馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

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 師匠が自分のことを話さないなら、無理して聞かなくてもいいかと前は思ってた。俺だって、食べるために盗みを働いたことくらいあるし、聞かれたくないことが人にはあると思ってたから。
 けど、師匠を手に入れたかったら、もっとたくさんのことを知らないとだめだと思った。師匠のことをたくさん知って、師匠が嫌いなことを減らして、師匠が好きなことを増やす。いっぱい話もしたい。
 だから、師匠の昔のことを知ってるなら、誰にだって聞いてみる。

「うん? うーん……まあまあ昔からだな……」

 まあまあ昔、ということは少なくとも、師匠が英雄になって旅を始めた頃ではないと思う。子供の頃から、ならそういう言い方をしそうだから、そこからじゃない。

「……騎士団時代?」
「何だ、クライヴが騎士やってたことも知ってるのか」
「ラクレインさんたちから聞きました」

 師匠があんまり自分を大事にしてなかったことも、そんなつもりはなくて英雄になったことも。

「……英雄、なあ……」

 ぽつりとヒューさんが零したから、話してくれるように視線だけ向けた。

「……あいつは、俺にとっては本当に英雄なんだ」

 ヒューさんも昔、騎士団に所属していた。騎士としてではなくて、鍛冶師としてだったけど。騎士団に何人かいる鍛冶師のうちの一人で、騎士たちの剣や防具を作ったり、直したりするのが仕事だったらしい。剣を乱暴に扱うなって怒ったり、手入れの仕方を教えたり、騎士たちともいい関係を結んでいた。
 けどある日、騎士団の中から百人ほどがドラゴンを討伐しに行くことになった。ほとんど生きて帰れる見込みのない任務だ。彼らのために、鍛冶師たちは剣と防具を作った。本当に望みは薄いけど、でも、彼らが無事に帰ってこられるように。

 ただ、生きて帰ってこられたのはたった三人だけだった。その三人もぼろぼろで、一人は生きているのが不思議なくらいの大怪我だった。王都で三人は熱狂をもって迎えられたけど、ドラゴンと戦って命を落とした騎士たちのことには、誰も触れなかった。生き残ったのがたった三人だから、遺体を連れ帰ることも出来ないのは誰もがわかっていた。

「……とはいえ、自分の家族が戻ってこなかったら、そうそう割り切れるもんじゃないだろ?」

 亡くなった騎士の家族たちが、ドラゴンが倒された喜びに浸れるはずもなかった。悲しみは募る。恨みに変わりもする。

「自分の子供が死んだのは、鍛冶師の腕が悪かったせいだってやつが出始めてな」

 剣がなまくらだったから。防具に歪みがあったから。
 生き残った騎士たちを責めることは出来ないから、その他の、恨みをぶつけられる対象を探した結果が鍛冶師たちだったらしい。

「でも、死ぬかもしれないって」
「わかっててもさ。生き残りがいた分、何でうちの子供はってなったんだろう」

 次第に鍛冶師たちに実害が出始めて、彼らは王都を離れた。ヒューさんがここに住むようになったのも、そのせいだ。ウォツバルにいると押し掛けられるかもしれないから、さらに山奥の、簡単に人が来られない場所にひっそり暮らすようになった。
 それから山の暮らしも板について、何年も経った後のことだ。ウォツバルに買い出しに行った時に、一人の貴族が訪ねてきたそうだ。あの頃嫌がらせをしてきた貴族だとすぐにわかって身構えたものの、予想に反して丁寧な謝罪を受けた。生活の支援まで申し出られた。
 さすがに断ったものの、何があったのかと尋ねたらしい。

「俺も知らなかったんだが……クライヴがな、遺族を訪ねて回ってたんだ」

 命を守れなかったことを詫び、自分の体に残る傷も晒し、当時の状況を隠さず伝え。自分自身も死に掛けたのに、それでもどうか許してほしいと、一軒一軒を回っていた。本来なら国がやることらしいけど、そこまで手が回っていなかったんだろう、だそうだ。
 おかげで、鍛冶師を追い詰めていた人々の気持ちも徐々に治まって、今では王都に戻っている鍛冶師もいるらしい。

「……だから、俺にとってはあいつは本当の英雄なんだよ」

 ぴかぴかになった俺の剣を、ヒューさんが綺麗に拭いて渡してくれる。

「何があったか知らんが、対話は大事にしてるやつなんだ。きちんと向き合って、話してこいよ」
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