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ハジマリの時
いざ、VRMMOの世界へ
しおりを挟む自宅の玄関扉の前で、時刻を確認する。現在、深夜の1時を少し回ったところ。今日もサービス残業もりもりだったなぁ。
私は大きなため息を一つついてから、玄関の鍵を開ける。それからリビングへと転がり込んだ。テーブルの上には大きな荷物と、メモが置かれている。
『先に寝ます。それと、荷物が届いたので置いておきます』
お母さんの達筆な字。荷物の伝票を見ると、確かに自分の名前が書かれていた。
朝宮紗蘭様
段ボール箱には、大きく大手家電量販店の通販ロゴが描かれている。何か頼んでたっけと首をかしげつつ、段ボール箱を開けてみた。
まず目に飛び込んできたのは、当選おめでとうございますという無機質な文字。
「あ、これ、開けてはいけないやつだったのでは……」
詐欺、クーリングオフ、という言葉が頭の中をぐるぐる回る。けれど、勤務実働時間10時間を超えてしまっている今の私の頭では、正常な判断はできない気がする。そもそも、そんな勤務がかれこれ10日間ほど続いている。私の今の頭の処理能力は、十年前に買って、数年使ってないパソコンレベルじゃないかな。
ネットのニュースなどで見た、代引きで頼んでもいない商品を送り付けるケースや、荷物を開けさせて代金を請求する悪質なケースを思いだして、身震いする。
(ああ、どうしよう。もしかしたらお母さん、この段ボールに5千円とか、1万円を支払わされてないだろうか)
とはいえ、既に開けてしまったものは仕方がない。そう思い、そっと中に敷き詰められてた緩衝材をどけていく。すると、段ボールの底から大きな箱と納品書が出て来た。箱の中には実は商品らしきものは入っていなくて、そこら辺の石が詰まってるだけなのでは、と緊張する。
そっと納品書と箱を外へ出し、納品書を見つめる。商品欄には、こう書かれていた。
『Wonderland Fantasy Online/ヘッドギアセット』
それを見て、一瞬、脳が思考停止する。商品の箱を見ると、おそらくゲームがインストールされた、ヘッドギアらしき写真がパッケージにプリントされている。数十秒後、はたと思い出した。ああ、そういえば、自分はこの商品の抽選購入申し込みをした覚えがある、と。時は、今から3か月前までさかのぼる。
Wonderland Fantasy Online……――。
それは、今どき特に珍しくもないVRMMOにカテゴリ分けされるゲームだった。しかし、このゲームの目玉ともいえる要素が、私の心をとらえて離さなかった。
『リアルゲーム連動機能』。その内容は、私を含むたくさんのゲーム好きだけでなく、普段ゲームに縁のない人も、興味をそそられる要素だった。
『リアルゲーム連動機能』として挙げられていた事前情報の一つに、お金の話があった。なんと、ゲームで得たお金を現実世界のお金に換金できるというもの。もちろん、その逆もしかり。
他にもいくつか連動機能があったようにも思うけれど、私はその文言を見て思った。
(大好きなゲームでお金稼ぎができるなら、これほど嬉しいことはない)
最近は、仕事が忙しすぎて、まともにゲームをする時間がとれていなかった。ついでに言うと、大好きだった読書ですら、できていなかった。
読みたい本だけが自分の部屋のテーブルに積み重なって、埃をかぶってるような状態。仕事から帰ったら、お風呂に入って寝るだけだったし、休みの日だってほとんど寝て過ごしているような状態だった。
そんな私だけど、お金稼ぎも兼ねるのなら、やりたい。なんとしてでも時間を捻出して、小遣い稼ぎをしよう。そう、過去の私は考えたことを思いだす。
でも、重要な問題が一つ。このゲーム、色んな人が欲しがりすぎて、どこのお店でも抽選販売という形式がとられていた。それに、転売を防ぐために一つのお店でしか抽選受付をしてもらえない。その抽選が外れたら、次の生産完了まで、待たなくちゃいけないという地獄。
ルールを破って複数のお店で抽選受付をした人は軒並み、抽選権利を剥奪されていることもSNS上で話題になった。公式の本気が見て取れるよね。
私は、悩みに悩んだ。どこで抽選購入受付をしてもらうか。それもきっと、大きな選択だと思ったから。最終的に、ゲームをよくやっていたころ、仕事を始める前までにお世話になっていた家電量販店の通販で、抽選販売の申し込みをすることにした。
