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第三章 結婚に向けて

20.マンドラゴラ品評会

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「イサギさんが育てたものなので、幾つかはイサギさんが貰って行っても良いと思うのです。今年のマンドラゴラは特に出来が良いですし、サナさんのところに毎日蕪マンドラゴラをお届けできたのも、イサギさんが、サナさんの出産に合わせて蕪マンドラゴラの成長を計算していたからです」

 執務室でプレゼンをするエドヴァルドを、イサギは端っこで小さくなりながら聞いていた。お屋敷の薬草畑で育ったマンドラゴラの権利は、全てサナにある。サナが領地で必要な魔術や医学のために育てているのだ。
 魔術学校ではマンドラゴラに無断で栄養剤をあげて脱走させて休校にさせてしまったのも、サナはきっとお見通しである。厳しい目つきでエドヴァルドの後ろに隠れるイサギを睨みつけている。

「確かにイサギとエドヴァルドはんはようやってくれてるの、うちも分かってますわ。でも、領主の敷地内で育ったもんは、うちだけやなくて、領民の血税でもできてるんやってことを忘れてはりませんやろか?」
「その点もよく分かっていますよ。私はテンロウ領の領主の息子ですからね。ですが、一つの畑で育つ以上に大量に大きく育てたイサギさんの技量を認めて、特別給与を出すつもりで、数匹持って行っても良いという許可をくださいと言っているのです」
「せやから、エドヴァルドはんの御実家にご挨拶に行かはったときに、持たせたやろ?」

 平行線のサナとエドヴァルドだが、魔王とまで呼ばれる国一番の魔術師を前にして、エドヴァルドは一歩も退かない。震えるイサギの方が、泣き出して「エドさん、もうええ」と袖を引きそうになっていた。
 しかしながら、エドヴァルドはクリスティアンの兄である。策士として優秀であることには違いなかった。

「エドさん、イサギさん、おとうさんをつれてきましたよー!」
「カナエちゃん!? なんで、レンさんも!?」

 執務室の扉が開いて、無邪気に飛び込んできたカナエが、エドヴァルドの足元にじゃれつく。レンもレオを抱っこして、執務室に入って来た。

「サナさん、カナエちゃんがこれをもらったとよ。お礼をせんとと思って。レオくんに、カナエちゃん、聞かせてくれてたら、ご機嫌で笑って可愛いっちゃん」
「すずパセリなのです! カナエのおきにいり、レオくんもきにいったのです」
「サナさんにも、レオくんのこの笑顔、見せたかったと!」

 レオの前で鈴パセリを振ると、ちりんちりんと可愛い音がして、きゃっきゃとレオが小さな手足をばたつかせて笑う。

「エドさんとイサギくん、結婚資金のためにマンドラゴラが欲しいって言っとるっちゃろ? サナさんも蕪マンドラゴラのおかげでお乳が良く出て、レオくんこんなにムチムチ大きくなったもんね。絶対いい値で売れるやろうね」

 先に話を通していた様子のエドヴァルドの用意周到さに、サナはデスクに突っ伏した。起き上がって沈痛な面持ちで額に手をやる。

「せやな! レオくんのお礼もせなあかんし、カナエちゃんもめっちゃ可愛がってもらってるしな! マンドラゴラ持って行ってええけど、1匹ずつ……」
「ところで、サナさん、私の婚約者のイサギさんが、魔女騒動の際に、サナさんを狙う輩を倒してお金を稼いでいたことがありましたよね? あのお金の行き先を、ご存じですか?」
「え? そんな危ないことしとったと!? 戦うの苦手なのに、イサギくん」
「おばさん、ケチだから、もしかして、イサギさんのおかねを……!?」
「あぁ!? もう、何匹でも持っていき! 好きなだけ持っていったらええやん?」

 痛いところを突かれて、ヤケクソでそれを打ち消すサナに、エドヴァルドは優雅に一礼した。

「ありがとうございます。3匹ずつくらいいただいていきますね」
「高く売れるといいね」
「エドさん、イサギさん、いってらっしゃいなのです!」

 何も知らないままにエドヴァルドの後押しをすることになったレンとカナエにも、深々と礼をして、エドヴァルドはイサギの手を引いて執務室から出た。恐怖の余り、廊下に出たとたんイサギはばくばくと脈打つ心臓を押さえて座り込んでしまう。

「エドさん、あのサナちゃんと対等にやり合うなんて、すごい……俺やったら、窓から投げ捨てられとる」
「あの部屋、三階ですよね?」
「植え込みがなかったら、死んでたわ」
「……次は、それで攻めましょうね」

 そんなことを友人であり仕事仲間であるイサギにしたと知ればレンは悲しむだろうし、イサギを慕っているカナエは元々サナには冷たい態度なのが更に硬化するだろう。ばらされたくないことを知ったエドヴァルドは、しっかりとそれを記憶にとどめたようだった。
 任せろと言ってくれただけあって、エドヴァルドは立派に交渉をやり遂げてくれた。

