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二章 高等学校二年生の王子
23.アンニーナへの教育
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週に一回、アンニーナが淑女のマナーを学びに来るときに、アクセリも一緒に来るようになったので、保護者としてアルマスも来るようになった。
「妹と弟が迷惑をかけてないか心配なんだ。いつも本当にすまない」
「アンニーナもアクセリもいい子じゃないか」
「猫を被っているだけなんだ。あの子たちはただのいい子じゃない」
真面目な顔になっているアルマスは、これまでアクセリとアンニーナを育てる中で色んなことがあったのかもしれない。それがどういうことなのか、下に弟妹のいない僕は想像がつかなかったけれど、アルマスの顔を見ていると並大抵のことではなさそうだった。
「弟や妹を育てるって大変?」
「大変なんて一言で片付けられるものじゃない」
「そ、そうなんだ」
僕はアルマスに聞きたいことがあった。
「ヒルダ姉上が甥のミルカを産んだんだ。夏休みに会いに行こうと思っているんだけれど、赤ちゃんってどんな風に接したらいいのかな?」
「目を合すな」
「へ?」
「最初は目を合すな。無理に近寄ろうとしてもダメだ。慣れてない相手だと激しく泣く」
ショックである。
僕は可愛い甥のミルカを可愛がりたいのに、目を合せてはいけない、近寄ってはいけないと言われてしまった。
「アクセリもアンニーナも人見知りが酷くて大変だった。慣れている家族以外が近寄ると、引き付けを起こすまで泣き続けていた」
「そんなに、大変なの!?」
「抱っこも俺か両親しか無理だったし、俺は小さくて碌に抱っこできなかったから、泣きながら俺のことを追い駆けて来てたし」
赤ちゃんを僕は甘く見過ぎていたのかもしれない。
小さくて可愛い存在で、会えば抱っこさせてもらえると信じ込んでいたが、それも無理かもしれないと分かって絶望的になる。
「何かいい方法はある?」
「じりじりと近寄るんだ。相手が警戒しないくらいに少しずつ。そして、一時間も同じ部屋にいたら、顔くらいは見られるようになっているかもしれない」
赤ちゃんを見るというのはそれほど難易度が高いものだったのか。
軽い気持ちで会いに行きたいと考えていた僕にとっては大きな衝撃だった。
僕とアルマスが話している間に、ロヴィーサ嬢はアンニーナに淑女のマナーを教えている。綺麗なワンピースを着たアンニーナを椅子に座らせている。
「足は閉じてください。背筋は伸ばして。両手は軽く膝の上で組んで」
「は、はい」
「足を交差させてはいけません。膝から下は少し斜めになるように」
「こうですか?」
「とても美しい座り方です」
座り方を指導して、ロヴィーサ嬢はアンニーナに詩集を読ませる。読んでいる間に座り方が崩れて来ると、指導が入る。
「前屈みにならないように気を付けてください」
「いけない、うっかり」
「喋り方も気をつけましょうね」
「はい、気を付けます」
詩集を読んだ後にはおやつの時間が待っているのだが、その間も淑女のマナー講座は終わっていない。
「足を崩さないように気を付けてください。背筋も伸ばして。ケーキは一口大に切って、大きく頬張らないようにしてください」
「これは大きいですか?」
「それの半分くらいにしましょうね」
「はい」
アクセリもアルマスもおやつを食べているが、アンニーナが指導されているので、気が気ではなくて、二人とも足を閉じて座って、背筋を伸ばして、ケーキも小さく切って一口ずつ食べていた。
僕はついつい大きく切って頬張ってしまう。口いっぱいに頬張るととても幸せな気分になるのだ。
「マンドラゴラの栄養剤はどうなっていますか?」
「兄上と最適な薬草を探しています。今の栄養剤でも効果はあるのですが、より強い効果の栄養剤を作りたいと思っています」
「アクセリとアンニーナと、薬草畑を作りました。そこで育った薬草を使って、様々な栄養剤を試しているところです。これが今回の試作品になります」
