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貴方のダンスが見てみたい4
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ブラントの思いも虚しくその後もソフィアリの行方はわからないままだった。
セラフィンも卒業を待たずして留学してしまい、改めてモルス家に尋ねることもできない。思い余って父の銀行ですでに働いている兄たちにも相談を試みたが、それトマスの好きな子なのか? と揶揄されて以来なんとなく変な誤解をされるのも嫌で言い出せないでいた。
ブラントも中央に大きなデパートや学校、美術館をもつ富豪の一族の出身だが、所詮世間知らずの学生が調べた程度で人一人の行方が追えるわけではなかった。
そのまま時だけが過ぎていった。大学で程よく新しい友人たちもでき、ブラントやローデルとばかりつるんでいることもなくなった。
周りもチラホラと婚約の話題やすでに学業の傍ら家業の仕事をするものもでてきた。
多分自分も兄たちのように父の銀行に携わるのだろうなと、トマスは漠然としながらも確実性のある未来を思い描き、あとは大学を粛粛と卒業すればよい。ただ消化するような日々を過ごしていった。ソフィアリのことは忘れたわけではなかったがブラントとの間で話題に上ることも少なくなっていた。
そんな時だった。長期の学校の休みの前に差出人の名前のない便りが自宅に届いたのは。
名前はないが、キドゥという街のサト商会という店からの郵便物。
中身を見たときに何故か胸が波立つような興奮を覚えた。
「お兄さま、それなあに?」
高等教育学校にあがった妹が制服姿で机の上に置かれていた箱をともに覗き込んできた。それがなんとなく気忙しく感じてトマスは箱を抱えてベッドの縁に腰掛ける。
妹はしつこくついてきて隣を陣取る。薄紫のシャリシャリと音を立てるほど薄い紙が幾重にも重ねられていた箱の中、さらにサフランイエローのビロードに包まれていたのは紫の小瓶のだった。
「わあ! 綺麗だわ」
妹がちゃっかり先に手を伸ばしてその小瓶を小さな手で取り出した。
「あ、こら。エミリ、返せ」
兄と同じ焦げ茶の長い髪を翻し、窓辺で光に透かしながら妹は小瓶をしげしげと見つめた。エミリの顔に青紫のガラスの影が落ちる。なんのラベルもついていないし、中身がなにか危ないものだったら困るので取り返そうとは立ち上がったとき、膝から箱が転げ落ちてビロードがふさりと落ち、その上に白い封筒がひらっと舞い落ちた。
その封筒からも香る、清廉とした甘いだけでなく清々しさも残るそんな香り。
なにか胸騒ぎを覚えて、トマスは封筒の
中身を取り出した。中に入っていたのは列車の切符とそれから美しい海辺の町並みが描かれた絵葉書。ハレへという街の名前とともに、美しい筆跡で署名がなされていた。
ソフィアリ・モルスと。
「ねえ、お兄様、とっても良い香りの香水! これ私にくださらない? きゃあ」
「エミリ! やったぞ! ソフィアリだ! ソフィアリから手紙が来た!」
そのまま手紙を掴み、さらに妹の両手も掴んで、トマスは大喜びでその場をぐるぐる回り始めた。
何事かと慌てた侍女がやってくるまでそのままトマスは一人で大騒ぎをしたのだ。
もちろんトマスはすぐにソフィアリのもとに向かう気満々だった。汽車の切符には日時がすでに記載されていたが、その日はどうしても都合がつかず、別の列車を手配した。しかも前倒しに。
そしてあえてブラントやコーデルに連絡をしなかった。もしかしたら自分にだけ送られてきたのかもとも思ったからだ。学校は休みで、毎日会えないが二人からも連絡はない。
手のひらに収まるほどの小さな紫水晶のような見た目の香水瓶。妹と姉がいうには、ガラスに入った職人の金色の銘から、これは中央でも人気の高い、アスター香水店の品でしかも、非売品ではないかということだった。
「アスター香水店のオメガの香水もしらないの? これだからまともに女性とお付き合いもしたこともないような人は困りますわ。早くリリア様を誘ってお出かけなさいってお父様にも言われているでしょう?」
婚約者にどうかと推薦されている年上の女性を引き合いに出される。そのまま母と姉妹に捕まり一時のお茶を一緒にさせられ、クドクド説教をされたのは痛かったが、この香水について知ることができた。
(ハレへの街で作られている、オメガのフェロモンを模した香水)
なんとも色気のある代物をソフィアリは送りつけてきた。布団に入って、妹から取り返してきた香水瓶の栓をキュポッと抜き、またくんくん香りを確かめてしまった。
(なんというかこう……)
あと引く香りなのだ。花々を胸に抱いているような。ただ甘いだけの香水でなく、爽やかな風が吹き抜けていくようなさっぱりとしたところもある。香り高くて凛としていて性別を超えている。
(ソフィアリそのものってかんじの)
これ、絶対にソフィアリの香りだ。きっとそうだ。
そう意識したら顔がかあっと熱くなりドキドキが止まらなくなった。
これを俺だけに送ってくれたのだろうか? それとも他の明星にも?
