俺は貴女に抱かれたい

秋月真鳥

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三部 番外編・後日談

魔法のお薬 晃編 1

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 結婚式がわりの撮影会の後の初夜で、霧恵が計算したかのように妊娠したのは、晃は嬉しかったが、問題がないわけではなかった。19歳からほぼ毎週、休みの日には霧恵と抱き合ってきた。お互いに体力はある方で、霧恵と暮らすようになってから晃もよく食べさせてもらって、以前よりも強くなった気すらしていた。
 フェロモンに反応して興奮して、達するのは早いが、復活するのも早いし、回数も多い。過去に抱いたアルファよりも立派な逸物を持つ晃を、霧恵は非常に気に入ってくれていて、夜の営みは気持ち良すぎて泣かされることばかりだが、晃も充分に満足していた。
 妊娠しているということは、お腹に赤ん坊がいるということである。
 晃が挿入する場所から、いずれ赤ん坊が出てくる。

「あっかーん! 大事な赤さんに、何かあったら、俺は一生後悔する!」

 医者からは、早期流産の兆候も見られないし、順調に赤ん坊が育っているので、雑菌が入らないように避妊具ゴムを着けて、激しくしなければ、夜の営みは夫婦には必要なものなので、禁止されていなかった。臆病な晃は慎重派でもあった。
 妊娠5ヶ月目に入って、経過も順調で安定期に入った霧恵は、長身で鍛え上げているせいか、あまりお腹も目立たない。悪阻も酷くなかったし、大きく体調を崩すこともなかったので、仕事の量は減らしたし、バーでアルコールを飲むこともなくなったが、普通に暮らしている。
 夜に何もしないで抱き合って眠る以外は。
 妊娠しているせいか、霧恵の眠りは深い。睡眠時間も長くなった気がするから、それだけ体が休息を求めているのだろう。健やかな寝顔を見て、胸にふにふにと触れていると、どうしても晃の中心が反応する。

「大人しくしとってや。霧恵さんは、疲れてはるんや」

 反応して芯を持ちつつある自分の股座に話しかけるが、まだ晃は25歳で若く健康な成人男性だ。霧恵が妊娠するまでは頻繁に抱き合って、出していたのだから、出す回数が多いほど男性の体というのは精子を作りやすくなるらしい。

「無理や……」

 眠っている霧恵をそっと置いて、晃はお手洗いに向かった。便器に腰掛けて、リラックスした状態で、パジャマのズボンと下着を下ろし、中心を握る。扱き上げる間、目を閉じて、霧恵の胸の柔らかさ、中に入ったときの締め付けと内壁の感触を思い出して、一心不乱に手を動かす。
 先走りで手が濡れて、くちゅくちゅと濡れた音が狭い空間に響き渡っていた。

「きりえしゃん……あいしてる、すきや……」

 あの肉厚な唇がキスをして、舌を絡めるのを妄想しながら、晃は空いている方の手を口元に持っていき、指をしゃぶる。生温かい舌が口蓋を擽るのを妄想して、指を動かし、舌を撫で、もう片方の手では中心を根本から扱き上げて追い上げる。

「んっ、んふっ」

 達しそうになって、晃は慌てて口から指を引き抜いてトイレットペーパーを千切った。先端に押し当てると、迸る白濁にトイレットペーパーが濡れていくのが分かる。

「ふ、あぁ……」

 一人きりの性欲処理は、霧恵と抱き合う快感とは比べ物にならないくらい虚しく、終わると我慢のできない自分に落ち込んでしまう。
 霧恵のお腹には赤ん坊がいて、これから出産に臨むのに、晃は禁欲することすらできないで、霧恵を求めてしまう。

「ふぇ……きりえしゃん……」

 赤ん坊が生まれたら父親としてしっかりしなければいけないと思っているのに、霧恵ばかり求めているわけにはいかない。赤ん坊にとって霧恵は母親で、晃は父親なのだ。
 お手洗いから出てくると、生き物の気配がして、晃は身構えた。こんな場面を霧恵に知られたくない。
 警戒する晃に飛び付いてきたのは、尻尾を振った自分をチワワだと信じ込んでいる個性的なロットワイラーのユリだった。飛びつかれるとは思っていなかったので、受け止めきれずお手洗いのドアに後頭部を思い切りぶつけて、「あんさんは、ロットワイラー……」と呟きながら倒れた晃に、寝室から霧恵が出てくる。

「ユリ、ダメよぉ。夜はハウスって言ってるでしょう?」

 リビングにはユリのための柵のあるスペースがあって、夜はそこから出てこないように躾けているし、簡単な鍵もかけているはずなのだが、体が大きくなったユリは助走を付けると柵の高さを飛び越えられるようになってしまっていた。霧恵が「ハウス」と言い聞かせればトボトボと柵の中に戻っていく。
 プラスチック製の柵で、本気でユリが壊そうとすれば壊せるし、飛び越えられるのだが、賢いユリは普段はそんなことをしないように躾けられていた。

