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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

13. お母さまを味方に

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 リューク公爵夫人が女子寮へとやってくる。

 その噂は、女子寮全体に広まり、慌ただしくなっていたのは、シーラの報告を受けなくても感じていた。
 当のマリエンヌはというと、それを聞いて呆れるばかりだ。

 寮へとやってくる招待客は、訪問理由として寮長に報告した以外の言動はしてはならない決まりがある。
 今回の訪問理由は、マリエンヌと二人でのお茶会だ。いくら彼女たちが気を張ろうが、目に止まろうと着飾ろうが、それは何の意味もなさないのである。

 そのため、普段の社交界とは違い、すれ違っても会釈程度で済ませるのがマナーだ。
 それが守られるかどうかは本人たち次第だが、守られる可能性は低いように思える。

 その予想は当たり、約束の時間よりも、十分ほど遅れて、エルファーナは到着した。

「思ったよりは早かったですね」
「気を遣わなくてもかまいません。遅刻は遅刻ですもの。下手に無視できない分、面倒なのよ」

 やはり、他の令嬢たちに絡まれたらしい。リューク公爵夫人という立場上、うまく隠してはいるが、エルファーナからは、すでに疲れが滲み出ている。

「では、今回のお茶会は少し短くしましょうか」
「最初から長くやるつもりはなくってよ。あなたもわかっているでしょう?」

 エルファーナは、マリエンヌを見定めるように見る。
 今までいろいろな相手と交流をしてはいたが、エルファーナ相手が一番油断できない。

「お恥ずかしながら、理由は存じ上げません。わたくし、お母さまのことをシーラからお聞きしたときは、本当に驚いたのですよ」
「まあ。シーラを使っていたのは認めるのですね」
「否定して何になるのですか?」

 マリエンヌもエルファーナも、互いににこりと微笑んでいるが、その空気は、とても寒々しいものだった。
 マリエンヌが、じっとエルファーナと目を合わせ、様子をうかがっていると、エルファーナはわざとらしくため息をつく。

「マリエンヌ。あなたの考えは間違っているとは言えません。ですが、やり方が問題なのだと、わたくしは以前も注意したはずですよ」
「わたくしは、間違っているとは思っておりません。すべて、必要なことだと判断した上で行っていることですわ」
「婚約者に無断で異性に手紙を出したことも、他人を巻き込むことも、男爵家の実情を調べることも、必要なことだと?」

 エルファーナの冷たく尖った視線が、マリエンヌに突き刺さる。
 マリエンヌは、一呼吸置き、エルファーナを見据えた。

「もちろんです。わたくしは、不要なことはいたしませんから」

 目をそらさず、強く言いきったマリエンヌに、エルファーナの目は、さらに鋭くなる。

「では、理由をお話しなさい。そこまで言いきるからには、大層立派なものがあるのでしょう?」

 口元は笑っているが、その鋭い視線が、マリエンヌを軽蔑しているかのように感じられる。

 そんな理由なんてあるのか、と決めつけているかのようだった。

「お母さまがどの辺りまでご存じかわかりませんので、最初からお話しいたします」

 そう前置きをして、マリエンヌは理由を述べる。

「わたくしは、友人とのお茶会の際に、リネア・ブラットンの非常識な言動について耳にしました。その後、シーラの調査や、直接確認を行ったことで、その話が事実だと確信いたしました」
「非常識な言動とは、どのような?」
「あげたらキリがないのですが、わたくしに関係のあることならば、レオナルドさまと二人きりで行動したり、レオナルドさまの腕に自身の腕を回し、エスコートさせようとなさったこともあったそうです」

 最初にシーラに調べてもらったことを話すと、エルファーナは少し考える動作をしたが、すぐにマリエンヌを見据える。

「では、あなたが直接見たわけではないのですね?」

 エルファーナの言葉に、マリエンヌはすかさず言葉を返す。

「レオナルドさまに関してはそうですが、アレクシスさまに関しては、わたくしの目で確認しておりますので、すべてが虚実であるわけではありません」

 アレクシスとリネアの件を事細かに報告すると、空気が一変した。
 先ほどまで、手のかかるこどもを見るようなエルファーナの目が、公爵夫人の目に変わった。

 それに気づいたマリエンヌは、さらに畳み掛けるように続ける。

「わたくしも、言葉だけで収まるのならそうしていましたが、リネアさまは、言葉だけでは収まらないと判断しました。リネアさまへの対処には、慈悲深い令嬢を演じていてはいけないとーー」

 マリエンヌがそこまで言ったところで、エルファーナが手で制す。
 それ以上は結構という意味のハンドサインだ。

 エルファーナに指示されたマリエンヌは、言葉を飲み込み、口を閉じた。

「リネア・ブラットンについてはわかりました。あなたにそれほどの非はないでしょう。ですが、ブラットン男爵家にも手を出す理由にはなりませんよ」
「お母さまは、なにやら勘違いをなされているようですね」

