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エピソード&記念SS
【お気に入り数7777御礼】SS 好きという気持ち。
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初めて会ったのは、フィンレー侯爵家のエドワード様のお茶会だった。
フィンレー家の次男、エドワード様の主催するお茶会は、幻のお茶会と呼ばれている。
エドワード様がお茶会を主催するのは春と秋の2回。
それ以外のお茶会はなく、他のお茶会にも顔を出さない。
招待状を出しても、丁寧な辞退の手紙が侯爵家から来る。
身体があまり丈夫ではなく、主催以外のお茶会は参加はしないとの事だった。
また、招待をしていただきたいと手を回しても、侯爵が選んだ者しか参加が出来ない。
私は始めからのお茶会メンバーではなく、エドワード様が一度だけ、トールマン侯爵家のレナード様が主催されたお茶会に参加をされて、その後に声をかけられた内の一人だった。
そしてそこで………
「ご挨拶失礼致します。カーライル子爵家の次男、トーマス・カーライルです。よろしくお願い致します」
にっこりと笑った顔と、子供らしい少し高めの声。正直に言って、特に何かを思ったわけではなかった。
ただ、何となく、エドワード様の他に小さい子がもう一人いるなという認識程度だった。
でも話をするうちに、知識を吸収しようとする力はとてもあると思った。
さすが子爵家の中では力のあるカーライル家の次男なのだと改めて思ったのを覚えている。
あれから十年が過ぎていたーーーー……
「今日はありがとう。すごく楽しみにしていたんだ」
そう言って少しだけ照れたように笑った顔に「私も楽しみにしていた」と口にした。
学園はバカンスシーズン。暑さを避けるようにして、多くの人は北の方に移動する。
私の領はやや南よりの海に面している。それなりに人は来るがそれでもあまり夏向きの土地ではない。
だけど
「僕のところって周り中、他の領で囲まれているから、海は初めてなんだ。誘ってくれてありがとう。ジーン」
そう。このバカンスシーズンに海を見た事がないと何かの拍子に口にしたトーマスを「じゃあ遊びに来る?」と誘ったのだ。お互いに自領の手伝いもあるので、シーズンのはじまりではなく8の月に入ってからという約束をした。
「これが潮の香りって奴だね。ふふふ、しょっぱい匂いはしないね」
「そうだな。でも海岸に行っても舐めるのはやめてくれ」
「そんな事はしないよ。それにクラーケンに捕まったら困るし」
「トム、クラーケンはそんな浅瀬には来ないよ」
「知ってるよ。言ってみただけ。ねぇ、ジーン。市場に行ったらクラーケンがあるかな。僕ね、エディのくれたバッグを持ってきたからお土産に買って帰りたいんだ」
「なに? 来てすぐに帰る話?」
「ちがうよ。でもさ、いつ上がるか分からないんでしょう?」
「ああ、そうだね。じゃあ、上がったら教えてもらうように手配をしておこう」
「わ~い! ありがとう」
楽しそうに隣を歩く、頭一つくらい小さい彼を見て、自然に笑みが浮かんでしまう。自分の中にこんな気持ちがあるなんて思ってもいなかった。
そう。私、ユージーン・ロマースクは同じ学園の友人、トーマス・カーライルに特別な感情を持っていた。
きっかけはいくつかあった。
最初はお茶会で、図鑑の話をした時に、その知識の量に驚いて、思わず話を聞き入ってしまった事だ。
「すみません! ロマースク様がとても聞き上手なのでついつい色々話してしまいました!」
真っ赤になった顔が何だか可愛いなと思った。自分の好きなものは話し出すととまらなくなってしまうタイプらしい。この時は私には弟がいなかったので、同い年の彼にそんな風に思うのはとても失礼なのだけれど、弟がいたらこんな感じなのかもしれないと思ったのだ。いつの間にかお茶会で会うのがとても楽しみになっていた。
そして2つ目のきっかけは学園に入ってからだ。
初等部の時に学園に魔物が現れた。ありえない出来事だった。
とにかく高等部の聖堂まで逃げるって言うので、色々あって、トーマスは私に抱き上げられて移動させられたのだ。ちなみにエドワード様はレナードが抱っこをしていた。