「……晃さん、何かあったの? ユリ、心配だったみたいよ?」
「う、うんこがな、なかなか出らへんかったねん。それで、長々トイレに篭っとったから、心配されたんやろ」

 我ながら情けない言い訳ではあるが、それで霧恵は納得してくれた。

「水分不足かしら? オレンジでも食べる?」
「せやな、お茶飲んで、オレンジ食べて寝よかな」

 水分と食物繊維を補給しようとオレンジを剥いてくれる霧恵は、お腹が空いて起きてきたようだった。

「赤ちゃんが入ってると、胃や膀胱や腸が圧迫されるみたいで、一度にたくさん食べられないけど、お腹が空くのよね。お手洗いも近くなるし」

 酷くはなかったが、悪阻が少しあったので、食べやすい果物は冷蔵庫に常備してあった。オレンジを半分ずつ食べて、晃が淹れたお茶を飲んで、霧恵はお手洗いに行って、またベッドに入る。
 当然のように晃を抱き締めてくれる霧恵のお腹が気になって、前のように体の上に体重をかけては寝られないが、晃は胸に顔を埋めさせてもらって、眠りについた。
 妊娠5ヶ月の検診で順調だった霧恵は、そろそろ運動も再開していいと言われていた。妊娠前のようなボクシングやキックボクシングなどの激しい運動は無理だが、毎朝のランニングを軽い短時間のウォーキングに変えていたのを、軽めのジョギングにすることにした。
 朝のウォーキングだけでは運動量の足りないユリは、晃と夕方にランニングをしていたが、久しぶりに霧恵としっかりお散歩ができて嬉しそうだった。太いリードの届く範囲で先まで走っては、尻尾を振って目を煌めかせて霧恵を振り返る。

「ユリちゃんは、ほんま、霧恵さんが好きやなぁ」
「うちの子は、みんな、あたしを愛してくれて幸せよ」

 『うちの子』の中に自分が入っていることを確信して、晃もにやけてしまう。運動量が多くなれば、体も疲れ果てて、性欲など忘れて眠れるはずだと、晃もジョギングに精を出した。
 それでも、時々は我慢ができなくなって、霧恵が眠っている間にお手洗いでこっそりと抜く。お風呂は一緒なので、反応させないようにするのが一苦労だった。

「ここに赤さんがおるんかぁ。お父ちゃんやで?」
「赤ん坊は耳が最初に発達するって言われてるから、聞こえてるかもしれないわね。晃さんの声を覚えていてね。アナタのお父さんよ」

 ほんの少しだけ膨らみ始めた霧恵のお腹を撫でて話しかけるのも、晃には楽しみだった。男の子でも、女の子でも、アルファでもオメガでもベータでも、とにかく健康に元気に生まれてきて欲しい。
 親として当然の願いと裏腹に、若い体は欲望に苛まれる。

「きりえしゃんの、おくち……」

 眠っている霧恵の唇に指で触れて、そっとキスをしてしまってから、晃は慌てた。寝ている間に同意なくそんなことをするなんて、夫婦間でも許されないのではないだろうか。

「ん……晃さん?」

 しかも、健やかに眠っていた霧恵を起こしてしまった。

「あ、あの、ごめんなさい」
「ふふっ、キスしてくれたの? 可愛いわね」

 引き寄せられて、唇を重ねるだけのキスに、晃はうっとりしてしまう。妊娠期間中なので、フェロモンが自在に操れるといっても、オメガとしてアルファを誘う必要はなく、誘えば逆に危険なので、霧恵は『上位オメガ』ではあるがフェロモンも出なくなっている。そのはずなのに、ボディソープや髪の香りだけで、誘われてしまう晃がいた。

「好きや、霧恵さん」
「あたしもよ」

 口付けを交わして、なんとかその場は我慢したが、悶々としてその夜は晃は寝付けなかった。
 翌日の夜に玲から連絡が入って、9歳の操と9ヶ月の竹史を預かってくれるようにと霧恵がお願いされる。竹史を生んで半年目でも玲の伴侶の松利は発情期が来たが、それは短かった。今回は本格的な発情期のようで、操と竹史は一週間分の着替えと小学校、保育園セットを用意してきていた。
 3ヶ月ぶりの玲に、結婚写真のアルバムを渡して、安定期に入ったのでもう大丈夫だと霧恵が妊娠のことも告げる。

「病院で赤ん坊が順調って言われたわ」
「霧恵さんのお腹に、赤さんがいるのですか!? 竹ちゃん、お兄ちゃんになりますよ!」
「あだー?」

 従弟の子だからはとこになるのだろうか。竹史にとっては、初めての自分より小さな親戚かもしれない。

「新しい家族のユリもいるわよ。ユリ、操ちゃんと竹史くんよ?」

 霧恵が操と竹史をユリに紹介している間に、霧恵の後ろに隠れていたつもりだった晃を、玲が引きずり出した。次の発情期には製薬会社の開発部から持ち出しておけと言われていたものがある。
 実はそれは晃も霧恵と使おうと思っていたのだが、その必要もなく霧恵が妊娠してしまったので、冷蔵庫の奥深くで眠っていた。視線だけで凄まれて、晃は栄養ドリンクを思わせる小さな瓶を玲に渡した。

「あの、玲ちゃん……こ、これ、なんやけど……松利さん、お手柔らかに、な?」

 それを聡い霧恵が見逃すはずがなかった。

「あれ、なぁに、晃さん?」
「いや、な、なんでも、ないんや!」
「なぁに?」

 詰め寄られて返答に困っているところに、ユリが霧恵と晃が遊んでいるのかと、突っ込んでくる。

「なんでも……あぁー!? あんさんは、チワワちゃうて、何度も言うとるやろ!?」

 受け止めきれずに床に倒れ込んだ晃に、「操ちゃんと竹史くんが帰ってから、じっくり聞きましょうね?」と霧恵が微笑んで見下ろしていた。そんな姿も玲ならば恐ろしくて気絶してしまうのに、霧恵ならば美しいとしか思わない。

「どないしよ……ユリちゃん、俺はどうしたらええんやろ」

 そんなものを玲に渡してしまったこと、霧恵と使おうと思っていたこと。
 霧恵には一切隠し事のできない晃が、それを黙っておけるはずはなかった。
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