 マリエンヌの言葉に、エルファーナは眉をひそめる。
 エルファーナの表情の変化には気づいたが、それには意にも介さず、マリエンヌは続ける。

「わたくしが男爵家を調べたのは、リネアさまの一件のついでのようなものです。一介の地方貴族の男爵令嬢が、あそこまで堂々と振る舞っているのですから、どなたかが背後にいる可能性を考えるのは当然のことでしょう。男爵家は、彼女の行いを本気で咎めてはいないようですし」
「可能性がまったくないとは言いませんが、なぜ地方貴族の男爵令嬢を使うのか、理由くらいは考えているのですか」
「彼女の容姿は、地方貴族にしては見目麗しいのです。戯れに接触する貴族男性は少なくないでしょう」
「……そうなのね」

 マリエンヌの言葉に、顔を歪めながらも、否定しなかった。

 中央貴族の男性は、戯れに使用人や平民に手を出すことがある。
 それが許される立場であり、できる立場だからだ。

 平民は、王から与えられた土地を治める貴族の所有物という考えが強い。
 王から与えられた土地を悪化させるものでなければ、どんな行いをしようが、咎められることはまずなく、平民もそれを受け入れる。

 だが、それはあくまでも平民相手の話である。

 たとえ、名ばかりの男爵家であろうと、貴族なら話は別なのだが、その区別がついていない愚か者は、どの時代にも一定数は存在するのが現実だ。

 中央貴族からすれば、地方貴族の男爵令嬢と平民は、大して差がないのである。

「これでも理由になりませんか?リネアさまは、数々の男子生徒を篭絡しており、学園内では、一つの勢力になりつつあります。妃教育で、悪い芽は早いうちに摘んでおかなければならないとお教えされましたし、これ以上成長を許すわけにはいかないかと」
「……よいでしょう。リネア・ブラットンの件は、学園内の問題でもありますし、直接的な手出しをしないのであれば、あなたに一任します。ですが、男爵家は手を引きなさい。これ以上の禍根を残す必要はありません」

 それでは、マリエンヌの気が収まらない。
 リネア・ブラットンはもちろんだが、男爵家も手放すわけにはいかない。

「……では、男爵家の交流関係については、お母さまが責任を持って調べてくださるのですよね?」
「……なんですって?」

 マリエンヌが、ニヤリと笑いながら口にする言葉に、エルファーナは眉をひそめる。

「先ほども申したでしょう?有力貴族が背後にいる可能性があるのです。よほど金策に困ってるのか、手当たり次第に声がけをし、地方貴族だけでなく、中央貴族にも声かけしているそうですから、すべてを調べるとなると、途方もない時間が必要ですが」

 実際は、男爵家の交流相手の家は、ほとんど調べ終わっているので、そこまで苦労はないのだが、あえて話さないでおく。
 シーラは、男爵家について調べるように指示されたとだけ話していたそうなので、進捗状況は詳しく知らないだろう。

「ああ、でも、それがいいかもしれませんね。リューク公爵夫人ならば、有力貴族の手綱を握ってくれると思いますし、わたくしのように他人任せにする必要もなさそうですし」

 にこにこと笑みを絶やさずに捲し立てる。

 文句があるなら自分で動け。背後の可能性を失くすために有力貴族を監視しろと命令したも同然だからか、エルファーナはマリエンヌから見ても、明らかに不機嫌になっている。

 侯爵令嬢として生きてきて、公爵夫人になったために、いいように利用されるなんて経験が、ほとんどないところから来るのだろう。
 むしろ、利用する側なのだから。

「お母さまが任されてくださるのなら、わたくしはリネア・ブラットンに集中できますわ。二度と貴族社会に戻れぬように、完膚なきまでに叩き潰して差し上げましょう。お母さまが今のわたくしに不満を持つのであれば、手早く終わらせるためにも、強引なものでもかまいませんね?以前の伝手はまだありますし」

 最後にだめ押しとばかりに毒花発言をする。
 ニヤリと笑うマリエンヌに、エルファーナは深くため息をついた。

 自分が何を言ったところで、このバカな娘は、ブラットン男爵家を追いつめることはやめないだろう。
 公爵夫人の力を使えば、妨害はできなくもない。だが、マリエンヌの話にも、理がないわけではないし、本気で妨害するとなると、かなりの労力を使う。
 ある程度は融通をはかり、息抜きさせたほうがよいかもしれない。

 どうも、狡猾な娘に誘導されているような気もして、納得がいかないが、こればかりは仕方ない。

「……わかりました。男爵家の件も、ある程度なら融通しましょう。あなたに任せるのは不安しかありませんが、影でこそこそ動かれるよりはよいでしょう」
「お母さまがそうおっしゃられるのなら、仕方ありませんね」

 そう言うマリエンヌは、わくわくした様子でにやけている。
 心から仕方ないと思っていないのが丸わかりだった。念のため、釘は刺しておかなければと、エルファーナはマリエンヌを一睨みした。

「言っておきますが、身勝手に動くのは許していませんよ。動くときはわたくしに報告しなさい。寮長には話を通しておきますので」
「……かしこまりました」

 先ほどとは一転、マリエンヌは、不満そうな表情を浮かべた。だが、それを言葉にすることはない。
 非常に面倒ではあるものの、この辺りが落としどころだとわかっているから。
 これ以上、駄々をこねると、本気で妨害されかねない。それは困る。

「では、さっそく協力してもらってもかまいませんか?」
「……内容次第ですよ」

 マリエンヌは、「もちろんです」とうなずいた。
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