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第1部 大韓の建国

【由子と趙嬋⑤】

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 由子が燕京に着いてからは、旅の疲れを癒す為に数日はゆっくりと過ごした。その後、宮中に召し出されたので、登朝した。
「やぁ、待ってたぞ由子。晋の使者として来たのだろう?わざわざ商人に扮してまで、遼に来た理由は想像がつく。だが、その話しをする前に、私と手合わせをしてくれ。不敗と名高い大司馬殿が、どれほどのものか見てみたい。話しはそれからだ」
「願ってもない事です」
遼王・趙嬋麗姫の武名は天下に轟き、かつての神将を超え、国士無双と名高い。天下最強を目指す由子にとって、絶対に越えなければならない壁の1つであった。
 武技場で、黄金の甲冑に身を包んだ遼王と対峙した。遼王は普通にしていれば、か弱い美少女にしか見えない。しかし、この圧力(プレッシャー)が、本当に彼女から発せられているものとは、とても信じ難い。身に一分の隙も無い事は、一目で分かる。なるほど、国士無双と謳われる訳だと、由子は納得した。
「始め!」
 開始の合図と同時に、「影」が誇る歩法で趙嬋の間合いに詰め寄ると、一振り十殺と謳われた神速の斬撃が遼王を襲った。しかし趙嬋は、躱わす事も無く、誰の目にも見えない斬撃を軽々と弾き返して見せた。圧倒的な動体視力で趙嬋の目には、全て見えていた。神速の斬撃ですら、まるでスローモーションの様に見えていたのだ。
「今度は此方の番だな」
息もつかせぬ槍捌きで、由子の斬撃を弾いて繰り出した突きは前髪を掠めた。
「し、信じられない。あの由子様が、押さえ込まれているのを初めて見た…」
「うおぉぉぉ!」
 瞬歩とも違う影歩法は、一瞬で間合いを詰めて来る。由子の体術は、天下一のレベルに達していただろう。由子の斬撃を捉えられる趙嬋も、これには苦しめられた。2人共、真っ向から斬り合った。互いに好敵手が現れて、楽しそうに笑っていた。100合を越えて打ち合うと、試合を止められた。礼をした後、握手をして相手の実力を認め合った。
 次に、紫延命の希望で的当ての勝負となった。まずは趙嬋が弓を射ると、見事に的の中心に当たった。3本とも命中すると、由子に弓矢を渡した。
「正直、弓は苦手で、あまり射った事が無いのです」
由子はそう言って弓を番(つが)えると、的を射た。苦手だと言う言葉通り、的には当たったが、中央を外した。
「遼王には敵いません」
「ふふふ、私など遠く及ばぬ化け物がここにいる」
 そう言って紫延命の肩を叩いて代わると、紫宰相は3本とも寸分の狂いもなく、的の中心に当てた。それを見た由子が、もう一度弓を構えると、趙嬋も紫延命も目を見開いて驚き、鳥肌が立った。何故なら、先程射た紫延命の所作と重なって見えるほど、寸分の狂いも無く、完璧にコピーして見せたのだ。3本とも紫延命の時と同じ様に再現して見せた。
「信じられんな」
趙嬋と紫延命は、顔を見合わせた。一目見ただけで由子は、技を完璧にコピーして見せたのだ。その後は、完全にマスターした様で、紫延命と同様に百発百中で、的の中心に当たる様になっていた。
「驚いたな。では、この弓を引く事が出来たら、この弓をやろう」
趙嬋は部下に命じて、弓を持って来させた。
「この弓の弦の強さは異常で、私は勿論、紫延命でさえ1㎜も引く事が出来ない」
趙嬋は目の前で、その弓を引いて見せたが、確かに弦が全く動いた様には見えなかった。由子は、弓を渡されて引こうとしたが、趙嬋と同じ結果になった。
「あははは。気を悪くせんでくれ。ただの余興だ。その弓は、耶律(ヤリュー)花海(ファハイ)が使っていた弓だ」
「これを花海(ファハイ)が?」
そうだと言われ、少し意地になって言った。
「今度は、左で引いて見ても良いですか?」
と、聞いていた。趙嬋は「別に構わない」と言って、見守った。由子は左手に構え直すと、信じ難い事に、誰も引くどころか、1㎜でさえも動かす事が出来なかった、この強弓を引いて見せた。
「信じられん」
由子が弓を放つと、的を貫通して風穴を開けた。趙嬋も紫延命も、これには驚いて青ざめた。
「なんと凄い。誰も引けぬこの強弓を引ける者が現れるとは。約束通りその弓は、引いて見せた褒美にやろう」
「感謝致します」
 由子は、弓の名手としても知られる。その弓の師が、紫延命であった事は、余り知られていない。由子はどんな技も一目見ただけで、再現して見せる事が出来た。これこそが天賦の才であり、誰にでも真似の出来る事では無かった。
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