネ嬢。後ほどゆっくりと読ませてもらおう。」
「感謝いたします、国王陛下。」
再度膝を折り礼を取る。
「此方には行儀見習いに参ったのだ。何か学びたい事が有れば侍女頭に申し出よ。其方の後見は私であってこの国にいる間の安全は保証しよう。」
これで、アレーネはサウスバーゲン国王の庇護下に入る。王の物と宣言したのも同義で有るが、アレーネはこれをどう受け止めるのか。
出来るならばこの意味を深く考えないで欲しいと心から願うルーシウスであった。
パザン第二皇女ユーリン・ガート・パザンはその報を聞き耳を疑った。年も近く懇意にしていたアッパンダー公爵の孫娘アレーネがサウスバーゲンへ出発したと今朝父王から聞いたのだ。
「父上どの様な経緯でそうなりましたの?私との婚約は受け付けては下さいません出したのに。」
婚約の申し出を断られたことに対しては不服は無いのだが、あれ程頑なであったのに、とどうしても疑問に思う。
父王も何やら複雑そうな顔をしているものだ。
「うむ。皇女で駄目ならば自分の孫に出たか、とも思ったのだがね?何やら行儀見習い目的とか。」
それならば、貴族の娘がより高位の身分又は王宮などに見習いを兼ねて出仕するのは珍しくは無いが、それは自国内でのやり取りでは?他国の公爵令嬢が他国の王城に?どうにも腑に落ちないと言う顔を隠そうどせずに父王を見つめる。
パザン王は娘に全てを伝えるつもりはない。他国を騒がす誘拐事件の真相にアッパンダー公爵が関わっているかもしれないと。
王太子や皇女は公爵令嬢のアレーネと仲が良い。アレーネは心優しく成長し、王太子を心から心配もしてくれているのだ。真相を知ってしまえば少なからずお互い傷つくだろう。
「多分にレギットの事だろうね。」
「お兄様?」
「お前が妃に成ればこの国の後ろ盾はサウスバーゲンとなる。十二分にレギットへの手助けも期待できると踏んでの事だったのだ。」
しかし、断られた。もう伴侶を見つけたからとの文書も後に頂いた。それで公爵が納得していなかったのは承知していたが。
「どうにか、サウスバーゲン王に近づきたかったのだろう。」
レギットの事を考えると、公爵が勧めた婚姻も手では有る。大国と繋がる事でレギットの薬や治療の手立ての可能性は広がるだろう。
されど公爵、今はサウスバーゲンからは誘拐、失踪事件の解明を求められてしまっているぞ。裏で手を引いていたとしたら何故こんな悪手を取ったのだ。
今ここには居ない公爵に心から問いただしたい王であった。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる