無口なはずの婚約者

３

正直気乗りはしないが、やっぱりオシャレで美味しいご飯が食べたいという欲求に負け、エリオットと共にそこで夕食をとることにした。

注文を終え、私がなんといい出そうか悩んでいる最中、エリオットは私だけをずっと見ていて気まずくなった。

「……そんなに見ないでちょうだい」
「……ああ、すまない」

エリオットは昔から素直だ。昔、私の家の花瓶を割ってしまった時だって、イタズラ好きなうちの猫のせいにせず、正直に申し出たのだから。

「それで……なんだが、君は、きっと勘違いをしているんだろう」
「勘違いとは？私は、エリオット様の恋を応援しようと思っているだけです」
「だから、それが勘違いなんだ」

エリオットが言うには、リリスは実はエリオットの家に籍こそ入れてはいないものの腹違いの妹で、女性が苦手になってしまったエリオットの為に度々訓練に付き合ってあげていたらしい。

確かにリリスはエリオットと同じような容姿をしていた気がする。色が同じだからお似合いね、なんて思っていたの私は相当鈍いのだろうか。

「ええと、それでどうして女性が苦手になったんですの、昔は私と遊んでいたではありませんか」

「……十一の頃に、同い年の妹――リリスがいることを知ったんだ。それから、度々来るリリスの母親から少し……言えないようなことをされてしまって、それで、苦手になってしまったんだ。君の事は好きだ。でも、僕は、どうしても怖いんだ」


「……ん？え？わ、私の事が好きと言いましたか？」
お気の毒な昔の話を親身になって聞いていたら、急に横から殴られたような衝撃だった。昔から何も変わっていなかったなんて。

「……うん、君はもう、僕のことが、好きじゃないんだろうけど」

事情も知らず酷い態度をとってしまった。私は今までしてきた行いが頭の中に駆け巡り、今すぐどこかに隠れてしまいたい気分になった。

私は今までなんてことをしていたの……。

「ごめんなさい。貴方がそんなに大変な思いをしていたというのに、私は自分の事ばっかり考えていて……貴方になんと謝罪をすればいいか、分からないわ」

「いいんだ、言っていなかったんだから、気が付かなくて当然さ」
エリオットはぎこちない笑みを浮かべ、優しい眼差しを私だけに向けてそう言った。
「……ありがとう」

上辺だけの言葉かもしれないが、私はそれだけで少し罪悪感が和らいだ。


食事を終え、私たちは私の家の馬車に乗り込んだ。

「ふう……エリオット様、やはり私以外の女性と二人でお出かけになるのはあまり外聞も良くないと思いますわ」

学園でも噂になっていた、リリスとエリオットの関係。下世話な人たちは恥じらいもなく大きな声で噂をしている。

私はその噂をうっかり信じ込んでしまったけれど、スキャンダルは将来の進路に不利になってしまう。

エリオットは馬車の窓から見える景色に目をやり、唇に手を当てた。そしてその唇から言葉を発した。
「それもそうだね……リリスに甘えてしまっていたようだ。君に、格好悪いところを見せたくなかったんだ。そこは、分かってくれないか」

エリオットは私と話す時でも震えている。あの時、リリスが満更でもない顔をしていたのはエリオットが怯えることなく自然な態度を取れていたからだろう。

私は震えているエリオットを見る度、わたしはリリスに強い嫉妬を覚えた。

「ええ、わかっていますわ」
それから、しばらくの沈黙の後エリオットの家に着いた。

「ルーナ、今日はありがとう。それと、今までごめん」

エリオットは顔を悲しそうに歪めてそう謝った。彼が謝る度に、私は胸が痛くなる。自分の行いを恥じたとしても、その行いが無かったことにはならない。それはエリオットも同じだ。

「もう、謝らないで。お互い様よ。私も、貴方も……。今日は意外といい日だったわ。心の準備が出来たら、また誘ってちょうだいね」

エリオットは私の言葉に涙しそうになったが、既のところで飲み込んだ。
「うん、ありがとう」
エリオットはぎこちなく話すし、ぎこちなく動く。そこまでして私と話したいのだろう。彼の想いはトラウマをも凌ぐのだろうか。私は彼を信じていた。しかしそれは不信に変わり、諦めとなった。今は、また信じたいと思う。そして、再びあの頃のように笑い合いたい。

エリオットは馬車から降りる間際、私の手を取り口づけをした。手は震え、酷く冷えていた。それでもその瞳には熱情が籠っていた。

「また、誘うよ。またね、ルーナ」