小さなお姫様と小さな兎

砂臥 環

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レオンハルトへの隠し事

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ギルベルタが王宮に匿われてから、早いもので、七年の月日が経っていた。

思いの外、順調に時は過ぎた。
シャルロッテだけが姉に会えないのを不満そうにしていたけれど。
だが彼女も比べる対象がいなくなったせいか、徐々に我儘な振る舞いをすることが少なくなった。
昨年入学した学園では優秀な成績を修め、元来の愛嬌から友人も多いそう。

カサンドラはギルベルタのところに足繁く通っていたが、特にシャルロッテが学園に入ってからはその頻度は増えた。

有難いことにあの事件の前から王妃はカサンドラを可愛がってくれ、後からはいつでも王宮に来ることを許可してくれている。
それは喜ばしいことだったけれど、カサンドラはそれに甘えたりはせず、常に手紙で王妃の予定を確認し、先触れを出してから王宮を訪れていた。




「カサンドラ」
「ブリュンヒルデ様、ご機嫌麗しう」

王妃の名はブリュンヒルデ。
伴侶である国王、エーデルハイトすら滅多に呼ぶことのない名だが、彼女の宮でのみカサンドラはその名を呼ぶのを許されている。

王妃からの寵愛も含め、ギルベルタのお陰でカサンドラの評判は著しく上がっていた。
相変わらず彼女は控え目であまり夜会にも参加しないけれど、表立って悪口を言える者はもういない。

ギルベルタと会った後、たまにカサンドラは王妃から茶に誘われ共に楽しむ。

それなりに忙しい身の彼女を慮り長居はしないけれど、今日はいつもより少し長くなりそうな気がしていた。

「……ようやくあと一年ね」
「ええ……」

順調だったとはいえ、この七年に何もなかったわけではない。

学園の入学は勿論、本来デビュタントとなる筈の年にも一向にどこにも顔を出さない、第三王子の婚約者ギルベルタを不審に思う声はそれなりにある。
多少の強権を駆使して黙らせ、上手くやり過ごしてきただけのこと。

そしてようやくあと一年で、ギルベルタは年相応の姿になる。
だというのに、今が一番不安だった。

レオンハルトは皆の心配をよそに、ギルベルタが王宮に移ってから頻繁に会いに来ており、彼女にこれまでと同様に優しく接していた。
学園に入学すると頻度は下がったものの、それでも時間を見ては、足繁くやってきていたのだ。

しかし一年前から徐々に、レオンハルトはギルベルタのところへ足を運ばなくなっていた。
来たときはこれまでのように優しく接するけれど、定例として組み込まれている茶会の席にすら、遅れることや来ないことも増えてしまっていた。

「母として謝罪したくて……愚息がごめんなさい」
「おやめください、ブリュンヒルデ様!」

カサンドラは元々誰かに対して文句を言う気質ではないが、そうでなくとも言えない理由がある。

「母として、と仰るなら私も同じです……」

そう言って、軽く握った拳の指先を額につける。眉間の皺を伸ばすように。
淑女としてあまり褒められた仕草ではないが、本当はみっともなく頭を抱えてしまいたかった。

レオンハルトがギルベルタのところに来なくなったのは、シャルロッテが原因のようだからだ。

それにレオンハルトには真実を全て伝えてはいない。
これはギルベルタの希望である。




レオンハルトには自身が倒れたことと、ギルベルタの成長が止まったことは別のこととして伝えられている。

言いつけを守らず魔女の育てた花を盗んだことは厳しく叱責され、『禁忌を犯したことによる高熱で死ぬところだった』と聞いた彼は蒼白だったけれど、それだけだ。

「そうでなければ、レオ様は私に遠慮するでしょう? 学園に行ってから素敵な出会いがあるかもしれません。 そこで別の方を選ぶのに、とても悩まれてしまうわ」

『そんなことはない』──誰もが口にしたくて、できなかった言葉。

皆その可能性は考えていたのだから。

「レオ様のご希望に添うと言った、私のその気持ちは変わりません。 ですがその時に婚約への責任からならまだしも、私への負い目から選ばれたくはないのです」

そう言ってギルベルタは目を伏せた。

本当は皆、レオンハルトになにがあったかを語り、ギルベルタの献身を伝えたかった。そして『絶対に大切にしなければならない』と言い含めたかった。

あんなことをしでかしたけれど、レオンハルトは優しい性格の持ち主だ。
もし仮に良い出会いがあったとしても、約束を違えたことでギルベルタの身になにが起きたか……それを考えたら軽率な真似などできない。

だがそれはギルベルタにとって、決してしてほしくないことなのだと言う。

レオンハルトが大切な約束を違えてでも、自分を想って花を手折ったこと。
不謹慎にもその心が嬉しいと感じ、その為に自分は動いたのだ。
だからその心が変わってしまったのなら、それは受け入れるべきこと。

もう少し拙く長くはあったが、ギルベルタはそんな風に言っていた。




──だとしても、その相手が実の妹シャルロッテだなんて。

冗談にしてもあまりに笑えない。

なのに学園からの報告も、王家の侍従や公爵家の侍女達からの報告も、それを裏付けていた。

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