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番外編 それぞれの物語
イースティンの魔女⑤(ルーカス×マリー)
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エドワードはスタンピードの功績を認められて伯爵位を賜る事になった。そしてフィンレーも公爵家へと陞爵する事となり、新しい領地への移動など、マリーやルーカスたちも目まぐるしい一年となった。
その年はかなり大掛かりな爵位の移動や新たに爵位を与えられた者、そして王国内の領地替えも多く、マリーの元へ送られていた結婚の申し込みも一旦は収まることになる。
更にエドワードの十七の誕生日を待っての婚約式、更にはその翌年の成人の祝い。そして、学園の卒業とそれを待つようにして決められた結婚式。その間をぬうようにして領の基盤も作って行かなければならない。
それでも時間は確実に過ぎて行き、卒業の翌月にアルフレッドとエドワードの結婚式が無事にとり行われ、エドワードの拠点が完全にグリーンベリーになった。それに伴いルーカス達もグリーンベリーに移り住む事になった。
もっともエドワードは学園の最終学年の多くをこちらで過ごし、アルフレッド達から制限を設けられしまうくらい通いつめていたのだから、ルーカスたちもこちらでの生活は既に慣れていた。
ただ今までと少し異なったのは専属メイドであるマリーと専属護衛であるルーカスが、ほとんどの時間をエドワードについているという事ではなくなり、複数人がルーティンを組んで仕える形になった。
フィンレーの次男という立場から、領主という立場に変わり、更にフィンレー次期当主の伴侶となったエドワードの警護や世話をする人数が増えるのは当たり前の事だ。一人に偏る事なく、また誰がついても同じように過ごせるように。
もっともその中でもマリーがエドワードの専属メイドである事は変わらず、専属メイド長という役割が新たに与えられる事になり、しばらくの間、結婚式でエドワードについたフィンレーのメイド長であるレオラがマリーに付いて色々と指導をしている姿が見られた。
そしてルーカスもまた、エドワードの専属護衛であると同時に、クラウス達が連れてきたミスリル隊と一緒にグリーンベリーの自領騎士団を整える仕事が加えられ、ジョシュアも同じように自分が連れてきた魔導騎士達と一緒にグリーンベリーの魔導騎士団を作り上げるという仕事が加わった。
新しい領はいくらやっても仕事が湧いて出る。そんな忙しさの中で、それは起こった。
護衛を交代して、騎士団の訓練場へと向かう途中、本邸の近くに建てられている使用人棟の方から聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。
「ですから、それはもう何度もお断りをしています。私はイースティンの本家とは関わりが無くなっている筈です。祖父が間に入ってそういった処理をしたと聞いています。祖父たちが亡くなった後も平民ではなく、イースティンを名乗れるようにと」
「それは分かっている。だが、今回の件は断る事が難しいと手紙で何度も知らせた筈だ」
「……では、イースティンを捨てます」
「マリアンナ! そんな勝手が許されるとでも?」
「勝手なのはそちらの方でございましょう」
このままそっとその場を離れる事も出来た。だが、ルーカスはそのまま足を進める事を選んだ。
「大丈夫ですか?」
「!」
「失礼。敷地内で言い争う声が聞こえましたので」
ルーカスはそう言ってマリーを背中に庇うようにして男の前に立った。
「彼女はグリーンベリー伯爵家に仕える者です。話し合いの為の正式な手続きをされておりますか?」
「……私は、こちらのマリアンナ・イースティンの兄です。妹には今日こちらへ来ることは書簡で伝えておりました」
「例えご家族とはいえ、このような場所で声を荒げているというのは、如何なものでしょう。ああ、失礼しました。私はルーカス・ヒューイット。グリーンベリー伯爵家の騎士団で副団長を務めております。見回りも兼ねて通りかかりました」
「…………失礼いたしました。私はアイザック・ガルシア・イースティン。マリアンナの兄です。手紙では埒が明かず妹を訪ねてきました」
