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第三章 結婚に向けて
21.秋の運動会
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夏休みが終わって、魔術学校が再開されると、俄かにイサギは忙しくなった。
去年のこの時期に、エドヴァルドと再会して、王都で魔女騒動を経て、セイリュウ領に戻ってきて、魔術学校に再入学する手続きを取ったイサギは、授業は問題なくついていけていたが、学校行事に興味関心がなく、参加したことがなかったのだ。
「運動会って、なんや?」
「イサギくんとツムギ先輩が通ってたときもあってたわよ。ツムギ先輩、応援団で格好良かったって伝説になってるんだから! 私の入学前だから、見たかったー!」
1年生で運動会を経験して、2年生では途中で魔術学校を辞めてしまったために記憶になかったが、イサギも参加していたと、ツムギを知っているマユリは言う。全く覚えていないのは、それだけ興味なく、やる気なく参加していたからだろう。
魔術以外にも実践を専門とする生徒たちは、運動会は見せ場なのだ。
「他の領地からも、スカウトが来てたりするんや。騎士になりたい奴らにとっては、絶好のチャンスやで」
「王都の魔術学校は更にランクが上で、施設も整ってて、各領から視察団が来るっちゃけど、セイリュウ領の魔術学校はまだ歴史が浅いけんね」
サナがセイリュウ領の領主になって一番に手掛けたのが、セイリュウ領における魔術学校の設立で、それでもまだ8年しか経っていない。専門の教授も必死に呼び集めて、王都が荒れている間に急成長した魔術学校で、モウコ領やテンロウ領からも視察が来るほどなのだが、王都が落ち着き始めて、伝統ある魔術学校に貴族の子息令嬢は流れ始めている。
「それでいいって、私みたいな庶民は思うけどね。貴族様は高いお金を払って王都に行けばいい。その分、セイリュウ領の学びたいひとの枠が空くってものだわ」
「俺も落第の心配をせんでよくなるかもしれへん」
「ヨータは勉強しよな」
「イサギ、教えてくれぇ!」
泣き付くヨータは、夏休みの課題が不安で、提出前にジュドーとマユリとイサギに見てもらっていた。テンロウ領に行き、海に行き、マンドラゴラの品評会にも行った盛りだくさんの夏休みだったが、イサギの課題は無事に終わっている。
「そういえば、これ、お土産ってほどでもないんやけど」
数日滞在したテンロウ領で買ってきた豚肉の腸詰を出せば、ジュドーが目を輝かせる。
「久しぶりにカレー以外のもんが食べられる!」
「ジュドーは食生活をなんとかしようよ」
「故郷じゃいつもそれやったとよ」
カレーと薄焼きのトウモロコシ粉のパンの食事を続けているジュドーの故郷、コウエン領について、イサギはあまり話を聞いたことはない。
次期領主がシュイになってから、モウコ領はセイリュウ領に魔術学校の視察団を送るくらいに立て直しが進んでいる。
テンロウ領は前の国王の異母兄が領主で、控えめだがしっかりとした政治を行い、安定している。大規模ではないが、魔術学校も実のところ王都よりも歴史は長い。元々、国王の家系が出たのがテンロウ領からなので、テンロウ領と王都とのつながりは深く、テンロウ公爵の別邸は王都の王宮のそばに建てられている。
逆に、コウエン領は何度も王都に対して反乱ともいえる行為を起こしかけていた。
「コウエン領は貧しいし、魔術師が少ないっちゃん。やから、優秀な魔術師が出ると、領主の座が危ないって疑心暗鬼になってて、領主は魔術師を信用せんとよ」
民族で言えば、大陸のイレーヌ王国と近いコウエン領は、そちらと手を結ぼうとしている噂もあったが、イレーヌ王国の女帝が倒されて『獣人』の皇帝が立ってからは、その噂も立ち消えた。
