千早さんと滝川さん

秋月真鳥

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本編

13.オンライン花見

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 私はキッチンに立って、卵焼きを巻いている。
 それをタブレット立てに立てたタブレット端末が映していた。

『綺麗に巻けそうですか?』
「意外といけそうです。卵焼きを綺麗に纏めるには、片栗粉をちょっとだけ入れるといいんですよー」
『そうなんですね。千早さん、料理できるんじゃないですかー』

 あ、バレてしまった。
 私は料理ができるけれど、するくらいなら食べない方がマシな人種で、ただの怠惰なだけなのだ。

 午前中から私と滝川さんが通話で卵を焼いているのには訳があった。

 料理をしない私に、滝川さんは両親不在の間、料理作りをオンラインで一緒にしてくれた。
 それがかなり楽しかったので、またしたいと思っていたところに、滝川さんからの提案があったのだ。

『桜の季節ですよね。お花見とか、行きたくないですか?』
「行きたいです!」
『明日、午前中にオンライン料理会やって、お弁当作って、お花見に行きませんか?』

 外に出るときは映像付きの通話はできないけれど、お互いに写真を送り合ってチャットをすればいい。
 滝川さんの提案に私は乗ることにした。

 毎年春には甥っ子や姪っ子と花見をしていたのだが、このパンデミックの世の中、花見も碌にできない。桜を見ながら集団で騒ぐようなことは控えるように、ニュースで県知事が言っていた。

 オンラインならば問題ないだろう。
 というわけで、私は滝川さんとお弁当を作っている。

「ブロッコリーは茹でて、小さく切って、鰹節と和えて」
『千早さんの家はブロッコリーを鰹節と和えるんですね』
「はい! ここにも登場する『ごめんつゆ』」
『甘いやつ! 私は白だし!』

 話しながら、卵焼きとブロッコリーの鰹節和えと冷凍の唐揚げを入れる。

「最近の冷凍食品は美味しいですよねー」
『簡単だし、衛生管理もされてるし、楽ですよねー』

 おにぎりを握ってお弁当箱に入れると、お花見弁当が出来上がった。
 一度通話を切って、お弁当を包んで般若心境の書かれたトートバッグに入れる。
 準備万端で私はタブレット端末から携帯電話に切り替えて、チャットを打った。

『今から出発です』
『私も出発です』

 行くのは有名な桜の名所なんかじゃない。
 ただの近所の公園だ。
 公園のベンチに座って、まず桜の写真を撮る。

『満開ですよー!』
『こっちは七分咲きくらいかな』

 お互いに写真を送り合う。
 私の方が九州で、滝川さんが本州なので、桜の咲き方が違うのも新鮮だった。
 満開の桜の下でお弁当箱を膝の上に置いて開ける。
 お弁当を写真で写すと、滝川さんに送った。

『いい感じのお弁当じゃないですか』

 滝川さんもお弁当の写真を送ってくる。

『なんで、卵焼きが三角なんですか? 滝川さんの家は卵焼きが三角派?』
『いや、なんでかこうなっちゃいました』

 滝川さんの写真に写っている卵焼きはなぜか三角形になっている。どうしてなったのかは滝川さんも分からないようだ。
 首を傾げながら桜の下で食べたお弁当は、とても美味しかった。

 春休みに入っている時期とはいえ、平日の公園には誰もいない。
 それでも私は一人ではない。
 滝川さんとチャットでお喋りをしてから、家に戻った。

 家に戻るとお弁当箱とシンクに置いてある食器を全部食洗器に入れて洗う。
 洗い終えて、私はベッドで少しだけお昼寝をした。

 お昼寝から起きるとパソコンを立ち上げて小説を書く。
 昨日の続きから書き始める。小説を書いている間は気が散らないように、パソコンでは完全にSNSも見ないし、メッセージアプリも連動させていなかった。

 書いて、一話三千字程度進むと、一度休憩して紅茶を淹れて飲んで、また続きを書く。
 すぐに過集中になってしまう私は、気を付けて休憩を入れないと、水分不足で脱水症状になったり、酷いときには膀胱炎に近い症状が出てしまう。