自分で走れるという彼を抱き上げてそのまま走った。真っ赤になりながら「ごめんね」と何度も繰り返していた。
時折聞こえてくる、キマイラと戦っている音にビクリとしてしがみついてきた。エドワード様ほどではないもののトーマスも怖がりのところがあって、下ろした時には目じりにうっすらと涙が滲んでいた。
そんな事があってからトーマスは身体を鍛えると真剣に言い出した。
だが、残念な事に彼の身長はエドワード様と同様あまり伸びず、現在168ティンくらいで止まっている。
そして3つ目のきっかけはまだ記憶も新しい、学園内に魔素が湧き、それにあてられたもしくは飲み込まれてしまった人が魔人化をするという事件だった。
聖堂まで転移で逃げようとしていた途端、おそらく公爵子息と思われる魔人が襲ってきた。そして。
「いやだよ! エディ!」
未だにあの日の彼の声が忘れられない。
魔人は明らかにエドワード様を狙っているように見えた。だとすれば、転移を出来ない者の人数を減らした方がいい。私は指示された通りに、指先に魔素が当たったトーマスと、同じくこの時点で転移が出来なかったミッチェルを連れて聖堂へと転移した。
聖堂に着くとトーマスは泣きながら口を開いた。
「僕が、僕が、転移さえできれば」
「出来ないなら出来るようにすればいいよ、トム。ジーンありがとう。とにかくトムの指を治療が出来る人に診てもらいたい」
ミッチェルの言葉に私は頷いた。すると泣き顔のままトーマスが口を開く。
「もしも、もしも僕がこのまま魔人化しちゃったら、逃げてね。それで、あんな風に誰かを攻撃するような事があったら、ルシルに浄化をしてもらって。キ、キマイラみたいに消してもらっていいから」
「何をバカな事を言っているの! これくらいで魔人化するわけないでしょう? しっかりして」
「うん。もしもだよ。でも聖堂には入らない。万が一聖堂の中で魔人化しちゃったら、嫌だから。……魔人になんてなりたくないよ。でも訳が分からなくなって誰かを傷つけるのはもっといやだ」
「トム、そんな事言わないで。大丈夫だよ。ねぇ、ジーン大丈夫だよね!」
ミッチェルがムキになってそう言った。トーマスは魔素に触れた指をもう片方の手で押さえたままキュッと口を結んだ。魔素が触れた手も、それを掴む手も小さく震えていた。
「大丈夫だ。獣だって触れたくらいで魔獣にはならない。でも心配だから必ず治癒魔法士に診ていただこう」
「うん。ありがとう、うん。でももしも魔人化し始めたら、二人は僕から離れてね」
ポロポロと涙を零す顔。泣いてほしくなくて、柔らかなライトブラウンの髪をクシャリと撫でた。多分、ミッチェルがいなければ大丈夫だと抱きしめていた。
そこで自覚した。ああ、私は彼が好きなのだと。
一度気づいてしまったら、後はもう坂を転がる勢いというのをまさか自分が経験するとは思ってもみなかった。
そしてすぐに、本人ではなく、スティーブに気付かれた。
トーマスとスティーブは不定期ではあるものの、大体月に一度くらいの割合で、カルロス様が行って下さる薬草や植物などの講義をフィンレーに行って聞いている。とても楽しみにしているらしく、その日の前後はその話題が上がる事が多いのだ。
「元々何となく気になっていたんだけれど、もしかして、最近自覚をしたのかな?」
ストレートにそう訊かれて、隠す事も出来なかった。
「気にしているみたいだから言うけど、私は、トムの事は、あくまでも大切な友人と思っているよ」
「……ああ、それは……ありがとう。その……そんなに、あからさまだっただろうか」
「いや。でも何となく以前からそんな気がしたから。特に何っていうわけじゃないけど、ジーンはトムを見る目が優しい。多分、気づいているのは私だけだと思うけど、もしかするとレオン辺りは何か思っているかもね。だけど別に彼も何かを面白がって言う様なタイプじゃないから」
「………それは、分かっている。というか、その最近自覚って……どうして」
「ああ、あの魔人の事件の後から何だか変わった感じがしたからね」
「……ああ、そう」
十分、露骨にバレているなと思った。
けれどその後は前期の試験や、ルシルの事があったり、バカンスシーズンになってしまったりで、他の友人たちには特に気づかれることはなく、今に至っている。