貧しさゆえに王都に出稼ぎに行ったジュドーの両親は、そのまま行方が知れなくなっている。国一番の魔術具作りの才能を持つというレンもまた、コウエン領の出身だが、捨て子で、王宮仕えの魔術師に拾われた。才能のあるレンすらも、恐れるように王都から招集が来れば、差し出してしまうコウエン領は、魔術師に対しての不信感が強いのかもしれない。
「俺はセイリュウ領で勉強できとるけんいいけど、姉夫婦はコウエン領におるっちゃんね。姪っ子や甥っ子もおるけん、早いうちにこっちに呼び寄せたいっちゃけど、俺がまず一人前にならないけんとよね」
「コウエン領は、そんなに大変なんか?」
「ローズ女王陛下とダリア女王陛下が一番手を焼いとるっちゃないかね」
魔女騒動の際には、魔女と手を組んで私腹を肥やしていたと言われているコウエン領の領主は、自分の金を増やすことばかり考えていて、民を飢えさせている。そんな話を聞けば、自分はセイリュウ領に生まれて幸運だったのだと実感する。
「ローズ女王陛下がイレーヌ帝国に出向いたとも、コウエン領との繋がりを絶つためって言われとるけんね」
少しずつでもコウエン領を正そうと女王たちは動いていた。今はそれを見守るしかない。
「運動会の出る種目決めた?」
話題を戻したマユリに、イサギは種目の書かれたプログラムを見て、苦い表情になった。実践の魔術が多いが、一つは種目に参加しなければいけない。
「マユリはどれにするんや?」
「私は、ダンスよ! 術式を編んで、筋力強化の魔術で、リフトしながら踊るの!」
「あー……マユリは『ツムギ先輩』とやらに憧れとるからな」
「悪い、ヨータ? ツムギ先輩の公演、チケット取れないんだもん!」
値段は頑張れば買えないほどではないが、貴族が手を回して買い占めているようで、ツムギの劇団の公演は庶民にはなかなかチケットが回ってこなかった。特に貴族から文化をしんとうさせようというダリアの試みと、庶民の分まで手を出さないようにと確保された貴族席の逆効果で、残りの売り出される席が少なく、チケット争奪戦は熾烈を極める。
「そんなに見たいもんなんか……ツムギに言ってチケット……」
「ダメ! ファンは平等なの! そんなことしたら、ツムギ先輩に顔向けできないわ!」
凛々しく言ってから、くるりとマユリはイサギに背を向けた。
「まぁ、そういう建前で……どうしてもって言うなら……あぁ、でも、いけない。いや、見たい」
苦悩するマユリも面白いが、イサギはふと思い出したことを口にした。
「マユリ、誕生日や!」
「私?」
「そう、誕生日に、俺がツムギからチケット買って、プレゼントしたる。今年、俺の誕生日を忘れんでプレゼントくれたの嬉しかったし、あのカップ、エドさんと一緒に使っとる」
「誕生日お祝いなら、いいかなぁ」
教えてもらったマユリの誕生日はもう過ぎていたが、お祝い事は遅れても良いと誰かが言っていたのを思い出して、イサギは次の公演のチケットを確保することにした。
「イサギくん、一緒にこれに出らんね」
「これ……戦わんでええんか?」
プログラムの紙を持って、ジュドーが示したのは、『操り人形の演武』と銘打った種目だった。操るものはなんでもよくて、決まった型を全員で披露するという、自分が戦わなくてもいい操作系の魔術の種目である。
「マンドラゴラでもええやろか」
「イサギくんのマンドラゴラは自分で踊るから、ダメやないかね」
「せやったら、人形で練習しよ」
やる気満々のヨータは、トーナメント形式で一対一で実技を争う『一騎打ち』の種目を始めとして、3年生が参加できる最大の三種目にエントリーしていた。イサギとジュドーは、人形を体育保管庫から借りて、剣を握らせて、他の選手と同じ型通りに動かしていく。マユリは同級生の女の子と組んで、お互いに筋力増強の魔術でリフトし合って、ダンスの練習をしていた。
運動会の当日は快晴で、日傘を差したエドヴァルドが見に来てくれる。
「お弁当を作ってきましたよ。マユリさん、ジュドーさん、ヨータさんの分もあります」
「エドさんのご飯が食べられる……ありがたい」
「いただきますね!」
「イサギの旦那様はめっちゃ気の利くええひとやなぁ」