 書き終えるのは午後六時で、その時間が我が家の夕食の時間だ。
 自分の部屋からリビングに行くと、母が夕食を作って待っている。父も食卓に着いている。

 仕事で遅くなる兄は別々に夕食を食べていた。

「ちぃちゃん、今回の旅行の間は、少しは自炊したみたいね」
「友達とネットで通話しながら一緒に作ってたよ」
「いい友達がいるのね」

 ブラックな職場で心と体を壊して実家に帰って来た後、両親は私が働けなくなっても優しく受け止めてくれていた。
 そういう意味では私はすごく恵まれているのだろう。

 今はアクセサリー作家として簡単な仕事ができているし、趣味の小説も書き続けられているし、最近ではタロットカードという趣味も増えた。

 それにしても、やはり見えてしまうのだ。

 母の後ろには羽を誇らしげに広げる孔雀が見えるし、父の後ろにはずんぐりとしたアナグマが見える。
 兄の後ろにはシマウマが見えていた。

 タロットカードに出会ってから、私の世界は動物に塗れるようになってしまった。

 夕食を終えて、書いていた小説を滝川さんに送ってから、私はエアロバイクを漕ぎ出す。
 自粛生活ですっかりと体は鈍ってしまったし、お腹周りもふっとりとしてしまった気がする。
 お腹周りは無理でも、足腰くらいは衰えないようにしたいものだ。

 エアロバイクにはデスクのような板がついていて、タブレット端末を置くことができる。
 好きな動画を見たり、SNSをチェックしたり、滝川さんにメッセージを入れたりしながら、エアロバイクを漕ぐことができるのだ。

『千早ちゃーん! 見てー!』

 ネット友達の碧たんからのメッセージが表示される。
 それを押すと、碧たんから送られてきた画像が見えた。

『千早ちゃんの作ってくれたチャーム、タロットカードさんのポーチにつけてみたの』
『めちゃくちゃ可愛いね!』
『そうなのよー! 最高に似合うと思わない?』

 黒地に銀の刺繍が入ったタロットカードのポーチの紐に、私が作った淡い緑と淡い紫の勾玉ビーズのチャームが付いている。
 勾玉ビーズの上につけたスワロフスキーの輝きが、ポーチによく合っている。

『誂えたみたいにぴったりじゃない?』
『さすが千早ちゃん!』
『さすが私、天才!』
『千早ちゃん、天才! すごい!』

 私の周囲のひとたちは相当私に甘いようだ。
 碧たんに称賛されて私はいい気分でエアロバイクを漕いでいた。

 エアロバイクを漕ぐと汗だくになってしまう。
 真冬の寒い時期でも汗をかくのだから、春先のもう暖かい時期になっていると尚更だ。

 エアロバイクを漕いだ後には、私はシャワーを浴びる。
 冬場はバスタブにお湯を溜めてお風呂に入ることもあるのだが、大抵はシャワーだけだ。
 汗を流して、パジャマ姿になって、ハンモックに寝転んだところで、タブレット端末がメッセージが届いたことを告げる通知音を上げた。

「滝川さんだー!」

 メッセージアプリを開くと、滝川さんからも小説が届いていた。

『私も一話書いたんですよ。見てみてください』

 さっそく読んでいく。
 幼い主人公兄弟たちは、貴族社会の闇に揉まれながらも、周囲の暖かい大人たちの支えによって困難を切り抜けていく。

『家庭教師のキャラがいいですね。頼りになるお兄さんって感じで』
『そのキャラ、私もお気に入りなんですよ』
『乳母さんはずっと主人公たちを可愛がってくれているし』

 感想を送り合いながら、私はハンモックから机に移動した。
 タブレット立てにタブレット端末を立てて、通話の準備をする。
 滝川さんも通話の準備をしているようだった。

『ちょっと、白桃烏龍淹れてきます』
『私はミルクティーを』

 飲み物を準備する。
 私はいつものようにフレーバーティーをミルクティーにして、滝川さんの今日のお茶は白桃烏龍のようだった。

『通話、いいですか?』
『いいですよ』

 飲み物が準備できてお互いに確認してから、私はタブレット端末のアプリの通話ボタンを押した。
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