異能力と妖と短編集

彩茸

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雷龍涙

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―――山霧やまぎり家の庭に、一人雷羅らいらは立っていた。彼女の前には小さな二つの墓。
山霧夫妻の眠る墓の前で、雷羅は口を開いた。

「・・・君が死んでから、かなり経っちゃったけど。君が幽霊になってここに居る
 らしいって狗神いぬがみに聞いてね、会いに来てみたんだ」

 静也しずや晴樹はるきは出掛けており、今この場所には雷羅しかいない。
 雷羅は苦笑いを浮かべると、言葉を続ける。

「ぼくに君の・・・君達の姿は見えないけど。妖にも、幽霊が見える奴がいるん
 だってさ。羨ましいよ」

 柔らかな風が雷羅の金色の髪を揺らす。

「・・・狗神にさ、何で君が死んだことを教えてくれなかったんだって聞いたら、
 何て言ったと思う?『お主にまで悲しい思いをさせたくなかったんじゃ』だって。
 あいつぼくのこと優しいとか言ってたみたいだけど、狗神の方が何倍も優しいと
 思うんだよね。・・・まあ、それは君もよく知ってるか。いっつも楽しそうに
 喋ってたもんね」

 そうだ、えっと・・・と雷羅は恥ずかしそうに頬を掻く。

「ぼくね、君だけじゃなくて静也にも負けちゃったんだ。やっぱり、君の血を引い
 てるだけあってあの子も凄く強かったよ。何かあれば約束するって言ったらさ、
 静也って呼んでくれって言われちゃった。つい、そんなことで良いのかって聞き
 返しちゃったよ。あの後あれで本当に良かったのかなって静也の弟・・・そう
 だね、ここではちゃんと呼んであげようか。晴樹に言ったらさ、『静兄しずにいらしくて
 良いと思う』って笑ってた。本当に・・・兄弟揃って君にそっくりだ」

 雷羅は俯く。暫く無言で地面を見つめていた彼女は、墓を見て涙声で言った。

「何で、死んじゃったかな・・・。あの日ぼくが君の近くに居れば助けてあげられ
 たのかな?狗神が悲しい思いをせずに済んだのかな?ぼくは、ぼくは・・・!!」

 雷羅の目から涙がこぼれ落ちる。

「君を、守ってあげたかった。もっと生きていてほしかったんだよ、たける・・・!」

 ボロボロと涙を流しながら、雷羅は続ける。

「守るって、言ったのに。皆ぼくの居ない所で傷付いて、ぼくの居ない所で消えて
 いくんだ・・・。ずっと傍にいるなんてできない、でも約束は守りたい。分かって
 るんだ、単なる自分の我儘だって。・・・ねえ武、ぼくはどうすれば良い?」

 雷羅の言葉は、風に乗って消えていく。

「・・・答えてくれるはずもないか」

 そう呟いた雷羅は、涙を拭う。

「ごめんね、本当は泣くつもりなんてなかったんだ。・・・そろそろぼくは帰ると
 するよ。じゃあね、武と武の奥さん」

 雷羅はそう言って墓に背を向ける。雷羅が一歩踏み出すと、ふわりと風が吹く。

 『じゃあな』

 風に乗って、聞き馴染みのある声が聞こえた気がした。足を止めた雷羅は、泣き
 そうな笑みを浮かべて振り返る。
 目に映った墓石に向かって、雷羅は言った。

「あははっ、本当に居たんだね」
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