とんでもなく抽選倍率が高いって聞いてたし、当たるわけないって思ってたから、記憶の彼方においやって、今の今まで忘れてたけど。
私はさっそく、ゲームの箱を小脇に挟んで、パソコンを立ち上げた。スマホを持っていないわけじゃないけれど、基本的には私は調べものやSNSを見る時には、パソコンを使う。SNSのトレンド上には、
『Wonderland Fantasy Online』
『WFO』
などが並び、ゲームを手に入れられた人たちの報告が多数上がっている。ちなみに私は、抽選購入受付をするまでに見ていた事前情報以外は、このゲームについて、全く知らない。抽選購入の受付後、仕事が忙しくなって公式の情報開示を見たりしているどころじゃなかったから。
そもそも、VRMMOのゲームが普及してきたとはいえ、私は今までVRMMOのゲームをプレイしたことが一度もない。理由は、画面酔いがひどそうだったから。
FPSなんかのゲームとか、目まぐるしくカメラがぐわんぐわん回るゲーム。あれを長時間やってると、頭が痛くなることが結構あったんだよね。
だからVRMMOも敬遠してた節はあったんだけど、今回は特別。それになんか、抽選購入で当たったら、すごくプレミア感出るし。そもそも、倍率的に当たらないとは思ってたけど。
そんなこんなで私は、箱をそっと開けてみた。中には、いかにもVRMMOゲームに使うと分かるヘッドギアが入っている。うわあ、いかつい。
手に持ってみると、結構重い。これ、長時間やってたら、重さで耳とか頭とか痛くなりそうだね。そんなことを思いながら、早速、装着して電源を入れてみる。
するとギアの画面中央に、
「『Wonderland Fantasy Online』へようこそ」
と大きく表示される。文字はあちこちに飛び散って、粒子になって消える。ろくに説明書も読まずに始めちゃったけど、大丈夫かな。まあ、分からなかったら、一度ヘッドギアを外してしまえばいいよね。
右下では、ローディングの文字。それから、少しして、新たな文字が表示された。
「SNSアカウントとの同期を許可しますか。(許可すると、SNSのフォロワーをフレンドとして探しやすくなります)」
私は、首を縦に振る。私には、リアルの友達は少ないけれどSNSならお話できる人が数人いる。
「お使いのスマートフォンのアドレス帳との同期を許可しますか(許可すると、フレンドを探しやすくなります)」
これは、首を横に振る。アドレス帳には、職場の人のアドレスが多々ある。あの人たちがプレイしているのを知りたくもないし、こちらも知られたくない。
SNSのIDを入力すると、先ほどまで真っ暗だった背景の遠くに、一つの小さな光が見え始めた。そしてそれは次第に大きくなる。
まるでトンネルの中を抜けた後のように、光の筋を抜ければそこは、大きな草原。その真ん中に、私は立っていた。目の前には、綺麗なお姉さん。
お姉さんは、私に向かって微笑むと言った。
「ようこそ、『Wonderland Fantasy Online』へ。歓迎するわ」
「あ、ありがとうございます」
「私はアリッサ。この世界の女神よ。全ての冒険者が、私の元から生まれ、旅立っていくの」
ああ、なるほど。この世界の創生の神様みたいなものなんだろうね。
「さて、まずはあなたの名前から伺いましょう」
ずいぶん、腰の低い女神さまだなぁ。そんなことを思いながら、私は考える。事前情報では、西洋風のファンタジーだったように思う。だから、ひらがなは似合わない。カタカナ名にしたい。
でも、気の利いた名前は一切考えてなかったから……。私は少しだけ考えた後、女神様に向かって言った。
「名前は、サランです」
「サラン。よい名前ですね」
RPGのテンプレ反応を女神様は返してくれる。サラン。それは私の名前、紗蘭からとった。ほらこの文字だと、紗蘭とも読めるじゃない。だから、子どもの頃はよく、サランって呼ばれてたの。
「それでは、あなたの容姿を決めましょう」
女神さまは、あたしの頭に触れる。てっきり一からキャラメイキングができると思っていた私は、慌てる。ちょ、ちょっと! もしかして、現実の身長や体重が反映されるとか、言わないよね!?
私の心を見透かしたように、女神様が微笑む。
「この世界は、あなた方の住む世界と密接な関わりがあります。そのため、容姿はあなた方の世界から反映されるようになっています」
うわー、そんなの、聞いてないよ!
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