98 / 143
98 切り札
しおりを挟む
「良いな?これを死んでも離すでないぞ?」
いつも優しいお爺様。男子が生まれず後継に悩んでいると話されても女子の子供や孫をぞんざいに扱ったことなど一度も無かった。
いつもいつも可愛がってもらった記憶しか無い大好きなお爺さまの頼みですもの是非とも恙無く取り次いで参りましょう。
お爺様から預かったこのお手紙を渡すだけで良いと言うのですもの、他の者にお任せになっても良かった所を私に任せられるとは、他人には託すことが出来ぬ重要な物と推察致します。
アッパンダー公爵の自慢の孫で目に入れても痛くない程可愛がっているアレーネ・アッパンダーは今年16歳になる。パザン国皇太子、皇女とは再従兄弟姉妹にあたり幼い時から交流があり仲も良い。
この度祖父カント・アッパンダーから預かったのはこの王太子である再従兄弟に関わる内容のものだそうだ。決して公にはされていないが、この頃伏せりがちで王太子妃もそれは心配していると聞き及ぶ。色々と健康を取り戻すために手を尽くされている様子と祖父が帰ってくる度に疲れた様な顔をしているのはこの問題に関する事かも知れないのだ。アレーネとて、兄の様にも慕っていた王太子の健康が回復する為ならば喜んで協力したいと思っている。
「分かっておりますお爺様。他の者には任せず私が直にご挨拶申し上げる時にお渡しいたします。」
人を疑う事など知らない様な素直な娘だ。このままこの国に居るよりは大国の方が余程良いだろう。きっとかの方は悪い様にはしまい。
数日後、愛しい孫の出発を見つめるアッパンダー公爵やアレーネの両親の瞳はなぜか寂しそうだ…
「体の良い人質ではありませんか…」
シガレットといい、はぁ、と溜息しか出せない執務室の面々には半ばやり切れなさが満ちている。
先刻パザン国アッパンダー公爵からの親書を開封し中を改めた所、公爵の孫娘に当たるアレーネ嬢を行儀見習いとしてサウスバーゲン城に上げる旨が書かれてあった。
良い様に配慮ください、とは実質何をしても構わないと言うことにもなる。
己が宝を差し出すことで、自らの身の潔白を晴らすのか、保身の為か…
「何時ぞやも第二皇女のお輿入れを打診されてましたね。パザン王はこの様な愚策を良しとはされない方と思っておりましたが?」
「であろうな。アッパンダー公爵とて愛国心溢れる気概ある方だったと覚えているが?」
何時ぞやの内政干渉に、たび重なる皇女を妃へとの打診、今回の誘拐騒動と近況のパザン国はどうしたと言うのか?
「一度訪ねて見なければならないか?」
もしパザン国王がこの通りの政策を推し進めるのならば今後のパザンの対応を否が応でも変えていかねばならないだろう。
「その前にアレーネ嬢が参られましょう。先ずはこの方の処遇を如何するか、お会いしてから決めましょうか。」
悪い様にはしなかろうと此方に責任を投げられたな、これは。
「大切であればこそ、か。」
ルーシウスにも大切な大切な者が居るのだ。公爵の気持ちは痛いほど分かる。
が、誰かに預けようとは思わんな、と独りごちるのである。
みず…
ここは何処だろう?頭がぼんやりしていてハッキリしない。
何を、していたっけ?
のどが、渇いた。
飲まなきゃ、良くならない。
「水…」
柔らかい物が唇に触れてそこから冷たい水が流れ込んで来た。
この味知っている…
幼い頃魔力を限界以上まで使い続けてしまったことがあって倒れてしまった。小さな子ヤギが病気でどうしても助けてあげたかったんだ。
父と母は夜通しこうして魔草茶を飲ませてくれたっけ…
「とう、さん…か…さん…」
もう居ないはずなのにな。
ここに居てくれる人はおんなじ様に温かい。
「フフッ親になりたい訳では無いんだがな。」
クスクス笑う声を知っている。握ってくれている温かい手も知っている。
悠長に休んで居られない所に居たはずなのに繋いだ手や額に置かれた掌の温かさが、休んで良いと頑張らなくて良いと魔法をかけてるみたいに緊張を持っていってしまった。
この手…
「ルーシウス様?」
ボヤッとした視界には優しい顔が覗いていて、安心と疲れで睡魔に引きずり込まれそうになる。
「お帰り、サウラ。お前のお陰で倉庫にいた者全員無事だ。良く頑張ってくれた。」
褒められれば、嬉しい。色々と報告はあるのに頭の中でまとめられない。
「ルーシウス様に良く似た声の方が居ました。」
「うん?」
「あの人が使ってたのは甘痺草…」
そうだ、あの甘い匂い知ってる。
食べた事がある。
「甘痺草?」
聞いた事がない物だ。
「ガイは?姿が見えなくて。」
最後までガイの安否が分からなかった。
「あぁ、暗部も皆無事だ。勿論キリシー達もだ。」
「良かった。」
サウラが安堵の笑顔と共にルーシウスの手を握り返す。まだ力は入りきらないけど。
ポンポン話が飛ぶサウラにゆっくりと、ルーシウスは優しくゆっくり答えて行った。
「もう少し眠れサウラ。魔草茶は先程飲んだから、次に起きた時には回復しているんだろう?」
コクン、と頷いてサウラは再び目を瞑った。
