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ユストゥス編
7.ライナルトの告白
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初めてエリーアスとギルベルトの家に招いて以来、ライナルトは頻繁に二人の家に行きたがるようになった。暖かい家庭に憧れていたのだろう。
ギルベルトが複雑な家庭で生まれ育ったのはユストゥスもエリーアスやギルベルト本人から聞いていた。ライナルトもまた両親の自分勝手な行動によって生み出されて、放置されていた子どもだった。
その点を考えると、ひととの距離の取り方を分かっていないライナルトの危うさの理由がユストゥスにも理解できる。女性とどれだけ遊んでもライナルトが満たされていなかったであろうことも分かる。
「ユストゥスはエリーアスに愛されて、両親にも愛されて育ったんだな」
「まぁ、そうなるね」
「そういう夫婦の愛情とか、家族の愛情とか、物語の中のものだけで、本当はないんだと思ってたんだ」
エリーアスとギルベルトの関係に憧れて家に通いたがるようになってから、ぽつぽつとライナルトも自分の話をするようになった。休憩室で話していたのはユストゥスだけで、ライナルトが完全に聞き役に回っていた頃とは違う。
それでも嫌ではないし、聞こうと思うのは、ユストゥスがエリーアスとギルベルトを介してライナルトと時間を共有したからだろう。ライナルトはエリーアスにもギルベルトにも非常に友好的だった。ユストゥスは心からエリーアスとギルベルトの幸せを願っているので、二人の仲を応援するのならばライナルトがそこにいても全く気にならなかった。
「エリーアスとギルベルトの家から部屋に帰ったら、妙に寒く感じた。俺はずっと寂しかったのかもしれない」
自分の気持ちを吐露するライナルトは素直で可愛く思える。ユストゥスの方が年下のはずなのに、ライナルトは危うく、幼く感じられた。
「もう女遊びはやめたの?」
「遊んでも満たされることがないって分かったし、俺が求めていたものと違ってた」
妊娠した女性が金をせびりに来るほどにライナルトの女遊びは激しいものだったようだが、最近はそれをしていないとユストゥスにもはっきりと分かるのは、空いている日は必ずエリーアスとギルベルトの家に行きたがるからだ。そんなに頻繁にエリーアスとギルベルトの家に行っていて女性とまで遊べるはずがない。
「今日はエリーアスとギルベルトの家に行くのか?」
「今日はやめておくよ。たまには二人きりの時間も大事にさせてあげたいからね」
新婚の二人のことを配慮してユストゥスはときどき二人を訪ねない日もあるのだが、その日にはライナルトからお誘いが入る。
「一人で食べても味気ないんだ。一緒に食事でもどうかな?」
「冷凍のピザを焼こうか? それに買ってきたサラダをつければいい」
「サラダがついてればカロリーという罪悪感はなしになると思ってないか?」
「思ってる」
そもそもユストゥスがライナルトからの誘いを断っていたのは、外食を好まないからだった。外で食べると他人の行動が気になってしまうし、妙なところから声をかけられかねない。ユストゥスが疫病の特効薬を開発してからその傾向は顕著で、元々外食が苦手だったのに、ユストゥスは完全に外食をしないようになってしまった。
他人が苦手という点ではユストゥスはエリーアスと似ているのかもしれない。
エリーアスが素っ気ない言葉で断ってひたすらに避けるのと違って、ユストゥスは笑顔できっぱりと断って近寄せないだけだ。
妙な距離感を保とうとするライナルトも最初はそれほど好きではなかったが、今はそれなりに心を許している。話をすることがライナルトとユストゥスの仲を繋いでいた。
ユストゥスの部屋に招いて冷凍食品を温めて食べるか、ライナルトの部屋に行って冷凍食品を温めて食べるか、どちらかになるのだが、夕食のお誘いにもユストゥスは快い返事をしていた。
「ピザくらい、時間があれば俺も作れるのにな」
「ライナルトは料理ができるのかな?」
「女にモテるコツは、料理と家事ができることだよ」
相手が泊って行った次の日に朝食を出すと、ものすごく反応がいいのだと言われて、ユストゥスの頭を流産した女性が過った。ライナルトの子どもではなかったとしても、金をせびるためと言っていたが、ただ混乱してライナルトに助けて欲しくて来たのではないだろうか。