拝むジュドーとヨータに、感謝するマユリ。
夜空の柄の日傘を見て、マユリがエドヴァルドに囁く。
「それ、イサギくんからですか?」
「そうなんです。私の肌が白いから心配して買ってくれて……嬉しくて大事に使ってます」
二人の話を聞いているとにやけてしまうイサギだったが、人ごみの中から、下卑た呟きが聞こえた。
「マッチョハゲが女みたいに傘さして。これだから、男色家は気持ち悪い」
振り向いた視線の先にいたのは、いつかイサギをお手洗いに連れ込んで股間に触った青年だった。言い捨てて人ごみの中に逃げていく青年を追いかけようとするイサギを、エドヴァルドがそっと止める。
「いいんです」
「あいつ、エドさんのことを! 許せへん!」
「これから、何度でもこういうことはあります。言う方が愚かだと、ダリア女王の政策によって、周囲の目も変わって来るでしょう」
「せやけど……」
自分が侮辱されたのならばともかく、こんなにもかっこよくてお淑やかで紳士で控えめで気が利くエドヴァルドを、ハゲだとか、マッチョだとか、気持ち悪いとかいわれたのは、イサギには到底許せる行為ではなかった。ちらりとジュドーを見れば、心得ているとばかりに小さく頷く。
お弁当を食べて午後の種目で、イサギとジュドーは小さなハプニングを起こした。操っていた人形の持っている剣が、固定が甘くなっていてすっぽ抜けて、一番前で揶揄しようと構えて見学していたあの青年の頭を掠めて、頭頂部の髪をごっそりと剃ってしまったのだ。
「点検が甘かったみたいやねぇ」
「あんさんの緩みがちな口と一緒に、しっかりと固定せなあかんなぁ」
剣を拾いに行って、謝るふりでジュドーとイサギは青年を威嚇した。座り込んだ青年の頭頂部は、見事にハゲていた。
その後も、『一騎打ち』のトーナメントでヨータと当たった青年が、闘技をする台に上がる前になぜかずっこけて顔面を擦り剝いたのだが、マユリがそっと目を反らしていたのを、エドヴァルドは気付いていただろうが何も言わなかった。
運動会が終われば、秋祭りが来て、冬になる。
年明けには、イサギは今度こそエドヴァルドの誕生日を祝うべく準備を始めていた。
去年のこの時期に、エドヴァルドと再会して、王都で魔女騒動を経て、セイリュウ領に戻ってきて、魔術学校に再入学する手続きを取ったイサギは、授業は問題なくついていけていたが、学校行事に興味関心がなく、参加したことがなかったのだ。
「運動会って、なんや?」
「イサギくんとツムギ先輩が通ってたときもあってたわよ。ツムギ先輩、応援団で格好良かったって伝説になってるんだから! 私の入学前だから、見たかったー!」
1年生で運動会を経験して、2年生では途中で魔術学校を辞めてしまったために記憶になかったが、イサギも参加していたと、ツムギを知っているマユリは言う。全く覚えていないのは、それだけ興味なく、やる気なく参加していたからだろう。
魔術以外にも実践を専門とする生徒たちは、運動会は見せ場なのだ。
「他の領地からも、スカウトが来てたりするんや。騎士になりたい奴らにとっては、絶好のチャンスやで」
「王都の魔術学校は更にランクが上で、施設も整ってて、各領から視察団が来るっちゃけど、セイリュウ領の魔術学校はまだ歴史が浅いけんね」
サナがセイリュウ領の領主になって一番に手掛けたのが、セイリュウ領における魔術学校の設立で、それでもまだ8年しか経っていない。専門の教授も必死に呼び集めて、王都が荒れている間に急成長した魔術学校で、モウコ領やテンロウ領からも視察が来るほどなのだが、王都が落ち着き始めて、伝統ある魔術学校に貴族の子息令嬢は流れ始めている。
「それでいいって、私みたいな庶民は思うけどね。貴族様は高いお金を払って王都に行けばいい。その分、セイリュウ領の学びたいひとの枠が空くってものだわ」
「俺も落第の心配をせんでよくなるかもしれへん」
「ヨータは勉強しよな」
「イサギ、教えてくれぇ!」
