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第一部 身の程知らずなご令嬢 ~第一章 毒花は開花する~

12. 横やり

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 数日後には、マリエンヌたちが行ったお茶会でのことが、それなりには広まっていた。
 だが、すべてがうまくいってはおらず、妙な広がり方をしていた。

 リネアは多少の問題を起こしていたが、反省している。なのに、あそこまで言われるほどか?というものだ。

 どこが多少の問題なのかと思わなくもないが、問題はそこではない。

 リネアが反省しているという点だ。

 反省できる人間ならば、注意した時点で止めるものだ。公爵令嬢であるマリエンヌが咎めたのならなおさらである。
 それでも止めないどころか、友人たち相手とはいえ、公の場で公爵令嬢を貶める発言をしている。
 そんな人間が、ライオネルの件などを考慮したとしても、そう簡単に反省の素振りを見せるだろうか。

(あの子なりに考えたようね)

 身の程をわきまえて、男爵令嬢として振る舞いだしたならば、周囲からは反省したと見受けられる。
 そんな彼女をこれ以上追い詰めるような真似をすれば、マリエンヌが築き上げた、慈悲深い令嬢のイメージは、簡単に崩れ去るだろう。

 向こうが、マリエンヌの慈悲深さが虚実であると気づいているのかはわからないが、こうすればマリエンヌを黙らせることができると考えたに違いない。

 事実、そんなことをされているときに露骨に悪評を広めるような真似をすれば、こちらが悪者のように扱われかねない。

 良からぬ噂が定かであるかなど、貴族にはどうでもいい。それを真とするか、虚とするかは、その者次第になる。
 リューク公爵家を目の敵にしている貴族がいないわけではないので、面白おかしく広げられるだろう。

(こうなったら、リネアに直接手出しするのは、しばらく控えたほうがよさそうね)

 相手が予想外の動きを取るのなら、こちらは、その更に上を行くだけだ。

「シーラ」

 マリエンヌが呼ぶと、シーラはマリエンヌの側に控える。

「お呼びでしょうか、お嬢さま」
「ブラットン男爵家の交流関係の精査は、どこまで進んだのか教えてほしくてね」

 精査を頼んでから、もう一週間以上経っている。
 人手を増やすようにも命じたので、完璧とまではいわなくても、関わりの深い人間くらいは判明していてもおかしくない。

「ブラットン男爵家の内情は、七割ほど入手しておりますが……」

 シーラは、どこか煮え切らない様子だ。情報が手に入ったならば、はっきりとそう告げればよいだけなのに、なぜか言葉を濁す。
 このような反応を見せる理由は、おおかた想像がつく。

「お母さまとレスティードのどちらに気づかれたのかしら?」
「奥さまのほうです。私たちの動きに気づかれ、問い詰められてしまいましたので、男爵家について調べるように指示されたとお話ししました」

 申し訳ありませんと、シーラは謝罪する。

 リューク公爵家の影である以上、公爵夫人に聞かれたら黙っているわけにはいかないので、話しても咎める気はなかったのだが、シーラは本当に申し訳なさそうに謝罪をしている。

「お母さまはなんと?」
「話をしたいので、時間を取るようにと。それまで、ブラットン男爵家についての情報を、お嬢さまに報告しないように命じられました」

 リュークの毒花の行いを咎めたのは、レオナルドだけではない。
 マリエンヌにとっての母であるエルファーナと、弟のレスティードがいる。

 理由としては、エルファーナは、マリエンヌに淑女としての在り方を求めたため。レスティードは、リューク公爵家が醜聞にまみれるのを恐れたためだった。

 毒花全開だったマリエンヌは、裏稼業の者たちともよく関わっていたので、そういう心配をするのは無理もないことだった。
 今回も、公爵家の影を大々的に動かしていたので、いずればれるだろうとは思っていたが、予想よりは早かった。

「このような仕事は久方ぶりで、腕が鈍っていたようです」
「それは仕方ないわ。わたくしも、思うようにいかないことが多いもの」

 そうは言うものの、やめるつもりは微塵もなかった。
 不都合を乗り越えるのも、楽しみの一つだ。

「私は、お嬢さまに忠誠を誓っている身ですので、お嬢さまがお望みならば、報告いたしますが……」
「いえ、必要ないわ。それよりも、寮長に招待の許可願いを出してきて。お母さまとお話しするから」
「かしこまりました」