俺だけにだけだったら…… 月並みな表現ばかり浮かぶが、ソフィアリあの宝石みたいに綺麗な青い瞳、額の秀でた白皙の美貌、艷やかな黒髪。それらが俺のことを求めてくれたのなら?
(いやいや、ソフィアリは友達だろ。たとえオメガだとして、態度を変えたら悲しむだろきっと)
とか言いつつちゃっかり夢見てしまった。
ソフィアリのあの目元に色っぽいほくろのある美しい顔で近寄ってきて、薔薇の花を抱えながらトマス、早く来てと微笑む。
『アルファよりも、優しくて穏やかな君といるほうが楽しいよ』
なんて妄想しては布団の中でぐるぐる回ってもだえる。
心はすでに燦々と太陽燦めく海辺を歩く二人の姿を脳内で大写しにしていた。
トマスの凡庸で平坦な日常に久しぶりに明るい光がさしてきたようなそんな旅への期待感が膨らんでいった。
セラフィンも卒業を待たずして留学してしまい、改めてモルス家に尋ねることもできない。思い余って父の銀行ですでに働いている兄たちにも相談を試みたが、それトマスの好きな子なのか? と揶揄されて以来なんとなく変な誤解をされるのも嫌で言い出せないでいた。
ブラントも中央に大きなデパートや学校、美術館をもつ富豪の一族の出身だが、所詮世間知らずの学生が調べた程度で人一人の行方が追えるわけではなかった。
そのまま時だけが過ぎていった。大学で程よく新しい友人たちもでき、ブラントやローデルとばかりつるんでいることもなくなった。
周りもチラホラと婚約の話題やすでに学業の傍ら家業の仕事をするものもでてきた。
多分自分も兄たちのように父の銀行に携わるのだろうなと、トマスは漠然としながらも確実性のある未来を思い描き、あとは大学を粛粛と卒業すればよい。ただ消化するような日々を過ごしていった。ソフィアリのことは忘れたわけではなかったがブラントとの間で話題に上ることも少なくなっていた。
そんな時だった。長期の学校の休みの前に差出人の名前のない便りが自宅に届いたのは。
名前はないが、キドゥという街のサト商会という店からの郵便物。
中身を見たときに何故か胸が波立つような興奮を覚えた。
「お兄さま、それなあに?」
高等教育学校にあがった妹が制服姿で机の上に置かれていた箱をともに覗き込んできた。それがなんとなく気忙しく感じてトマスは箱を抱えてベッドの縁に腰掛ける。
妹はしつこくついてきて隣を陣取る。薄紫のシャリシャリと音を立てるほど薄い紙が幾重にも重ねられていた箱の中、さらにサフランイエローのビロードに包まれていたのは紫の小瓶のだった。
「わあ! 綺麗だわ」
妹がちゃっかり先に手を伸ばしてその小瓶を小さな手で取り出した。
「あ、こら。エミリ、返せ」
兄と同じ焦げ茶の長い髪を翻し、窓辺で光に透かしながら妹は小瓶をしげしげと見つめた。エミリの顔に青紫のガラスの影が落ちる。なんのラベルもついていないし、中身がなにか危ないものだったら困るので取り返そうとは立ち上がったとき、膝から箱が転げ落ちてビロードがふさりと落ち、その上に白い封筒がひらっと舞い落ちた。
その封筒からも香る、清廉とした甘いだけでなく清々しさも残るそんな香り。
なにか胸騒ぎを覚えて、トマスは封筒の
中身を取り出した。中に入っていたのは列車の切符とそれから美しい海辺の町並みが描かれた絵葉書。ハレへという街の名前とともに、美しい筆跡で署名がなされていた。