いつも優しいお爺様。男子が生まれず後継に悩んでいると話されても女子の子供や孫をぞんざいに扱ったことなど一度も無かった。
いつもいつも可愛がってもらった記憶しか無い大好きなお爺さまの頼みですもの是非とも恙無く取り次いで参りましょう。
お爺様から預かったこのお手紙を渡すだけで良いと言うのですもの、他の者にお任せになっても良かった所を私に任せられるとは、他人には託すことが出来ぬ重要な物と推察致します。
アッパンダー公爵の自慢の孫で目に入れても痛くない程可愛がっているアレーネ・アッパンダーは今年16歳になる。パザン国皇太子、皇女とは再従兄弟姉妹にあたり幼い時から交流があり仲も良い。
この度祖父カント・アッパンダーから預かったのはこの王太子である再従兄弟に関わる内容のものだそうだ。決して公にはされていないが、この頃伏せりがちで王太子妃もそれは心配していると聞き及ぶ。色々と健康を取り戻すために手を尽くされている様子と祖父が帰ってくる度に疲れた様な顔をしているのはこの問題に関する事かも知れないのだ。アレーネとて、兄の様にも慕っていた王太子の健康が回復する為ならば喜んで協力したいと思っている。
「分かっておりますお爺様。他の者には任せず私が直にご挨拶申し上げる時にお渡しいたします。」
人を疑う事など知らない様な素直な娘だ。このままこの国に居るよりは大国の方が余程良いだろう。きっとかの方は悪い様にはしまい。
数日後、愛しい孫の出発を見つめるアッパンダー公爵やアレーネの両親の瞳はなぜか寂しそうだ…
「体の良い人質ではありませんか…」
シガレットといい、はぁ、と溜息しか出せない執務室の面々には半ばやり切れなさが満ちている。
先刻パザン国アッパンダー公爵からの親書を開封し中を改めた所、公爵の孫娘に当たるアレーネ嬢を行儀見習いとしてサウスバーゲン城に上げる旨が書かれてあった。
良い様に配慮ください、とは実質何をしても構わないと言うことにもなる。
己が宝を差し出すことで、自らの身の潔白を晴らすのか、保身の為か…
「何時ぞやも第二皇女のお輿入れを打診されてましたね。パザン王はこの様な愚策を良しとはされない方と思っておりましたが?」
「であろうな。アッパンダー公爵とて愛国心溢れる気概ある方だったと覚えているが?」
何時ぞやの内政干渉に、たび重なる皇女を妃へとの打診、今回の誘拐騒動と近況のパザン国はどうしたと言うのか?
「一度訪ねて見なければならないか?」
もしパザン国王がこの通りの政策を推し進めるのならば今後のパザンの対応を否が応でも変えていかねばならないだろう。
「その前にアレーネ嬢が参られましょう。先ずはこの方の処遇を如何するか、お会いしてから決めましょうか。」
悪い様にはしなかろうと此方に責任を投げられたな、これは。
「大切であればこそ、か。」
ルーシウスにも大切な大切な者が居るのだ。公爵の気持ちは痛いほど分かる。
が、誰かに預けようとは思わんな、と独りごちるのである。
みず…
ここは何処だろう?頭がぼんやりしていてハッキリしない。
何を、していたっけ?
のどが、渇いた。
飲まなきゃ、良くならない。
「水…」
柔らかい物が唇に触れてそこから冷たい水が流れ込んで来た。
この味知っている…
幼い頃魔力を限界以上まで使い続けてしまったことがあって倒れてしまった。小さな子ヤギが病気でどうしても助けてあげたかったんだ。
父と母は夜通しこうして魔草茶を飲ませてくれたっけ…
「とう、さん…か…さん…」
もう居ないはずなのにな。
ここに居てくれる人はおんなじ様に温かい。
「フフッ親になりたい訳では無いんだがな。」
クスクス笑う声を知っている。握ってくれている温かい手も知っている。
悠長に休んで居られない所に居たはずなのに繋いだ手や額に置かれた掌の温かさが、休んで良いと頑張らなくて良いと魔法をかけてるみたいに緊張を持っていってしまった。
この手…
「ルーシウス様?」
ボヤッとした視界には優しい顔が覗いていて、安心と疲れで睡魔に引きずり込まれそうになる。
「お帰り、サウラ。お前のお陰で倉庫にいた者全員無事だ。良く頑張ってくれた。」
褒められれば、嬉しい。色々と報告はあるのに頭の中でまとめられない。
「ルーシウス様に良く似た声の方が居ました。」
「うん?」
「あの人が使ってたのは甘痺草…」
そうだ、あの甘い匂い知ってる。
食べた事がある。
「甘痺草?」
聞いた事がない物だ。
「ガイは?姿が見えなくて。」
最後までガイの安否が分からなかった。
「あぁ、暗部も皆無事だ。勿論キリシー達もだ。」
「良かった。」
サウラが安堵の笑顔と共にルーシウスの手を握り返す。まだ力は入りきらないけど。
ポンポン話が飛ぶサウラにゆっくりと、ルーシウスは優しくゆっくり答えて行った。
「もう少し眠れサウラ。魔草茶は先程飲んだから、次に起きた時には回復しているんだろう?」
コクン、と頷いてサウラは再び目を瞑った。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる