千早さんと滝川さん

秋月真鳥

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本編

12.私がスピリチュアルを信じない理由

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 私が書いている小説は、ボーイズラブやガールズラブといった色んな恋愛が入り混じる世界の物語だった。

 異性愛も同性愛も、恋愛をしないひとも、普通に生きている世界が書きたい。
 そう思って書く私の小説は、今の流行などでは全くない。

 小さな子どもがたくさんのひとに触れ合いながら育っていく成長物語。
 好きなひとには刺さる小説だと言われるが、読者さんがものすごく多いわけではない。
 毎日更新しているし、ストックも百話以上あったりするのだが、反応がもらえる日が月に一度あればいいくらいのものだった。

 それに反して、アクセサリー作りは反応がものすごくもらえる。
 作ったアクセサリーの写真をSNSに投稿すると、たくさんのハートが飛んできて、「可愛いですね」なんてコメントをもらうこともある。

「私、小説よりもアクセサリー作りに才能があるんじゃないでしょうか」

 絶望顔で呟く私に、膝の上の猫さんが尻尾でふよふよと私の顎を撫でる。
 タブレット端末に映る滝川さんは驚いた顔をしていた。

『千早さんは、小説も書けて、アクセサリーも作れて、占いもできて、才色兼備のひとですよ!』
「小説で成功したい……」
『私の中では傑作です! もう、全部本にして読みたい!』

 滝川さんはいつも私の味方でいてくれるのだが、私は自分の小説が面白いのかどうか分からない。
 楽しんで書いていることは確かで、自分の好きを詰め込んではいるのだが、それが面白いかどうかとなると、よく分からなくなってしまう。

『千早さんの言葉選びは絶妙だし、設定も独特だし、何よりもキャラが最高です! 千早さんの書くヘタレな不憫男子、大好きです!』
「私もヘタレな不憫男子は好きですけど……」
『何かあると泣いちゃうヘタレ残念男子だけど、決めるときは決めるなんて格好いいじゃないですか』
「そうですか?」
『前の作品の主人公も可愛かったし、今回の主人公もどう育っていくか楽しみですよ』

 さすが滝川さんは物書きである。
 褒めるのが異様にうまい。言葉もさらさらと自然に出て来る。
 そんな風に言われてしまうと、調子に乗るのが私だ。

 そう言えば、滝川さんは今日は見たことのないTシャツを着ている。

「滝川さん、そのTシャツ、新調したんですか?」
『そうなんですよ。千早さんが私の守護獣は鶏だって言ってくれたから、店でこれを見て一目惚れしたんです』

 守護獣の鶏さんについて、滝川さんは鶏肉を食べるのを嫌がったり、アドバイスをしてきたりするので、信用ならないような感じではあったが、気に入っていたのか。
 胸に大きく「鶏」と書かれたTシャツを見て、私は鶏さんと滝川さんが意外と仲良くしているのだと思う。

 それにしては、鶏さんの表情がむすっとしている気がするのだが、それは照れ隠しなのだろうか。
 もしかして、ツンデレ!?
 なんて考えていると、滝川さんはくるりと後ろを向いた。三つ編みにした髪がくるんと揺れる。

 Tシャツの後ろには、でかでかと「肉」と書いてあった。

「鶏と肉……鶏肉!?」
『いいでしょう? 気に入っちゃいましたよー!』

 これは鶏さんも渋い顔をするはずだ。
 タロットクロスを広げて、タロットを混ぜると、一枚カードが飛び出してくる。

「え!? 逆位置!? 逆位置がないタロットカードのはずなのに!?」

 ネット友達の碧たんの使っているタロットカードは逆位置があるので、私も逆位置というものがあることを知らないわけではない。
 出たのは太陽のカードで、それは見事に逆になっていた。
 太陽のカードの意味は、喜びだが、逆位置になるとなんだっただろう。
 『鶏肉なんて酷い! 悲しい! つらい!』と太陽のカードの中に描かれた鶏さんが訴えて来る。

「鶏肉のTシャツ、鶏さんには大ショックみたいです」
『やったー!』
「そこ、『やったー!』なんですか?」
『言ったじゃないですか、私、ドエスなんですよ』

 にやりと笑う滝川さんは明らかに確信犯だった。
 ちなみに、私はどちらかと言えばエムである。
 ドエスとエム気質の滝川さんと私は、結構いいバランスなのかもしれない。