「わぁぁぁ、ほんとに船が沢山! 港だけじゃなくて海の方にも。すごいね!」
高台から港と海を見下ろしながら、トーマスは声を上げた。
私にとっては見慣れた風景でも、彼にとっては新鮮で、珍しい風景なのだ。
「綺麗だなぁ。やっぱり青い空と海ってすごく似合うね」
「そうかな」
「うん。そうだよ。なんだかこの海鳥の鳴き声もすごく似合っている」
「喜んでもらえたなら良かった。とりあえず、食事でもしようか。初日だから魚料理にしようと思っているけど」
「うん。魚かあ、初めてだよ? 楽しみ!」
嬉しそうな顔でそう言われて、思わずクシャリと髪を撫でるとトーマスは途端に顔を赤くした。
「……ジーンってさ、結構髪の毛触るよね」
「ああ、悪い。嫌だったかな」
「嫌じゃないけど、何となく背が縮む気がするんだ」
「………っ」
「笑ったでしょ」
「笑ってないよ」
「ううん、笑った。もう、エディも僕もほんとに必死なんだからね。このままだと170届かないし。本当は王国の成人男性平均の181ティンには行きたいのに」
「そう? でも可愛いけど」
「かわ! からかってるでしょ。ジーンには分からないよ。ほんとに子供に思われるんだから。この前なんか初等部の1年とかって言われて」
「いや、さすがに初等部の1年は言い過ぎだな」
「! そうだよね。それはないよね。うん。良かった。あと2年あるんだからまだ伸びるよね!」
「そうだな」
そう言ってまたクシャリと髪に触れそうになって慌てて手を下ろした。
「……言ってるそばから、今撫でようとしたでしょ。子供みたいに」
「ごめんね。でもトムの髪は柔らかくて、触り心地がいいから、つい」
「………」
その瞬間、目の前の顔が驚くような勢いで赤くなった。
それを見て、私の顔もつられて赤くなる。
「ご、ごめ、変な意味じゃなくて」
「う、うん。そ、そうなんだ。なら、少しなら触ってもいいかな」
「………ははは、そう?」
言われて、どうしようと思ったけれど、やっぱりふわりと触れてしまった。ふわふわで柔らかい。
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
「……うん」
差し出した手を、一瞬だけ驚いたように見て、ゆっくりと繋いでくれた自分よりも小さな手。
「迷子にならないようにね」
「ひどい、そんなに子供じゃないよ」
「そう?」
「そうだよ」
「じゃあ、こうしようか」
「!!」
掴んだだけの手を一度離して、今度は指を組むようにしてしっかりと握った。
「ジ、ジーン!」
「子供じゃないから、大人のつなぎ方。ほら、行くよ」
「ちょ、なん、待って、ジーン?」
それでも歩き出すとちゃんとついて来るのが嬉しくて、繋いだ手が少しだけ熱いなと思った。
「……なんで?」
「何が?」
「からかってる」
「からかってないよ。だって、すごくドキドキしてるもの。離されたらどうしようって」
「………………」
この時間は日差しが結構あるので、それほど人通りは多くない。
まして、暑い中高台に登るようなもの好きは更に少ない。
港町と言っても、ここはおしゃれな観光地ではなく、あくまでも荷が着き、漁師もいて、商船の船員もいる、働く者の街なのだ。
「勘違いするよ………」
「どんな?」
「………い、言わない。笑われるから」
海鳥が鳴いている。
潮風が吹く。
空に浮かぶ大きな白い雲。
そして。
「来てくれて、嬉しかったから、浮かれてるんだ」
「え?」
「ありがとう。ようこそ、俺の街に」
「………」
「……好きです」
「………」
「って、初日から言うつもりはなかったんだけど、我慢できなかったな。カッコ悪いね」
振り向くと、真っ赤な顔をしたトーマスがクシャリと顔を歪めたところだった。
「え! 何? どうしたの? ごめ、あの」
急ぎすぎたか、強引だったか、そんなつもりはなかったって事か
小さく横に振られた首。
ズキンと痛んだ胸。
だけど、その次の瞬間。
耳に届いた小さな声は確かに「僕も」と、そう聞こえた。
------------------
7777のお気に入りありがとうございました。
可愛い枠のトーマスさん。
どうしようかなぁと思っていましたが、考えていたCPをお届けしました!
