9 / 143
9 衝撃発言
しおりを挟む
現れたのは少女である。
魔法陣の光が消失しだすと、はっきりと姿が見て取れる。
黒目に長い黒髪、王族の系統に似ている容姿だ。10代中程であろうか?もう少し若くも見える。細身の体を小さくして蹲るように座っている。
暖かそうな衣類から南部の民でないことが分かる。南側は比較的気候が温暖でこの時期は動けば少し汗ばむ程の気温だからだ。
「ああ、成功しましたね。」
安堵のため息と共にシガレットは自然と声が出ていた。
少女は細かく頭と視線を動かして周りを伺っている。
少女後方から護衛騎士が移動してくると、ビクッと体を弾ませて、少女の体はまた縮こまる。
彼等は騎士の中でも精鋭の者を選りすぐった。エスコートまで完璧に熟してくれるだろう、と考えたのだが。
ああ、これは明らかに怯えている。
自分がどこにいるかも、置かれた状況も分からないのだから仕方ないだろう。後方の騎士を手で制し待機させた。
少女の怯えた様子から、こちらへの反撃はないだろう。そもそもこれからの為にも、速やかに警戒を解いて貰わねばならない。彼女に敵意はない。
「総員、帯剣解除。」
帯剣に対する恐怖はあろう。こちらも敵意は無いことを示したい。
日々の鍛錬の賜物か、流れるような動作で剣を外し床へ置く。
本来なら騎士の命とも言える剣。不用意に床になど置きはしないが、側に控える侍従も今は人払いの対象だ。
余分に怯えさせてしまったか、自分が進んで少女を出迎えればよかったか。ふと頭をよぎったが、呼吸も荒く苦しそうにしている陛下の側を離れる事は憚られた。
帯剣解除により、明らかに少女の緊張が溶けていくのが見て取れる。
少女が顔を上げると、ゆっくりと漆黒の瞳と視線が合う。少し目尻が下がった丸みを帯びた瞳は不安気に揺れており、スッと通った下がり気味の眉は未だ顰められたままだ。ひき結んだ唇は少し色を失っている。
過度の緊張状態を強いてしまってる事に若干の申し訳なさを感じる。
「ここは、どこ?」
初めて少女が言葉を放つ。この状況下に泣き喚くでも、こちらを詰るでも無く、冷静さを失わずに必死に情報を得ようとしている。
気丈な娘だ。
有り難い事にこちらを敵視してはいない。交渉の余地があるのだ。話が通るようならば奥の手は使わずに済みそうである。内心、手酷い事をしなくても済みそうだと安堵する。
少女はゆっくりと王座の方へ目を向ける。確かめるようにじっくり王座を見つめている。
確かに違和感はあるだろう。
そこに座るのは威厳ある王のはず、見てくれはどうであれ、権力を持つ者のみが座られる場所。
だが、今はどうだ。若く体格はいいが、息も絶え絶えの衰弱している王だ。
自分の身体を座っていてさえ保つことが難しい程に弱ってしまっている王だ。
本来ならば、外部の者にこのような姿を見せる事は愚作であろう。昨日のように虚勢を張ってでも王の威厳を示すべきなのだ。本来ならば。
しかし、我が王の為、少女の持つ力を借りなければならない。嘘偽りを言っても何れはばれる。では隠さずに初めより見ていただいた方が良い。
この方がシエラ様の考え通りの方ならば、強力な癒しの魔法が使えるはずなのだ。その法さえあれば陛下の命を、せめて陛下の命だけでもまだ繋いでいく事が出来る。
そっと主人の様子を伺えば、何やら呟き身を起こそうとしているでは無いか。
上体を前に傾け、立ち上がろうとされているのか?ここまで来るのにも、ほとんど自身の力では歩けなかった程だ。立ち上がれたとしても転ばれてしまうのは確実だ。
手を差し伸べようとした所に、やはり力尽きた王はそのまま背もたれに身を沈めてしまう。慌てて陛下の元に寄ると手で制されてしまった。出された手は主人に触れられず顔色のみを確かめる。
容体が悪いようならば医師団を呼ばねばならない。
陛下の顔色は変わらずも、瞳の光はしっかりとしていた。真っ直ぐに前を見据えている。フゥ、と長く息をつきシガレットにのみ聞こえる声ではっきりと言われたのだ。
「番だ。」と。
自分はどんな顔をしていただろう。
探しても探しても見つからなかった存在がいたと?