アクセリもアルマスも、ロヴィーサ嬢の前ではきちんと敬語が使えている。姿勢よく座っているし、アンニーナの教育の成果はアルマスとアクセリにも出ているのかもしれない。
「ありがとう、アルマス。エーメルに飲ませるね」
「前の栄養剤と差があったら教えて欲しい」
アルマスの領地ではマンドラゴラを育てている以外に、マンドラゴラの栄養剤も開発している。
モンスターの肉や魔力のこもった食材の毒素を抜くのにマンドラゴラが必須なので、それがこの国の利益になることは分かり切っていた。
「ロヴィーサ様、近所の子どもが高熱を出して、お医者様もどう処置していいか分からないような状態になったのです」
アクセリがロヴィーサ嬢に報告している。
「それは大変ですね。治ったのですか?」
「マンドラゴラと薬草を合わせて煎じて飲ませたら治りました」
「マンドラゴラは薬効がありますからね。それを薬草で増幅させたのですね」
「そうです。兄上も私もアンニーナもとても感謝されました」
原因不明の高熱となると疫病かと警戒してしまうが、アルマスとアクセリとアンニーナが作ったマンドラゴラと薬草を煎じた薬で治ったのならば安心だ。
「その高熱にかかったのは、その子どもだけですか?」
「他にも幼年学校で同じクラスの子どもがかかっていました。その子たちも、マンドラゴラと薬草を合わせて煎じた薬で治りました」
小規模とはいえ感染症が流行っていたことは間違いないようだ。
それが小規模で抑えられたのは、アルマスとアクセリとアンニーナの薬があったからだろう。
「領民を助けるのは領地の管理者の責任です。わたくしも魔窟の管理に行ってまいりました。アルマス様とアクセリ様とアンニーナ様は、薬学という分類で領民を守って差し上げてください」
ロヴィーサ嬢に言われてアクセリは誇らし気な顔で頷いていた。
ロヴィーサ嬢を見詰めるアクセリの緑色の瞳に、僕は何となく胸がもやもやとする。アクセリはロヴィーサ嬢にとても懐いているのだ。
「アクセリはロヴィーサ嬢が好きなの?」
我慢できずに聞いてしまうと、アクセリが顔を真っ赤にする。
「憧れてるだけです。綺麗な貴族のお姫様だし、こんなに優しいひとは見たことがなかったし」
貴族の中ではロヴィーサ嬢のように心が優しくて、アクセリに親切にしてくれるひとがいなかったのは理解できる。それでもロヴィーサ嬢は僕の婚約者なのだ。
アクセリには申し訳ないが、譲ることはできない。
「ロヴィーサ嬢は僕のものだからね! アクセリは自分の相手を探してよね」
嫉妬心剥き出しで言ってしまった僕に、アルマスがお茶を吹きだし、ロヴィーサ嬢が笑い出す。
「エド殿下、アクセリ様に嫉妬することはないのですよ」
「嫉妬します! ロヴィーサ嬢は僕のです!」
「わたくしはエド殿下の婚約者で、それが覆されることはないのです。これは公爵家と王家を繋ぐ政略結婚なのですからね」
僕とロヴィーサ嬢の結婚が国の一大事業だという認識はある。あるのだが、僕はロヴィーサ嬢のことになると冷静になれない。
「アクセリはまだ十一歳だし、憧れてるだけだよ。エドヴァルド殿下のライバルになるはずがない」
「私はエドヴァルド殿下からロヴィーサ様を奪うことなどできませんよ!?」
「エドヴァルド殿下は、もっと自信を持ってよろしいのではないですか?」
アルマスが苦笑して、アクセリは必死になって言い訳をして、アンニーナが微笑む。三者三様の対応に僕はやっと落ち着いていた。
「エド殿下、紅茶とケーキのお代わりをお持ちしましょう。他にお代りが欲しい方はいますか?」
「私もいただきたいです」
「お願いします」
「私もよろしくお願いします」
アンニーナが上品に口元を拭きながら言って、アクセリも声を上げて、アルマスも手を上げている。
「皆さまですね。わたくしもお代わりをいただきましょう」
爺やにお代りのケーキとお茶をお願いするロヴィーサ嬢に、爺やが一礼してすぐに持ってきてくれる。
気温が上がり始めたので冷たいミルクティーとサクランボのケーキで改めてお茶にする。
「淑女は小鳥のように小食であるべきと言われていますが、それは気にしなくていいと思います。他の方の分を配慮できないことは問題ですが、自分の分はきっちりと食べて構わないです」
アンニーナへのロヴィーサ嬢の教育は終わっていない。