意外でしたか?
駄目だった人にはごめんなさいね~(;^_^A
フィンレー家の次男、エドワード様の主催するお茶会は、幻のお茶会と呼ばれている。
エドワード様がお茶会を主催するのは春と秋の2回。
それ以外のお茶会はなく、他のお茶会にも顔を出さない。
招待状を出しても、丁寧な辞退の手紙が侯爵家から来る。
身体があまり丈夫ではなく、主催以外のお茶会は参加はしないとの事だった。
また、招待をしていただきたいと手を回しても、侯爵が選んだ者しか参加が出来ない。
私は始めからのお茶会メンバーではなく、エドワード様が一度だけ、トールマン侯爵家のレナード様が主催されたお茶会に参加をされて、その後に声をかけられた内の一人だった。
そしてそこで………
「ご挨拶失礼致します。カーライル子爵家の次男、トーマス・カーライルです。よろしくお願い致します」
にっこりと笑った顔と、子供らしい少し高めの声。正直に言って、特に何かを思ったわけではなかった。
ただ、何となく、エドワード様の他に小さい子がもう一人いるなという認識程度だった。
でも話をするうちに、知識を吸収しようとする力はとてもあると思った。
さすが子爵家の中では力のあるカーライル家の次男なのだと改めて思ったのを覚えている。
あれから十年が過ぎていたーーーー……
「今日はありがとう。すごく楽しみにしていたんだ」
そう言って少しだけ照れたように笑った顔に「私も楽しみにしていた」と口にした。
学園はバカンスシーズン。暑さを避けるようにして、多くの人は北の方に移動する。
私の領はやや南よりの海に面している。それなりに人は来るがそれでもあまり夏向きの土地ではない。
だけど
「僕のところって周り中、他の領で囲まれているから、海は初めてなんだ。誘ってくれてありがとう。ジーン」
そう。このバカンスシーズンに海を見た事がないと何かの拍子に口にしたトーマスを「じゃあ遊びに来る?」と誘ったのだ。お互いに自領の手伝いもあるので、シーズンのはじまりではなく8の月に入ってからという約束をした。
「これが潮の香りって奴だね。ふふふ、しょっぱい匂いはしないね」
「そうだな。でも海岸に行っても舐めるのはやめてくれ」
「そんな事はしないよ。それにクラーケンに捕まったら困るし」
「トム、クラーケンはそんな浅瀬には来ないよ」
「知ってるよ。言ってみただけ。ねぇ、ジーン。市場に行ったらクラーケンがあるかな。僕ね、エディのくれたバッグを持ってきたからお土産に買って帰りたいんだ」
「なに? 来てすぐに帰る話?」
「ちがうよ。でもさ、いつ上がるか分からないんでしょう?」
「ああ、そうだね。じゃあ、上がったら教えてもらうように手配をしておこう」
「わ~い! ありがとう」
楽しそうに隣を歩く、頭一つくらい小さい彼を見て、自然に笑みが浮かんでしまう。自分の中にこんな気持ちがあるなんて思ってもいなかった。
そう。私、ユージーン・ロマースクは同じ学園の友人、トーマス・カーライルに特別な感情を持っていた。
きっかけはいくつかあった。
最初はお茶会で、図鑑の話をした時に、その知識の量に驚いて、思わず話を聞き入ってしまった事だ。
「すみません! ロマースク様がとても聞き上手なのでついつい色々話してしまいました!」
真っ赤になった顔が何だか可愛いなと思った。自分の好きなものは話し出すととまらなくなってしまうタイプらしい。この時は私には弟がいなかったので、同い年の彼にそんな風に思うのはとても失礼なのだけれど、弟がいたらこんな感じなのかもしれないと思ったのだ。いつの間にかお茶会で会うのがとても楽しみになっていた。
そして2つ目のきっかけは学園に入ってからだ。
初等部の時に学園に魔物が現れた。ありえない出来事だった。
とにかく高等部の聖堂まで逃げるって言うので、色々あって、トーマスは私に抱き上げられて移動させられたのだ。ちなみにエドワード様はレナードが抱っこをしていた。
自分で走れるという彼を抱き上げてそのまま走った。真っ赤になりながら「ごめんね」と何度も繰り返していた。
時折聞こえてくる、キマイラと戦っている音にビクリとしてしがみついてきた。エドワード様ほどではないもののトーマスも怖がりのところがあって、下ろした時には目じりにうっすらと涙が滲んでいた。
