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28.眠っている間
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カーテンと窓を開けると、昴くんは足元のクーラーボックスを持ち上げた。
海に放り投げたものだけど、昴くんが洗ってくれたのか、きれいになっている。
昴くんは窓からクーラーボックスを運び込もうとしているらしい。
「もー、ちゃんとドアのほうから来てよねっ」
私は笑いながら文句を言った。
「めんどくさいもん。重いし」
「まあ、確かに……」
海に放り投げたときは、無我夢中で重さなんて気にしていられなかった。
「おまえなら余裕だろ。このクーラーボックスを海にぶん投げてたくらいだし。怪力女じゃん」
「私、べつに怪力じゃ……」
言い掛けて、やめた。
クーラーボックスを渡す昴くんの手が震えていることに気が付いたからだ。
「……昴くん? 大丈夫?」
「あ、あー、これ? さっきクーラーボックスをごしごし洗ったから、手が疲れて……」
昴くんは笑おうとして、すぐにやめて俯いてしまった。
「情けないけど、太陽が溺れてるとき、めちゃくちゃ怖かったんだよ。また目の前で友だちが事故に遭うと思ったら……」
昴くんは泣きそうになりながら言う。
「全然、情けなくないよ。……でも、『また目の前で』って?」
昴くんは袖で顔を擦る。
「やっぱり、覚えてないよな。おまえが事故に遭ったとき、プールサイドに俺がいたこと」
「……プールサイドに、昴くんが?」
本物の月渚が事故に遭ったとき、アンドロイドの私は当然、その場にはいなかった。
まだこの世に生まれてすらいない。
それなのに、プールの話で思い当たることがあった。
――体験レッスンの様子を見てみたけど、全然泳げてなーいっ!
――かわいそうだから、教室で会ってもからかわないであげよっと。
「くまくまダイアリー」に書かれていた内容だ。
「……七月三十日にも、体験レッスンでプールに来てた?」
昴くんはぱっと顔を上げた。
「なんだ、覚えてんじゃん!」
日記にははっきりと書かれていなかったけど、体験レッスンに来ていた知り合いは昴くんだったんだ!
まさか、事故のときにもプールサイドにいただなんて……!
「俺、泳ぐの苦手なんだよ。だから、去年の夏休みにスイミングの体験レッスンに参加してみたんだ。十日くらい通ってみたけど、でもやっぱり泳げるようにならなくて、月渚が溺れたときも、どうしたらいいかわからなくて。……なにもできなくて、ごめん」
昴くんの目が、海みたいにきらきらと光っていた。
あれは「涙」だ。
アンドロイドの私の目からは一滴も出てこない。
でも、知っている。すごく悲しいときに、人間は涙を流すってこと。
「……だって、なにもしないほうがいいんでしょ?」
これ以上悲しんでほしくなくて、私は言葉を探し出す。
「え?」
「太陽くんが溺れたとき、昴くん言ってたよね? 『子どもが泳いで助けるなんて無理だ』って」
「あ、ああ……。おまえが事故に遭ったあと、俺、勉強しようと思ったんだよ。頭悪いなりにさ」
「勉強?」
「溺れている人間を見かけたらどうすればいいかって。つまり、救命について勉強したんだ。ネットを見たり、講習に行ってみたり」
(月渚が眠っている間に、昴くんはそんなことをしていたんだ……)
「子どもが泳いで助けるのは無理だって知って、ちょっとがっかりしたけど……。でも、本当に危ないらしい。どんなに泳ぎに自信があっても、やっちゃいけないんだ」
(月渚……)
「小さい子を助けたい」という気持ちが、月渚に怪我をさせてしまったんだ……。
「じゃあ、子どもが溺れている人を見かけたら、どうすればいいのかな……?」
「まずは周りに助けを呼ぶ。それから、水に浮くものを探して、溺れている人に渡すんだって。浮き輪とかクーラーボックスとか。空のペットボトルでも、口を縛ったビニール袋でもいいんだって」
「昴くんは、だから泳いで助けようとした樹里ちゃんを止めてくれたし、クーラーボックスも探してきてくれたんだね」
昴くんは「うん」と小さく頷く。
「……昴くん、ありがとう。樹里ちゃんや太陽くんが溺れなくて、本当によかった」
「俺、成長しただろ」
昴くんが笑う。
その表情はとても大人っぽく見えた。
「うん……!」
私はもう一度「ありがとう」と言った。
月渚が目覚めたとき、びっくりするかもしれない。