見栄で食べない淑女よりも、ロヴィーサ嬢のようによく食べる淑女が僕は好きなので、アンニーナへの言葉も頷きながら聞いていた。
「妹と弟が迷惑をかけてないか心配なんだ。いつも本当にすまない」
「アンニーナもアクセリもいい子じゃないか」
「猫を被っているだけなんだ。あの子たちはただのいい子じゃない」
真面目な顔になっているアルマスは、これまでアクセリとアンニーナを育てる中で色んなことがあったのかもしれない。それがどういうことなのか、下に弟妹のいない僕は想像がつかなかったけれど、アルマスの顔を見ていると並大抵のことではなさそうだった。
「弟や妹を育てるって大変?」
「大変なんて一言で片付けられるものじゃない」
「そ、そうなんだ」
僕はアルマスに聞きたいことがあった。
「ヒルダ姉上が甥のミルカを産んだんだ。夏休みに会いに行こうと思っているんだけれど、赤ちゃんってどんな風に接したらいいのかな?」
「目を合すな」
「へ?」
「最初は目を合すな。無理に近寄ろうとしてもダメだ。慣れてない相手だと激しく泣く」
ショックである。
僕は可愛い甥のミルカを可愛がりたいのに、目を合せてはいけない、近寄ってはいけないと言われてしまった。
「アクセリもアンニーナも人見知りが酷くて大変だった。慣れている家族以外が近寄ると、引き付けを起こすまで泣き続けていた」
「そんなに、大変なの!?」
「抱っこも俺か両親しか無理だったし、俺は小さくて碌に抱っこできなかったから、泣きながら俺のことを追い駆けて来てたし」
赤ちゃんを僕は甘く見過ぎていたのかもしれない。
小さくて可愛い存在で、会えば抱っこさせてもらえると信じ込んでいたが、それも無理かもしれないと分かって絶望的になる。
「何かいい方法はある?」
「じりじりと近寄るんだ。相手が警戒しないくらいに少しずつ。そして、一時間も同じ部屋にいたら、顔くらいは見られるようになっているかもしれない」
赤ちゃんを見るというのはそれほど難易度が高いものだったのか。
軽い気持ちで会いに行きたいと考えていた僕にとっては大きな衝撃だった。
僕とアルマスが話している間に、ロヴィーサ嬢はアンニーナに淑女のマナーを教えている。綺麗なワンピースを着たアンニーナを椅子に座らせている。
「足は閉じてください。背筋は伸ばして。両手は軽く膝の上で組んで」
「は、はい」
「足を交差させてはいけません。膝から下は少し斜めになるように」
「こうですか?」
「とても美しい座り方です」
座り方を指導して、ロヴィーサ嬢はアンニーナに詩集を読ませる。読んでいる間に座り方が崩れて来ると、指導が入る。
「前屈みにならないように気を付けてください」
「いけない、うっかり」
「喋り方も気をつけましょうね」
「はい、気を付けます」
詩集を読んだ後にはおやつの時間が待っているのだが、その間も淑女のマナー講座は終わっていない。
「足を崩さないように気を付けてください。背筋も伸ばして。ケーキは一口大に切って、大きく頬張らないようにしてください」
「これは大きいですか?」
「それの半分くらいにしましょうね」
「はい」
アクセリもアルマスもおやつを食べているが、アンニーナが指導されているので、気が気ではなくて、二人とも足を閉じて座って、背筋を伸ばして、ケーキも小さく切って一口ずつ食べていた。
僕はついつい大きく切って頬張ってしまう。口いっぱいに頬張るととても幸せな気分になるのだ。
「マンドラゴラの栄養剤はどうなっていますか?」
「兄上と最適な薬草を探しています。今の栄養剤でも効果はあるのですが、より強い効果の栄養剤を作りたいと思っています」
「アクセリとアンニーナと、薬草畑を作りました。そこで育った薬草を使って、様々な栄養剤を試しているところです。これが今回の試作品になります」
アクセリもアルマスも、ロヴィーサ嬢の前ではきちんと敬語が使えている。姿勢よく座っているし、アンニーナの教育の成果はアルマスとアクセリにも出ているのかもしれない。
「ありがとう、アルマス。エーメルに飲ませるね」
「前の栄養剤と差があったら教えて欲しい」
アルマスの領地ではマンドラゴラを育てている以外に、マンドラゴラの栄養剤も開発している。