「そうですか。ですがマリアンナさんはグリーンベリー家のメイド長。ご家族と言えどきちんとした手順を踏んでいただかねばなりません。今日の所はお引き取りを。伯爵家へ改めて話し合いの申し出をされていただきたい」
「…………一騎士が随分と使える力があるのですね」
「なんて事を!」
一言言わなければ気が済まないというような言葉に思わず反応をしたのはマリーの方だった。だが、それを軽く視線だけで抑えてルーカスは再びアイザックに向き直った。
「私も、彼女も領主の専属職ですので、これくらいの権限は持っております。これ以上ここで言い争う様な事があれば、家令に報告をしなければなりません。どうぞ一度お引き取りを」
ルーカスがそう言うとアイザックはその後ろにいるマリーに視線を向けてその名を呼んだ。けれどマリーは小さく首を横に振る。
「話はございません。私は祖父の許しを得てイースティンを名乗っておりますが、それさえも認められないとおっしゃるのであれば、イースティンの名を捨てても良いと思っています。兄上には色々とお世話になり、ご恩もお返し出来ませんでしたが、どうぞお元気で。今後の事につきましては主に相談をして、同じように働けるかを確認いたします。失礼いたします」
「…………押しかけて、悪かった。そして、両親を止める事が出来ずすまなかった。失礼する」
兄と名乗った男はそのまま疲れたような顔をして、屋敷を出て行った。
それを見届けて、ルーカスはゆっくりと口を開いた。
「大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます。もう疾うに縁が切れたと思っておりましたが、まさかここまで訪ねてくるとは思わず。屋敷内で話す事も出来ず、このような所で。申し訳ございません」
そう言って頭を下げたマリーにルーカスは首を横に振った。
「いや、誰にでも聞かれたくないと思う話はあります。知らぬふりをして引き返せば良かったのだが、どうにも貴女を責めているような物言いについ。私の方こそ出過ぎた真似をしてすまなかった」
「いえ、助かりました。では、私はこれで。ルーカス様は騎士団の方にご用事ですか?」
「ああ、その予定だったが……あの」
「はい」
「それぞれの家の事があると思うが、もしも望まない縁を強要されているのなら家令に相談をしてみてはどうだろうか。……ああ、その、大きなお世話でしたね」
再び頭を下げたルーカスに、マリーは小さく笑ってもう一度「ありがとうございます」と言った。そして。
「エドワード様のお側に居られなくなっては困るので、イースティンの名前が無くとも雇ってもらえるのか相談をします。私にはここしか居場所がありませんので」
「それは……」
「……十六の時にエドワード様とお会いしました。それからずっとお側に居させていただきました。エドワード様に幸せになっていただきたい。エドワード様の幸せが私の幸せです。私は、もう誰かと縁を結ぶつもりは無いのです」
その瞬間ルーカスは小さく息を飲んでいた。
「…………そう、ですか。ですが、きっとエドワード様も同じように思われていると思いますよ。私の教え子だったエドワード様ならば、貴女が幸せになってほしいと願う筈です」
「…………」
マリーは普段はあまり多くを話す事のない男の言葉を少し驚いたように聞いていた。そしてルーカスは自分に向けられた鳶色の瞳に困ったようなものも、嫌悪感のようなものもないのを見てそっと言葉を続けた。以前ジョシュアから言われた『イースティンの魔女』から解放してやれるという言葉が頭の端にずっとあったせいだ。
「…………私は、貴女の事を学園で一度だけ見た事があります」
「え?」
「私にはきちんとした理由は分かりませんでしたが、貴女は『イースティンの魔女』と呼ばれていた。だけど、貴女は前だけを真っ直ぐに見て歩いていました。私はその時に何も出来ませんでしたが、貴女のその姿はとても美しいと思いました。貴女は……ハーヴィンからずっと、誰よりも一生懸命にエドワード様を支えてきました。だから貴女自身も幸せにならなければならないと、思います……」
普段であれば決して言う筈のない言葉だった。そして我ながら支離滅裂だなとルーカスは思った。大体本人に対して『イースティンの魔女』などと言うのはどう考えても配慮がない。
「すみ、ません。勝手な事を言いました。嫌な事を思い出させてしまったなら謝罪します」
