小さなお姫様と小さな兎

砂臥 環

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シャルロッテ⑭

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「……やあ、シャルロッテ」
「殿下……!」
「なかなか……ハッキリ聞こえるね……」
「そ、ソウデスネ……」

「「……」」

魔道具の性能は確かで、着いた翌日、先生と殿下が決めた所定の時間に無事通信は成功した。

(き、気まずい……!)

ただ魔道具の仕様上の問題で、狭い空間に向かい合わせで、互いの姿を見ながら話す感じなの。まるで教会の懺悔室の間の壁がない状態みたいでかなり気まずい。

魔道具は箱で、中央に置かれた丸い椅子を囲むように魔法陣が描かれていて、鏡を通して相手と繋がるらしいのだけど。

「……これ、なんで全身鏡なんですか?」
「気持ちはわかるよ……でも仕方ないんだ」

殿下曰く鏡の裏側に必要な術式を描く為であって、その方がコストパフォーマンスがいいのだとか。

「殿下って本当に魔術に興味がおありだったんですね」
「ふふ、まあね。 ジルゼ先生と仲良くなったのも、救護室でそんな話になったからで」

(あら、あのエピソードは殿下のだったのね)

他愛ない話をしたせいか気まずさが大分消えたけれど、なにをどう聞くか難しい。
殿下も本題に入るようではあるけれど、なにから話したらいいか考えあぐねているようだった。

「殿下、お時間は大丈夫なのですか?」 
「ん? うん。 寮に残っているし、コンラートもいる。 流石に申し訳ない気がしたもんで、今日はアシュリー嬢にお願いして、この外でお茶をして貰ってるよ」
「まあ用意周到! ……じゃあ、ゆっくりしてあげた方がおふたりにとっては有難いかもしれないですね?」
「そうかも」

私達は外のふたりを思い、笑い合った。




『これの問題点は沢山あって、まだまだ改良が必要なんだけど。 一番は送信側に手間と専門性が必要なトコなんだよねぇ……一度繋げばその一回は数時間とかなり長く持つまでにはなったんだけど、切ると一からやり直しでさ』

実際通信までに色々用意が必要で、ジルゼ先生は私に指示をしながらそう零していたの。

(数時間使用できるなら、そんなに焦らなくてもゆっくり話せばいいわ)

だから私は、ジルゼ先生がとても淑女らしかったことなどの少し遠い話から始めようと思ったのだけど。
逆に殿下は、話すことがなんとなく定まったらしかった。

「……シャルロッテ、この期に及んで僕はまだ迷ってるんだよ。 本当に君の言葉に甘えていいのかどうか」
「殿下、私は」
「いやいい、言わないで。 こんなことを言うこと自体卑怯なんだ。 君は『力になりたい』って言ってくれるに決まってるんだから。 ただ、信じて欲しい。 君に言えないことはあっても嘘を吐いたことはないし、吐かない」
「……わかりました」
「うん、ありがとう」

殿下は力無く笑って少し俯く。深呼吸なのか溜息なのかよくわからない息を深く吐いて、ゆっくり顔を上げたあと、神妙に話し出した。

「ギルベルタは元気だ……でも、18まで殆ど歳を取らない」
「──え……」

言われたことの意味が、すぐには理解できなかった。

「……『18まで殆ど歳を取らない』?」
「気持ちはわかるよ……でも言った通りの意味さ。 だから王宮にいて会えないし、学園にも通えない」
「で殿下はそれをどなたから」
「両親から」

曰く、『あの花を返すのを拒んだせいで、呪われてしまったのだ』──と。

殿下はそう伺ったらしい。
あれは精霊の姫君に捧げる筈のもので、魔女様は精霊に頼まれて開花のお手伝いをしていただけだとか、そんなことを。

「魔女様にも精霊達の怒りを完全に鎮めることはできず、それでも呪いを一定期間で止める約束を取り付けてくださったそうだよ。 あとは少しずつ成長させるくらいしかできなかったみたい」
「お姉様はそんな……」

私は呪いの話どうのより先に、お姉様が精霊だれかの大事な花を返さなかったことが信じられずに声を上げた。
でもその途中──あの時のことが過ぎってそれを止めた。

お姉様が殿下のお部屋から、出てきた後のこと。

確かお姉様はあの時、魔女様や兎に『花をできるだけもたせたい』というような話をしていたのを思い出して。
殿下の言葉が私の中で急に真実味を帯び、言葉と一緒に息を呑んだ。




「殿下は……それでお姉様とお会いしなく……?」
「成長しないことを指して言ってるなら違う。 ……気持ちは変わってしまったと思うけど、心変わりしたというのとも、ちょっと違う」

殿下は悲しそうに目を伏せた。

「僕は変わらずギルベルタが大好きだったんだ。 精霊の怒りを買ってまで花を大事に思ってくれたことも、とても嬉しかった……だけど過ごしているうちに」
「やっぱり成長しないことが……っ!」
「違う!!」

初めて殿下が声を荒らげたことに驚いた私の身体が、勝手に大きく震えた。
それに気付いた様子の殿下も我に返った様子で。「ごめん」と小声で言いながら顔ごと視線を逸らした。

私は怖くて胸がまだドキドキしていた。
考えてみれば、誰かに怒鳴られたことなんてないのだもの。

でも殿下の気持ちを決め付けたことに強く反省もしていた。私を信じて話してくださっているのに、今のはあんまりよ。

「い今のは私が悪いです! ……もし、もしもまだ信じてくださるなら、お気持ちを」

殿下は声が震えてしまった私に苦笑を向けた。

「いや……君にしてみれば当然だよ。 些か情報過多だし。 少し説明の順番も悪かった」

殿下は王宮に移ったお姉様と、当然これまでよりも多く会い、長く過ごせるようになった。
そして次第に違和感を感じるようになったそう。

「僕はギルベルタが大好きで。 でも、ギルベルタはそうじゃない気がしたんだよ」
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