昴くんがすごく成長していることに。
月渚が眠っている間にも、友だちが月渚のことを考えていてくれたことに……。
海に放り投げたものだけど、昴くんが洗ってくれたのか、きれいになっている。
昴くんは窓からクーラーボックスを運び込もうとしているらしい。
「もー、ちゃんとドアのほうから来てよねっ」
私は笑いながら文句を言った。
「めんどくさいもん。重いし」
「まあ、確かに……」
海に放り投げたときは、無我夢中で重さなんて気にしていられなかった。
「おまえなら余裕だろ。このクーラーボックスを海にぶん投げてたくらいだし。怪力女じゃん」
「私、べつに怪力じゃ……」
言い掛けて、やめた。
クーラーボックスを渡す昴くんの手が震えていることに気が付いたからだ。
「……昴くん? 大丈夫?」
「あ、あー、これ? さっきクーラーボックスをごしごし洗ったから、手が疲れて……」
昴くんは笑おうとして、すぐにやめて俯いてしまった。
「情けないけど、太陽が溺れてるとき、めちゃくちゃ怖かったんだよ。また目の前で友だちが事故に遭うと思ったら……」
昴くんは泣きそうになりながら言う。
「全然、情けなくないよ。……でも、『また目の前で』って?」
昴くんは袖で顔を擦る。
「やっぱり、覚えてないよな。おまえが事故に遭ったとき、プールサイドに俺がいたこと」
「……プールサイドに、昴くんが?」
本物の月渚が事故に遭ったとき、アンドロイドの私は当然、その場にはいなかった。
まだこの世に生まれてすらいない。
それなのに、プールの話で思い当たることがあった。
――体験レッスンの様子を見てみたけど、全然泳げてなーいっ!
――かわいそうだから、教室で会ってもからかわないであげよっと。
「くまくまダイアリー」に書かれていた内容だ。
「……七月三十日にも、体験レッスンでプールに来てた?」
昴くんはぱっと顔を上げた。
「なんだ、覚えてんじゃん!」
日記にははっきりと書かれていなかったけど、体験レッスンに来ていた知り合いは昴くんだったんだ!
まさか、事故のときにもプールサイドにいただなんて……!
「俺、泳ぐの苦手なんだよ。だから、去年の夏休みにスイミングの体験レッスンに参加してみたんだ。十日くらい通ってみたけど、でもやっぱり泳げるようにならなくて、月渚が溺れたときも、どうしたらいいかわからなくて。……なにもできなくて、ごめん」
昴くんの目が、海みたいにきらきらと光っていた。
あれは「涙」だ。
アンドロイドの私の目からは一滴も出てこない。
でも、知っている。すごく悲しいときに、人間は涙を流すってこと。
「……だって、なにもしないほうがいいんでしょ?」
これ以上悲しんでほしくなくて、私は言葉を探し出す。
「え?」
「太陽くんが溺れたとき、昴くん言ってたよね? 『子どもが泳いで助けるなんて無理だ』って」
「あ、ああ……。おまえが事故に遭ったあと、俺、勉強しようと思ったんだよ。頭悪いなりにさ」
「勉強?」
「溺れている人間を見かけたらどうすればいいかって。つまり、救命について勉強したんだ。ネットを見たり、講習に行ってみたり」
(月渚が眠っている間に、昴くんはそんなことをしていたんだ……)
「子どもが泳いで助けるのは無理だって知って、ちょっとがっかりしたけど……。でも、本当に危ないらしい。どんなに泳ぎに自信があっても、やっちゃいけないんだ」
(月渚……)
「小さい子を助けたい」という気持ちが、月渚に怪我をさせてしまったんだ……。
「じゃあ、子どもが溺れている人を見かけたら、どうすればいいのかな……?」
「まずは周りに助けを呼ぶ。それから、水に浮くものを探して、溺れている人に渡すんだって。浮き輪とかクーラーボックスとか。空のペットボトルでも、口を縛ったビニール袋でもいいんだって」
「昴くんは、だから泳いで助けようとした樹里ちゃんを止めてくれたし、クーラーボックスも探してきてくれたんだね」
昴くんは「うん」と小さく頷く。
「……昴くん、ありがとう。樹里ちゃんや太陽くんが溺れなくて、本当によかった」
「俺、成長しただろ」
昴くんが笑う。
その表情はとても大人っぽく見えた。
「うん……!」
私はもう一度「ありがとう」と言った。
月渚が目覚めたとき、びっくりするかもしれない。
昴くんがすごく成長していることに。
月渚が眠っている間にも、友だちが月渚のことを考えていてくれたことに……。
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