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番外編 それぞれの物語
イースティンの魔女④(ルーカス×マリー)
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それはマリーにとっては一枚の絵のような光景だった。
跪いたアルフレッドとポロポロと泣き出すエドワード。やがて抱き締め合った二人からそっと目を逸らすと一緒に着いてきていたルーカスと目が合った。
「……こんな時なのに、嬉しくて涙が出ました」
マリーの言葉にルーカスはコクリと頷いた。
「長年思い合っていらしたお二人ですからね」
「はい。お二人には誰よりも幸せになっていただきたいのです。ですから、なんとしてもお守りします」
「私も、あの日の悔しさを晴らしたいと思います」
静かにそう言ったルーカスにマリーは少しだけ驚いたような顔をして「はい」と返事をした。
◇ ◇ ◇
スタンピード。
エドワードもマリーもそしてルーカスも、その言葉を聞いた事はあっても実際に見た事はなかった。どれほどの、どのような魔物達が飛び出してくるのか分からない。けれど、エドワードがずっとずっと言い続けていた事が今なのだと、その決意をマリーも、ルーカスも、そしてアルフレッドも、分かっていた。
王城の裏側に広がる森の奥に隆起をした場所から溢れ出した魔物達。止まっては再び始まるスタンピードの中、魔人が現れたり、あのフレイム・グレート・グリズリーも、ワイバーンまでもが現れた。
そして、疲れ切った討伐隊の上を火を吐きながら飛び回るマルコシアス達にエドワードをはあの力を二度使った。
一度目は加護の力を使ってもエドワードの意識ははっきりしていた。もうこれ以上は絶対に無茶をさせない。そんな気持ちで放たれるマリーの闇魔法に、他の魔導騎士達が驚きの表情を浮かべていた事をルーカスは気づいていた。そしてなぜかそれを見て苦い気持ちが湧きあがる自分が嫌になった。
そして二度目の時は、マリーは必死にそれを止めた。マリーだけではなく、アルフレッドもここから離れるように言って魔物達へと向かって行こうとした。その背中にエドワードの身体があの日のように浮き上がったのだ。
アルフレッドがエドワードの名前を叫ぶ中、マリーは「私に大きな水魔法が使えたら」と泣き出した。煤けた顔でボロボロと泣く彼女を、ルーカスは皆同じように思うのだと見つめていた。
空を飛び回る魔物達が吐き出し広げていく火が一人の人間の水魔法でどうにかなるわけはないとルーカスも、マリーにも分かっているのだ。それでもそう思わずにはいられない。
まだ少年の面影を残す主人の加護による魔法は、あの日と同じようで、けれどもっと美しく、そしてもっと制御をされていて、更に先ほどよりも力の強い魔法になっていた。
死を司ると言われているにも関わらず、恐ろしいと言うよりは、誰かが呟き跪いて頭を垂れたように、神の所業としか思えないような神々しさがあった。
月のある空から落ちて、燃え上がる火を消していく雨。
空を飛ぶマルコシアス達を巻き込んでいく風。
そして空中までも蔓を伸ばして行く樹々たち。
緑のそれに捕らえられた魔物達は自由を奪われて、絡めとられ、その生命を吸い取られるようにして緑の森の一部となってゆく。そして……。
小柄な身体は彼を愛する兄の元へと戻って来た。
森の火を消し、飛び回っていた魔物を捕らえ、そこにいた魔物達を森へと還して、エドワードは【光の愛し子】の治癒を受けると、父と兄と共にフィンレーへと帰った。
「……私の魔力ではフィンレーまでの転移は出来ません。一旦タウンハウスまで戻ってそこから転移陣で飛びます」
ルーカスはこの数年で転移の魔法を取得したが、魔力量の関係で長い距離は難しかった。
「私も今の状態ではフィンレーまでは無理です。ご一緒させていただきます」
「分かりました。では」
専属護衛と専属メイドとして、一刻も早く主人の元へ。
ルーカスはジョシュアにフィンレーへ戻る事を告げて、マリーと一緒にタウンハウスへと転移をした。そしてロジャーに簡単な経緯を伝えて、魔物の血と煤で汚れた洋服を着替え、フィンレーへと転移陣を使って転移をした。
エドワードが意識を取り戻すのはそれから三日後の事だった。マリーは勿論泣いて喜び、ルーカスもホッと胸を撫で下ろした。あの日のように何も出来なかったという後悔はなかったが、それでもやっぱりもっと強くなりたいと思った。
それから少ししてアルフレッドとエドワードの婚約が決まり、婚約式に向けて話が進み始めた頃、マリーに思いがけない話がきた。スタンピードで彼女の魔法を見て、結婚を申し込んで来た者が居たのだ。しかも面倒な事にイースティンに申し込みをしに行ったらしく、兄が知らせを送って来たのである。
そして、それをルーカスに知らせてきたのは、ジョシュアだった。
「だから言っただろう? いいのか? 今までにだってそんな話はちらほらあったんだ。だが、今回はちょっと断りづらいと思う。好きなら先手を打てよ」
「俺は……別に……」
「ならいいんだな? 彼女が誰かのものになっても」
「…………それを、彼女が望むなら」
「ルーカス。そういうのをな、朴念仁というんだ。彼女を、『イースティンの魔女』から解放してやれるのはお前だけだと思っていたんだけどな。俺の見当違いだったのかもしれないな」
それはどういう意味なのか。訝し気な表情を浮かべたルーカスに、ジョシュアは「自分で考えろ」とだけ言った。
それから少しして、マリーが結婚の申し出を全て断った事を知った。そしてそれにホッとしている自分に気付いてルーカスは苦い笑みを浮かべた。
ルーカスの中にジョシュアが言った『イースティンの魔女』からの解放、という言葉が妙に残った。