ソフィアリ・モルスと。
「ねえ、お兄様、とっても良い香りの香水! これ私にくださらない? きゃあ」
「エミリ! やったぞ! ソフィアリだ! ソフィアリから手紙が来た!」
そのまま手紙を掴み、さらに妹の両手も掴んで、トマスは大喜びでその場をぐるぐる回り始めた。
何事かと慌てた侍女がやってくるまでそのままトマスは一人で大騒ぎをしたのだ。
もちろんトマスはすぐにソフィアリのもとに向かう気満々だった。汽車の切符には日時がすでに記載されていたが、その日はどうしても都合がつかず、別の列車を手配した。しかも前倒しに。
そしてあえてブラントやコーデルに連絡をしなかった。もしかしたら自分にだけ送られてきたのかもとも思ったからだ。学校は休みで、毎日会えないが二人からも連絡はない。
手のひらに収まるほどの小さな紫水晶のような見た目の香水瓶。妹と姉がいうには、ガラスに入った職人の金色の銘から、これは中央でも人気の高い、アスター香水店の品でしかも、非売品ではないかということだった。
「アスター香水店のオメガの香水もしらないの? これだからまともに女性とお付き合いもしたこともないような人は困りますわ。早くリリア様を誘ってお出かけなさいってお父様にも言われているでしょう?」
婚約者にどうかと推薦されている年上の女性を引き合いに出される。そのまま母と姉妹に捕まり一時のお茶を一緒にさせられ、クドクド説教をされたのは痛かったが、この香水について知ることができた。
(ハレへの街で作られている、オメガのフェロモンを模した香水)
なんとも色気のある代物をソフィアリは送りつけてきた。布団に入って、妹から取り返してきた香水瓶の栓をキュポッと抜き、またくんくん香りを確かめてしまった。
(なんというかこう……)
あと引く香りなのだ。花々を胸に抱いているような。ただ甘いだけの香水でなく、爽やかな風が吹き抜けていくようなさっぱりとしたところもある。香り高くて凛としていて性別を超えている。
(ソフィアリそのものってかんじの)
これ、絶対にソフィアリの香りだ。きっとそうだ。
そう意識したら顔がかあっと熱くなりドキドキが止まらなくなった。
これを俺だけに送ってくれたのだろうか? それとも他の明星にも?
俺だけにだけだったら…… 月並みな表現ばかり浮かぶが、ソフィアリあの宝石みたいに綺麗な青い瞳、額の秀でた白皙の美貌、艷やかな黒髪。それらが俺のことを求めてくれたのなら?
(いやいや、ソフィアリは友達だろ。たとえオメガだとして、態度を変えたら悲しむだろきっと)
とか言いつつちゃっかり夢見てしまった。
ソフィアリのあの目元に色っぽいほくろのある美しい顔で近寄ってきて、薔薇の花を抱えながらトマス、早く来てと微笑む。
『アルファよりも、優しくて穏やかな君といるほうが楽しいよ』
なんて妄想しては布団の中でぐるぐる回ってもだえる。
心はすでに燦々と太陽燦めく海辺を歩く二人の姿を脳内で大写しにしていた。
トマスの凡庸で平坦な日常に久しぶりに明るい光がさしてきたようなそんな旅への期待感が膨らんでいった。
応援ありがとうございます!
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