 防犯の面から、学園の寮には、たとえ家族関係にあっても、自由に出入りすることはできない。たとえ国王でもだ。
 誰かを招待したい場合は、招待したい人物と、招待する目的、大まかな所要時間を、許可願いとして寮長に提出する必要がある。
 そして、寮長から日付指定の許可証が送られて、やっと招待が可能となる。
 その後も、どの日付で招待するのかについての報告書を出さなければならないが。

 王族も通っているのだから、これくらい厳重なほうがよいのだろうけど、面倒なものは面倒だった。

 翌日、寮長から許可証が届く。
 届くのが早いところは、ありがたいところだった。

 内容は、招待を許可することと、許可できる日付が記載されている。
 許可できる日付は、一週間後を初日とした五日間だった。

 マリエンヌは、思ったよりも早いなと感じた。

 通常であれば、警備の配置なども考えなければならないので、二週間くらいは待たされるのが当然だ。
 三日後からとはいえ、これは異例の早さと言える。

(お母さまが手を回したのかしら?それとも、レオナルドさまが何か勘づいて?)

 この制度は、元々王族の身の安全のためであるので、招待される人物がいれば、王族にも話が通る。

 リューク公爵夫人を招待できる存在など限られているので、そこからマリエンヌにたどり着くことは、そうそう難しいことではない。 
 だが、レオナルドが妙な勘繰りをしたならば、むしろ遅らせてきそうな気がする。

 早めて得をするのは、エルファーナくらいではあるが、何か引っかかる。

 一応、気には止めておこうと思いながら、マリエンヌはエルファーナに学園の寮への招待と、許可の降りた日付を書く。
 それを、シーラに託した。

◇◇◇

  三日もしないうちに、エルファーナから返信があり、許可の降りた日付の初日に向かうと記されていた。
 公爵夫人の予定は、そんなすぐに開けられるものでもないため、元々予定を開けておいたのだろう。

 許可が出る日付を予想できるとも思えないため、今回の日程には、母も一枚噛んでいるのであろうことは、予測がついた。

(これなら、お母さまを味方につけたほうがいいかもしれないわ)

 最初は、当たり障りない言葉で追い返そうかと思ったが、学園の制度にも口出しできるのならば、妨害も容易だろう。
 エルファーナは、マリエンヌの情報源である影の指揮権も持っているため、ある意味、レオナルドよりも厄介だ。

 毒花状態のマリエンヌを忌避してはいるものの、生粋の中央貴族の侯爵令嬢として育ってきた彼女を攻略する方法は、いくらでもある。
 エルファーナさえ味方につけることができれば、レスティードはどうにでもなる。

 エルファーナは、そう簡単にマリエンヌの口車に乗るような性格ではないので、思うように動かすのは難しいかもしれないが、邪魔されない程度なら可能だ。

 リューク公爵夫人の協力が得られれば、リネアをさらに追い詰めることができる。
 だが、そのためには、先に片づけておかなければならないこともある。

「シーラ」
「なんでしょう、お嬢さま」
「わたくしがお母さまとお話ししている間に、交流関係の精査と、深い関係を持っている者の情報を洗い出しておいて」
「かしこまりました」

 今回の公爵夫人との話し合いは、手札を増やせるチャンスではあるが、予定外であり、不都合なことに変わりはなく、時間を浪費してしまっている。

 決して、時間に余裕があるわけでもないため、元々やる予定だった情報の整理や取得は、同時に進めておくべきだ。

「九割以上が望ましいけど、どうかしら?」
「奥さまとの話し合いが終わる頃までに、十割にしておきましょう」
「さすがシーラね」

 シーラは、できないことは言わない。

 状況だけでなく、自分の能力や立場を客観的に見ることができるので、できないときはできないと言うし、できることははっきりと口にする。
 情報をすべて完全に仕入れるのはほぼ不可能と言えるが、シーラができると言いきるならば、何か策はあるのだろう。

 情報収集は、シーラに安心して任せられそうだった。

「お嬢さまのほうは大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんよ。容易ではないでしょうけど、やりとげてみせるわ」

 マリエンヌは、任せておいてとばかりに微笑む。
 
(さて、どう使ってあげようかしら?)

 口のうまい母を相手にする不安よりも、母を利用できる楽しさと嬉しさのほうが、上回っていた。
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