------
ルーカス……( ˘•ω•˘ )
跪いたアルフレッドとポロポロと泣き出すエドワード。やがて抱き締め合った二人からそっと目を逸らすと一緒に着いてきていたルーカスと目が合った。
「……こんな時なのに、嬉しくて涙が出ました」
マリーの言葉にルーカスはコクリと頷いた。
「長年思い合っていらしたお二人ですからね」
「はい。お二人には誰よりも幸せになっていただきたいのです。ですから、なんとしてもお守りします」
「私も、あの日の悔しさを晴らしたいと思います」
静かにそう言ったルーカスにマリーは少しだけ驚いたような顔をして「はい」と返事をした。
◇ ◇ ◇
スタンピード。
エドワードもマリーもそしてルーカスも、その言葉を聞いた事はあっても実際に見た事はなかった。どれほどの、どのような魔物達が飛び出してくるのか分からない。けれど、エドワードがずっとずっと言い続けていた事が今なのだと、その決意をマリーも、ルーカスも、そしてアルフレッドも、分かっていた。
王城の裏側に広がる森の奥に隆起をした場所から溢れ出した魔物達。止まっては再び始まるスタンピードの中、魔人が現れたり、あのフレイム・グレート・グリズリーも、ワイバーンまでもが現れた。
そして、疲れ切った討伐隊の上を火を吐きながら飛び回るマルコシアス達にエドワードをはあの力を二度使った。
一度目は加護の力を使ってもエドワードの意識ははっきりしていた。もうこれ以上は絶対に無茶をさせない。そんな気持ちで放たれるマリーの闇魔法に、他の魔導騎士達が驚きの表情を浮かべていた事をルーカスは気づいていた。そしてなぜかそれを見て苦い気持ちが湧きあがる自分が嫌になった。
そして二度目の時は、マリーは必死にそれを止めた。マリーだけではなく、アルフレッドもここから離れるように言って魔物達へと向かって行こうとした。その背中にエドワードの身体があの日のように浮き上がったのだ。
アルフレッドがエドワードの名前を叫ぶ中、マリーは「私に大きな水魔法が使えたら」と泣き出した。煤けた顔でボロボロと泣く彼女を、ルーカスは皆同じように思うのだと見つめていた。
空を飛び回る魔物達が吐き出し広げていく火が一人の人間の水魔法でどうにかなるわけはないとルーカスも、マリーにも分かっているのだ。それでもそう思わずにはいられない。
まだ少年の面影を残す主人の加護による魔法は、あの日と同じようで、けれどもっと美しく、そしてもっと制御をされていて、更に先ほどよりも力の強い魔法になっていた。
死を司ると言われているにも関わらず、恐ろしいと言うよりは、誰かが呟き跪いて頭を垂れたように、神の所業としか思えないような神々しさがあった。
月のある空から落ちて、燃え上がる火を消していく雨。
空を飛ぶマルコシアス達を巻き込んでいく風。
そして空中までも蔓を伸ばして行く樹々たち。
緑のそれに捕らえられた魔物達は自由を奪われて、絡めとられ、その生命を吸い取られるようにして緑の森の一部となってゆく。そして……。
小柄な身体は彼を愛する兄の元へと戻って来た。
森の火を消し、飛び回っていた魔物を捕らえ、そこにいた魔物達を森へと還して、エドワードは【光の愛し子】の治癒を受けると、父と兄と共にフィンレーへと帰った。
「……私の魔力ではフィンレーまでの転移は出来ません。一旦タウンハウスまで戻ってそこから転移陣で飛びます」
ルーカスはこの数年で転移の魔法を取得したが、魔力量の関係で長い距離は難しかった。
「私も今の状態ではフィンレーまでは無理です。ご一緒させていただきます」
「分かりました。では」
専属護衛と専属メイドとして、一刻も早く主人の元へ。
ルーカスはジョシュアにフィンレーへ戻る事を告げて、マリーと一緒にタウンハウスへと転移をした。そしてロジャーに簡単な経緯を伝えて、魔物の血と煤で汚れた洋服を着替え、フィンレーへと転移陣を使って転移をした。
エドワードが意識を取り戻すのはそれから三日後の事だった。マリーは勿論泣いて喜び、ルーカスもホッと胸を撫で下ろした。あの日のように何も出来なかったという後悔はなかったが、それでもやっぱりもっと強くなりたいと思った。
それから少ししてアルフレッドとエドワードの婚約が決まり、婚約式に向けて話が進み始めた頃、マリーに思いがけない話がきた。スタンピードで彼女の魔法を見て、結婚を申し込んで来た者が居たのだ。しかも面倒な事にイースティンに申し込みをしに行ったらしく、兄が知らせを送って来たのである。
そして、それをルーカスに知らせてきたのは、ジョシュアだった。
「だから言っただろう? いいのか? 今までにだってそんな話はちらほらあったんだ。だが、今回はちょっと断りづらいと思う。好きなら先手を打てよ」
「俺は……別に……」
「ならいいんだな? 彼女が誰かのものになっても」
「…………それを、彼女が望むなら」
「ルーカス。そういうのをな、朴念仁というんだ。彼女を、『イースティンの魔女』から解放してやれるのはお前だけだと思っていたんだけどな。俺の見当違いだったのかもしれないな」
それはどういう意味なのか。訝し気な表情を浮かべたルーカスに、ジョシュアは「自分で考えろ」とだけ言った。
それから少しして、マリーが結婚の申し出を全て断った事を知った。そしてそれにホッとしている自分に気付いてルーカスは苦い笑みを浮かべた。
ルーカスの中にジョシュアが言った『イースティンの魔女』からの解放、という言葉が妙に残った。
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ルーカス……( ˘•ω•˘ )
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