「いえ、ありがとうございます。あの時は何もかもが精一杯で、実はあまり良く覚えていないのです。高等部に上がるつもりはなかったので、というか、そんな余裕もなかったので、残された後期の時間でどれだけの知識を詰め込む事が出来るか、そればかりでした。一度下を向いてしまったら、もう顔を上げる事が出来なくなりそうで。だから、ルーカス様が見たのは生きていく事に必死だった私です。あの子の分も」
あの子が魔力暴走を起こして亡くなった弟なのだろう。
「私は、こうして居られて幸せです。それに……魔法の為に疎まれて、今度はその魔法の為に縁を結ぼうとする。このまま流されてに嫁いだら、私はずっと、イースティンの魔女に囚われてしまう」
ああ、とルーカスは思った。ジョシュアが言っているのはこれなのか。自分があの家を出る事に必死になり、それゆえずっとどこかで囚われているように、彼女もまたイースティンの魔女に囚われていたのだ。
「…………私は、魔女などどこにもいなかったと思います。下を向く事なく諦めなかった貴女を尊敬します。初めて貴女の魔法を見た時はとても優しく、強く、美しい魔法だと思った。スタンピードの時もそう思った。ただエドワード様を守る為に磨かれてきたのだと分かった」
「…………ルーカス様」
頭の中で声がした。やめておけと。でも、またあの兄と言う男が来たら、子爵家など、高位の貴族にしてみれば取るに足りないものだろう。
そうしてもしも、このまま彼女が連れ去られ、知らない男の物になってしまったら。
『君はマリーの事が好きなんじゃないのか』
「…………私では」
「え………」
「私では、貴女を幸せにする事は出来ないだろうか」
「…………ルーカス様?」
その瞬間、目の前のマリーの顔が歪んだのをルーカスは見た。ああ、そうだ。私は何を言ってしまったのだろう。
「私は、どなたとも……」
かすれるような小さな声。
「困らせてしまう様な事を言ってすまなかった。私にそんな事が出来る筈がないんだ。元より、あの日何も出来なかった私にそんな資格はない。どうぞ忘れて下さい。不快な思いをさせて申し訳なかった」
寡黙な騎士であるルーカスの予想外の言葉に、マリーは慌てて口を開こうとして、足早に去っていくその背中を呼び止める事が出来なかった。
---------------
ふふふ( ;∀;)終わんない。終わんないよ。どうするの?ルーカス。
その年はかなり大掛かりな爵位の移動や新たに爵位を与えられた者、そして王国内の領地替えも多く、マリーの元へ送られていた結婚の申し込みも一旦は収まることになる。
更にエドワードの十七の誕生日を待っての婚約式、更にはその翌年の成人の祝い。そして、学園の卒業とそれを待つようにして決められた結婚式。その間をぬうようにして領の基盤も作って行かなければならない。
それでも時間は確実に過ぎて行き、卒業の翌月にアルフレッドとエドワードの結婚式が無事にとり行われ、エドワードの拠点が完全にグリーンベリーになった。それに伴いルーカス達もグリーンベリーに移り住む事になった。
もっともエドワードは学園の最終学年の多くをこちらで過ごし、アルフレッド達から制限を設けられしまうくらい通いつめていたのだから、ルーカスたちもこちらでの生活は既に慣れていた。
ただ今までと少し異なったのは専属メイドであるマリーと専属護衛であるルーカスが、ほとんどの時間をエドワードについているという事ではなくなり、複数人がルーティンを組んで仕える形になった。
フィンレーの次男という立場から、領主という立場に変わり、更にフィンレー次期当主の伴侶となったエドワードの警護や世話をする人数が増えるのは当たり前の事だ。一人に偏る事なく、また誰がついても同じように過ごせるように。
もっともその中でもマリーがエドワードの専属メイドである事は変わらず、専属メイド長という役割が新たに与えられる事になり、しばらくの間、結婚式でエドワードについたフィンレーのメイド長であるレオラがマリーに付いて色々と指導をしている姿が見られた。
そしてルーカスもまた、エドワードの専属護衛であると同時に、クラウス達が連れてきたミスリル隊と一緒にグリーンベリーの自領騎士団を整える仕事が加えられ、ジョシュアも同じように自分が連れてきた魔導騎士達と一緒にグリーンベリーの魔導騎士団を作り上げるという仕事が加わった。
新しい領はいくらやっても仕事が湧いて出る。そんな忙しさの中で、それは起こった。
