馬鹿犬は高嶺の花を諦めない

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野良犬、迷い犬、あの手が恋しい

9-1

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 剣の手入れはした。師匠にはまだまだ教えてもらいたいことがたくさんあるけど、今は一緒にいないから仕方ない。師匠に習った基本はきっちりおさらいして、後は魔物を倒しながら実戦をこなす。ついでに人を助けておけば、英雄を見かけていないか聞くことも出来る。ここのところ、見たっていう人はいないけど。モンドール商会の店に寄っても、ほとんど情報が出てこなくなった。師匠が何か、大変なことに巻き込まれてなければいいけど、それを知る術すらない。
 でも俺に出来るのは結局、師匠を探しながら旅をすることだし、師匠を見つけた時に、また置いてけぼりにされないよう、自分を鍛えておくしかない。ただ、剣だけだとやっぱり師匠に敵いそうにないから、ウィルマさんのところに行くことにした。師匠は魔術を使えないのに、とは思うけど、使えるものは何でも使えって師匠にも言われたし、俺が師匠に勝てそうなところなんて、むしろ魔術くらいしか思い付かない。

 そう思って森を抜けてきたら、変なやつに絡まれた。

「何モンだてめえ! ここは東の魔女の家だってわかってんのか!」

 知ってるけど。その東の魔女のウィルマさんに会いに来たから。
 こんなやついたっけと少し考えて、何となくどこかで見たような気がして首を捻る。師匠に関係ある人だったら忘れないはずなのに、全然思い出せない。でもどっかで見た気がするということは、師匠に少しは関係あるはずだ。
 誰だっけ、本当に。

「てめこら聞いてんのか!」
「うるさいぞ駄犬、無駄吠えするんじゃない」

 急にぐしゃっと相手が潰れたから、慌てて後ろに飛び退る。歪んでるのに何故かスムーズに開く扉からウィルマさんが出てきて、地面に這いつくばらされている男の上に座った。
 たぶんウィルマさんの魔術で、うるさいやつだけ動けなくしたんだと思う。

「何を騒いでるんだ。私はうるさいのは好かんと言っているだろう」
「でも先生! あいつ!」

 先生。前は家に住ませて魔術を教えている相手なんていないみたいだったけど。
 そこは自由になるらしい手を上げて、男が俺を指さす。

「あいつ、英雄の弟子で! 今は勇士とかいう!」
「ああ、そういえば称号持ちになったんだったか。おめでとう、仔犬」
「ありがとう、ございます……?」

 ウィルマさんと、敷物にされている男の温度差がすごい。どういう態度を取るのが正解かわからなくて、ひとまずお礼を言っておいた。お礼なら、別に面倒なことにはならないはずだ。

「あ、れ、先生、知り合いですか……?」
「クライヴ・バルトロウは私の教え子だし、そこの仔犬もそうだ」

 ウィルマさんの中で、いつまで俺は仔犬なんだろう。犬扱いされるのはちょっと久しぶりだ。王様に名前をもらったからか、みんなそっちで呼んでくるし、何よりずっと師匠に会ってない。
 大人しくなったと判断されたのか、ウィルマさんが立ち上がって、男が敷物から人間に戻る。しばらく見てたけど、やっぱりどういう人間だったか思い出せない。

「さすが先生! 英雄すら教え子だなんて、先生の方が遥かにすごッ」

 背中に乗って押さえ付けてから気が付いた。殺して大丈夫かな。ウィルマさんが誰かから預かってるなら、殺したら迷惑かもしれない。
 下でもがいているやつの首筋に剣を寄せて黙らせて、面白そうに眺めているウィルマさんを見上げる。

「殺していい?」
「そうさなぁ、実はそれが死ぬと私が困るんだ。すまんが仔犬、我慢してくれ」

 だめなのか。
 イラついたから大きく舌打ちして、首を押さえ付けて言っておく。

「命拾いしたな、クソ野郎」

 背中を踏んだまま立ち上がって、一度ぐりっと踵を押し付けてから剣を収めて下りる。慌ててウィルマさんの後ろに隠れてるけど、これくらいの距離だったらすぐやれるから意味はない。

「せ、先生、あいつヤバいですって……」
「仔犬はクライヴの信奉者だからなぁ。下手なことをすれば死ぬぞ、駄犬」

 よくわからないけど、師匠を貶めるやつは殺す。頑張っても思い出せないから、どうでもいいやつに違いないし。

「そもそもだ、駄犬。間諜なんぞをしていたわりには、あっさりとやられすぎじゃないか?」

 それで思い出した。こいつ、ウォツバルで俺に魔術を掛けてきたやつだ。ますます殺しても良さそうに思えてきた。
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