それだけの優しさをライナルトに見出していたが、ライナルトの方は計算でしかなかったのが彼女の悲劇だった。あれ以来彼女には会っていないし、ライナルトの周辺にも女性の姿は見ていない。
「早上がりにして僕にピザを作ってくれるの?」
「ユストゥスが望むなら」
嬉しそうに休憩室から出て行くライナルトが本気であることを悟って、ユストゥスは期待して研究に戻った。研究を進めて、切りの良いところでライナルトから送られてきたデータを見ると、もうライナルトが退勤済みなのが分かる。データの出来はまだ自分の仮定に結果を引き寄せるようなことがないわけではなかったが、以前よりはずっと良くなった。
仮定がかなり的を得ているのだから、それでデータとして使えないわけではないが、やはり間違いは正したい。細かな修正を入れてデータを送りかえしてから、ユストゥスは退勤して駐車場の電気自動車に乗った。
自動運転機能はついているが、自分で運転するのも楽しみの一つなのでユストゥスは運転してライナルトの部屋に行く。マンションのエントランスを通るとき、ユストゥスが通ったのに合わせて見知らぬ女性が入って来た。
何事かと思っていると、ライナルトの部屋に向かっている。
これはもしかしてまずいのではないだろうかと携帯端末を手に取ったときには、女性はライナルトの部屋のインターフォンを押していた。
「いらっしゃい、ユストゥス」
「ユストゥス……それが、新しい女の名前?」
どう聞いても男性名なのだが、女性は頭に血が上っているようで正常な判断ができていない。バッグの中から取り出した包丁がステンレスのきらめきを放っていた。
「目の前で刃傷沙汰とか、やめてよね!」
持っていた鞄を女性に思い切り投げつけると、女性の体がライナルトから離れる。取り落とした包丁を踏みつけて、ユストゥスは警察に連絡をしていた。
警察が来るまで暴れる女性をライナルトが押さえつける。
「私は本気だったのに! 他の女がいても、最終的には私の元に帰ってくるんだと思っていたのに!」
ヒステリックに叫んで泣く女性に、ライナルトはただ「ごめん」と謝っていた。
「俺は知らなかったんだ、愛情がどんなものか」
「私を愛してなかったの?」
「ごめん」
素直に答えるライナルトに女性が大声で泣き出す。駆け付けた警察官に状況を説明して、ユストゥスは女性を引き渡した。落ちた鞄を拾って、はたいてライナルトの部屋に入ると意気消沈しているのが分かる。
「彼女は俺に本気だったと言った。俺はどの相手も俺に対して本気にならないし、俺も本気じゃないと思ってた。俺は女性を傷付けていたのか」
「そうだろうね」
「ユストゥス、そんな俺を軽蔑するか?」
ライナルトの問いかけにユストゥスは肩をすくめる。
「軽蔑するっていうか、ライナルトは愚かだったんだなとは思うよ。でも、ひとって変わるものだろう。軽蔑してるなら、ライナルトの部屋に入ってない」
部屋の中はピザの焼けるいい匂いがしていた。半熟卵とクルトンとベーコンと粉チーズの乗ったシーザーサラダも出来上がっている。
「シーザーサラダは、カロリーの暴力じゃない?」
「これが美味しいんだよ」
「カロリーという罪悪感をなくすためのサラダなのに、意味がないじゃないか」
軽口を叩けばライナルトの表情が少し明るくなった。刺されなくてよかったとは思ったが、今後もこのようなことが続けばライナルトは消耗して行くだろう。これまでの女性と手を切った方がいいのではないだろうか。
「ライナルトは、これまで付き合ってきた女性に連絡して、全員にもう遊ぶことはない、別れるって言った方がいいよ」
「そうだな。もう一人に絞ると言った方がいいのかもしれない」
「一人に絞る……んん? ライナルト、そういう相手がいたの?」
エリーアスとギルベルトの部屋に頻繁に来ているし、それがないときにはユストゥスの部屋に来るか、ユストゥスを部屋に招いて食事をしている。どこに女性と会う時間があったのだろうとユストゥスが首を傾げると、ライナルトが真剣な眼差しでユストゥスを見詰めた。
「ユストゥスが好きなんだ」
「僕ぅ?」
「そうだ。俺はユストゥスが好きだ。愛してる」
二人の間に沈黙が生まれる。
好きだと言われて、愛していると言われて、どう返していいか迷う時点でユストゥスもライナルトのことが気になっていたのかもしれない。
「とりあえず、食べよう。それから、女性に連絡だ」
「あ、あぁ。ユストゥス、返事は?」
「考えさせて」
今はまだ答えられないというユストゥスに、ライナルトは金色の目をじっと向けていた。
ギルベルトが複雑な家庭で生まれ育ったのはユストゥスもエリーアスやギルベルト本人から聞いていた。ライナルトもまた両親の自分勝手な行動によって生み出されて、放置されていた子どもだった。
その点を考えると、ひととの距離の取り方を分かっていないライナルトの危うさの理由がユストゥスにも理解できる。女性とどれだけ遊んでもライナルトが満たされていなかったであろうことも分かる。
「ユストゥスはエリーアスに愛されて、両親にも愛されて育ったんだな」
「まぁ、そうなるね」
「そういう夫婦の愛情とか、家族の愛情とか、物語の中のものだけで、本当はないんだと思ってたんだ」
エリーアスとギルベルトの関係に憧れて家に通いたがるようになってから、ぽつぽつとライナルトも自分の話をするようになった。休憩室で話していたのはユストゥスだけで、ライナルトが完全に聞き役に回っていた頃とは違う。
それでも嫌ではないし、聞こうと思うのは、ユストゥスがエリーアスとギルベルトを介してライナルトと時間を共有したからだろう。ライナルトはエリーアスにもギルベルトにも非常に友好的だった。ユストゥスは心からエリーアスとギルベルトの幸せを願っているので、二人の仲を応援するのならばライナルトがそこにいても全く気にならなかった。
「エリーアスとギルベルトの家から部屋に帰ったら、妙に寒く感じた。俺はずっと寂しかったのかもしれない」
自分の気持ちを吐露するライナルトは素直で可愛く思える。ユストゥスの方が年下のはずなのに、ライナルトは危うく、幼く感じられた。
「もう女遊びはやめたの?」
「遊んでも満たされることがないって分かったし、俺が求めていたものと違ってた」
妊娠した女性が金をせびりに来るほどにライナルトの女遊びは激しいものだったようだが、最近はそれをしていないとユストゥスにもはっきりと分かるのは、空いている日は必ずエリーアスとギルベルトの家に行きたがるからだ。そんなに頻繁にエリーアスとギルベルトの家に行っていて女性とまで遊べるはずがない。
「今日はエリーアスとギルベルトの家に行くのか?」
「今日はやめておくよ。たまには二人きりの時間も大事にさせてあげたいからね」
新婚の二人のことを配慮してユストゥスはときどき二人を訪ねない日もあるのだが、その日にはライナルトからお誘いが入る。
「一人で食べても味気ないんだ。一緒に食事でもどうかな?」
「冷凍のピザを焼こうか? それに買ってきたサラダをつければいい」
「サラダがついてればカロリーという罪悪感はなしになると思ってないか?」
「思ってる」
そもそもユストゥスがライナルトからの誘いを断っていたのは、外食を好まないからだった。外で食べると他人の行動が気になってしまうし、妙なところから声をかけられかねない。ユストゥスが疫病の特効薬を開発してからその傾向は顕著で、元々外食が苦手だったのに、ユストゥスは完全に外食をしないようになってしまった。
他人が苦手という点ではユストゥスはエリーアスと似ているのかもしれない。
エリーアスが素っ気ない言葉で断ってひたすらに避けるのと違って、ユストゥスは笑顔できっぱりと断って近寄せないだけだ。
妙な距離感を保とうとするライナルトも最初はそれほど好きではなかったが、今はそれなりに心を許している。話をすることがライナルトとユストゥスの仲を繋いでいた。
ユストゥスの部屋に招いて冷凍食品を温めて食べるか、ライナルトの部屋に行って冷凍食品を温めて食べるか、どちらかになるのだが、夕食のお誘いにもユストゥスは快い返事をしていた。
「ピザくらい、時間があれば俺も作れるのにな」
「ライナルトは料理ができるのかな?」
「女にモテるコツは、料理と家事ができることだよ」
相手が泊って行った次の日に朝食を出すと、ものすごく反応がいいのだと言われて、ユストゥスの頭を流産した女性が過った。ライナルトの子どもではなかったとしても、金をせびるためと言っていたが、ただ混乱してライナルトに助けて欲しくて来たのではないだろうか。
それだけの優しさをライナルトに見出していたが、ライナルトの方は計算でしかなかったのが彼女の悲劇だった。あれ以来彼女には会っていないし、ライナルトの周辺にも女性の姿は見ていない。
「早上がりにして僕にピザを作ってくれるの?」