そんな事があってからトーマスは身体を鍛えると真剣に言い出した。
だが、残念な事に彼の身長はエドワード様と同様あまり伸びず、現在168ティンくらいで止まっている。
そして3つ目のきっかけはまだ記憶も新しい、学園内に魔素が湧き、それにあてられたもしくは飲み込まれてしまった人が魔人化をするという事件だった。
聖堂まで転移で逃げようとしていた途端、おそらく公爵子息と思われる魔人が襲ってきた。そして。
「いやだよ! エディ!」
未だにあの日の彼の声が忘れられない。
魔人は明らかにエドワード様を狙っているように見えた。だとすれば、転移を出来ない者の人数を減らした方がいい。私は指示された通りに、指先に魔素が当たったトーマスと、同じくこの時点で転移が出来なかったミッチェルを連れて聖堂へと転移した。
聖堂に着くとトーマスは泣きながら口を開いた。
「僕が、僕が、転移さえできれば」
「出来ないなら出来るようにすればいいよ、トム。ジーンありがとう。とにかくトムの指を治療が出来る人に診てもらいたい」
ミッチェルの言葉に私は頷いた。すると泣き顔のままトーマスが口を開く。
「もしも、もしも僕がこのまま魔人化しちゃったら、逃げてね。それで、あんな風に誰かを攻撃するような事があったら、ルシルに浄化をしてもらって。キ、キマイラみたいに消してもらっていいから」
「何をバカな事を言っているの! これくらいで魔人化するわけないでしょう? しっかりして」
「うん。もしもだよ。でも聖堂には入らない。万が一聖堂の中で魔人化しちゃったら、嫌だから。……魔人になんてなりたくないよ。でも訳が分からなくなって誰かを傷つけるのはもっといやだ」
「トム、そんな事言わないで。大丈夫だよ。ねぇ、ジーン大丈夫だよね!」
ミッチェルがムキになってそう言った。トーマスは魔素に触れた指をもう片方の手で押さえたままキュッと口を結んだ。魔素が触れた手も、それを掴む手も小さく震えていた。
「大丈夫だ。獣だって触れたくらいで魔獣にはならない。でも心配だから必ず治癒魔法士に診ていただこう」
「うん。ありがとう、うん。でももしも魔人化し始めたら、二人は僕から離れてね」
ポロポロと涙を零す顔。泣いてほしくなくて、柔らかなライトブラウンの髪をクシャリと撫でた。多分、ミッチェルがいなければ大丈夫だと抱きしめていた。
そこで自覚した。ああ、私は彼が好きなのだと。
一度気づいてしまったら、後はもう坂を転がる勢いというのをまさか自分が経験するとは思ってもみなかった。
そしてすぐに、本人ではなく、スティーブに気付かれた。
トーマスとスティーブは不定期ではあるものの、大体月に一度くらいの割合で、カルロス様が行って下さる薬草や植物などの講義をフィンレーに行って聞いている。とても楽しみにしているらしく、その日の前後はその話題が上がる事が多いのだ。
「元々何となく気になっていたんだけれど、もしかして、最近自覚をしたのかな?」
ストレートにそう訊かれて、隠す事も出来なかった。
「気にしているみたいだから言うけど、私は、トムの事は、あくまでも大切な友人と思っているよ」
「……ああ、それは……ありがとう。その……そんなに、あからさまだっただろうか」
「いや。でも何となく以前からそんな気がしたから。特に何っていうわけじゃないけど、ジーンはトムを見る目が優しい。多分、気づいているのは私だけだと思うけど、もしかするとレオン辺りは何か思っているかもね。だけど別に彼も何かを面白がって言う様なタイプじゃないから」
「………それは、分かっている。というか、その最近自覚って……どうして」
「ああ、あの魔人の事件の後から何だか変わった感じがしたからね」
「……ああ、そう」
十分、露骨にバレているなと思った。
けれどその後は前期の試験や、ルシルの事があったり、バカンスシーズンになってしまったりで、他の友人たちには特に気づかれることはなく、今に至っている。
「わぁぁぁ、ほんとに船が沢山! 港だけじゃなくて海の方にも。すごいね!」
高台から港と海を見下ろしながら、トーマスは声を上げた。
私にとっては見慣れた風景でも、彼にとっては新鮮で、珍しい風景なのだ。