護衛を交代して、騎士団の訓練場へと向かう途中、本邸の近くに建てられている使用人棟の方から聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。
「ですから、それはもう何度もお断りをしています。私はイースティンの本家とは関わりが無くなっている筈です。祖父が間に入ってそういった処理をしたと聞いています。祖父たちが亡くなった後も平民ではなく、イースティンを名乗れるようにと」
「それは分かっている。だが、今回の件は断る事が難しいと手紙で何度も知らせた筈だ」
「……では、イースティンを捨てます」
「マリアンナ! そんな勝手が許されるとでも?」
「勝手なのはそちらの方でございましょう」
このままそっとその場を離れる事も出来た。だが、ルーカスはそのまま足を進める事を選んだ。
「大丈夫ですか?」
「!」
「失礼。敷地内で言い争う声が聞こえましたので」
ルーカスはそう言ってマリーを背中に庇うようにして男の前に立った。
「彼女はグリーンベリー伯爵家に仕える者です。話し合いの為の正式な手続きをされておりますか?」
「……私は、こちらのマリアンナ・イースティンの兄です。妹には今日こちらへ来ることは書簡で伝えておりました」
「例えご家族とはいえ、このような場所で声を荒げているというのは、如何なものでしょう。ああ、失礼しました。私はルーカス・ヒューイット。グリーンベリー伯爵家の騎士団で副団長を務めております。見回りも兼ねて通りかかりました」
「…………失礼いたしました。私はアイザック・ガルシア・イースティン。マリアンナの兄です。手紙では埒が明かず妹を訪ねてきました」
「そうですか。ですがマリアンナさんはグリーンベリー家のメイド長。ご家族と言えどきちんとした手順を踏んでいただかねばなりません。今日の所はお引き取りを。伯爵家へ改めて話し合いの申し出をされていただきたい」
「…………一騎士が随分と使える力があるのですね」
「なんて事を!」
一言言わなければ気が済まないというような言葉に思わず反応をしたのはマリーの方だった。だが、それを軽く視線だけで抑えてルーカスは再びアイザックに向き直った。
「私も、彼女も領主の専属職ですので、これくらいの権限は持っております。これ以上ここで言い争う様な事があれば、家令に報告をしなければなりません。どうぞ一度お引き取りを」
ルーカスがそう言うとアイザックはその後ろにいるマリーに視線を向けてその名を呼んだ。けれどマリーは小さく首を横に振る。
「話はございません。私は祖父の許しを得てイースティンを名乗っておりますが、それさえも認められないとおっしゃるのであれば、イースティンの名を捨てても良いと思っています。兄上には色々とお世話になり、ご恩もお返し出来ませんでしたが、どうぞお元気で。今後の事につきましては主に相談をして、同じように働けるかを確認いたします。失礼いたします」
「…………押しかけて、悪かった。そして、両親を止める事が出来ずすまなかった。失礼する」
兄と名乗った男はそのまま疲れたような顔をして、屋敷を出て行った。
それを見届けて、ルーカスはゆっくりと口を開いた。
「大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます。もう疾うに縁が切れたと思っておりましたが、まさかここまで訪ねてくるとは思わず。屋敷内で話す事も出来ず、このような所で。申し訳ございません」
そう言って頭を下げたマリーにルーカスは首を横に振った。
「いや、誰にでも聞かれたくないと思う話はあります。知らぬふりをして引き返せば良かったのだが、どうにも貴女を責めているような物言いについ。私の方こそ出過ぎた真似をしてすまなかった」
「いえ、助かりました。では、私はこれで。ルーカス様は騎士団の方にご用事ですか?」
「ああ、その予定だったが……あの」
「はい」
「それぞれの家の事があると思うが、もしも望まない縁を強要されているのなら家令に相談をしてみてはどうだろうか。……ああ、その、大きなお世話でしたね」
再び頭を下げたルーカスに、マリーは小さく笑ってもう一度「ありがとうございます」と言った。そして。
「エドワード様のお側に居られなくなっては困るので、イースティンの名前が無くとも雇ってもらえるのか相談をします。私にはここしか居場所がありませんので」