泣き付くヨータは、夏休みの課題が不安で、提出前にジュドーとマユリとイサギに見てもらっていた。テンロウ領に行き、海に行き、マンドラゴラの品評会にも行った盛りだくさんの夏休みだったが、イサギの課題は無事に終わっている。
「そういえば、これ、お土産ってほどでもないんやけど」
数日滞在したテンロウ領で買ってきた豚肉の腸詰を出せば、ジュドーが目を輝かせる。
「久しぶりにカレー以外のもんが食べられる!」
「ジュドーは食生活をなんとかしようよ」
「故郷じゃいつもそれやったとよ」
カレーと薄焼きのトウモロコシ粉のパンの食事を続けているジュドーの故郷、コウエン領について、イサギはあまり話を聞いたことはない。
次期領主がシュイになってから、モウコ領はセイリュウ領に魔術学校の視察団を送るくらいに立て直しが進んでいる。
テンロウ領は前の国王の異母兄が領主で、控えめだがしっかりとした政治を行い、安定している。大規模ではないが、魔術学校も実のところ王都よりも歴史は長い。元々、国王の家系が出たのがテンロウ領からなので、テンロウ領と王都とのつながりは深く、テンロウ公爵の別邸は王都の王宮のそばに建てられている。
逆に、コウエン領は何度も王都に対して反乱ともいえる行為を起こしかけていた。
「コウエン領は貧しいし、魔術師が少ないっちゃん。やから、優秀な魔術師が出ると、領主の座が危ないって疑心暗鬼になってて、領主は魔術師を信用せんとよ」
民族で言えば、大陸のイレーヌ王国と近いコウエン領は、そちらと手を結ぼうとしている噂もあったが、イレーヌ王国の女帝が倒されて『獣人』の皇帝が立ってからは、その噂も立ち消えた。
貧しさゆえに王都に出稼ぎに行ったジュドーの両親は、そのまま行方が知れなくなっている。国一番の魔術具作りの才能を持つというレンもまた、コウエン領の出身だが、捨て子で、王宮仕えの魔術師に拾われた。才能のあるレンすらも、恐れるように王都から招集が来れば、差し出してしまうコウエン領は、魔術師に対しての不信感が強いのかもしれない。
「俺はセイリュウ領で勉強できとるけんいいけど、姉夫婦はコウエン領におるっちゃんね。姪っ子や甥っ子もおるけん、早いうちにこっちに呼び寄せたいっちゃけど、俺がまず一人前にならないけんとよね」
「コウエン領は、そんなに大変なんか?」
「ローズ女王陛下とダリア女王陛下が一番手を焼いとるっちゃないかね」
魔女騒動の際には、魔女と手を組んで私腹を肥やしていたと言われているコウエン領の領主は、自分の金を増やすことばかり考えていて、民を飢えさせている。そんな話を聞けば、自分はセイリュウ領に生まれて幸運だったのだと実感する。
「ローズ女王陛下がイレーヌ帝国に出向いたとも、コウエン領との繋がりを絶つためって言われとるけんね」
少しずつでもコウエン領を正そうと女王たちは動いていた。今はそれを見守るしかない。
「運動会の出る種目決めた?」
話題を戻したマユリに、イサギは種目の書かれたプログラムを見て、苦い表情になった。実践の魔術が多いが、一つは種目に参加しなければいけない。
「マユリはどれにするんや?」
「私は、ダンスよ! 術式を編んで、筋力強化の魔術で、リフトしながら踊るの!」
「あー……マユリは『ツムギ先輩』とやらに憧れとるからな」
「悪い、ヨータ? ツムギ先輩の公演、チケット取れないんだもん!」
値段は頑張れば買えないほどではないが、貴族が手を回して買い占めているようで、ツムギの劇団の公演は庶民にはなかなかチケットが回ってこなかった。特に貴族から文化をしんとうさせようというダリアの試みと、庶民の分まで手を出さないようにと確保された貴族席の逆効果で、残りの売り出される席が少なく、チケット争奪戦は熾烈を極める。
「そんなに見たいもんなんか……ツムギに言ってチケット……」
「ダメ! ファンは平等なの! そんなことしたら、ツムギ先輩に顔向けできないわ!」
凛々しく言ってから、くるりとマユリはイサギに背を向けた。
「まぁ、そういう建前で……どうしてもって言うなら……あぁ、でも、いけない。いや、見たい」