「綺麗だなぁ。やっぱり青い空と海ってすごく似合うね」
「そうかな」
「うん。そうだよ。なんだかこの海鳥の鳴き声もすごく似合っている」
「喜んでもらえたなら良かった。とりあえず、食事でもしようか。初日だから魚料理にしようと思っているけど」
「うん。魚かあ、初めてだよ? 楽しみ!」
嬉しそうな顔でそう言われて、思わずクシャリと髪を撫でるとトーマスは途端に顔を赤くした。
「……ジーンってさ、結構髪の毛触るよね」
「ああ、悪い。嫌だったかな」
「嫌じゃないけど、何となく背が縮む気がするんだ」
「………っ」
「笑ったでしょ」
「笑ってないよ」
「ううん、笑った。もう、エディも僕もほんとに必死なんだからね。このままだと170届かないし。本当は王国の成人男性平均の181ティンには行きたいのに」
「そう? でも可愛いけど」
「かわ! からかってるでしょ。ジーンには分からないよ。ほんとに子供に思われるんだから。この前なんか初等部の1年とかって言われて」
「いや、さすがに初等部の1年は言い過ぎだな」
「! そうだよね。それはないよね。うん。良かった。あと2年あるんだからまだ伸びるよね!」
「そうだな」
そう言ってまたクシャリと髪に触れそうになって慌てて手を下ろした。
「……言ってるそばから、今撫でようとしたでしょ。子供みたいに」
「ごめんね。でもトムの髪は柔らかくて、触り心地がいいから、つい」
「………」
その瞬間、目の前の顔が驚くような勢いで赤くなった。
それを見て、私の顔もつられて赤くなる。
「ご、ごめ、変な意味じゃなくて」
「う、うん。そ、そうなんだ。なら、少しなら触ってもいいかな」
「………ははは、そう?」
言われて、どうしようと思ったけれど、やっぱりふわりと触れてしまった。ふわふわで柔らかい。
「ありがとう。じゃあ、行こうか」
「……うん」
差し出した手を、一瞬だけ驚いたように見て、ゆっくりと繋いでくれた自分よりも小さな手。
「迷子にならないようにね」
「ひどい、そんなに子供じゃないよ」
「そう?」
「そうだよ」
「じゃあ、こうしようか」
「!!」
掴んだだけの手を一度離して、今度は指を組むようにしてしっかりと握った。
「ジ、ジーン!」
「子供じゃないから、大人のつなぎ方。ほら、行くよ」
「ちょ、なん、待って、ジーン?」
それでも歩き出すとちゃんとついて来るのが嬉しくて、繋いだ手が少しだけ熱いなと思った。
「……なんで?」
「何が?」
「からかってる」
「からかってないよ。だって、すごくドキドキしてるもの。離されたらどうしようって」
「………………」
この時間は日差しが結構あるので、それほど人通りは多くない。
まして、暑い中高台に登るようなもの好きは更に少ない。
港町と言っても、ここはおしゃれな観光地ではなく、あくまでも荷が着き、漁師もいて、商船の船員もいる、働く者の街なのだ。
「勘違いするよ………」
「どんな?」
「………い、言わない。笑われるから」
海鳥が鳴いている。
潮風が吹く。
空に浮かぶ大きな白い雲。
そして。
「来てくれて、嬉しかったから、浮かれてるんだ」
「え?」
「ありがとう。ようこそ、俺の街に」
「………」
「……好きです」
「………」
「って、初日から言うつもりはなかったんだけど、我慢できなかったな。カッコ悪いね」
振り向くと、真っ赤な顔をしたトーマスがクシャリと顔を歪めたところだった。
「え! 何? どうしたの? ごめ、あの」
急ぎすぎたか、強引だったか、そんなつもりはなかったって事か
小さく横に振られた首。
ズキンと痛んだ胸。
だけど、その次の瞬間。
耳に届いた小さな声は確かに「僕も」と、そう聞こえた。
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7777のお気に入りありがとうございました。
可愛い枠のトーマスさん。
どうしようかなぁと思っていましたが、考えていたCPをお届けしました!
意外でしたか?
駄目だった人にはごめんなさいね~(;^_^A
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