「それは……」
「……十六の時にエドワード様とお会いしました。それからずっとお側に居させていただきました。エドワード様に幸せになっていただきたい。エドワード様の幸せが私の幸せです。私は、もう誰かと縁を結ぶつもりは無いのです」
その瞬間ルーカスは小さく息を飲んでいた。
「…………そう、ですか。ですが、きっとエドワード様も同じように思われていると思いますよ。私の教え子だったエドワード様ならば、貴女が幸せになってほしいと願う筈です」
「…………」
マリーは普段はあまり多くを話す事のない男の言葉を少し驚いたように聞いていた。そしてルーカスは自分に向けられた鳶色の瞳に困ったようなものも、嫌悪感のようなものもないのを見てそっと言葉を続けた。以前ジョシュアから言われた『イースティンの魔女』から解放してやれるという言葉が頭の端にずっとあったせいだ。
「…………私は、貴女の事を学園で一度だけ見た事があります」
「え?」
「私にはきちんとした理由は分かりませんでしたが、貴女は『イースティンの魔女』と呼ばれていた。だけど、貴女は前だけを真っ直ぐに見て歩いていました。私はその時に何も出来ませんでしたが、貴女のその姿はとても美しいと思いました。貴女は……ハーヴィンからずっと、誰よりも一生懸命にエドワード様を支えてきました。だから貴女自身も幸せにならなければならないと、思います……」
普段であれば決して言う筈のない言葉だった。そして我ながら支離滅裂だなとルーカスは思った。大体本人に対して『イースティンの魔女』などと言うのはどう考えても配慮がない。
「すみ、ません。勝手な事を言いました。嫌な事を思い出させてしまったなら謝罪します」
「いえ、ありがとうございます。あの時は何もかもが精一杯で、実はあまり良く覚えていないのです。高等部に上がるつもりはなかったので、というか、そんな余裕もなかったので、残された後期の時間でどれだけの知識を詰め込む事が出来るか、そればかりでした。一度下を向いてしまったら、もう顔を上げる事が出来なくなりそうで。だから、ルーカス様が見たのは生きていく事に必死だった私です。あの子の分も」
あの子が魔力暴走を起こして亡くなった弟なのだろう。
「私は、こうして居られて幸せです。それに……魔法の為に疎まれて、今度はその魔法の為に縁を結ぼうとする。このまま流されてに嫁いだら、私はずっと、イースティンの魔女に囚われてしまう」
ああ、とルーカスは思った。ジョシュアが言っているのはこれなのか。自分があの家を出る事に必死になり、それゆえずっとどこかで囚われているように、彼女もまたイースティンの魔女に囚われていたのだ。
「…………私は、魔女などどこにもいなかったと思います。下を向く事なく諦めなかった貴女を尊敬します。初めて貴女の魔法を見た時はとても優しく、強く、美しい魔法だと思った。スタンピードの時もそう思った。ただエドワード様を守る為に磨かれてきたのだと分かった」
「…………ルーカス様」
頭の中で声がした。やめておけと。でも、またあの兄と言う男が来たら、子爵家など、高位の貴族にしてみれば取るに足りないものだろう。
そうしてもしも、このまま彼女が連れ去られ、知らない男の物になってしまったら。
『君はマリーの事が好きなんじゃないのか』
「…………私では」
「え………」
「私では、貴女を幸せにする事は出来ないだろうか」
「…………ルーカス様?」
その瞬間、目の前のマリーの顔が歪んだのをルーカスは見た。ああ、そうだ。私は何を言ってしまったのだろう。
「私は、どなたとも……」
かすれるような小さな声。
「困らせてしまう様な事を言ってすまなかった。私にそんな事が出来る筈がないんだ。元より、あの日何も出来なかった私にそんな資格はない。どうぞ忘れて下さい。不快な思いをさせて申し訳なかった」
寡黙な騎士であるルーカスの予想外の言葉に、マリーは慌てて口を開こうとして、足早に去っていくその背中を呼び止める事が出来なかった。
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ふふふ( ;∀;)終わんない。終わんないよ。どうするの?ルーカス。
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