『千早さんにドエス発揮する気はないですからね。安心してくださいね』
「分かってますよ。滝川さんは私には優しいですもんね」
『優しいんじゃなくて、本音を言っているだけです』

 アクセサリーを絶賛してくれて、小説のファンだと言ってくれて、守護獣が見えるとかタロットカードから声が聞こえるとか、そんなことを馬鹿にしたりしないで受け入れてくれている。
 滝川さんは私にとっては、突拍子もないことも話せる、気安い仲だった。

 こんな風に気安く話ができる相手がいるということは、幸せなことなのかもしれない。

 アセクシャルで一生結婚もしないだろうし、恋愛もしないだろう私だが、こんな親友がいるのならば、リア充と言っても差し支えはないだろう。

「滝川さんが書き始めた小説、よかったですよ?」
『読んでくれました? 主人公が気に入ってるんですよ』
「今回は、殺人は起こらないんですか? 主人公、子どもですもんね」

 滝川さんの新作は幼い二人の兄弟が、貴族社会で両親の呪縛から逃れて必死に寄り添い合って生きていくという物語だった。
 歴史もののイメージで、幼い兄弟は様々な事件に関わって、それを解決しながら自分たちの地位を確立していく流れのようだった。

『殺人は起きないけど、盗みの犯人を探したり、両親をやりこめたりする歴史ものミステリーですよ』
「滝川さん、歴史もの書きたいって言ってましたもんね」

 ミステリー作品で書籍化が決まった滝川さんだが、色んな美術展や博物展に行っているくらい、彼女は歴史が大好きだった。
 歴史ものとミステリーを組み合わせた作品といつか書いてみたいと言っていたのを私は覚えていた。

「プロットとか提出したんですか?」
『いえ、私はパンツァーだから、キャラの動くように書いちゃうので。でも、どういう話になるのかの流れは編集さんに話しましたよ』

 物書きにはプロットという流れをきっちり作るプロッターと、その場の思い付きで書くパンツァーというタイプがある。
 私も滝川さんもパンツァーで、書きながら物語を組み立てていくタイプである。

 全てをきっちりと決めてしまうと、最後まで書く気が失せてしまうのだ。

『千早さんの新作の続き読みました。ついに、主人公の守護獣がトカゲからドラゴンに進化しましたね!』
「やっとですよ! そこまで書くのに百八十話かかってますからね」

 どうしても子どもの成長を描く私の物語は、長くなってしまう。
 一年一年丁寧に書いていくと、四百話とか五百話とかになってしまうので、今回は途中経過を飛ばして短めに纏めたつもりだった。

『もっと続いても、私は楽しいだけなんですけどね』
「読者さんは飽きちゃいますよ。ついて来てくれませんよ」
『私はどこまでもついていきますよ! 百万字でも、百五十万字でも!』

 本一冊分が十万字と言われているから、百万字ならば十冊分。十五万字の本でも、百五十万字ならやっぱり十冊分だ。
 そんな長い話を何作品も書いているのに、滝川さんは嫌がることなく、毎回感想をくれて読んでくれている。

 滝川さんが読んで感想をくれているのが私のモチベーションになっていると言っても過言ではない。

『今日はタロットカードで、何を占うんですか?』

 滝川さんと話しているときには、タロットクロスを広げて、タロットカードを混ぜているのだが、私は占いを信じていないので、特に占うことがない。

「私、占いって信じてないんですよね。スピリチュアルも信じてないし」
『せっかく占いができて、守護獣も見えるのにもったいない』
「そういう不思議な世界があって、占いも当たったら楽しいんじゃないかと思うんですが、本当にそういうことに傾倒してしまうと、怖い気がして」
『怖い?』

 滝川さんの問いかけに、私は真剣に答えた。

「私、ホラーが全くダメなんです」
『千早さんらしい』
「そういう不思議な世界があったら……幽霊もいそうで怖いじゃないですかー!」

 真面目に私が言えば、滝川さんがタブレット端末の中でころころと笑った。

『一番怖いのは、生きてる人間ですよ』
「そうですけど、お化けとか怖いー!」
『見えてるのに?』
「見えるのは守護獣だけで、お化けは遠慮してもらって!」

 私の言葉に、滝川さんは笑い続けていた。
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