苦悩するマユリも面白いが、イサギはふと思い出したことを口にした。
「マユリ、誕生日や!」
「私?」
「そう、誕生日に、俺がツムギからチケット買って、プレゼントしたる。今年、俺の誕生日を忘れんでプレゼントくれたの嬉しかったし、あのカップ、エドさんと一緒に使っとる」
「誕生日お祝いなら、いいかなぁ」
教えてもらったマユリの誕生日はもう過ぎていたが、お祝い事は遅れても良いと誰かが言っていたのを思い出して、イサギは次の公演のチケットを確保することにした。
「イサギくん、一緒にこれに出らんね」
「これ……戦わんでええんか?」
プログラムの紙を持って、ジュドーが示したのは、『操り人形の演武』と銘打った種目だった。操るものはなんでもよくて、決まった型を全員で披露するという、自分が戦わなくてもいい操作系の魔術の種目である。
「マンドラゴラでもええやろか」
「イサギくんのマンドラゴラは自分で踊るから、ダメやないかね」
「せやったら、人形で練習しよ」
やる気満々のヨータは、トーナメント形式で一対一で実技を争う『一騎打ち』の種目を始めとして、3年生が参加できる最大の三種目にエントリーしていた。イサギとジュドーは、人形を体育保管庫から借りて、剣を握らせて、他の選手と同じ型通りに動かしていく。マユリは同級生の女の子と組んで、お互いに筋力増強の魔術でリフトし合って、ダンスの練習をしていた。
運動会の当日は快晴で、日傘を差したエドヴァルドが見に来てくれる。
「お弁当を作ってきましたよ。マユリさん、ジュドーさん、ヨータさんの分もあります」
「エドさんのご飯が食べられる……ありがたい」
「いただきますね!」
「イサギの旦那様はめっちゃ気の利くええひとやなぁ」
拝むジュドーとヨータに、感謝するマユリ。
夜空の柄の日傘を見て、マユリがエドヴァルドに囁く。
「それ、イサギくんからですか?」
「そうなんです。私の肌が白いから心配して買ってくれて……嬉しくて大事に使ってます」
二人の話を聞いているとにやけてしまうイサギだったが、人ごみの中から、下卑た呟きが聞こえた。
「マッチョハゲが女みたいに傘さして。これだから、男色家は気持ち悪い」
振り向いた視線の先にいたのは、いつかイサギをお手洗いに連れ込んで股間に触った青年だった。言い捨てて人ごみの中に逃げていく青年を追いかけようとするイサギを、エドヴァルドがそっと止める。
「いいんです」
「あいつ、エドさんのことを! 許せへん!」
「これから、何度でもこういうことはあります。言う方が愚かだと、ダリア女王の政策によって、周囲の目も変わって来るでしょう」
「せやけど……」
自分が侮辱されたのならばともかく、こんなにもかっこよくてお淑やかで紳士で控えめで気が利くエドヴァルドを、ハゲだとか、マッチョだとか、気持ち悪いとかいわれたのは、イサギには到底許せる行為ではなかった。ちらりとジュドーを見れば、心得ているとばかりに小さく頷く。
お弁当を食べて午後の種目で、イサギとジュドーは小さなハプニングを起こした。操っていた人形の持っている剣が、固定が甘くなっていてすっぽ抜けて、一番前で揶揄しようと構えて見学していたあの青年の頭を掠めて、頭頂部の髪をごっそりと剃ってしまったのだ。
「点検が甘かったみたいやねぇ」
「あんさんの緩みがちな口と一緒に、しっかりと固定せなあかんなぁ」
剣を拾いに行って、謝るふりでジュドーとイサギは青年を威嚇した。座り込んだ青年の頭頂部は、見事にハゲていた。
その後も、『一騎打ち』のトーナメントでヨータと当たった青年が、闘技をする台に上がる前になぜかずっこけて顔面を擦り剝いたのだが、マユリがそっと目を反らしていたのを、エドヴァルドは気付いていただろうが何も言わなかった。
運動会が終われば、秋祭りが来て、冬になる。
年明けには、イサギは今度こそエドヴァルドの誕生日を祝うべく準備を始めていた。
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