仕えて来た歴代の王達からは、聞きたくても聞きたくても聞けなかった宣言を、聞いた。
臓腑の中から身体中をぎゅっと掴まれ、一気に解放された様な衝撃が走る。手足の表皮がピリピリとこそばゆい。
決して平静では居なかったであろう自分の表情は、外交をも司る宰相という立場から鍛え上げられて来ており、きっと崩されてはいまい。後で、自分を褒めたいくらいだ。
居住まいを正しながら、瞬時に自分の行うべき事を把握する。
癒し手として協力を得られたなら、陛下が落ち着いた折にはある程度の自由を約束しようと用意はしていた。が、今後一生この少女の自由は約束できなくなってしまった。
何よりも探し求め、諦めてもいた陛下の番だ。兄王達にも添わせて差し上げたかったと、心から今でも思う。
積年の感傷が走馬灯の様に胸を巡るが噯気にも出さないシグリットは流石だろう。
「随分と驚かせてしまいましたね、レディ。お名前を伺っても?」
シガレットの感情を読ませない柔らかな声が謁見室に響いていく。
魔法陣の光が消失しだすと、はっきりと姿が見て取れる。
黒目に長い黒髪、王族の系統に似ている容姿だ。10代中程であろうか?もう少し若くも見える。細身の体を小さくして蹲るように座っている。
暖かそうな衣類から南部の民でないことが分かる。南側は比較的気候が温暖でこの時期は動けば少し汗ばむ程の気温だからだ。
「ああ、成功しましたね。」
安堵のため息と共にシガレットは自然と声が出ていた。
少女は細かく頭と視線を動かして周りを伺っている。
少女後方から護衛騎士が移動してくると、ビクッと体を弾ませて、少女の体はまた縮こまる。
彼等は騎士の中でも精鋭の者を選りすぐった。エスコートまで完璧に熟してくれるだろう、と考えたのだが。
ああ、これは明らかに怯えている。
自分がどこにいるかも、置かれた状況も分からないのだから仕方ないだろう。後方の騎士を手で制し待機させた。
少女の怯えた様子から、こちらへの反撃はないだろう。そもそもこれからの為にも、速やかに警戒を解いて貰わねばならない。彼女に敵意はない。
「総員、帯剣解除。」
帯剣に対する恐怖はあろう。こちらも敵意は無いことを示したい。
日々の鍛錬の賜物か、流れるような動作で剣を外し床へ置く。
本来なら騎士の命とも言える剣。不用意に床になど置きはしないが、側に控える侍従も今は人払いの対象だ。
余分に怯えさせてしまったか、自分が進んで少女を出迎えればよかったか。ふと頭をよぎったが、呼吸も荒く苦しそうにしている陛下の側を離れる事は憚られた。
帯剣解除により、明らかに少女の緊張が溶けていくのが見て取れる。
少女が顔を上げると、ゆっくりと漆黒の瞳と視線が合う。少し目尻が下がった丸みを帯びた瞳は不安気に揺れており、スッと通った下がり気味の眉は未だ顰められたままだ。ひき結んだ唇は少し色を失っている。
過度の緊張状態を強いてしまってる事に若干の申し訳なさを感じる。
「ここは、どこ?」
初めて少女が言葉を放つ。この状況下に泣き喚くでも、こちらを詰るでも無く、冷静さを失わずに必死に情報を得ようとしている。
気丈な娘だ。
有り難い事にこちらを敵視してはいない。交渉の余地があるのだ。話が通るようならば奥の手は使わずに済みそうである。内心、手酷い事をしなくても済みそうだと安堵する。
少女はゆっくりと王座の方へ目を向ける。確かめるようにじっくり王座を見つめている。
確かに違和感はあるだろう。
そこに座るのは威厳ある王のはず、見てくれはどうであれ、権力を持つ者のみが座られる場所。
だが、今はどうだ。若く体格はいいが、息も絶え絶えの衰弱している王だ。
自分の身体を座っていてさえ保つことが難しい程に弱ってしまっている王だ。
本来ならば、外部の者にこのような姿を見せる事は愚作であろう。昨日のように虚勢を張ってでも王の威厳を示すべきなのだ。本来ならば。
しかし、我が王の為、少女の持つ力を借りなければならない。嘘偽りを言っても何れはばれる。では隠さずに初めより見ていただいた方が良い。
この方がシエラ様の考え通りの方ならば、強力な癒しの魔法が使えるはずなのだ。その法さえあれば陛下の命を、せめて陛下の命だけでもまだ繋いでいく事が出来る。
そっと主人の様子を伺えば、何やら呟き身を起こそうとしているでは無いか。
上体を前に傾け、立ち上がろうとされているのか?ここまで来るのにも、ほとんど自身の力では歩けなかった程だ。立ち上がれたとしても転ばれてしまうのは確実だ。
手を差し伸べようとした所に、やはり力尽きた王はそのまま背もたれに身を沈めてしまう。慌てて陛下の元に寄ると手で制されてしまった。出された手は主人に触れられず顔色のみを確かめる。
容体が悪いようならば医師団を呼ばねばならない。
陛下の顔色は変わらずも、瞳の光はしっかりとしていた。真っ直ぐに前を見据えている。フゥ、と長く息をつきシガレットにのみ聞こえる声ではっきりと言われたのだ。
「番だ。」と。
自分はどんな顔をしていただろう。
探しても探しても見つからなかった存在がいたと?
仕えて来た歴代の王達からは、聞きたくても聞きたくても聞けなかった宣言を、聞いた。
臓腑の中から身体中をぎゅっと掴まれ、一気に解放された様な衝撃が走る。手足の表皮がピリピリとこそばゆい。
決して平静では居なかったであろう自分の表情は、外交をも司る宰相という立場から鍛え上げられて来ており、きっと崩されてはいまい。後で、自分を褒めたいくらいだ。
居住まいを正しながら、瞬時に自分の行うべき事を把握する。
癒し手として協力を得られたなら、陛下が落ち着いた折にはある程度の自由を約束しようと用意はしていた。が、今後一生この少女の自由は約束できなくなってしまった。
何よりも探し求め、諦めてもいた陛下の番だ。兄王達にも添わせて差し上げたかったと、心から今でも思う。
積年の感傷が走馬灯の様に胸を巡るが噯気にも出さないシグリットは流石だろう。
「随分と驚かせてしまいましたね、レディ。お名前を伺っても?」
シガレットの感情を読ませない柔らかな声が謁見室に響いていく。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
お馬鹿な聖女に「だから?」と言ってみた
リオール
恋愛
だから?
それは最強の言葉
~~~~~~~~~
※全6話。短いです
※ダークです!ダークな終わりしてます!
筆者がたまに書きたくなるダークなお話なんです。
スカッと爽快ハッピーエンドをお求めの方はごめんなさい。
※勢いで書いたので支離滅裂です。生ぬるい目でスルーして下さい(^-^;
大好きな母と縁を切りました。
むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。
領地争いで父が戦死。
それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。
けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。
毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。
けれどこの婚約はとても酷いものだった。
そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。
そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる