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番外編 僕が彼女をこう呼ぶ理由
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「どうして天音じゃなくて、天音さんって呼んでるの?さんなんて付ける間柄じゃないだろう。」
凛太朗がこの質問をされることには正直、うんざりしていた。彼女のことをどう呼ぼうが勝手だろう、そう思う他ならなかったが、きちんとした理由はある。
これは、中学に上がるある少し前のことだっただろうか。それまでは凛太朗も、彼女のことを『天音』と呼んでいた。皆が納得をする呼び方だった。
天音の趣味は、ピアノだった。そして、それは、抜群に上手でもあり、同時に特技でもあった。
「私の一番好きな曲は、ノクターン。だからすごい練習して。コンクールの自由課題では、これを選ぶの。そして、絶対賞を取るわ。」
ある日、凛太朗は天音の家に行くと、彼女はそう話していた。もうすぐピアノコンクールがあるらしく、彼女はいつもよりもずっと話し方に熱がこもっていた。
「ふぅん。なら、練習しなよ。」
そう凛太朗が、天音のグラウンドピアノの譜面台に置いてある楽譜をパラパラと捲りながら言う。
「えっ、ダメよ。」
「何で?賞取りたいんでしょ。」
「凜ちゃんがいるのに。今日は、この前言ってたDVD見る約束でしょ。」
今日の目的は、彼女と海外で人気のアニメのDVDを見ることだった。いつも公園で遊ぶことが多いが、時には、アニメや映画を見ることもあった。凛太朗が、ニューヨークにいた頃に流行っていたアニメの話をするとすぐに天音が見たいと言ったのだ。
「そうだけど。アニメなんていつでも見れるし。天音の練習のが大事だろ。練習嫌い?」
「ううん、好き。」
そう言い、天音は、ピアノに向かい、鍵盤に指を滑らせる。彼女は、時折、楽譜に目をやり、音色を奏でている。しっとりとしたメロディーが部屋に響く。凛太朗は彼女の奏でる音色を聞くことが好きだった。
「あら、ピアノの音が聞こえていると思ったら、天音ちゃん練習していたの。凛太朗君に悪いでしょ。」
天音がピアノを弾き終わるとすぐに彼女の母がジュースとお菓子をトレイに乗せ持ってきたところだった。
「いつもありがとうございます。僕が聞きたいって言ったんです。天音のピアノの音が好きで。」
そう言うと、天音の母は、まぁ、と言う。
「小学生の男の子でピアノが好きなんて言ってくれる子がいたのは、驚きよ。天音ちゃんのお兄ちゃんなんて、ピアノを習わせていたのに、ちっとも楽しそうじゃないんだもの。」
「お兄ちゃん、外で走る方が好きだもんね。」
「男の子は、そんなものだとい言うけど、もう少し大人しくなってほしいわぁ、ってこんなことを凛太朗君に言ってちゃだめね。じゃ、DVD見るなら早く見ないと中途半端になっちゃうわよ。」
そう言い、天音の母は、彼女の部屋から出て行く。
「天音のお母さん、僕の母さんと違って、いつも優しいね。」
凛太朗は、自分の母親と重ねる。凛太朗の母親は、放任主義であり、凛太朗にどんな友達がいるかなど興味はないようだった。
「そうかなぁ。凜ちゃんのお母さんに会ったことないから、今度会わせてよ。」
「また、ね。忙しい人だから。」
「そっか。ね、あと1回聞いてほしい。私のノクターン。」
そう言い、天音は、深呼吸してから再び鍵盤に指を置く。先ほどよりも慣れた手つきで、指を滑らせていく。弾き終わると、天音は、はぁ、と言う。
「やっぱり、私には、無理かな。」
天音が、そう言い、近くのテーブルに置かれたクッキーを一枚手に取り、かじる。
「上手だったよ。僕は、そう思う。」
「でも、失敗しちゃった。好きな曲なのに。」
凛太郎にはわからなくても、弾いている本人が言うのだから、それは、失敗なのだろう。
「好きじゃなくても、誰だって失敗くらいあるだろ。」
「ショパンさんはどうやって弾いていたのかな。」
「ショパンさん?」
彼女が聞きなれない、ワードを出すため思わず復唱する。
「うん。ノクターンを作った人。私は、さん付けしてる。でも、お兄ちゃんには変だって。」
「どうして変なの?」
「そんな呼び方する人がいないから。」
天音は、少し自信がなさそうに言う。
「天音は、そう呼びたいんならいいじゃん。でも、どうしてショパンさん?」
そう言うと、天音は、譜面台に置いてあった楽譜を凛太朗の前まで持ってくる。
「見て。これがノクターンの楽譜。これ、考えたってすごいと思わない。私にはできない。だから、さんをつけるの。」
「好きだからってこと?」
そう凛太朗が問いかけると、少し天音は首をかしげる。
「うーん。好きは好き。でも、尊敬してるから。」
「そうなんだ、じゃあ……」
そう言いかけて、凛太朗は、黙る。天音は、急に黙った凛太朗を不思議そうに見る。
「どうしたの?」
「僕も、さんで呼ぶよ。」
「うん。ショパンさん、すごいもんね。」
天音は、持っていた楽譜を抱きしめ、ふんわりとほほ笑む。
「ううん。僕は、天音のことを尊敬してるから。これからは、天音さん。」
そう言うと、天音は、目を丸くし、えっ、と声を上げる。
「凜ちゃんのがすごいよ。英語話せるし。」
「住んでいたから当たり前だよ。日本に居るから日本語が話せるようなもんだから。天音さん、今日は、DVDやめて、ピアノ練習しよ。」
そう凛太朗が言うと、天音は、うん、と言い、ピアノに向かう。彼女の表情は、真剣だった。
呼び方一つで相手との関係を図るのは、1つの見極める方法ではあるかもしれない。しかし、それは人それぞれで、いろいろな想いが含まれている可能性だってある。今回の天音と凛太朗のように。
凛太朗がこの質問をされることには正直、うんざりしていた。彼女のことをどう呼ぼうが勝手だろう、そう思う他ならなかったが、きちんとした理由はある。
これは、中学に上がるある少し前のことだっただろうか。それまでは凛太朗も、彼女のことを『天音』と呼んでいた。皆が納得をする呼び方だった。
天音の趣味は、ピアノだった。そして、それは、抜群に上手でもあり、同時に特技でもあった。
「私の一番好きな曲は、ノクターン。だからすごい練習して。コンクールの自由課題では、これを選ぶの。そして、絶対賞を取るわ。」
ある日、凛太朗は天音の家に行くと、彼女はそう話していた。もうすぐピアノコンクールがあるらしく、彼女はいつもよりもずっと話し方に熱がこもっていた。
「ふぅん。なら、練習しなよ。」
そう凛太朗が、天音のグラウンドピアノの譜面台に置いてある楽譜をパラパラと捲りながら言う。
「えっ、ダメよ。」
「何で?賞取りたいんでしょ。」
「凜ちゃんがいるのに。今日は、この前言ってたDVD見る約束でしょ。」
今日の目的は、彼女と海外で人気のアニメのDVDを見ることだった。いつも公園で遊ぶことが多いが、時には、アニメや映画を見ることもあった。凛太朗が、ニューヨークにいた頃に流行っていたアニメの話をするとすぐに天音が見たいと言ったのだ。
「そうだけど。アニメなんていつでも見れるし。天音の練習のが大事だろ。練習嫌い?」
「ううん、好き。」
そう言い、天音は、ピアノに向かい、鍵盤に指を滑らせる。彼女は、時折、楽譜に目をやり、音色を奏でている。しっとりとしたメロディーが部屋に響く。凛太朗は彼女の奏でる音色を聞くことが好きだった。
「あら、ピアノの音が聞こえていると思ったら、天音ちゃん練習していたの。凛太朗君に悪いでしょ。」
天音がピアノを弾き終わるとすぐに彼女の母がジュースとお菓子をトレイに乗せ持ってきたところだった。
「いつもありがとうございます。僕が聞きたいって言ったんです。天音のピアノの音が好きで。」
そう言うと、天音の母は、まぁ、と言う。
「小学生の男の子でピアノが好きなんて言ってくれる子がいたのは、驚きよ。天音ちゃんのお兄ちゃんなんて、ピアノを習わせていたのに、ちっとも楽しそうじゃないんだもの。」
「お兄ちゃん、外で走る方が好きだもんね。」
「男の子は、そんなものだとい言うけど、もう少し大人しくなってほしいわぁ、ってこんなことを凛太朗君に言ってちゃだめね。じゃ、DVD見るなら早く見ないと中途半端になっちゃうわよ。」
そう言い、天音の母は、彼女の部屋から出て行く。
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凛太朗は、自分の母親と重ねる。凛太朗の母親は、放任主義であり、凛太朗にどんな友達がいるかなど興味はないようだった。
「そうかなぁ。凜ちゃんのお母さんに会ったことないから、今度会わせてよ。」
「また、ね。忙しい人だから。」
「そっか。ね、あと1回聞いてほしい。私のノクターン。」
そう言い、天音は、深呼吸してから再び鍵盤に指を置く。先ほどよりも慣れた手つきで、指を滑らせていく。弾き終わると、天音は、はぁ、と言う。
「やっぱり、私には、無理かな。」
天音が、そう言い、近くのテーブルに置かれたクッキーを一枚手に取り、かじる。
「上手だったよ。僕は、そう思う。」
「でも、失敗しちゃった。好きな曲なのに。」
凛太郎にはわからなくても、弾いている本人が言うのだから、それは、失敗なのだろう。
「好きじゃなくても、誰だって失敗くらいあるだろ。」
「ショパンさんはどうやって弾いていたのかな。」
「ショパンさん?」
彼女が聞きなれない、ワードを出すため思わず復唱する。
「うん。ノクターンを作った人。私は、さん付けしてる。でも、お兄ちゃんには変だって。」
「どうして変なの?」
「そんな呼び方する人がいないから。」
天音は、少し自信がなさそうに言う。
「天音は、そう呼びたいんならいいじゃん。でも、どうしてショパンさん?」
そう言うと、天音は、譜面台に置いてあった楽譜を凛太朗の前まで持ってくる。
「見て。これがノクターンの楽譜。これ、考えたってすごいと思わない。私にはできない。だから、さんをつけるの。」
「好きだからってこと?」
そう凛太朗が問いかけると、少し天音は首をかしげる。
「うーん。好きは好き。でも、尊敬してるから。」
「そうなんだ、じゃあ……」
そう言いかけて、凛太朗は、黙る。天音は、急に黙った凛太朗を不思議そうに見る。
「どうしたの?」
「僕も、さんで呼ぶよ。」
「うん。ショパンさん、すごいもんね。」
天音は、持っていた楽譜を抱きしめ、ふんわりとほほ笑む。
「ううん。僕は、天音のことを尊敬してるから。これからは、天音さん。」
そう言うと、天音は、目を丸くし、えっ、と声を上げる。
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「住んでいたから当たり前だよ。日本に居るから日本語が話せるようなもんだから。天音さん、今日は、DVDやめて、ピアノ練習しよ。」
そう凛太朗が言うと、天音は、うん、と言い、ピアノに向かう。彼女の表情は、真剣だった。
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