モンスターの肉や魔力のこもった食材の毒素を抜くのにマンドラゴラが必須なので、それがこの国の利益になることは分かり切っていた。
「ロヴィーサ様、近所の子どもが高熱を出して、お医者様もどう処置していいか分からないような状態になったのです」
アクセリがロヴィーサ嬢に報告している。
「それは大変ですね。治ったのですか?」
「マンドラゴラと薬草を合わせて煎じて飲ませたら治りました」
「マンドラゴラは薬効がありますからね。それを薬草で増幅させたのですね」
「そうです。兄上も私もアンニーナもとても感謝されました」
原因不明の高熱となると疫病かと警戒してしまうが、アルマスとアクセリとアンニーナが作ったマンドラゴラと薬草を煎じた薬で治ったのならば安心だ。
「その高熱にかかったのは、その子どもだけですか?」
「他にも幼年学校で同じクラスの子どもがかかっていました。その子たちも、マンドラゴラと薬草を合わせて煎じた薬で治りました」
小規模とはいえ感染症が流行っていたことは間違いないようだ。
それが小規模で抑えられたのは、アルマスとアクセリとアンニーナの薬があったからだろう。
「領民を助けるのは領地の管理者の責任です。わたくしも魔窟の管理に行ってまいりました。アルマス様とアクセリ様とアンニーナ様は、薬学という分類で領民を守って差し上げてください」
ロヴィーサ嬢に言われてアクセリは誇らし気な顔で頷いていた。
ロヴィーサ嬢を見詰めるアクセリの緑色の瞳に、僕は何となく胸がもやもやとする。アクセリはロヴィーサ嬢にとても懐いているのだ。
「アクセリはロヴィーサ嬢が好きなの?」
我慢できずに聞いてしまうと、アクセリが顔を真っ赤にする。
「憧れてるだけです。綺麗な貴族のお姫様だし、こんなに優しいひとは見たことがなかったし」
貴族の中ではロヴィーサ嬢のように心が優しくて、アクセリに親切にしてくれるひとがいなかったのは理解できる。それでもロヴィーサ嬢は僕の婚約者なのだ。
アクセリには申し訳ないが、譲ることはできない。
「ロヴィーサ嬢は僕のものだからね! アクセリは自分の相手を探してよね」
嫉妬心剥き出しで言ってしまった僕に、アルマスがお茶を吹きだし、ロヴィーサ嬢が笑い出す。
「エド殿下、アクセリ様に嫉妬することはないのですよ」
「嫉妬します! ロヴィーサ嬢は僕のです!」
「わたくしはエド殿下の婚約者で、それが覆されることはないのです。これは公爵家と王家を繋ぐ政略結婚なのですからね」
僕とロヴィーサ嬢の結婚が国の一大事業だという認識はある。あるのだが、僕はロヴィーサ嬢のことになると冷静になれない。
「アクセリはまだ十一歳だし、憧れてるだけだよ。エドヴァルド殿下のライバルになるはずがない」
「私はエドヴァルド殿下からロヴィーサ様を奪うことなどできませんよ!?」
「エドヴァルド殿下は、もっと自信を持ってよろしいのではないですか?」
アルマスが苦笑して、アクセリは必死になって言い訳をして、アンニーナが微笑む。三者三様の対応に僕はやっと落ち着いていた。
「エド殿下、紅茶とケーキのお代わりをお持ちしましょう。他にお代りが欲しい方はいますか?」
「私もいただきたいです」
「お願いします」
「私もよろしくお願いします」
アンニーナが上品に口元を拭きながら言って、アクセリも声を上げて、アルマスも手を上げている。
「皆さまですね。わたくしもお代わりをいただきましょう」
爺やにお代りのケーキとお茶をお願いするロヴィーサ嬢に、爺やが一礼してすぐに持ってきてくれる。
気温が上がり始めたので冷たいミルクティーとサクランボのケーキで改めてお茶にする。
「淑女は小鳥のように小食であるべきと言われていますが、それは気にしなくていいと思います。他の方の分を配慮できないことは問題ですが、自分の分はきっちりと食べて構わないです」
アンニーナへのロヴィーサ嬢の教育は終わっていない。
見栄で食べない淑女よりも、ロヴィーサ嬢のようによく食べる淑女が僕は好きなので、アンニーナへの言葉も頷きながら聞いていた。
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