「ユストゥスが望むなら」
嬉しそうに休憩室から出て行くライナルトが本気であることを悟って、ユストゥスは期待して研究に戻った。研究を進めて、切りの良いところでライナルトから送られてきたデータを見ると、もうライナルトが退勤済みなのが分かる。データの出来はまだ自分の仮定に結果を引き寄せるようなことがないわけではなかったが、以前よりはずっと良くなった。
仮定がかなり的を得ているのだから、それでデータとして使えないわけではないが、やはり間違いは正したい。細かな修正を入れてデータを送りかえしてから、ユストゥスは退勤して駐車場の電気自動車に乗った。
自動運転機能はついているが、自分で運転するのも楽しみの一つなのでユストゥスは運転してライナルトの部屋に行く。マンションのエントランスを通るとき、ユストゥスが通ったのに合わせて見知らぬ女性が入って来た。
何事かと思っていると、ライナルトの部屋に向かっている。
これはもしかしてまずいのではないだろうかと携帯端末を手に取ったときには、女性はライナルトの部屋のインターフォンを押していた。
「いらっしゃい、ユストゥス」
「ユストゥス……それが、新しい女の名前?」
どう聞いても男性名なのだが、女性は頭に血が上っているようで正常な判断ができていない。バッグの中から取り出した包丁がステンレスのきらめきを放っていた。
「目の前で刃傷沙汰とか、やめてよね!」
持っていた鞄を女性に思い切り投げつけると、女性の体がライナルトから離れる。取り落とした包丁を踏みつけて、ユストゥスは警察に連絡をしていた。
警察が来るまで暴れる女性をライナルトが押さえつける。
「私は本気だったのに! 他の女がいても、最終的には私の元に帰ってくるんだと思っていたのに!」
ヒステリックに叫んで泣く女性に、ライナルトはただ「ごめん」と謝っていた。
「俺は知らなかったんだ、愛情がどんなものか」
「私を愛してなかったの?」
「ごめん」
素直に答えるライナルトに女性が大声で泣き出す。駆け付けた警察官に状況を説明して、ユストゥスは女性を引き渡した。落ちた鞄を拾って、はたいてライナルトの部屋に入ると意気消沈しているのが分かる。
「彼女は俺に本気だったと言った。俺はどの相手も俺に対して本気にならないし、俺も本気じゃないと思ってた。俺は女性を傷付けていたのか」
「そうだろうね」
「ユストゥス、そんな俺を軽蔑するか?」
ライナルトの問いかけにユストゥスは肩をすくめる。
「軽蔑するっていうか、ライナルトは愚かだったんだなとは思うよ。でも、ひとって変わるものだろう。軽蔑してるなら、ライナルトの部屋に入ってない」
部屋の中はピザの焼けるいい匂いがしていた。半熟卵とクルトンとベーコンと粉チーズの乗ったシーザーサラダも出来上がっている。
「シーザーサラダは、カロリーの暴力じゃない?」
「これが美味しいんだよ」
「カロリーという罪悪感をなくすためのサラダなのに、意味がないじゃないか」
軽口を叩けばライナルトの表情が少し明るくなった。刺されなくてよかったとは思ったが、今後もこのようなことが続けばライナルトは消耗して行くだろう。これまでの女性と手を切った方がいいのではないだろうか。
「ライナルトは、これまで付き合ってきた女性に連絡して、全員にもう遊ぶことはない、別れるって言った方がいいよ」
「そうだな。もう一人に絞ると言った方がいいのかもしれない」
「一人に絞る……んん? ライナルト、そういう相手がいたの?」
エリーアスとギルベルトの部屋に頻繁に来ているし、それがないときにはユストゥスの部屋に来るか、ユストゥスを部屋に招いて食事をしている。どこに女性と会う時間があったのだろうとユストゥスが首を傾げると、ライナルトが真剣な眼差しでユストゥスを見詰めた。
「ユストゥスが好きなんだ」
「僕ぅ?」
「そうだ。俺はユストゥスが好きだ。愛してる」
二人の間に沈黙が生まれる。
好きだと言われて、愛していると言われて、どう返していいか迷う時点でユストゥスもライナルトのことが気になっていたのかもしれない。
「とりあえず、食べよう。それから、女性に連絡だ」
「あ、あぁ。ユストゥス、返事は?」
「考えさせて」
今はまだ答えられないというユストゥスに、ライナルトは金色の目をじっと向けていた。
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