「特によく育っているのを連れて行きましょうね」
「あんさんと、あんさんと……あんさん、行けるか?」
「びゃい!」

 いつぞや、抱っこして栄養剤を飲ませた蕪マンドラゴラは、自らネットから這い出て来て、我こそはと泥を落として準備をしている。品評会で買われたマンドラゴラは、お屋敷から出荷されるマンドラゴラのように薬剤や料理にならずに、愛玩用に飼われることが多いというので、長く生きられるとマンドラゴラなりに張り切っているようだった。
 ムチムチとした白い身体は、5キロはあろうかというくらい大きく育っている。
 特大の蕪マンドラゴラを筆頭に、人参マンドラゴラと大根マンドラゴラをそれぞれ3匹ずつ、オクラマンドラゴラは5匹連れて、イサギはエドヴァルドの手はずで王都の品評会に参加した。
 ローズの飼っている人参マンドラゴラを育てた人物が参加すると聞いて、参加許可は簡単に降りたようで、マンドラゴラを網や籠に入れているひとたちの中に、イサギも混じる。品評会自体が貴族の高尚な趣味なのだろう、周囲は小奇麗な格好をしたものばかりだった。
 マンドラゴラが出るたびに、会場からは歓声が上がる。

「きれてる! きれてるよ!」
全身鎧フルプレートメイル着てんのかい!」
「そこまで育つには、土から出られない夜ばっかりだっただろう!」

 どんな文化なのか全く分からないが、褒め称えている熱気だけは伝わってくる。
 人前に出るのが得意ではないイサギは、恐怖で震えてしまうが、「びぎょ!」と蕪マンドラゴラが大丈夫だとばかりに肩を叩いて、イサギの先に立って舞台に上がった。

「あのローズ女王陛下の人参マンドラゴラを育てたイサギ様のマンドラゴラの登場です」

 アナウンスが流れて、蕪マンドラゴラを先頭に、残り2匹、人参マンドラゴラが3匹、大根マンドラゴラが3匹、オクラマンドラゴラは5匹で曲芸をするようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。
 それぞれが一番美しく見えるポーズを取れば、掛け声がかかる。

「赤ちゃんが嫉妬する可愛さ!」
「胸にドラゴン飼ってんのかい!」
「よっ! 大根騎士!」
「跳躍が高い! 羽生えてんのかい!」

 異様な熱気と掛け声に、震えながらイサギは隣りに立つエドヴァルドを見上げた。

「こ、これは、良い感じなんか?」
「すごくいい感じですよ」

 小声で問いかけると、微笑んで穏やかに答えてくれるエドヴァルドは落ち着いているが、観客席の熱気にイサギは倒れそうだった。

「ダンサーが泣いて逃げる美脚!」
「彫刻よりも立派な体!」
「仕上がってる! 最高のバブみだよ!」
「腕にワイバーンの卵が乗ってるんかい!」
「デカい! 他が見えない!」

 もう訳が分からない。
 目を回しかけたところで、イサギとマンドラゴラたちは退場が許された。
 全部のマンドラゴラが舞台に立った後で、出展者とマンドラゴラが全員舞台に上がって、本日の優勝が告げられる。

「イサギ様の蕪マンドラゴラ!」
「ぎゃぎゃ!」

 抱っこされて手を振った蕪マンドラゴラは、非常に誇らしそうだった。品評会の後で、イサギはあっという間に囲まれてしまう。

「どうすればそんな風に育てられますか?」
「あのマンドラゴラを買いたいのですか」
「大事にしますので、譲ってください」
「お値段はいくらでもお支払いします」
「こ、こあい……エドさん……」

 目を回しかけていて、他のマンドラゴラが自分のものよりもずっと小さかったことや、ポーズを取ったりアピールしたりしないことに気付かないままで、イサギはエドヴァルドの後ろでエドヴァルドが値段交渉をするのを見守っていた。
 一匹がイサギとエドヴァルド二人のひと月分の給料以上の値段で売れていくのを、目を丸くして見守っていると、最高値の付いた蕪マンドラゴラを、抱っこしている人物に、イサギは見覚えがある気がして、エドヴァルドにしがみ付いて声をかける。

「シュイさん?」
「とっても可愛いの。大事にするわね」

 養父の妻のシュイも、マンドラゴラ品評会に来ていたようだ。気おされて周囲が全然見えていなかったが、養父も来ていて声をかけてくれる。

「頑張って育てたね。結婚のお祝い代わりに、蕪マンドラゴラのお値段にはちょっと色をつけとくから」
「ええの、お父ちゃん?」
「結婚資金を稼ぐって、サナさんから連絡来てたよ」

 執務室でエドヴァルドにしてやられた形になったが、サナはサナなりに、イサギが毎日蕪マンドラゴラを届けて母乳の出が良くなったのに恩を感じているようだった。

「素直やない……」
「イサギさんをあんなに怯えさせなくてもいいのに」

 魔王の従姉の素直ではない行動はともかくとして、マンドラゴラは非常に高値で売れて、イサギとエドヴァルドは一年分の給与以上を稼いだのだった。
 来年もマンドラゴラの収穫の時期に同じくらい稼げば、結婚資金は出来上がりそうである。

「茄子とトマトも来年は挑戦してみようと思うんやけど」
「あぁ、茄子とトマトは栄養価は高いですが、飼うには向かないでしょうね」

 来年の夏の予定を話し合いながら帰る二人に、セイリュウ領の風は、一年前に再会した秋のものになり始めていた。
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