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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第二章 毒花の鉄槌~
35. リネア再び
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授業終わりに二年棟の入り口でレオナルドを待っていると、マリエンヌのほうに誰かが歩いてくる。
それが誰なのか気づいたとき、マリエンヌの口元は無意識のうちに緩む。
「マリエンヌさま。今いいですか」
「ええ、かまいませんよ。リネアさま」
現れたのはリネアだった。リネアは一年生なので、一年棟にある。
一年棟は寮から一番近く、次に二年棟、三年棟となっていく。そのため、本来なら二年棟に来ることはない。マリエンヌに声をかけたところから見るに、最初からマリエンヌに用があったのだろう。
詳しい用事まではさすがに予測できないが、マリエンヌに声をかけてくるなら、ある程度は絞れる。
「ジェーンと話したそうですね」
「ええ、先日お会いしました」
どうやら、今回はジェーンの件でマリエンヌを訪ねたらしい。
ジェーンとは当たり障りないことくらいしか話していないように思うが、マリエンヌ自身が気づいていないような問題があったのかもしれない。
「何の話をしたんですか?」
「リネアさまが最近落ち込んでいらっしゃるということをお話ししておりました。いい友人がいらっしゃるのですね」
「……はい。ありがとうございます」
お礼の言葉を述べてはいるが、表情は苛立ちを隠せていない。今のリネアの気持ちを代弁するのであれば、余計なことをと思っているのだろう。
どうやら、リネアは人を使うことには慣れていないらしい。マリエンヌが動くときは事前に根回しをしているので、マリエンヌの預かり知らぬところで事態が動くことはほぼないが、リネアは想定外のことが次々と起きているのだろう。
マリエンヌとリネアの違いは、指示を出しているか否かにある。相手を自分の思惑通りに動かそうとするのは二人とも同じだが、マリエンヌの場合は遠回しな言い方ではあるものの、きちんと指示をしている。
リネアには手を出すな、悪意なら周りに向けろと直接指示しているので、自らで対処できないほどの想定外な事態が起こることはない。
そして、汚れ仕事をさりげなく他人に押しつけることで、自らの評判を維持している。
反対にリネアは、相手任せなところがある。自らの魅力で相手を思う通りに動かそうとしているが、それは相手のリネアに対する好意などに頼っているということでもある。
リネアの指示には大方従うのだろうが、逆にリネアのためという理由で独断で動くこともあり、それがリネアにとっては望まぬ結果を呼ぶことがあるのだ。
だが、今回の件はマリエンヌには手を出すなと言ったところで止まらなかった可能性もある。リネアに惹かれている人間は、彼女の顔を曇らせている人間が堂々としていることを許せないだろう。
いくらリネアが止めたところで、歪んだ正義感で染まりきった者は、独断で動いてしまうのだ。
だからこそ、独断で動かれることを想定して対処法を考えておくのが最適なのだが、リネアの反応を見る限り、何も考えていないのだろう。
所詮は田舎者の男爵令嬢。使われる立場にある彼女は、使う立場にあるマリエンヌには敵わないのだ。
「……ジェーンが、無礼な態度を取ったと聞いたので、代わりに謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
かなり悔しそうな顔をしているが、目を伏せてリネアは謝罪する。
どうやら、今回のことはジェーンの独断ということにしておきたいようだ。ジェーンにも悪評をたたせることで、自分に向けられている悪意を散らばせるつもりなのだろうか。
そこまでは考えておらず、自分のせいにされたくないだけなのかもしれないが。
どちらにしても、なかなか賢い手を使う。リネアを責めるわけにはいかないし、この謝罪は受け入れるしかないだろう。
「リネアさまが謝罪なさることはありませんわ。これから気をつけてくださればよいのですから」
「はい。ジェーンにも伝えておきます」
リネアはもう一度頭を下げて、静かにその場を後にする。
きっと見た目とは裏腹に、胸の内は荒れていることだろう。
(どうせなら、もっと荒らすのも楽しいかもしれないわね)
ジェーンを焚き付けてリネアと対立させるのもいいかもしれないし、逆にリネアとの関係を深めさせて、足枷にするのもいいかもしれない。
どちらでもマリエンヌにはそう難しいことではない。今回のことを悪意を込めて広めるか、善意を込めて広めればいいだけだからだ。
(どちらがいいかしらね……)
どちらも捨てがたいが、両方を取ることはできない。どちらのほうが面白いことになりそうか真剣に考えていたマリエンヌの肩にぽんと何かが置かれる。
「何を考えてるんだ?」
「あら、レオナルドさま。いらっしゃっていたのですか?」
マリエンヌの肩に手を置いたのはレオナルドだった。考え事に夢中だったマリエンヌは、レオナルドの存在にまったく気づいていなかった。
「先ほど来たばかりだがな。やけに騒がしかったが、何かあったのか?」
「いえ、リネアさまと少しばかりお会いしただけですわ」
満面の笑みを浮かべるマリエンヌに対して、レオナルドはため息をつく。
「……場所を変えよう。詳しく聞かせてくれ」
「はい、わかりました」
ため息をつくことないのにと思いながらも、マリエンヌはレオナルドの後ろを静かについていった。
それが誰なのか気づいたとき、マリエンヌの口元は無意識のうちに緩む。
「マリエンヌさま。今いいですか」
「ええ、かまいませんよ。リネアさま」
現れたのはリネアだった。リネアは一年生なので、一年棟にある。
一年棟は寮から一番近く、次に二年棟、三年棟となっていく。そのため、本来なら二年棟に来ることはない。マリエンヌに声をかけたところから見るに、最初からマリエンヌに用があったのだろう。
詳しい用事まではさすがに予測できないが、マリエンヌに声をかけてくるなら、ある程度は絞れる。
「ジェーンと話したそうですね」
「ええ、先日お会いしました」
どうやら、今回はジェーンの件でマリエンヌを訪ねたらしい。
ジェーンとは当たり障りないことくらいしか話していないように思うが、マリエンヌ自身が気づいていないような問題があったのかもしれない。
「何の話をしたんですか?」
「リネアさまが最近落ち込んでいらっしゃるということをお話ししておりました。いい友人がいらっしゃるのですね」
「……はい。ありがとうございます」
お礼の言葉を述べてはいるが、表情は苛立ちを隠せていない。今のリネアの気持ちを代弁するのであれば、余計なことをと思っているのだろう。
どうやら、リネアは人を使うことには慣れていないらしい。マリエンヌが動くときは事前に根回しをしているので、マリエンヌの預かり知らぬところで事態が動くことはほぼないが、リネアは想定外のことが次々と起きているのだろう。
マリエンヌとリネアの違いは、指示を出しているか否かにある。相手を自分の思惑通りに動かそうとするのは二人とも同じだが、マリエンヌの場合は遠回しな言い方ではあるものの、きちんと指示をしている。
リネアには手を出すな、悪意なら周りに向けろと直接指示しているので、自らで対処できないほどの想定外な事態が起こることはない。
そして、汚れ仕事をさりげなく他人に押しつけることで、自らの評判を維持している。
反対にリネアは、相手任せなところがある。自らの魅力で相手を思う通りに動かそうとしているが、それは相手のリネアに対する好意などに頼っているということでもある。
リネアの指示には大方従うのだろうが、逆にリネアのためという理由で独断で動くこともあり、それがリネアにとっては望まぬ結果を呼ぶことがあるのだ。
だが、今回の件はマリエンヌには手を出すなと言ったところで止まらなかった可能性もある。リネアに惹かれている人間は、彼女の顔を曇らせている人間が堂々としていることを許せないだろう。
いくらリネアが止めたところで、歪んだ正義感で染まりきった者は、独断で動いてしまうのだ。
だからこそ、独断で動かれることを想定して対処法を考えておくのが最適なのだが、リネアの反応を見る限り、何も考えていないのだろう。
所詮は田舎者の男爵令嬢。使われる立場にある彼女は、使う立場にあるマリエンヌには敵わないのだ。
「……ジェーンが、無礼な態度を取ったと聞いたので、代わりに謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
かなり悔しそうな顔をしているが、目を伏せてリネアは謝罪する。
どうやら、今回のことはジェーンの独断ということにしておきたいようだ。ジェーンにも悪評をたたせることで、自分に向けられている悪意を散らばせるつもりなのだろうか。
そこまでは考えておらず、自分のせいにされたくないだけなのかもしれないが。
どちらにしても、なかなか賢い手を使う。リネアを責めるわけにはいかないし、この謝罪は受け入れるしかないだろう。
「リネアさまが謝罪なさることはありませんわ。これから気をつけてくださればよいのですから」
「はい。ジェーンにも伝えておきます」
リネアはもう一度頭を下げて、静かにその場を後にする。
きっと見た目とは裏腹に、胸の内は荒れていることだろう。
(どうせなら、もっと荒らすのも楽しいかもしれないわね)
ジェーンを焚き付けてリネアと対立させるのもいいかもしれないし、逆にリネアとの関係を深めさせて、足枷にするのもいいかもしれない。
どちらでもマリエンヌにはそう難しいことではない。今回のことを悪意を込めて広めるか、善意を込めて広めればいいだけだからだ。
(どちらがいいかしらね……)
どちらも捨てがたいが、両方を取ることはできない。どちらのほうが面白いことになりそうか真剣に考えていたマリエンヌの肩にぽんと何かが置かれる。
「何を考えてるんだ?」
「あら、レオナルドさま。いらっしゃっていたのですか?」
マリエンヌの肩に手を置いたのはレオナルドだった。考え事に夢中だったマリエンヌは、レオナルドの存在にまったく気づいていなかった。
「先ほど来たばかりだがな。やけに騒がしかったが、何かあったのか?」
「いえ、リネアさまと少しばかりお会いしただけですわ」
満面の笑みを浮かべるマリエンヌに対して、レオナルドはため息をつく。
「……場所を変えよう。詳しく聞かせてくれ」
「はい、わかりました」
ため息をつくことないのにと思いながらも、マリエンヌはレオナルドの後ろを静かについていった。
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